13.茶会
真っ白なソファー。真っ白なテーブル。
天井からは繊細なシャンデリアが吊り下げられており、なにやら高そうなたくさんの飾り皿に、淡い陰影を落としている。
同じ校舎内のサロンルームでも、部屋の主が違えばこうも雰囲気が変わるのか。
室内にいるのは、わたし含めて計六人。その半分が最高学年の三年生であるが、場を支配しているのは、主である二年生の調先輩だった。
「色が変わった花は元に戻るのか、ですか……。わたしはその類の話、あまり詳しくなくって。先輩方はいかがしょう。なにかご意見があれば、ぜひわたしもお聞かせ願いたいものですが」
調先輩のサロンルームで定期的に開かれるお茶会、通称白百合会。
わたしが初めて参加した白百合会で最初に話題にあがったのは、やはりここ最近で一番学園に影響を与えた、女子寮侵入事件についてである。
今日の白百合会メンバーのなかで該当寮に住んでいたのはわたしだけたっため、適宜調先輩の質問に答える形で、わたしから見た事件の概要を話すことになった。
話している間、調先輩以外の先輩たちは相槌を打つ程度だったのだが、わたしが流れであやめちゃんについて相談したことで、調先輩に促された彼女たちがようやくきちんと口を開いた。
「うーん……そうねえ……。変色程度なら、回復すると思うんだけど……」
「でも、絶対に治るってわけでもなかったんじゃない? 本人の気の持ちようというか……。花が落ちる——体から離れてしまったら、それはもう絶対に治らないみたいだけど」
「そうそう、たしかわたしたちが一年のころの三年生のなかに、花びらが一枚欠けてしまっていた先輩がいましたよね。ガーデナーの出産に問題はなかったそうですが、役目を果たして散るまで終ぞ元には戻らなかったとか」
ふむふむ、と頷いてはみるものの、先輩たちの口から出てくるのは『~と思う』『~みたい』『~だとか』と断定できない情報ばかり。
本当は、お医者さんの治療を受ければ完治する、と言ってほしかったわたしは、内心がっかりしてしまう。
そんなわたしの心情など露知らず、一度解放された先輩たちのお口は止まることを忘れてしまったのか、それとも最初会話に交ざれなかった反動なのか、わたしと調先輩を置き去りにして盛りあがっていく。
「そういえばこの間、研究医の人と話す機会があって! 変色とまではいかずとも、少し花の元気がなくなってしまうことってあるでしょう? そういうときに使える、栄養剤のようなものを開発中だと仰っていました」
「栄養剤……サプリメントみたいな感じかしら?」
「どちらかというと、塗り薬のような、化粧水のような、そういう使い方を想定しているそうです。さらにさらにですね! なんと香料を加えることで——」
ちょっと困って調先輩を見ると、調先輩は好きにさせることにしたのか、優雅に紅茶を飲んでいる。
わたしと同じセーラー服を着て、同じものを飲み食いしているのに、住む世界が違うと言われているような迫力を感じるのはなぜだろう。
調先輩の姿勢を真似して、ティーカップの持ち方も真似してみるが、いまいちわたしは様になっていない気がする。
そんなことを考えつつ、もはや先輩たちの会話を右から左に聞き流しながらミルクティーを飲む。しかし、わたしの名前が聞こえてきたことで、再び意識が会話の方に向いた。
「実乃ちゃんのお友達も、早く学校に来れるようになるといいわね。しずちゃんも結局、半年も来てないもの」
「半年どころじゃないでしょ。去年の二学期からだから。先生は『いまはまだそっとしてあげなさい』なんて言っていたけど、正直いないことが当たり前になってきてるくらいじゃない。そもそも、不登校になった理由も————」
「先輩方」
調先輩の静かな声。
それでも、三年生の声はぴたりとやんだ。
「わたしは話題にあがっている先輩を存じ上げませんので、あまり無粋なことは口にしたくないのですが。それでも、ご本人に聞かせられないお話は控えてくださいな、と申し上げておきます」
「……ご、ごめんなさい。そうよね。実乃ちゃんもごめんね、実乃ちゃんの相談だったのに」
「あ、いえ、全然っ」
——すごい。
先輩を窘めるなんて、簡単には真似できないことだ。加えて、先輩たちもそれに反発するわけでもなく、素直に謝罪するなんて。
こういう人に対して、カリスマ性がある、と言うのだろう。
「実乃さんも」
「は、はいっ……!?」
「ご友人があまり噂されることを好まない性格であれば、親しい方以外にこういったお話はしない方がいいですよ。花の異常というのは、ブルームにとってデリケートな問題ですもの」
「そ、そっか……。気をつけます」
あやめちゃんは、噂されるのを嫌がるタイプだ。確実に。
もし、あやめちゃんの花が変色したという話が学園中に広まれば、それがストレスになって、ますます元気をなくしてしまうかもしれない。十分に考えられる可能性だ。
「まあ、このなかに、後輩からの相談内容をみだりに吹聴するような品のない方はおりませんので、その点は安心してくださって構いませんけれど。……ね、みなさん?」
「もっ、もちろん!」
先輩たちが一様に頭を振る。
わたしも、不登校の三年生についてはよそで言わないようにしなければ。
◇
お茶会が終わり、『百合の間』を退室する直前。わたしは、調先輩に呼び止められた。
まるで先生から居残りを命じられた気分になり、自然と背筋が伸びる。
しかし、ほかのみんなを見送り、わたしと調先輩のふたりきりになっても、調先輩はなかなか話を切り出さなかった。
「調先輩……? わたし、もしかしてなにかしでかしました……?」
「…………いいえ。そうではないのだけれど……もう少し待ってちょうだい。心の準備が……」
——心の準備がいる話ってなんだろう。
聞くのがこわいというか、そわそわして落ち着かないというか。
それでも、じっと調先輩を待ち続けていると、大きく深呼吸をしてから調先輩が口を開いた。
「実乃さんは、わたしに弱みを打ち明けられますか?」
「…………弱み?」
いったいどうしたというのだろう。
お茶会のときの佇まいはどこへやら、調先輩の表情は強張っているように見える。
「なんでもよいのです。苦手なもの、秘密にしていること……とにかく、公の場で口にするのは憚られることを、いま、ふたりきりのこの場で、まだ親しいとは言えないわたしに対して、明かすことはできますか?」
「えぇ……? いきなり言われても……人に言えないことなんてべつに————あっ」
いや、あった。普通にある。
「どうでしょう。実乃さんが打ち明けて、わたしも打ち明ける。そういう感じで」
「どういう感じです?」
本当に話が掴めない。
わたしが心底怪訝な顔をしていたのだろう。調先輩は「うっ」と怯んだような目をしてから、ぼそぼそと呟くように続けた。
「わたしは桜の家系として、みなの模範であれと教えられてきました。わたし自身も、そうありたいと願っております。とくにこの学び舎でのわたしは、ブルームをまとめる立場。ほかの方々には弱みなど、見せられるはずもありません。ですが実乃さんは……実乃さんになら、と思うのです。まだ至らぬ点も見受けられますが、あなたはわたしと同じ立場に並び立てる、わたしと対等な方なのですから」
「うーんと……まだよくわからないんですけど。つまり調先輩、わたしに弱みを打ち明けたいんですか?」
「ま、まあ、端的に申し上げると、そういうことになりますわね」
なぜか調先輩は、胸を張って答えた。
初対面時やお茶会中の調先輩と、いまの調先輩。立ち姿も所作も変わらないのに、不思議といまはカリスマ性よりも親近感を覚える。
もしかするとこの人、わりと気合いを入れていつもの雰囲気を作り上げているのかもしれない。
「調先輩が打ち明けたいなら、わたしは全然聞きます。でも、わたしも打ち明けるような方向に持ってこうとしてるのはなんでです……?」
「それは……わ、わたしだけ弱みを握られるというのは、対等ではないでしょう。悪用されでもしたら、困ってしまいますもの。ですから、まずはどうぞ。実乃さんから遠慮なく打ち明けてくださいませ」
「調先輩、むちゃくちゃ言ってるなって自分でも思ってますよね? ……まあべつに、打ち明けてもいいですけど」
だって、唯一わたしの弱みになりそうなことって、『意地悪されるのが好き』くらいだ。
公の場でにやけ顔を晒したりするのは控えたいし、お母さんや直護くんからもにやけ顔についてしばしば注意されるが、『意地悪されるのが好き』とただ言葉にするだけなら、どうってことはない。
『言葉じゃ、この子の変人っぷりは伝わんないのよねぇ』とはお母さんの言だ。
実際、調先輩に打ち明けてはみたが、「それが弱みですか……。あまり珍しくない嗜好ですし、無難と言いますか……」と微妙な顔をされるに留まった。
——そして、次に明かされた調先輩の弱み。調先輩の秘密。
それは『珍しくない』し『無難』だった。
けれどそこに『調先輩』という要素が加わると、ひっくり返りそうになるほど驚く秘密であった。




