第55話: 少女は、帰る場所を選び直していた
二人は、波の音が届く砂浜で少女の帰りを待っていた。
潮騒は一定で、時間の感覚だけが緩やかに溶けていく。
この時間が、いちばん退屈だ。
無意味な砂いじりにも飽き、鍛錬をする気にもなれない。
アルデバは、砂の上で走り込みをしていた。
真面目な悪――それが彼女の流儀だ。
向上心のかけらもないカペラは、ただ座り込んだまま、その背中をぼんやり眺めている。
「なあ、アルデバ」
「ん?どうした」
「一個だけ提案なんだけどよ……。このままだと蛇使いを街の中に入れられねーだろ?だから、外から回ってくのはどうかって考えたんだよ」
「おいおい、お前は天才かよ」
「けどデメリットもある。まず移動手段。ちんたら歩くのはごめんだ。馬くらいは欲しい」
「だるっ!」
「それから道だ。塀を辿るのもいいけど、ギルドの連中に会ったら面倒だし……少し逸れる必要があるだろ?土地勘もねぇうちらにできるかって話」
「今の、楽してのんびり生きれる生活を手放すってデメリットもあるわな」
「それな〜。あいつ、思ったより怖かねーし。ビビってた自分が恥ずいわ」
「あん時のお前、誰だよってくらい別人だったよな。ウケる」
「ウケねー」
街では、動きの鈍いギルドに代わって、少女討伐団が結成されていた。
闘志を燃やすのは勝手だ。
――自分たちを巻き込まない限りは。
しかし、とカペラは思う。
「連中のあの気迫……蛇使いを魔王扱いしてるけどよ、あっちの方が魔物だよな」
「あー、街に集まってるおかしな連中な。宗教か?ってくらい熱いよな……。見えてないもんには、いくらでもイチャモンつけられる。放っとけ。あいつの敵じゃねーし。ああいう連中は、スポットライト当たった瞬間、手を引っ込める」
「雑魚の塊が膨れ上がると、民意になる」
「政治にでも興味出た?」
そのときだった。
どすん、と鈍い音を立てて、空から何かが落ちてくる。
「うお!!」
「毎回、落としてくんのやめてくんね?マジでビビるから」
「…次から気をつける」
「そのセリフ、何回目だよ!全然悪びれてねーだろ!」
ゴブリンキングの首。
少女の帰還だった。
今日は、ゴブリンの巣の駆除。
最近、崖付近に出没し始めた件で、ギルドが頭を抱えていた案件だ。
なるほど、とカペラは思う。
勢力を増していた理由は明白だった。
キング――ブレインの存在。
統率力のないゴブリンと、知性を持つ王。
その差は決定的だ。
カペラたちが十人集まっても、敵わなかっただろう。
「せっかく、こっちはお前の心配してるっつーのに……」
「…厚かましい。わたしは、あんたらに無駄な感情を持ってほしくない。主人と下僕。それだけ」
「つめてーな。裏切るぞ?」
「人間なら、それでいいんじゃない。わたしは、期待していない」
「「…………」」
少女に仲間意識を訴えれば、いつもこの調子だ。
彼女は、人に信頼を置かない。
きっと――裏切られることを、知っているから。
「ちょっと力に自信がある連中が集まったって、怖くない。集団は脅威じゃない……。一人蹴散らせば、みんなどっか行く。ほこりみたいに」
「そうなる前に移動しようぜ。さっきカペラが言ってた案だけどよ……何日かかるか分かんねーけど、足で行くしかねえ」
「西の街を通って、ぐるっと半周プランな。準備は必要だけど……」
「……必要なものは?」
「え……」
否定されると思っていた。
馬鹿げていると切り捨てられると。
だが、少女は真剣だった。
無頓着に見えるその横顔に、確かな意思が宿っている。
――そこまで、帰りたいのか。
その理由に、カペラは初めて興味を抱いた。
「食料調達が一番の問題だな。一度出たら戻れねえし……南の門と東西の門の間にも門があったはずだ。距離、ちゃんと計算しねーと」
「ざっと、三日分?」
「考え甘すぎ。杜撰すぎ」
「ちっ……」
「最初から、あんたらのお粗末な頭脳に期待してない。必要なものだけ言って」
反論できなかった。
知識も、備えも、あまりに足りない。
「食料と足。次の門まで何日も歩くなら、荷物持ちの足は必須」
「…………」
行き当たりばったりで生きてきたツケが、ここで回ってくる。
資金も足りない。
準備期間は、確実に必要だった。
「お金は……出す。わたしが言い出したことだから。……けど、持ち逃げはしないでね。一応、あんたらの場所くらいは見れるし」
ずず、と音を立て、地面からマンドラゴラの蔦が伸びる。
「脅さなくてもうちらは言うこと聞くって」
「お前の前で悪さはしないって、二人で決めたからな」
「………善人みたいじゃん」
「仲間には、優しくする主義なんだよ」
「気持ちわる……」
「悪かったな!!もう二度と仲間認定しねーからな!」
「言ったでしょ。……厚かましいよ」
「けっ!」
カペラは、ゴブリンキングの首を掴んだ。
ずしりと重い。
王の名にふさわしい重さだ。
知識と欲と計算が、ぎっしり詰まっている気がした。
「じゃあな。また明日来るわ」
「………」
もう、夕暮れだ。
暗くなる前に森を離れなければ、厄介な相手と鉢合わせる。
カペラはアルデバに視線を投げ、顎をくいと動かす。
「行くぞ」の合図。
振り返っても、少女の姿はない。
それでいい。
二人は返事を待たず、いつものように塀の内側へ戻っていく。
少女は、少女のやり方で――
そこに、立っているのだから。




