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ナナシと呼ばれた魔法使いが、神に拾われ魔王と恐れられるまで  作者: こいち


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第61話 少女は、まだ死ねないと知った

生きて帰さない、と男は言った。

確かに、そう言った。


「もっと抵抗しろよ」


こんな場所で――終われない。

理由も分からないまま、名も知らぬ誰かに命を奪われるなど、到底、受け入れられなかった。


「まだ死なない、から」


それでも、どうすればいい。

逃げ場のないこの状況で、助かる術など――。


「わたしを殺すのは……あんたじゃ、ない」


声は震え、空に溶けて消えた。

ここには、誰もいない。

自分を助けてくれる人など、最初から。


「救いを乞うといい。けれど――」


男は淡々と、残酷な事実を告げる。


「こんな荒野で、いくら叫んでも届かないよ。無慈悲だね」


細い杖が、少女の首元に触れた。


「安心しな。恐怖を感じる前に終わらせてあげる」


「……ちがう……」


目前に迫る“死”が、形を持って立ちはだかる。


「……嘘つき」


「嘘つき?」


「みんな……嘘つき……。守るって……言ったくせに……」


脳裏に浮かんだのは、アストレイルの声だった。

何度も、何度も。

すべての敵から守ると、確かに言ってくれた。


「……セル……」


ぽつりとこぼれた名。

マンドラゴラの一件以来、態度を変えた蛇の魔物。

あのとき向けられた敵意が怖くて、少女は二度と呼ばないと決めていた。

それでも、最後に思い出したのは――あの蛇だった。


「セル……」


「意味の分からないことを――ぐっ……!」


少女の背から、急に重みが消えた。

腕に走る痺れ。だが、拘束は解けている。

視界を覆うほどの影。

そこにいたのは、男を引き剥がす巨大な蛇だった。


「……セル……」


しゅる、と舌を出し入れするその瞳と目が合う。


「怯えてたのは……わたしだけ……。君は……最初から……そこに……」


蛇は男の体に巻きつき、締め上げる。


「二匹目か……まだ隠していたとは……」


太い胴が、ゆっくりと力を込める。

主人を傷つけられた怒りが、その動きに宿っていた。


「……面白い……!」


次の瞬間、男は杖で自らを爆破する。

驚いた蛇が力を緩めた一瞬を突き、距離を取る。

犠牲にした腕から、血が滴り落ちた。


「……自分の腕を……」


「びっくしりた?心配無用さ」


緑の光が、傷を包む。

破壊されたはずの腕は、容易く元に戻った。


「さて……礼代わりに、少し本気を見せてあげよう」


「……できるの?」


泥を拭いながら、少女は呟く。


「言うね。覚悟しな」


「……そんなの、知らないし」


蛇の尾が地面を叩いた音が、合図だった。

戦いたいわけじゃない。

痛いのも、疲れるのも、好きじゃない。

それでも――二人なら、勝てる気がした。

蛇の尾が、男を裂く勢いで振るわれる。


「いいね」


男は軽やかに跳び、ぬかるみをものともしない。

魔法使いでありながら、近接でも隙がない。

この男は、ただの魔術師ではなかった。


「でも、レディは隠れているだけだね」


蛇が男に噛みつこうとする。


「……そんなことないから…。これを……こうするんで、しょ?」


地面が、男の足元で大きく口を開けた。


「地面魔法……!」


驚きは一瞬だった。

しかし、修羅場をくぐり抜けてきた数が違った。

男はためらいもなく、自らの足を爆破する。

衝撃と同時に身体が弾かれ、まるで弾丸のように前方へ射出された。

速度は落ちない。

逃げ場を探す思考よりも早く、少女の視界が反転し、次の瞬間、背中に重い衝撃がのしかかった。


「驚いた…だけど、残念だったね」


息が詰まる。

馬乗りになった男が、至近距離から少女を見下ろしていた。細い杖が、

まず唇に触れ、そこから首筋へと、ゆっくりと這う。

撫でるようでいて、逃げ道を塞ぐ確かな圧があった。


「あと少しだった。まさか、レディがこんな魔法を使えるとは思わなかったよ」


「……殺すの?」


声は、思ったよりも静かに出た。


「死にたいのかい?」


「……あんたがそうしたいなら、そうすればいい。セル……噛み付くな」


背後で牙を剥くサーペントの気配を、少女はかろうじて抑える。

男はその様子を、興味深そうに眺めたまま、すぐには答えなかった。


「うーん……そうだね……」


余裕を含んだ笑みを浮かべ、杖は首元からさらに下へと滑る。

少女の胸元に差しかかったところで、ぴたりと動きを止めた。


「殺さないことにした」


「……は?」


「レディに興味が湧いたんだ。こんなふうに高揚するのは、何年ぶりだろうね。ともかく――気に入った。だから、殺さないでおいてあげるよ」


「意味……わかんないんだけど」


「敵意はないよ。これで、少しは分かってもらえるかな?」


男は少女から体を離すことなく、自分の足に治癒魔法を施す。

緑の光が消えたあと、今度は少女の頬に伸び、擦り傷をなぞるように癒していった。


「オレはベガ。本職は冒険者ハンター……のハンターだ。よろしくね」


「意味わかんない……あと…顔が、近い」


その言葉にも、ベガは構わず、少女の身体にぴたりと自身を寄せたまま、形式ばった挨拶を続ける。

逃げ場はない。

殺意も、善意も、区別がつかない距離で。

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