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ナナシと呼ばれた魔法使いが、神に拾われ魔王と恐れられるまで  作者: こいち


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第51話: 少女は、守るという名の境界線を越えた

舗装もされていない道を一日揺られ続けたせいで、腰というより――正確には、お尻がひどく痛んだ。

馬車を降りるや否や、デネラは小さく唸りながら身体を伸ばす。

筋肉がぎし、と音を立てた気がした。

途中、何度か休憩を挟みながら、ようやく辿り着いた南部。


南方領・サレイン。


人の欲が流れ着き、溜まり、沈殿した街。

夜になれば、怪しい光を灯す店が軒を連ね、昼間とはまるで違う顔を見せる。

女性が一人で歩くには、あまりにも危うい場所だ。

だが、今はまだ昼。

北よりも柔らかい風が吹き、陽は穏やかだった。


「げー……」


少女が馬車を降りた瞬間、そんな声が聞こえた。

振り返ると、素行の悪さで名の知れた女騎士が二人、顔をしかめている。

一人は剣、もう一人は槍。

今日は魔術師の姿は見えなかった。


「折角、あいつから逃げようって北から南に来たってのに……」


声を落とし、ひそひそと愚痴をこぼす。


「なんで、あいつがいるんだよ……!」


その視線が、ちらりと少女へ向けられた。

どうやら、過去に何かあったらしい。

デネラは深く追及しなかった。


「お腹空いたね。なんか食べよっか?」


何事もなかったかのように、少女へ声をかける。


「いらない」


即答だった。

戦闘前に食べておいた方がいい、と頭では分かっている。

だが、無理強いはしなかった。


「じゃあ……リンゴは? この前あげたのと同じやつ」


「……もらう……」


予想外の返事に、デネラは一瞬だけ目を瞬かせた。


「え、あ、うん。いいよ」


バッグから取り出したリンゴを渡す。


「……ありがとう……」


小さく、確かに受け取られた言葉。

それだけで、胸の奥が少しだけ緩む。

人の多い場所が苦手なのだろう。

少女はリンゴを片手に、街の外へと歩き出した。


「ちょ、待って! 危ないって!」


慌てて追いかける。


街の外は、北の焼け野原とは違い、まだ緑が息づいていた。

開けた砂地の向こうには、果てのない海。

ワイバーン襲来に備え、街の入り口は毎年きれいに整地されている。

門兵に軽く会釈し、壁にもたれる少女の隣に立つ。


「リンゴ、好き?」


「……信用、することにしたから」


その答えは、あまりにも不器用だった。

けれど、確かに――心を少しだけ開いた証。


「そっか」


デネラはリンゴを齧る。

甘さが口に広がった、その瞬間だった。


「ピギャア!!」


空を裂く、甲高い咆哮。

南の空を見上げれば、すでにワイバーンの群れが見える。


――早すぎる。


警報の鐘が鳴り、重たい門が降ろされる。


「もう来たぞ!!全員、配置につけ!!」


だが、多くの冒険者はまだ街の中だ。

呑気に食事をしている。

高ランク者が来るまで、待っている余裕はない。

ワイバーンは、もう目の前だった。

デネラは歯を食いしばる。


「ナナシちゃん! あたしらで、やるしかない!」


「え……義理、ない……」


「街が壊滅するよ!」


「でも……関係ない……」


「ここ止めなきゃ、あたしの家の畑、なくなるけど!?」


「それは……やだ……でも、術がない……」


「蛇は!?」


「無理……最近、セルは怖い……言うこと聞かない……」


言い争っている暇はない。

ワイバーンが炎をまとい、真っ直ぐに落ちてくる。


「あ、でもね」


少女は、ふと顔を上げた。


「代わりに……すごいこと、できるようになった。見てて」


次の瞬間。

地面が、不吉な音を立てて盛り上がる。

ヘドロのようなものが噴き出し、

そこから、木の蔓が一斉に伸びた。

ワイバーンの首を、がっしりと締め上げる。


「……なに、これ……」


「強くしたの。新しい……わたしだけの、守護者」


蔦は首を引きちぎり、地面を抉りながら、その姿を現す。


「……マンドラゴラ……」


巨大な花弁。

蜘蛛の巣のように張り巡らされる蔦。

変異種――かつて各地を恐怖に陥れた存在。

少女は、子どものように笑った。


「ほら。すごくない?」


「……す……」


言葉が出なかった。

少女が手を上げると、

百を超えるヘドロが生まれ、次々とマンドラゴラが芽吹く。

地面は崩れ、空から落ちるワイバーンの骸が、草木を赤く染めた。


「な、なんだこれは……!!」


遅れて到着した高ランク冒険者たちが、呆然と立ち尽くす。

酒の臭い。

完全に油断していた顔だった。


「マンドラゴラ……だと……!?」

「魔物同士が……共食い……?」


最後の一匹を飲み込み、

マンドラゴラは満足そうにこちらを見た。


「説明しろ!!」


「い、いや……」


答えに詰まるデネラの背後から、少女が顔を出す。


「終わった……みたいだけど、これでいい?」


「ば、化物だ!!」


門兵の叫び。


「見てたぞ!! あいつが操ってた!!」


「魔物を支配する者……魔王だ!!」


「違う!! この子は……!」


デネラの声は、混乱の中にかき消された。


「撤退だ!! 魔王だ!!お前も早く逃げろ!」


引き剥がされ、人混みへ押し戻される。


「離して!!」


半ば酔った高ランク者たちが、少女へ突進していく。

その光景を最後に――

デネラが少女と再び目を合わせることは、なかった。

ただ、胸の奥に残ったのは、「守った」はずのものが、取り返しのつかない場所へ踏み出してしまった、という予感だけだった。

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