表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナナシと呼ばれた魔法使いが、神に拾われ魔王と恐れられるまで  作者: こいち


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/56

第53話: 少女は、取引という名の鎖を差し出す

今日は、最悪な日だ。

一年を振り返っても、これほどまでに過去を悔やんだことはない。


――いや、そもそも悪事なんて、手を染めた覚えはない。


ただ、ほんの少し。ほんの少しだけ、やんちゃをして回っていただけだ。

あれは悪事には入らない。きっと、入らない。


それでも。

これは、何かのツケなのだろう。

剣を携えた女騎士、カペラはそう思った。


「……取引、しない?」


目の前に立つ少女は、数日前に――

ほんの、ほんの少しだけ、悪いことを“させてもらった”相手だ。

元々は、こいつが悪い。

うちらの狩場を奪おうとしたからだ。

そう言い聞かせ、開き直ろうとした、その瞬間。


――ポーン。


魔術師仲間の首が、音を立てて宙を舞った光景が、脳裏に蘇る。


何も言えず、カペラは視線を落とした。


「……何が望みだ?」


言葉に詰まる空気を切り裂くように、槍使いのアルデバが強気に口を開く。

だが、少女はアルデバの質問には答えない。


「街の中って、どんな感じ?」


その代わり、強者の視線を送った。


「っ………。魔王が出たって大騒ぎだよ。高ランク者たちはまだ家に帰らず、この辺をうろついてる。明け方まで交渉して、ようやく外に出られるようになっただけ」


「ふーん……」


会話の主導権は、最初から少女の手の内にあった。

取引の目的も、条件も、少女は語らない。


「……街に、戻りたいのか?」


慎重に投げた言葉だった。

今なら、踏み込んでも大丈夫だと思った。

――思った、だけだった。


「は?」


少女の視線が、鋭く突き刺さる。

殴られた記憶は、まだ生々しいらしい。

睨みつけられるだけで、身体の芯が冷える。

男だったら萎み上がる、という表現がふさわしいだろう。

萎むものを持たないカペラは、喉を鳴らし、息を呑み込んだ。


「あ、あの時は悪かった……本当に反省してる!!だ、だから命だけは……どうか……!!」


「心配しないで………」


少女の声は、驚くほど静かだった。


「命なんか取らないよ。あんたたちの命に、価値なんて考えたことないし」


冷え切った声。

凍りつく視線。

有無を言わせぬ態度。


「あんたたちのこと、嫌いだからさ。利用してあげようと思って。だから――取引」


「……取引、って……」


「わたしは北に戻りたい。あんたたちがどうにかして、わたしを北に連れて行って」


その言葉のどこにも、こちら側の得は見えなかった。


「それは………けど…」


「もしかして、メリットとか、求めちゃってる?」


「い、いや!!そんなことは!!」


「そっか」


一拍。


「じゃあ、一個だけ提示してあげる。あんたたちが倒してほしい魔物、わたしが倒してきてあげる」


「……!」


「その代わり、収入の七割は、わたし」


「「え!?」」


「二人だから、1.5割ずつね。仲良く分けて」


「……それじゃ、私たちが食っていけないだろ……」


例えばここに金貨が3枚あるとする。

三人で分ければ、数日は暮らせる。

そこから七割引かれ、さらに分けて――

考えるだけで、頭が痛くなる。


「大変だね」


少女は、すべて分かっていた。


「毎日、わたしと一緒じゃないと生きていけなくなる」


分かっていて、この条件を突きつけている。


「でも、良かったじゃん。わたしなら、どんな依頼でもこなしてあげられる。真面目で立派な冒険者に戻れるよ。評価も、評判も、うなぎ上り。昇格だって、夢じゃない」


「……ま、まじか……」


乗るな、と言いたかった。

だが、うまい話しか並んでいない。


デメリットはただ一つ。

少女と共に生きること。


「……どうする?」


「考える必要、ある?」


選択肢は二つしかなかった。

少女に従い、生活を保障される代わりに、自由を差し出すか。

高ランク者たちに少女を売り、その場限りの金を受け取るか。


だが――


後者に、未来はない。

なぜならば、少女は指名手配されていない。

ギルドは沈黙を貫いている。騒いでいるのは高ランク者のみ。

少女を裏切っても…守ってくれるものは何もない。


「……裏切った時のデメリットの方がでけーわ」


「あの高ランク者たちが束になっても、勝てねーだろうしな」


「あいつが敵側になりゃ、全滅だろ」


少女と別れた後、二人は夕暮れの中で言葉を交わした。


「……一択だな」


「一択」


善も悪も、どうでもいい。

生き残るための選択だった。


「……犯罪者だな、うちら」


「今更だろ」


「ウケる」


「ウケねーわ」


結論は、一致していた。

少女の下で生きること。

収入を差し出し、代わりに明日をもらうこと。

肩を落とし、二人は夕日に目を細めた。

子悪党のような台詞を吐く日が来るとは、思ってもみなかった。

少女は、取引という名の鎖を、静かに差し出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ