表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナナシと呼ばれた魔法使いが、神に拾われ魔王と恐れられるまで  作者: こいち


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/68

第62話 少女は、信じることを選びかける

ベガ。

西の荒野で出会った、常軌を逸した腕を持つ冒険者。

言葉を重ねるうちに、少しずつ、その輪郭が浮かび上がってくる。

無害そうで、気安く、優秀な魔法使い。

けれど、その奥にある本当の目的は――まだ掴めない。


「ここ西の街…ノクスウェルは、治安が悪くてさ。いつの間にか人が寄り付かなくなった、ちょっと可哀想な場所なんだ」


ベガは淡々と語る。


「見かねたギルドが、オレみたいな強い冒険者を派遣することにした。オレは、ここにいるだけで報酬がもらえる」


ベガは“冒険者ハンターのハンター”――

冒険者を狩り、殺しを楽しむ者たちを狩る側の人間らしい。

秩序を重んじるギルドが、彼を選んだ理由も理解できなくはなかった。


「最初はごめんね。大きな魔力を感じたから、てっきりレディが“そっち側”だと思った。ひっかけのつもりで、同じ名を名乗ってみただけなんだ」


「……分かった上で、わたしを攻撃したの?」


「それもごめん。昔の血が騒いでさ。珍しく面白い子を見つけたと思って、つい」


少女は深く息を吐いた。


「……ねえ。それより、出てってくれない?」


シャワーの音が、絶え間なく室内を満たしている。

ここはベガの家のシャワー室だった。

汚れを落とすために案内されたはずなのに、彼は当然のように少女に付き添い、ここまで来た。

カーテンで遮っても、わざわざ隙間から顔を出し、視線を外そうとしない。


「全く動じないから嫌じゃないかと思ってた。だめだった?」


その顔で見つめられると、拒む理由を忘れてしまいそうになる。


「アウト。人として終わってる」


「減るもんじゃないしさ。お詫びに背中くらい流させてよ。それとも、ワンナイトしとくかい?」


「いや。出てって。今すぐ」


ぶつぶつと不満を漏らしながらも、ようやくベガはシャワー室を出ていった。


「………」


ギルド所属のベガが少女を知らない。

それはつまり、まだ指名手配はされていないということだ。

西の門を難なく通れたのも、門兵が彼を深く信頼していたからだろう。

街は南や北とはまるで違い、静まり返っていた。

店には檻が設けられ、檻越しに品物を受け取る。

人々は目を合わせようともしない。


「……はあ……」


何日ぶりか分からない熱い湯を浴び終え、少女はシャワー室を出た。

湯気が肌から離れていくのを、ぼんやりと見送る。


「あれ……?」


タオルを巻いたまま、気づく。

そこにあるはずの服が、どこにもない。

胸の奥で、小さな警鐘が鳴った。

嫌な予感が、遅れて広がる。


「……ねえ。わたしの服、ないんだけど」


ドアを少しだけ開け、声を落として抗議する。

返ってきたのは、軽すぎる調子だった。


「汚れてたから、洗ってあげてるよ」


「勝手なことしないで。着るものがないじゃん」


自分の声が、思ったより硬い。

それは怒りよりも、恐怖に近かった。


「大丈夫。なにもしないから、出ておいで」


「意味分かんない。絶対にいかない」


後悔が、じわりと胸に滲む。


――どうして、こんな人に捕まってしまったのか。

どうして、油断した。


「警戒しすぎだよ」


ドアノブが、がちゃりと鳴る。

少女は反射的に、両手で押さえた。


「信用ゼロ」


短く、切り捨てる。

それ以上、心を近づけたら、何かを奪われる気がした。


「じゃあ、返す代わりにレディのことを教えてくれるかい?」


「は?」


「オレはレディに、オレ自身のことを説明して、信用を獲得しようと試みている。でも、レディは?本当に冒険者ハンターじゃない証明ができる?」


理屈は、筋が通っている。

だからこそ、苛立ちが募る。

ドアノブにかかっていた力が、わずかに弱まる。


「………タグがない……よ」


声が、小さくなる。


「ちぎって捨てたかもしれない」


「………」


少女は、思わず舌打ちした。

自分の浅はかさに。


「わたしは……南からきた。サレインという街から……。アルヴェンに戻りたい……」


少し考え、必要最低限だけを切り取る。

これ以上は、踏み込ませない。


「なるほど。サレインからアルヴェンへ……。じゃあ、ノクスウェルに来た理由は?」


南から北へ。

直線で行けばいいものを、わざわざ遠回りしている。

その不自然さを、彼は見逃さない。


「人には………言いたくないことの一つや二つはある。さっきも言ったけど……あんたへの信用ゼロ。説明をすることはない」


「なかなかお堅いね。それじゃあ、オレもレディを警戒しよう」


「それでいい」


一線を引く。

それだけが、今の自分を守る術だった。


「だけど」


次の瞬間、ドアノブに強い力がかかり、

いきなりドアが開かれる。

バスタオル一枚のまま、少女は勢いを失い、ベガの胸に飛び込む形になってしまった。

近い。

近すぎる。


「魔力の使い方を教えてあげたいな」


「……はあ?……」


「目の前の原石を、光らせないまま終わらせるのはオレの流儀に反する。……気づいてるだろ?魔力の流れ。レディは、自分が思ってるよりずっと強い。引き出し方を、オレが教えてあげる」


胸の奥が、わずかにざわめく。

否定したい。

けれど、彼の言葉は、痛いほど核心を突いていた。


「……いらない……なくても、困らない……」


「オレみたいなのは、まだまだいる。北に戻るまで、身を守れる力くらいは必要だと思わない?」


沈黙。

答えは、すぐには出ない。


「手助けするよ。オレに、少しだけ身をゆだねてみなよ」


少女は、迷いの末、ベガを押しのけた。


「……変なことは……絶対に、しないで」


願いに近い言葉だった。


「もちろん。大船に乗ったつもりで」


ベガは、楽しそうに笑った。

その笑顔が、なぜか――少しだけ、怖かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ