12.心配
「そ……それで、どうだい? そろそろ慣れた?」
「慣れないよぉ~! ぜんっぜん慣れない!」
食堂でのお昼ごはん。ゴールデンウィークが明けてから、わたしは四季音ちゃん、手鞠ちゃんのふたりと食べることがほとんどになった。
会話の八割以上が、事件、引っ越し、同棲に関するもの。
今日も例に漏れず、わたしの同棲について、手鞠ちゃんが興味津々で聞いてきた次第だ。
「もうね、変なことがいちいち気になるの……! 寮って毎日メイドさんが掃除してくれるでしょ?」
「わたくしは自分でお掃除いたしますが」
「四季音ちゃんはそうだろうけどね……でも、うちはメイドさんなの。それで、水回りもめちゃめちゃ綺麗じゃん? そしたら、自分が汚した——ってほどでもないけど、水が跳ねたとことかさ……わたしひとりだったら気にしないよ? どうせ明日また掃除してもらえるしーって、そのまま放置するよ? でもね、ほら……ガサツ、ズボラって直護くんに思われるかな、とか!」
「ああ……なるほど。うーん、是橋くんはそういうの気にしない……というか、是橋くん自身がわりとガサツなタイプに見えるけど」
「なにか苦言を呈されたりしたのでしょうか」
「言わないよ! 直護くん、わたしの生活スタイルに合わせようと、いろいろ気遣ってくれてるくらいだもん! ……わたしが気にしてるだけなの、本当に。だって……いや、直護くんはそんなに心狭い人じゃないんだけど……だけどぉ…………き、嫌われたら……」
「わぁ……恋する乙女だね」
「うえーん、四季音ちゃん! 手鞠ちゃんがバカにしてくる!」
「し、してない、してない! かわいいねって意味だよ!」
「おふたりとも。少々お声が大きくなりすぎておりますよ」
四季音ちゃんに注意され、わたしと手鞠ちゃんはしばし無言で食事の手を進めた。
しかし無言でいると、どうしてもいまこの場にいない人のことを考えてしまう。
あやめちゃん——あの事件以降、一度も彼女と会えていない。
学校もずっと休んでいるし、メッセージを送っても返事が返ってこないのだ。
さすがに心配すぎて、先生にあやめちゃんのことを聞いてみたが、彼女は無事だ、という言葉しか引き出すことができなかった。プライバシーの問題が云々と言っていたが、もうちょっとくらい融通を利かせてくれてもいいと思うのだ。
「…………どこにいるのかな」
「……岸さんのことでしょうか?」
言葉にするつもりはなかったけれど、漏れてしまったらしい。四季音ちゃんが気遣わしげにこちらを見てくる。
「同じ寮にはいらっしゃらないのですよね?」
「うん……。わたしと手鞠ちゃんは、同じ寮なんだけど」
「共用スペースで見かけないんだよね。別室だけどトモも同じ寮だから、あやめがいるなら婚約者もいることになると思うんだけど、そっちも見かけないし」
「わたしは婚約者さんの顔すら知らないからなぁ……。大学生なんだよね?」
「そう。アタシは中等部のころに見たことがあるから」
「そうなりますと——」
四季音ちゃんは少し考え込んでから、いくつか可能性を提示した。
たとえば、精神的に参ってしまって、入院している可能性。
たとえば、大学生の婚約者さんがもとから住んでいる寮部屋に居候している可能性。
そしてたとえば——実家に帰っている可能性だ。
「帰れるの? だってたしか、お正月とかお盆とかの特別な時期に、自分でボディーガードを雇って、一般の人に花を見られることがない帰宅ルートを考えて——みたいに、いろいろ申請と準備をしたうえでじゃないと、外には出られないって」
「今回は学園側の不手際による事件が原因ですので、特別対応ということは十分に考えられます。かくいうわたくしも、その特別対応の恩恵を受けている身でございますから」
「あ、そっか。学生じゃない四季音ちゃんの婚約者さんが、いまは敷地内に住んでるんだもんね」
「……はい」
「……ん?」
…………気のせいでなければ、四季音ちゃんの目がうっとりと潤んだような。
いまの会話の流れで、なぜそんな表情を? と不思議に思っていると、手鞠ちゃんが苦笑まじりに口を開いた。
「宿舎の同じ部屋で寝泊まりできるのをいいことに、お世話を焼きまくってるんじゃないのかい? 今日もそうだけど、朝顔がものすごい煌煌しくなってる」
「左様でございますか? あまり自覚はないのですが……」
「四季音ちゃんの花、わかりやすいよね。わたし、あんまり変化しなくって。自分でわかってないだけかな?」
「アタシもだよ。個人差があるらしい。……知ってる限りじゃ、あやめもあんまり変化がないタイプだったはずなんだけど」
「…………やっぱり、手鞠ちゃんも気づいてたんだ」
「まあ、ね」
四季音ちゃんが首を傾げる。
わたしは、さっと周囲を見渡して、声を潜めた。
「あやめちゃんのお花、色が変わってたんだよ」
「まあ……」
四季音ちゃんの目が見開かれる。だれからもこの話は聞いていなかったようだ。
「それは、どの程度でございますか? まさか、枯れ落ちてしまったりなどは……」
「ううん、そこまでじゃなかった。見間違いかなって思うくらい、ほんのちょびっとだけ。でも…………」
「……ますます心配でございますね」
「はあぁ…………」
大きなため息をつきながら、手鞠ちゃんが背中を丸める。
「このままずっと学校に来ないなんてこと、ないよね……? せめて電話で声を聞いて、もう一度謝るくらいはできないと、アタシも罪悪感が……」
「罪悪感……でございますか?」
「もしかして、まだ気にしてる?」
手鞠ちゃんは、うなだれるように頷く。
どうやら、事件のときにドアを開けてしまったことが、わたしの想像以上に手鞠ちゃんの心に刺さっているらしい。
「手鞠ちゃんが悪いなんてこと絶対ないんだから、気に病まないで。あやめちゃんだって責めないし、謝ってほしいとか思ってないよ、絶対」
「でも——」
「わたくしは詳細を存じ上げませんが」
手鞠ちゃんの言葉を、四季音ちゃんが遮った。
「罪悪感であれば、わたくしも覚えております」
「え……」
「友人たちが脅威にさらされている最中、わたくしはのうのうと楽しい時間を過ごしておりました」
「い、いや、それは仕方がないだろう、知らなかったんだから。あのときちょうど外に出ていた芽繰も、いまの四季音と似たようなことを言ってたけど、あんな目になんて遭わない方がいい。むしろ四季音たちは、難を逃れてくれてよかったんだ」
「でも、だったら手鞠ちゃんのも仕方ない……だよね? 知らなかったんだもん」
「…………でも」
「気にするなって言われて、いますぐ気持ちが切り替わるわけじゃないと思うけど、でも気にしすぎてたら手鞠ちゃんがつらくなるばっかりだよ。ただでさえあやめちゃんの状況がわかんないのに、手鞠ちゃんまで元気なくなっちゃったら、わたしやだよ」
手鞠ちゃんが顔を伏せる。
……もしかして、責めるような言い方になってしまっただろうか。
どうしたらいいのかわからず四季音ちゃんを見ると、四季音ちゃんは微笑んで食事を再開した。
恐らく、先ほど四季音ちゃんが罪悪感云々の話に乗っかってくれたのは、手鞠ちゃんを慰めるわたしへの手助けだったのだと思う。でもいまはなにもしないということは、静かに見守るだけで問題ない……という意味でいいのだろうか?
不安に思いつつわたしも昼食を食べ進めていると、しばらくしてから小さな声で「ごめんね。ありがとう」と聞こえた。
横を見れば、溌剌な笑顔とまではいかずとも手鞠ちゃんが笑いかけてくれて、わたしはホッと胸を撫で下ろす。
ひとまずは大丈夫そうだ。
あとは、あやめちゃんの元気な姿を見られるどうか。手鞠ちゃんの罪悪感を完全に払拭してくれるのはきっと、あやめちゃんの笑顔だけなのだろうから。




