SAKI01
「いやだ〜!」
泣きじゃくる女の子。5歳くらいだろうか。
さっきからずっとこの調子である。
ここはあるお宮の大広間。
千畳敷もあろうかという広間に、少し高さを出した上座が設けてある。
困った顔で千畳敷に座り込んでいる30歳くらいの大男。
身長2メートル位。筋骨隆々の大きな体を、小さく縮めている。
そして上座には25歳くらいの女性。
呆れ顔で座ったまま、子供が泣くのを見ている。
「どうするつもりよ?豪鬼?」
「・・・」豪鬼は言葉が出ない。
「あんたが連れてきたんでしょう。」
「・・・」
「面倒も見れないのに、拾ってくるんじゃないわよ。」
「そうは言ってものう・・・」
「面倒見きれないから、連れてきたんでしょう?」
「儂は男だ。女性の扱いは女性が良かろう、と思っただけじゃ。」
「だからって、なんであたしが面倒を見なきゃならないのよ。」
佐毘売が大きな声で言う。
「あたしは何の関係もないじゃないの!」
「大体ね。ちょっと川が氾濫したからと言って、そのたびに流された民を拾ってきたんじゃ、きりがないわよ?」
「そうではあるが・・・。」豪鬼が力なく言う。
「どうすんのよ。犬や猫の子じゃないんだから。ちゃんと責任持って育てなさいよ。」
「儂では、この子はちゃんと育たんのではないか?」
「育つも育たないも。人間みたいにちょっとなんかあったら死んじゃう存在を、ちゃんともなにもないわよ。」
「それを言うなら、お前さんだってこの前、死んだのを拾ってきたじゃないか。」
「あっ,あれは・・・。」佐毘売が慌てた。「あれは拾ったんじゃないわ。」
「同じようなもんではないか。うっかり死んだのを拾ったんじゃろうに。」
「違うわ。違うのよ。あれは、あたしの形代だから。」
「ほう。ならば、この子は儂の形代といえばいいわけじゃな。」
「この子生きてるし!それから、あんたは鬼でしょうがっ!鬼の形代なんか聞いたことがないわよ。」
豪鬼がニヤリとしながら言葉を返す。
「いいではないか。儂の形代も育ててくれれば。」
佐毘売が大きく腕を振り、拒絶する。
「だめよ。だめ!なによりこの子には形代の素質が、体内に宝珠が見えないわ。」
「これから生えてくるかもしれないではないか。」豪鬼はまだニヤニヤしている。
「なわきゃ、ないでしょう?」佐毘売が呆れたように言う。
「・・・ま、いいわ。小間使いなら使えるだろうから。」佐毘売がとうとう折れた。
豪鬼は大きく安堵のため息を吐いた。そして頭を下げ。
「頼む。儂はこの通り、気の利かない無骨な男だ。こんな儂が女の子を育てたら、絶対に女の子らしくは育たんだろう。佐毘売なら、立派な優しい女の子に育つに間違いない。」
話し終えた豪鬼は、ふっ。と姿を消した。
「あんた優しさを向ける方向をどうにかしたほうがいいかもよ~!」佐毘売が嫌味を言った。
女の子は泣き止まない。
佐毘売は大きくため息を付いて、それから「佐姫、ちょっと来て。」佐姫が奥からやってきた。
「はい、ただいま・・・えっ?」
泣いている女の子を見て、ちょっと引き気味である。
「この子、面倒を見てあげて。」
「は、はい。」
「今日からずっと一緒にいて、同じ仕事をさせてやって。最初は小間使いをさせて、筋が良いようなら巫女にするかもしれないから。」
「分かりました。」佐姫は答えた。
女の子は、大泣きしてたせいで、まだヒックヒックしている。
佐毘売が優しい声で尋ねる。「お嬢ちゃん、お名前は?」
「エノ。」女の子が答える。
「じゃぁ、エノ。佐姫についてお行き。」
こうして、エノは佐毘売の巫女見習いになった。
「あたし、別にそんなに人手に困っているわけじゃないんだけどねぇ。」佐毘売は、ぼそっと独り言を言った。
「佐姫が居るからねぇ。」
佐毘売は、佐姫を引き取ったときのことを思い出していた。