第54話: 少女は、信仰の影で育った刃を受け取る
カペラは、牧師の娘だった。
小さな村の教会で育ち、
「盗んではいけません」「人を傷つけてはいけません」
そうした言葉を、息をするより先に教え込まれてきた。
毎週日曜日になると、父は祭壇に立った。
穏やかな声で、信仰者たちを導く。
――悪はいけない。
――善を信じなさい。
それが、この家の正しさだった。
だが、牧師の娘が必ずしも信仰深く育つとは限らない。
少なくとも、カペラは違った。
毎日の説教も、礼拝も、彼女にとってはただ鬱陶しいだけだった。
「魔法は悪だ」「魔の力は神への冒涜だ」
耳に胼胝ができるほど聞かされた言葉。
――そんな家が、嫌だった。
魔力を使い、魔術師を目指す友が羨ましかった。
鍛え上げた体で魔物に挑む友が、格好よく見えた。
私は、冒険者になりたい。
その一心で、彼女は家を出た。
そして、とある街のギルドで冒険者登録をした。
……良かったのは、そこまでだった。
夢は、夢のままで終わっていた方が、幸せだったのかもしれない。
冒険者になって間もない頃。
居酒屋で出会った男たちに持ち上げられ、調子に乗った彼女は、軽率にもパーティーを組んだ。
それが、分岐点だった。
自分の強さを、信じていた。
多少の強敵が相手でも、負けるはずがないと。
だが、現実は残酷だった。
男たちは、カペラに“非道”を教え込んだ。
どれほど喧嘩が強くても、どれほど力があっても、
女一人が複数の男に勝てるはずがない。
悔しくて、惨めで、
毎日、死んでしまいたいと思った。
それでも、逃げられない日々は続いた。
心は少しずつ、確実に折れていった。
――そんな彼女に、手を伸ばしたのが、アルデバたちだった。
アルデバは、悪に悪を重ねるように、
男たちを徹底的に、容赦なく叩き潰した。
その光景を見た時、カペラは思った。
――ああ。
――これが、快楽か。
胸の奥から、確かな歓喜が湧き上がるのを感じた。
それからだ。
アルデバたちとつるみ、
少女と出会い、
そして、今に至る。
「はい。三食分……と、収入」
「うん……」
集合場所は、決まっていない。
少女は「植物が教えてくれる」と言った。
――なんと便利な魔物だろう。
マンドラゴラを介して、人の位置まで把握できるらしい。
自分たちが近くにいない間の少女の住処を、二人は知らない。
理由は分かっていた。
信用されていないのだ。
決まった場所で会うことを嫌い、毎回、適当な森の中で呼び出すよう指示される。
呼び名は何でもいいと言われたため、カペラたちは彼女を「蛇使い」と呼んでいた。
「それと、これが今日の依頼」
二人は、毎日食事を運び、ギルドで受理された依頼を少女に渡す。
「ねえ……」
「お、おう!?」
「わたし、いつになったら街に入れそう?」
少女の声は、責めるでもなく、淡々としていた。
「毎日、毎日、食料と水は持ってきてくれるけど……肝心のお願いは、全然聞いてくれないよね」
一瞬、目が細められる。
「……まさか、その残念なおつむで何か企んでるとか、ないよね?」
「考えてねーよ!!」
カペラとアルデバは声を荒げた。
「段階ってもんがあんだよ!街はだいぶ落ち着いたけど、まだ無理だって言ったろ!めんどくせー連中が、まだうろついてんだ!」
「警備だっているしよ!今お前を連れ込んだら、あとが面倒なんだよ!うちらにとっても!お前にとっても!」
少女は、呆れたように小さく呟いた。
「あんたたち如きが……今さら風評を気にするなんて」
「うちらはグレーゾーンで生きてんだよ。悪に染まりきったらギルドに目をつけられるし、だからって、良い子ぶる気もねー」
「街の連中は、お前を“悪”だと思ってる。一緒にいるとこ見られたら、うちらだって無事じゃ済まねーんだ」
少女は興味なさそうに、ふーん、と息を吐いた。
「……まあ、いいけど。あんたたちは楽して稼げてるんだから。運が良かったね」
どこか、楽しげだった。
「はあ!?どこがだよ!!」
「マジで言ってんのか!」
「はは……なんだっけ。あんたたちの言葉を借りるなら――『ウケる』、だっけ?」
「「ウケねーよ!」」
この数日で、距離は確かに縮んでいた。
少女は、意外にも自分たちのような荒い人間と、同じ目線で話すのを好むらしい。
言葉遣いで逆鱗に触れたことも、まだない。
少女は依頼書に目を通す。
「……また討伐系?好きだね」
「一番稼げるやつを持ってきてんだよ。お前に大分、搾り取られるしな」
「まあ……そういう取引だし。ほとんどわたしが動いてるんだから、当然でしょ。……10割、わたしでもいいくらい」
「違いねーわ」
アルデバは笑った。
カペラは心の中で舌打ちした。
「ギルドは相変わらずだ。高ランク者が、お前を摘発しようとしてるらしい」
「時間の問題だろうな。ギルドは正義と秩序のために動くからな」
「……摘発されたら、犯罪者になるの?」
少女の視線が、二人を射抜く。
「わかんねーけど……」
「わかんないんだ?」
「でもよ。それ言い出したら、テイマーだって犯罪者だろ?魔物を飼ってんの、ギルドが許可してんだしよ」
「頭いいじゃん」
「数が問題なんだよ。普通は一匹だろ。多頭飼いは前代未聞だ」
いつからだろう。
カペラは、かつて嫌悪していたこの少女を、放っておけなくなっていた。
仲間意識――
そんな言葉が、脳裏をよぎる。
「まあ、犯罪者になったら、別の街に移りゃいい。小さいギルドなら、静かに暮らせばバレねーって」
「……だめ。戻らないと……怒られる」
「……?まあ、いいや。今日も頼んだぜ」
理由は分からない。
だが、二人は日が暮れる前に、今日の仕事を任せた。
その間、自分たちは待ち合わせ場所で、ぼんやりと時間を潰すだけ。
――楽な仕事だった。
少なくとも、
心が擦り切れる前までは。




