第6話: 少女は、ギルドに向かい、素性を調べることになる
大通りを行き交う人の波の中心。
そこに、二人が話していたギルドはあった。
陽光を受けて影を落とす、分厚い石造りの建物。
重たいウェスタンドアは絶えず揺れ、ひとつの生き物のように前後へと呼吸していた。
「リブは、この街で冒険者をしているんだ」
と、デネラが少女の耳元でそっと囁く。
秘密を打ち明けるというより、嬉しさに耐えきれず溢れた告白のように。
「あたしは農家が本業だけど……たまーに冒険者の依頼もね。――内緒だけど、いつか世界に名を轟かせる有名ハンターになる、って夢があるの」
言葉の端に無邪気な光が宿る。
秘密を素性の知れない少女に語ることへの迷いは、デネラには最初からなかったらしい。
「ギルドに名前を登録すると、街の結界の外に出られる。これが証明ってわけだ」
リブが首元の銀色のタグを指で弾く。
デネラも、胸元で鈍い光を放つ同じタグを持っていた。
すれ違った冒険者たちも皆、そのタグを揺らして歩いていく。
少女は不意に、自分だけ世界に属していないような、薄い疎外感を覚えた。
「ここが冒険者用のギルドだ。入るぞ」
軋むドアを押し開けると、酒気と人いきれが渦を巻く。
賑やかさとは裏腹に、彼らの視線はドアへと敏感で――少女が一歩踏み込んだ瞬間、空気がほんの少し沈んだ。
見定めるような目。
言葉にしないざわつき。
少女は指先が冷えるのを感じた。
「おい、ナナシ。こっちだ」
リブに腕を引かれ、少女は人だかりの前に立つ。
大きな掲示板に、依頼書がひしめき合って貼られている。
「これが依頼板だ。ランクに見合った仕事を選んで報酬をもらう。難しい依頼ほど上に貼られる。一番下が薬草収集とかだな。討伐系は……まあ、死ぬ可能性がある」
説明しろと言っていないのに、リブはいつもの調子で口を動かし続ける。
「けど、そのぶん報酬はいい」
どこか誇らしげで、少しだけ子どもみたいだ、と少女は思う。
リブは続けて棚を示す。
中央の高い棚を、ぐるりと囲むようにカウンターがあり、中には受付の女性たちが並んでいた。
デネラはいつの間にか、そのひとりと話し込んでいる。
「依頼を受付に出せば受注になる。討伐なら魔物の一部、収集系なら……まあ、依頼通りだ」
リブの視線の先、デネラは肩を落とし、こちらへ戻ってきた。
「なんか分かったか?」
「んー……この街と、他の支店にも捜索願いはあったけど……ナナシちゃんの容姿での捜索願いはなかったって」
「まあ、人が消えてる話は聞くけどな」
「え、なにそれ。こわ……」
「親父の話だ。真意は知らん」
デネラはちらりと少女を見た。
「身分が分かるものが……あればいいんだけど」
その瞬間、デネラがぱっと目を開いた。
「あんた!タグ持ってるじゃん!冒険者なの!? これで見てもらお!」
少女は胸元に手をやる。
いつの間にか持っていたチェーンの先には、古びたタグ。
傷だらけで刻印は読めない。
デネラは少女の手を引き、受付嬢の前へ連れていく。
「すみません。この子のタグ、見てもらえますか?」
「はい。ですが個人情報になりますので、ご本人さまのみ開示となります」
「……わたしは」
「問題ない!」
少女の言葉はリブに遮られ、抵抗は喉の奥で小さく消えた。
黒い円盤が机に置かれる。
タグを乗せると魔法陣が淡く光り、文字が走り出し――
ビーーーッ!
甲高い音が空気を裂いた。
円盤は途中で途切れ、沈黙する。
何度繰り返しても、同じ。
「魔導具の故障……でしょうか。他支店との照合も……できません」
「直せねえのか?」
「原因を探ります。少しお時間を」
「分かったよ」
少女はそっと息を吐いた。
胸の奥で重たかったものが、少しだけほぐれていく。
――知らないままでいい。
――見ないほうが、きっと傷つかない。
少女は静かに目を閉じた。
「はー。結局わからずじまいか。じゃあ、今度一緒に冒険してみようぜ。サポートも欲しいし」
「……なんで……いやだよ。ひとりでやって……わたしを巻き込まないで」
「いいだろ!減るもんでもねぇし!」
「絶対……嫌……」
* * *
帰り道。
軽くなった台車をリブが引きながら、少女は並んで歩く。
自信の欠片もないように、うつむいたまま。
二人の視線は一度も交わらなかった。
「巻き込むに決まってんだろ。親父が家に住まわせてやるって言ってんだ」
「……上から目線……むかつく……」
「は? こっちは善意だ!」
「頼んでない。勝手にやってるだけ。……自己満足で、善人ぶって」
リブの呼吸が荒くなる。
デネラは慌てて二人の間に入ろうとした。
「人の善意を踏みにじる気か?」
「……あんたに何が分かるの? どうせ“巻き込まれた”って言って、あとで被害者ぶるんでしょ」
「はあ?! なんだと!」
リブの手が少女の胸ぐらを掴んだ。
「リブ!やめなってば!」
デネラが割って入ると、リブは渋々少女を放す。
少女は地面に膝をつき、悔しさをこらえるように唇を噛んだ。
「……あんたも……暴力使うんだね」
涙が滲む。
「……『も』? なんだよそれ」
「構わないで……それだけ」
「そうかよ! じゃあ放っておく! 好きにしろ!誰もお前の帰りなんて待ってねぇ!」
「……そうだね。誰も…待ってないね…」
「ちょ、ちょっと!リブ!言いすぎ!あ、ナナシちゃん!」
どちらにも追いつけず、デネラは立ち尽くす。
少女は一度だけ振り返り――そのまま、人混みの中へ消えた。




