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SAKI  作者: 秋葉
3/12

SAKI03


季節は秋から冬。日常の業務を済ませて佐姫(さき)水垢離(みずごり)を始めた。


うすい肌着一枚で、まずは柄杓(ひしゃく)で手を清める。身体は寒さでガタガタ悲鳴を上げ始める。それから桶に水を汲んでかぶる。


しばらく水をかぶると、体表面の感覚がなくなってくる。それでも桶で水を汲んで、かぶらないといけない。


手がかじかんで桶を持てなくなってくる。それでも気力を振り絞って桶を掴み、水をかぶる。


座ってもいられなくなってくる。片膝をつきながら歯を食いしばって水をかぶる。


最後は気絶してしまう。気づくと、自分の部屋の寝所で朝を迎えていた。


だから数日間は、何杯かぶったのか実はわからない。


それでも10日過ぎた頃だろうか。


50杯過ぎた辺りから、身体がうすく白く光り始めた。


気絶の前の幻想でも見ているのかと思ったが、そうでもなさそうだ。


佐毘売(さひめ)に報告した。「よく頑張っているわね。」佐毘売は、にっこり微笑んでくれた。


水垢離を始めて一か月にはならない頃。季節は冬の入口。夜の気温はぐんと下がっていた。


百杯かぶることが出来た最初の日。


気づいたことが2つある。


百杯かぶると身体は強く光り始める。


どこからかごうごうと滝の音がし硫黄の匂いがし始める。


「この音はね。源泉の音。お疲れ様。温泉に入っていらっしゃい。」佐毘売がニコニコしながら教えてくれた。


滝の音をたよりに少し行くと、そこはコンクリート打ちの大きな湯船がある温泉であった。


いつもお風呂に入っていないわけじゃないけれど、冷えた身体にちょうどいい30度くらいの湯温。座ると首まで浸かれる深い湯船。


それが圧倒的な水量で体の冷えを取り去ってくれた。


しかし、身体が光るようにはなったが光るきっかけは水垢離であって、自分の意志ではない。


自分の意志で光らせられなければ、使いようがないんじゃないだろうか?


そう思いながら頭で光るイメージを作ってみた。


腕で丸を作ってみる。


「光れ!」と、念じてみる。


思いつくままありとあらゆる事を試してみた。


数日後、佐姫にはどうにも出来なくて、佐毘売に尋ねてみた。


「どうしたら、光れるでしょうか?」


「簡単よ。」佐毘売が答えた。「水垢離をイメージするの。」といった途端。


佐姫の体は、まばゆいばかりの光で包まれていた。「出来た!」


佐毘売は少し驚いていた。「この子、頑張りもすごいけどスジが良いわねぇ。」


「次は、これね。」佐毘売は、薙刀を出してきた。「これの素振り千回。」


「使わない時は、小さくなって耳たぶに引っかかるようになっているわ。銘は押ケ峠(おしがと)。役に立つと思うわよ。」


薙刀を仕舞ってみた。耳にピアス開けている子をテレビで見たことがあるが、ある女の子がしていた耳たぶの内側の二か所を渡す感じの棒状のピアス。あれに似ていた。


佐姫はとにかく遮二無二稽古に取り組んだ。


苦痛に顔を歪めながら、必死で上段を振りながら数を数えていた。


初日は、千回振ることが出来ず、くやしさで早朝に大声で泣いていた。


身体の節々が痛く普段の仕事である炊事洗濯もペースが遅くなって、えのが随分手伝ってくれた。


「池田に行っておいで。」佐毘売が佐姫に声をかけた。


佐姫は仕事が終わって夕飯までの間に「池田ラジウム鉱泉」まで足を伸ばしてみた。


そこはおしゃれな洋風の邸宅で、きょろきょろしながら玄関を入ると、


洋式のお部屋と廊下があり、廊下には高さが2メートルはあるだろうか、大きな柱時計がある。


振り子部分はガラスになっていて、金の筆文字で「池田ラヂウム鉱泉」「有線 池田 001番」と書いてあった。


調度品も高級なものばかり置いてある。ウエッジウッド、マイセンなどの茶器。油絵の大きな絵画。鹿の剥製。佐姫は美術館に来たような気分で廊下を歩きながら鑑賞していた。


今では余り見掛けないレースのカバーの付いた黒電話も印象的であった。


そして誰も居なかった。


はずであるが、「・・・いらっしゃいませ・・・。」佐姫はびっくりした。


いつの間にか横にスーツを着たスリムな男性が俯いたまま立っていた。「佐毘売(さひめ)様から伺っております。」


「私のことを見える人が他にも居る。」佐姫はちょっと嬉しかった。


乳白色の温泉に湯の花だろうか。キラキラと模様のように浮いていた。


宿(いえ)のガラスみたい・・・。」


佐姫の宿(いえ)は三代住んでいる家。大きな古い家である。


佐姫が小さい頃、土間はリフォームされ台所と客間になった。その引き戸に昭和ガラスが入っていた。


まるで宇宙のような、銀河のような模様とそれを通ってくる光の色が佐姫は大好きだった。


佐姫はこの温泉が大好きになった。


湯船に身体を沈めると、チクチクと痛みを感じるくらいの刺激があるが、あれだけ痛かった体の痛みが嘘のように消えていった。


風呂から上がり、お風呂を頂いたお礼を告げようと廊下を歩いていたが、誰も居なかった。


身体が楽になったので凄く嬉しくて、そう伝えたかったし、誰もいないとはいえ黙って帰るのはなんだか申し訳ないなと思いながら、玄関の土間を通ろうとした時、「・・・ありがとうございました・・・」またいつの間にか男性が俯いたまま立っていた。


佐姫は少し驚いたものの、それより自分を見える人が祖母以外にも居たことが嬉しくてその喜びが勝っていた。笑顔で「おかげでとても楽になりました。ありがとうございました。」と、告げてお宮へと急いだ。


それから佐姫は、毎日池田まで出掛けて体を癒やしながら素振りを続けた。


二週間でやっと、千回振れるようになった。


それからしばらくして、素振りの最中に異音が発生していることに気付き、佐毘売に伺いを立ててみた。


「そろそろ、本当の力が使えるようになるかねぇ。」佐毘売はそう言っていた。


またしばらく稽古を続けていると、『見ちゃあ、いられないわね。』と声が聞こえる。

きょろきょろ周りを見ても誰も居ない。


気を取り直して、練習を再開すると『腰、腰が定まってないのよ。』佐姫はびっくりして周囲を伺う。「私、稽古のしすぎておかしくなっちゃったのかしら・・・。」


今日はもう稽古を中断して休養しようと決めて、押ケ峠(おしがと)をしまおうとした時。


『なんでしまうのよ!』


佐姫はびっくりして押ケ峠を落としてしまった。「いけない!」と思ったのが先か後か。


『いったぁ〜〜〜い!なにをすんのよ!!』悲鳴が聞こえた。


「もしかして、押ケ峠?」


『もしかしなくってもそうよ!』


「・・・しゃべれるんだぁ。」


『あたいはずっと喋ってたわよ。あんたが聞き取れなかっただけでしょうが!』


「押ケ峠、怒ってるの?」物言いの()()()を感じた佐姫は尋ねてみた。


『おっ、怒ってなんかないわ。ちょっとびっくりしただけよ。』


「うれしい。お話できるのね。」


『あたいの声が聞こえるようになって何よりね。』


「聞いてもいい?」


『なによ?』


「わたし、友達の敵を討ちたいの。あなたに手伝って欲しいの。」


『・・・無理ね。』


「だめかしら・・・。」


『あっ、無理っていうのはね、また稽古が足らないんじゃないか、っていうことよ。』


「じゃ、押ケ峠がいいって言ってくれるまで稽古を頑張ったら、手伝ってもらえるのね。」


『もちろん。頑張りなさいよ。さ、振ってご覧。稽古を見てあげるわ。』


稽古が再開された。


『握りが甘いし、持つ位置が違う!』


『すり足もっとスムーズに!もっと腰をちゃんと落として!重心が高いんじゃないの?』


『だめ!振りが鈍い。もっと早く!もっと切れよく!』


『突きが弱すぎ!もっとしっかり突いて!とどめのつもりで突くの!』


押ケ峠の容赦ない指導のために普段よりボロボロになった佐姫は池田にいた。


湯船に身を沈め、ふぅ。とため息を付き目を閉じる。湯の刺激が心地よい。


目を開ける。


ざばっ!と湯が跳ねた。佐姫が驚いて身体が反応したのである。


眼の前に女性が居る。


長いストレートの黒髪の、透き通るようなキメの肌の、すらっとした女性。


その女性はにやっと笑い話しかけてきた。『ここはいつもいい湯よね。』


「押ケ峠?」


『他に誰があんたと池田のお風呂にはいんのよ?あたいだって一緒に稽古して疲れてるし、いいわよね?』


「もちろんいいんだけど。脅かさないでよぉ。」


『別に驚くことじゃないわ。ていうか、この程度で驚いてたら体が持たないわよ?』


「・・・押ケ峠、きれいね。」思わず口にする佐姫。


『ほ、褒めてくれたって何もでないわよ!』赤面する押ケ峠。『あたいね、あなたの宝珠が好きなの。魅せられているわ。だから、あなたが戦って壊されるとあたいも気に入らないの。わかる?』


「わたしも、仇は取りたいけど壊されたいわけじゃない。宿のばば(祖母)も悲しむだろうし。」


『じゃ、稽古頑張りなさい。』


風呂上がり。廊下を歩いて土間にさしかかる。


「・・・ありがとうご・・・、ひえっ!」スーツの男性が変な声を上げた。


『ひさしぶりねぇ。熊見(くまみ)。元気そうで何より。』ニヤッと笑いながら押ケ峠が挨拶をする。


佐姫は、二人の間に過去に何があったのかは解らないので黙って様子を見ていた。



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