2.賢者の杖
――翌朝。
俺は店のドアを開けた瞬間、どこか呆れて独り言をつぶやいた。
「…………やっぱりなあ…………」
多分魔王が口コミを投稿した影響だろう、『ひより亭』の前に、二十人くらいの明らかに異世界な格好の奴らが行列を作っていたのだ。
「おい、並び順は守れよ! ここは“現代日本”なんだぞ!」
「知らん! この店がうまいと“魔王様レビュー”にあったんだ!」
「卵焼きってやつが絶品らしいぞ!」
「店主は異世界適応Sランクらしい!」
なんだか嬉しい気もするが、さすがに開店前に人が押し寄せているのは、近所からの苦情が来る可能性もあるため、俺は店の奥にいる母ちゃんを呼んだ。
「母ちゃん! めっちゃ人来てる! 店開けるー?」
「えっ、ホント? ありがたいじゃない!! 開けましょ開けましょ! 働くわよ!赤字脱出!」
俺はもう母ちゃんにツッコむのをやめて、逆に転生者が来ても驚かないその精神を見習いたくなった。
開店と同時に、転生者の波が押し寄せた。
「店主殿! これが“タマゴヤキ”か!?」
「ちょっと待て! まずは水だ水!! この国では水が無料だと聞いた!」
「うるせぇ! 列を乱すな!!」
店内は完全に戦場だった。
俺は卵を割りながらひたすら注文を叫んでいた。
「母ちゃーん!! 次卵焼き三つ! ドリンクは麦茶!」
「麦の茶……高級品か!!」
一人の転生者が普通にどこにでもある麦茶をうっとりと眺めている。
「あらお客さん、麦茶なら何杯でもあるよ! どんどん飲みな!」
「マジか姉ちゃん!? たくさん飲むわ!」
「あら、姉ちゃんなんて呼ばれたの二十年ぶりねぇ! いいこと言うじゃない!」
母ちゃんが姉ちゃんと呼ばれたことに対して昂っている。
ああ、もう、これってどうやって営業すりゃあいいんだ…
そんな混乱のなか、カウンターにやってきたひとりの客がいた。
白いローブ、無駄に派手な杖。
見た目だけなら完全にRPGの賢者。
「……ふむ。ここが“境界の店”ですか」
その賢者は良く分からない言葉を放った。
「え? 境界?」
「いえ、こちらの話です。水をください」
賢者は微笑み、静かに席に座った。
そのとき――
彼の杖の先端がかすかに青白く光った。
まるで、店の奥に“何か反応するもの”があるかのように。
……でも、俺は忙しすぎてその光に気づかなかった。
「店主! タマゴヤキをもっとだせぃ!!」
「ちょっ……順番に……!!」
気づいた頃には賢者はもう立ち上がり、店を出るところだった。
「ごちそうさまでした。……あなたの料理、また来ますよ」
「え、あ、どうも……?」
そんなこんなで夕方になり――
行列はなくなり、店は静かになった。
「……疲れた……」
俺はテーブルに突っ伏しながらつぶやいた。
母ちゃんは売上表を見ながら笑う。
「すごいわねぇ今日! これなら赤字脱出できそう!
ねぇあんた、このまま毎日転生者呼びなさいよ!」
「いや、呼ぶにもなにも……俺が呼べるもんじゃないし…」
俺は回答に困ったが、なんとか流した。
ただ――この日の最後に、俺は“気づいてしまった”。
朝、賢者が座っていた席。
そこだけ、ほのかに“焦げ跡”みたいなものがついていたのだ。
「……なにこれ。タバコなんて吸ってなかったよな……?」
気味の悪さを感じつつも、俺は気のせいだと思うことにした。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!!
次のお話もお楽しみに~!




