第7話: 少女は、姿を消したまま消息を断つ
「ただいま」
「おかえり……ん。リブだけか」
空が群青へと沈みはじめる頃だった。
土の匂いがわずかに残る玄関先で、ユウゴはジャガイモを静かに選り分けていた。
掌で重みを確かめる所作は、ゆっくりと――いつもどおり穏やかだ。
「……これ、今日の売り上げ」
リブは、ヴルから渡された袋を机へ置く。
硬貨の触れ合う微かな音が、部屋に沈んだ。
「……あとで見るよ。で――あの子は?」
「知らねぇよ。ほっときゃ帰ってくるだろ」
「……そうか。心配だな」
ユウゴは静かに目を伏せる。
石のように無駄のない指先が、一瞬とまった。
「最近、このあたりで行方不明者が多いらしい」
「大丈夫だって。子どもじゃねーし。……なにかあっても自分でどうにかするだろ。父さん、過保護」
言いながら、リブ自身の胸の奥にわだかまりが残っている。
吐き出すように、続きをこぼした。
「……つーか、あいつ帰ってくる気ねーよ。迷惑がってたし。人の善意より、自分の都合。そんなやつに、俺らがしてやることなんか――」
「善意というのはな、届ける側のものだ。見返りも、正しさも、押し付ける必要もない。……受け取れない人ほど、必要なときがある」
ユウゴの声は、夕暮れの底で水が流れるようだった。
「……あいつには“善”そのものが足りねぇだけじゃねーのか」
「手厳しいな。でも――あの子は、いつか受け止められるよ。人の善意も、自分の善意も」
「どうだかな」
吐き捨てるように言ったリブだが、胸に刺さるものがあった。
ヴルの、あの曖昧な笑みをふと思い出す。
肩越しにのぞき込んでくる距離。
あれは――ただの優しさ、だけではなかった。
胸がざわつき、彼は視線をそらした。
「……俺は、少し探しに行ってくる」
ユウゴが帽子を手に取る。
「夕飯は?」
「1時間で戻る」
父まで、あの子を気にかける。
胸の奥がまたひりついた。
けれど、ユウゴの判断がいつも正しいことも、よく知っている。
父の背中は、リブにとって手本であり、憧れだった。
「……なら、俺が作っとく。でもさ、なんでそんなに気にすんだよ」
「……何かあってからでは遅いからだ。万が一、戦わなければならないとき……あの子は、自分を守れるのか?」
「そんなの知らねーよ。興味もねーし!」
「悪く言い過ぎるのはよくない。人は、知ってから判断しても遅くない」
「……そーかよ。考えとく」
ユウゴは深く息を落とし、帽子をかぶる。
「……杞憂に終わればいいが」
その呟きは、夜の手前の静けさの中に溶けていった。
ドアが閉まる。
家に残されたリブは、ぽつんと立ち尽くす。
「……あーあ」
静かな溜息が、床の上に落ちた。
ヴルの、あの“少し近い視線”がまた脳裏にちらつく。
なにを考えていたのか――そう思う自分にも、腹が立つ。
リブは気を紛らわせるように、ジャガイモへ手を伸ばした。
ひとつ、またひとつ。
扱う手つきが徐々に静まり、家の中に、ゆっくりと夜が積もっていく。




