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ナナシと呼ばれた魔法使いが、神に拾われ魔王と恐れられるまで  作者: こいち


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第50話: 少女は、距離の測り方を覚えていく

ギルドからもたらされた情報は、簡潔で、けれど重かった。

明日の正午前後、ワイバーンの群れがリブたちの住むアルヴェン上空を通過する可能性が高い。

五日前、北へ向かって移動する群れを見たという目撃談。

その速度を考えれば、早ければ――明日だ。


夜が明けきらぬ早朝。

「いってらっしゃい」と両親に見送られ、デネラは剣を脇に抱えた。

土の匂いが残る家を背にすると、胸の奥がひやりとする。

寒さだけではない、理由の定まらないざわめきが、体の内側を這っていた。


「おはよー」


声をかけると、リブが振り返る。


「おう。……にしても、冬の朝はさみーな」


デネラは思わず肩をすくめた。

寒い。確かに寒い。

けれど、それとは少し違う。

皮膚の上ではなく、もっと内側から、ぞくぞくとする感覚。


「武者震いってやつか?」


「寒いだけだって。ほら、じっとしてるだけで歯がカチカチなっちゃう」


「どーだか……」


言葉とは裏腹に、いつもの冬とは質が違うと、デネラ自身がいちばん分かっていた。


「じゃあな。俺はあっちのグループだから」


「あ、うん……」


ギルドの判断で、人員は各地へ分散される。

北だけを守ればいいわけじゃない。

人が足りない地域へ、容赦なく振り分けられる。

リブは東部へ。

デネラは、最もワイバーンと遭遇する危険性の高い南部へ。


――どうして、あたしが。


農家の娘で、経験だって浅いのに。

理由を考えても、答えは出ない。

それがギルドという場所だった。


「なーにビビってんだよ。お前より強いランクの人たちが助けてくれるから大丈夫だって」


「分かってるけど……」


「羨ましい限りだぜ。俺の方が稼ぎたいってのに、なんでお前なんかが……」


「あたしだって知りたいよ!!」


言い返した声は、少しだけ上ずっていた。


「南部へ派遣の皆さん! 馬車に乗ってください!!」


ギルド嬢の声が、朝の空気を切り裂く。


「ほら、呼ばれてるぜ」


「うぃー……いってくるわ~」


背中をばしんと叩かれ、無理やり気合を注入される。


「いったー……」


小さく文句を言いながら、デネラは南部行きの馬車に乗り込んだ。

南部は人が多い。

馬車の数も、他より三台ほど多かった。

荷台はむさ苦しく、ざわざわとしている。

その中で、ひとりだけ――ぽつんと端に座る姿があった。


「ナナシちゃん!あたしと同じグループなんだー。よかったー」


返事はない。

それでも、デネラは少女の隣に腰を下ろした。


「ちゃんと顔、出したんだね」


「まあ……」


ほんの短いやり取り。

それだけで、違和感が胸に残った。

前より少し距離が縮んだ、そう思っていた。

けれど今日の少女は、どこか余所行きで、壁を一枚増やしたようだった。


「あたしは気にしないよ」


「……?」


「他の人の目線」


少女の思考を、そっと拾い上げる。


「赤の他人って感じ、もうしないしさ。仲良くしよ」


少女は視線を逸らしたまま、それでもほんの少し、距離を詰めてきた。


「……あいつは?」


「リブのこと?」


ちらりと背後を気にする仕草。

苦手な相手が近くにいるだけで、空気は変わる。


「あいつは別グループだよ。ランクと強さを揃えてるらしくてさ。同じランク同士になる確率、低いんだって」


「そっか」


「ほっとした?」


「……うん。一緒にいたくない」


相変わらず、言葉は鋭い。


「あたしもたまにカチーンと来るけどさ。ちゃんと話せば分かるって。次は落ち着いて話してみ?」


「いつも落ち着いてるよ」


「あ、うん……そうだった。あいつが落ち着いてなかったね。ごめん」


「あんたが謝る必要、なくない?」


「でも幼馴染だし。あいつのせいで不快になったなら、悪いって思うだけ」


「夫婦、みたい」


思いがけない言葉に、デネラは一瞬だけ息を呑み、すぐ笑った。


「ナナシちゃん、冗談うまくなったなー!」


少女の口から「家族」を連想させる言葉が出るとは思わなかった。

胸の奥が、ほんの一瞬だけ跳ねる。


「本音を出すのが怖くてさ。伝わらないのも怖くて、だから毒づく。あれ、あいつの悪い癖。そういうの、あるでしょ?」


「……分かんないよ。そういうの」


「難しかったか。ごめんね!」


「……あんたが謝る必要、なくない?」


少女が、ふっと笑った。

ほんの一瞬、氷が溶けたみたいに。


「そうかもね」


沈黙が落ちる。

馬車は揺れ、木の軋む音だけが続いた。

ふと、デネラは思い出す。

以前、畑を手伝ってもらった日のこと。

肥料を、大事そうに抱えて帰っていった姿。


「そういえばさ。あの時の手伝い、役に立った?」


「……あ、うん……」


「何かやりたいこと見つかったって、いいことじゃん。何育ててるの?」


「花」


「花かー……専門外だけど、役に立ったならいっか」


「うん。結局、自己解決したけど……」


荒れた心を、花で整える人もいる。

少女がそれを選んだなら、それでいい。

デネラは小さく頷いた。

それから、言葉は途切れた。

話題を探しても、無理に繋げる気にはなれなかった。

少女には、少女なりの境界線がある。

そこへ不用意に踏み込めば、この関係は簡単に壊れてしまう。

デネラは、針の穴に糸を通すような慎重さで、

揺れる馬車の中、少女との距離を測り続けていた。


――それが、今の自分にできる、精一杯だった。

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