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SAKI  作者: 秋葉
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SAKI04

きつい稽古は毎日続いた。


ある日。素振りをしていたら「びゅん!」と音がして、かなり離れたところの壁がえぐれた。


『あっ、出来たじゃない。』押ケ峠(おしがと)が喜ぶ。


「・・・すごい。」


『なに他人事のように言ってんのよ!あんたが放ったんじゃない。』


「こんな事できるなんて思ってなくって・・・」


『あたしの指導のおかげよ。感謝しなさい。』


「ありがとう。押ケ峠。」


『でもまだ敵討ちは早いわ。次は憑依(ひょうい)するわよ。』


「どうしたらいいの?」


『心を開きなさい。宝珠を開きなさい。』


「・・・わからない。」


『そうね・・・。どうしようかしら。実戦でいきなりやるには危険よね。』


しばらく考え込んでいた押ケ峠の顔がぱっと明るくなった。


『そうだあそこを使っちゃえばいいんだわ。湯抱(ゆがかい)に行くわよ。』


「えっ湯抱?」


『そう。佐姫(さき)、今から行ってみる?』


ふっと、場所が移動した。廃屋の中である。


『数年前まで温泉だったの。』押ケ峠が言う。


傷んでしまってはいるが、床が抜けているとか壁が破れているとかではないけれど、ホコリが厚く積もっている。もう誰も風を通しにも来ないのだろう。


『おっ,仕事が早いわねぇ。』押ケ峠が感心している。


これ、今の間に池田の熊見(くまみ)さんに用意させたんだろうか?と佐姫は思った。脅したに違いない。


脱衣所と温泉は、きれいに整っていた、


湯殿に入る。床が波のように模様を描いている。その析出物の描いた模様を指して


『ここのこれ、効果が期待できるわ。さ、実体化するわよ。』押ケ峠が言う。


「えっ、実体化出来るんですか?」


『出来なきゃ物理的にどうやって戦うのよ?どう斬りつけるのよ?』


「なんかうれしいです。」


『だけどね、戦闘中だけよ。あと、ここ。湯抱だけ。』


佐姫は少し残念に思った。


『あたしを触ってご覧なさい・・・って、なんで抱きつくのよ!!』


「だって。」


『いきなりどういうことよ。ふつう、そっと腕とか、おなかとかをそっと触るじゃない!』


「だって押ケ峠、きれいなんだもの。」


『あらっ!ありがとう。・・・違うわそうじゃない。ああもう。まぁいいわ。』


押ケ峠はため息を付いた。『実体化したのは分かったわね。じゃ、集中して。』佐姫を抱き寄せる。


『わかる?』


「あ、なんか、判ります。これ、共有というか、一心同体と言うか・・・。」


『そうそう。それが分かったらいいわ。戦闘中、あたしは薙刀の形を保ったまま、佐姫の意識と同調するのよ。』


『きっかけは(つか)めたわね?』


「はい。理解は出来ました。」


『って、きつく抱きつくんじゃないわよ。離れなさいよ!もうほんと、だめ、やめて!』


「だって、柔らかくて気持ちいいんですもの。久しぶりにしかも絶対できないと思ってたと言うか、諦めていた実体化なんですよ。分かってくださいます?私のこの気持ち。触れるっていう、この喜び。」


『・・・あ〜!誰か助けて〜!』


・・・


お宮に戻ってきた二人。


『・・・じゃ、湯抱を踏まえて、稽古するわよ。』触られ続けてぼろぼろになった押ケ峠がボソボソと話す。


「分かりました。」ツヤツヤの顔で満面の笑みを浮かべて佐姫が元気よく応えた。


『まず、耳からあたしを解き放ったら、《合力》って唱えるの。それで実体化するわ。じゃ始めて。」


「合力!」佐姫は唱えた。


体が光り始めている。


『じゃ行くわよ?』押ケ峠はバク転のように宙を切り薙刀に変化する。


「はぁっ!」佐姫は薙刀を右手で受け、上段で素振りを一閃した。


「ドカッ!!」20メートルくらい離れた壁がえぐれた。


『そうそう、上出来。壁に穴を開けるわけにはいかないから、あとは外でやるわよ。』


二人は深夜まで練習を続けて、それからまた池田で体を癒やした。


深夜、佐姫が部屋に戻って寝ようとして掛け布団をめくると、そこにはエノが寝ていた。


珍しい事である。


いつもは5歳児とは思えないくらい黙って家事を手伝い帳面を付けよく働いている子である。


「たまには寂しい時もあるのかしら。」


佐姫は自分が死んた直後のあの悲しみを、不安を思い出していた。


エノの横に入り、頭を撫でながら。



私は石に潰されたあと、自分のお葬式を離れたところからずっと見ていた。


友達や、先生や、親戚のおじさんおばさん、両親、祖母(ばば)


そこでは佐姫が日常で関わっていた人々が悲しみの時間を過ごしていた。


身体がないので、お葬式だけ。斎場に行くこともなく、お葬式は終わった。


それから、家に帰って、家族だけが宿()にいた。皆、無言で居間に座っている。


佐姫は、そっと居間に入っていった。


「佐姫!」祖母(ばば)が叫んだ。「佐姫が帰ってきた!」


佐姫はおばあちゃん子であった。「ただいま。ばばちゃん。」もちろん誰にも聞こえない。誰にも見えない。唯一、祖母だけ佐姫が見えている。


「あんた、どがしたのぉ(どうしたの)なして(なんで)こがな(こんな)ことになっただの?」


祖母が泣きながら言う。


「わからないの。わたしにも、わからないのよ。」佐姫が力なく答える。しかし、祖母には聞こえない。


まめにしちょってね(元気でね)。」佐姫は、なぜだか宮に行かなければいけないと思い、家を出て宮に向かった。


百葉箱くらいのちいさなお宮がある。


『お入りなさい。』声がする。


すると、大広間に佐姫は居た。少し高い床の間のような上座に女性が座っている。


『私は佐毘売(さひめ)といいます。』女性はにっこり微笑みかけてくる。


『このまましばらくすると、あなたは、あの世に(かえ)らないといけなくなります。ですが、ここになら還らずに居ることが出来るわ。』


「私は死んだんですよね?」


『・・・そう。残念なことにね。』


「ずっと、居ても良いんですか?」


『ええ。ずっと居ていいのよ。』


佐姫はたとえ両親に見えないとしてもまだ家に帰ることが出来るんだと思った。


「お願いします。」


『では、この宮で働いてもらうことにしましょう。働くとは言っても難しいことをするんじゃなくて日常の家事をお願いしたいの。』


「わたしに出来ることでしたら、働かせて頂きます。」佐姫は頭を下げた。


『良かったわ。これからどうぞよろしくね。』佐毘売は笑顔で答えた。


・・・


そんな事もあったわ。と、エノをトントンあやしながら佐姫は眠りについた。


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