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ナナシと呼ばれた魔法使いが、神に拾われ魔王と恐れられるまで  作者: こいち


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第9話: 少女は、見知らぬ会場で売りに出される

「……っ」


まぶたの裏に、かすかな光がにじんだ。

ゆっくりと目を開けると、闇が広がっている。

見えないのに、どこかで泣き声だけが湿った空気を震わせていた。


ゴソ、と誰かが動く音。

すすり泣く息。

人の気配は、ぼんやりと確かだった。


「だれか……いるの?」


暗さに慣れた視界に浮かんだのは――鉄の檻。

自分だけではない。五つの影が、同じように閉じ込められている。


「ここ……どこだよ……」

「出せよ! お願いだ、ここから出してくれ!」


不規則に震える声が、鉄の檻の中で反響していた。


「檻……?」


指先で触れる鉄は冷たく、かすかに湿っている。


「……なんで、こんな……」


答える者はいなかった。

やがて、かすれた声がうしろから落ちてくる。


「諦めろ。ここは、そういう場所だ」


振り返ると、肩に深い傷を持つ男が、虚ろな目のまま言った。


「そういう……?」


「男は、化け物と戦わされる。女は……売られる。それだけだ」


「……意味、わからない」


「わからなくても、そうなる」


返ってきた声は、感情の色を失っていた。

その瞬間――


「レディース、エーン、ジェントルマーン!!」


拡声器越しの声が響き、大勢の歓声が押し寄せてくる。

カーテンのすき間から、白い光が差し込んだ。


「……!」


「言うても、レディに来てもろた覚えはあらへんけどなぁ!」


ざらり、とカーテンが開いた。


眩しい。

そして、理解する。

その訛りを、少女は知っている。

あの裏通りの、薬を売る怪しげな店主。


「……ヴル」


観客席には、ビールを片手にした男たちが野次を飛ばし、金の音を鳴らして下卑た笑い声をあげていた。


「なに……ここ……?」


少女の問いに、さっきの傷の男が呟く。


「地獄……みたいなもんだ。見てみろ」


光に満ちた石畳のホール。

酒とタバコが混ざった濁った空気に、肺が焼けるようだった。


少女はカーテンの陰に身を寄せ、場内を見た。


「今日の獲物の登場や!活きのえぇの揃えたでぇ!ほら賭けなはれ、賭けなはれ!」


ヴルの声に、少女は眉をひそめる。

彼が笑っている間に、一つの檻が押し出された。


「……獲物?」


「俺たちだよ。ほら、始まる」


押し出された檻の中で、男が一人、光の中へ進んだ。


「行くなよ……やめろって……」

「どうせ行かされるんだ」


そんな会話が、背後で小さく交わされる。


そして――


「今夜の狩人は……キメラや!苦労して連れてきたんや。楽しませてもらわんと、こっちが困るで!賭けは終わったかー?始めるで!」


ぬるりと現れた魔物――双頭のキメラ。

山羊とライオン、そして蛇の尾が、喰らうものを探してうねる。


少女は思わず後ずさる。


「……あれが……」


「化け物だ。勝てるわけがない」


「武器……ないの?」


「与えられるわけ、ないだろう」


ガシャン、と金属が悲鳴をあげる。


「うわっ……!」


檻は男の逃げ道に合わせて形を変える。

そして次の瞬間――


山羊の頭が、男の服を噛みちぎった。


「あ……」


男の呻きは短く、すぐに歓声に溶けた。

少女は冷たく呟く。


「……あっけない」


「ここじゃ、それが普通だ」


隣で震える声が答えた。

知らない土地で。

知らない人の中で。

理由もわからないまま、ただ消えていった。


そして、少女の檻がゆっくりと動き始める。


「次は……わたしか」


少女はふっと笑う。


「どこにいても同じか…。悪くない」


かすかな独白は、誰の耳にも届かない。

そんな人生でも構わないと、彼女は思った。

押し出されたとたん、ヴルが声を張り上げた。


「次の目玉商品はこれや!紫の瞳を持つ少女やでぇ!」


観客がざわつく。


「なんと出自も不明!誰にも問われへん特別な子や!」


値は上がり、やがて百万円で落札された。

肥え太った男が鼻息を鳴らし、少女の前に立つ。


「これは逸品だ。今夜はいい酒が飲める」


少女は静かに瞳を閉じた。

どこへ連れて行かれても、どうせ同じだと思った。


「……また、あの場所に戻ってきたんだ」


そのとき――


――君が傷つかないように。私が守ろう。


澄んだ声が、脳の奥に響く。


「っ……だれ……?」


――この子を授けよう。名前はセル。君の守護者だ。


「守護者……?」


声はふっと消えた。


「なんやこいつ!! どっから出てきたんや!!」


白い巨体が唐突に姿を現す。

三メートルを超える――純白の蛇。


紫の瞳だけが、少女と同じ色で光っていた。


「……蛇……?」

「お、おい……あれ、生き物か……?」


観客のざわめきが広がる。

蛇は少女の落札者を見つめ――


ゴキン。


鈍い音の方を向くと、蛇が少女を買った男を静かに飲み込んでいた。

少女は、ほんのわずかに息を吐いた。


「逃げろ!逃げろってば!!」


男たちが階段を駆け上る。

少女は蛇を見つめながら、静かに呟いた。


「……いらない。全部、いらない。ぜんぶ、嫌い」


その声に呼応するように、蛇の瞳に紫の光が集まる。


「…………全部、消して」


瞬間、闘技場を満たした光。

人々は声もあげられないまま、石のように動きを止めた。


静寂が降りる。


「……終わった、の?」


蛇はゆるく身体を丸め、少女を囲うように寄り添った。

逃げ場はないのに、不思議と怖くなかった。

少女はそっと蛇の頭に手を置く。


「ねぇ……きみは、なに……?」


蛇は低く頭を垂れ、敵意のないことを示す。

少女はかすかに微笑んだ。


「……静かな場所にいたいの。誰にも触れられない……ただ……そういう場所があればいいの」


触れた指先に、ふたたび声が降る。


――君を“また”見つけられてよかった。私は君の味方だ。


蛇が黄金色に光をまとった。

少女はその光を見上げ、小さく息を漏らした。


「……わたしの、味方……」


次の瞬間、少女と蛇の姿は、光とともに闘技場から消えた。

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