表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナナシと呼ばれた魔法使いが、神に拾われ魔王と恐れられるまで  作者: こいち


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/61

第59話 少女は、渇きの中で名を失う

カペラたちが、少女と同じ経路を辿ったところで追いつけるはずがなかった。

馬の脚力も、判断も、少女のほうが一枚上だ。

どうせ街には寄らない。

人目を避け、遠回りを選び、北へ向かっている——その読みは外れていない。

ゴールは北。

ならば、北へ行けばいい。

北のギルドに辿り着けば、いずれ少女と再会できる。


「……けどな」


カペラは、馬を走らせながら小さく呟いた。


「その前に、会わなきゃいけねー理由がある」


「ギルド嬢が言った通り、本当に西に向かってるなら……」


アルデバが、言葉を濁す。


「ああ。あの噂が本当なら……かなり、まずいな」


二人の脳裏に、嫌な噂が浮かび上がる。


—…


一方、北では。

リブとデネラが、少女の帰りを待ち続けていた。

あまりにも遅い。

胸の奥に溜まった不安が、限界に達していた。


「……親父。話、聞いてくれ」


「ん?」


「デネラと一緒に……あいつを……ナナシを迎えに行きたい」


ユウゴは、黙って息子の言葉を待つ。


「南で、悪い噂を聞いた。変な団体ができて、ナナシを討伐しようとしてるって……。真実かは分からねぇ。でも、あいつ……絶対、南で困ってる」


言葉が、震える。


「だから……行きたい」


「俺の家に金がないのは知ってる。移動費は、自分たちで稼いだ。時間はかかったけど……正直、今すぐにでも行きたい」


「あ、あたしからもお願いします!!変な場所には、絶対に行きません!!」


未成年の二人が、遠出を願い出る。

簡単に許される話ではない。

ユウゴは、頭をがしがしと掻いた。


「……うーーん、そうか…お前たちも……いや」


沈黙のあと、彼はふっと笑った。


「情けないな……。そこまで、あの子のことを気にしてたとは思わなかった。相談してくれれば、少しくらい金も用意できたのに…」


「じゃ、じゃあ……!」


「行ってきなさい」


即答だった。


「俺は止めない。迎えに行きたいなら、探しに行けばいい」


「親父……!」


「気をつけろよ」


こうして、デネラとリブは、北から南へ——少女を探す旅に出た。


—…


そして、さらに南西。

少女と一匹の馬は、荒野の只中。


「……ほら。動いて……」


最初こそ快調だった馬も、限界が近づいていた。

首を横に振り、これ以上は無理だと訴える。

南方領・サレイン、西側の荒野。

硬く、乾き、逃げ場のない土地。

岩が無秩序に転がり、足元は常に危うい。

太陽は容赦なく照りつけ、地面から水の概念を奪っていた。

幸い、影だけはあった。

赤く焼けた岩と地面が作る、わずかな陰。


「……ここで、休もう」


何歩進んだのか。

さっきも休んだ気がする。

少女は岩陰に腰を下ろし、馬と肩を並べた。

喉が焼けつく。

十数分、日向を歩くだけで限界だった。

——まるで、吸血鬼にでもなったみたいだ。

馬もまた、疲労を隠さず唸っている。


「……はあ……」


夜になっても、昼の熱は消えない。

一日中、暑い。

加えて、魔物の影。

逃げ場のない地獄。


「……水……」


水さえあれば。

それだけで、前に進める。

少女は、膝に力を失わせた。


「……魔法……か……」


魔法使いなら、水を生み出せる。

少女の知っている世界ではない”ここ”が、どういう原理で魔法を作り出しているのかは分からない。

けれど、仕組みは同じはず。


「水……」


頭の中で、何度も思い描く。


「湧き出る……感じ……」


魔力の流れ。

体の奥を、ふわふわと漂うもの。

今まで、興味もなく。

鬱陶しい羽虫のように、無視してきた存在。


「……これを……」


そっと、触れる。


「あ——」


嫌な予感。

触れた瞬間、魔力が少女へと雪崩れ込む。

制御できないほどの量で。

次の瞬間、

地面から水柱が噴き上がった。

天へ向かって、真っ直ぐに。

水飛沫が舞い、少女と馬を一瞬で濡らす。


「え……なに……どうすれば……」


混乱する少女をよそに、

馬は嬉しそうに水の中を跳ね回る。

止まらない。

両手では抑えきれない。

魔力が、水と同じように溢れ出す。

視界が揺れる。


——魔力不足。


「……っ……」


そのとき。


「何事かと思って来てみれば……ずいぶんと迷惑なことをしてくれるじゃないか」


「……え?」


振り向いた瞬間。

水柱の上に、巨大な岩が落ちてきた。

穴を塞ぎ、水は力を失って細く流れ落ちる。

静寂。


「……よかった……」


少女は、息をついた。


「西地区の生態を崩そうってわけじゃ、ないよな?」


声の主を見る。


「……考えたことも。ない、よ」


落陽色の髪は乾いた光を帯び、高い位置で無造作に束ねられている。風に煽られ、束ねきれない毛先が頬をかすめた。


「お嬢さん…名前は?」


深い緑の瞳は、遠くを見ることに慣れた静けさを宿し、相手との距離を自然に保っている。感情を映すことは少なく、ただ状況を測るために在る眼差しだ。


「………名乗らない」


茶色のつば広の帽子は使い込まれ、縁は歪み、革は乾いている。首には赤いスカーフ。飾りではなく、砂塵から呼吸を守るためのものだった。


「そうか。じゃあ、『レディ』とお呼びしていいかい?」


彼は風景の一部のように立っている。

荒れた土地とともに過ごしてきた時間が、その佇まいに静かに滲んでいた。

男は太もものベルトから、細い杖を抜いた。


「……なんとでも」


少女は、即座に判断する。

——敵だ。

荒野で出会う人間に、

無害な者などいない。

少女の瞳が、静かに細くなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ