第41話 少女は、闇に値を預ける
ここはヴルの店だ。
雑多に積み上げられた怪しい骨董品が、秩序のない秩序で空間を占領している。
使えそうな防具や武器の隣に、用途も価値も定かでない奇妙な花瓶。
どれもが埃と時間の匂いをまとい、近づくだけで喉の奥がひりついた。
――“なんでも売買”。
そう書かれた看板を見上げ、少女は思う。
そんな人間が、本当に存在するのか、と。
扉を押し開けた瞬間、軽薄な音色のベルが鳴った。
その音は、店の主をそのまま写し取ったかのように不躾で、甘ったるい。
「いらっしゃーい。……なんや、久しぶりやないか。元気にしとったか? ナナシちゃん」
予測されていた来訪。
ヴルの瞳が鈍く光り、少女の頭から足先までを、蛇のようにゆっくりと撫でる。
視線で触れられる。
値踏みされ、絡め取られる感覚。
異様な執着。
その前に立つだけで、身体が自然と強張った。
「あの、さ……」
声を出すのに、少し勇気が要った。
「ん?」
呼吸が浅くなる。
ねっとりと絡みつく視線は、逃げ場を与えない。
「あんたって……情報の売買も、してるの?」
「しとるで。売るか売らへんかは、わい次第やけどな」
「……そう」
少女は、意識的に息を深く吸った。
「東の森にある……大樹を探してる。教えて」
「大樹、なぁ」
ヴルは店の奥から手招きする。
誘われるまま一歩踏み出すと、ぎしり、と床が低く鳴いた。
片付けられていない机を挟み、二人は向き合う。
「魔王の類ちゃうんか?それこそ、“魔王様”のほうが詳しいんとちゃう?」
冗談めかした声。
だが、瞳は笑っていない。
「誰のこと、言ってるの?」
「さあ、誰やろなぁ」
下手な口笛で誤魔化せるほど、少女は鈍くない。
「……そういうの、やめて」
「今の状況で、自分の立場、分かっとるか?」
言葉が喉に詰まる。
圧倒的な力の差。
ヴルは、それを隠そうともしない。
「で。ナナシちゃんは、何が欲しいんやった?」
伸びてくる手。
細く笑う瞳は、捕食者のそれだった。
「……東に行きたい。連れてって」
「ほな、料金や。払ってもらわなあかんな」
その腕は、さらに近くへと誘う。
「……そんなので、いいなら」
少女の瞳が、わずかに揺れた。
そこに恐怖の色はない。
最初から――こうなることを、どこかで知っていた。
だから、迷いは生まれなかった。
「んー。健気やね」
差し出された手に、ためらいなく指先を重ねる。
触れた瞬間、逃げ場は失われた。
「じゃあ、お支払い、よろしゅう」
腰に回る腕。
引き寄せられ、呼吸の距離すら溶けていく。
少女は、ヴルの座る椅子に身を預けるように体重をかけた。
鈍く、低い軋みが空気を震わせる。
紫の髪が静かに落ち、彼の視界を覆い隠す。
耳元に落とされる吐息は、意図的に遅く、甘い。
「……ふ」
熱を含んだ気配が、肌をなぞり、闇に滲んだ。
少女は、その温度を拒まない。
「お嬢さんは、なんぼの価値があるんやろな」
代償を差し出す覚悟は、すでに――
静かに、身体の奥で結ばれていた。




