第24話: 少女は、境界をさまよう
出発――のはずだった。
だが、冒険者にとって準備とは呼吸と同じ。怠れば、死に直結する。
夕刻が近づく街はひんやりと空気が冷え、温かい飲み物を求めたくなるほどの季節。
リブとデネラは荷物を整えながら、同時にぶるりと肩を震わせた。
「うーーーっ! さむっ!」
「俺ら、季節感ゼロだよな」
「だよね!!」
だが街の外に出た瞬間、その軽口は掻き消える。
草原は、容赦なく照りつける太陽と、肌に刺さる紫外線の世界だった。
「ナナシがいる草原って、不人気だよな?」
「不人気というか……普通は近寄らないよ。隠れるものが何もないしさ。あの草も厄介。膝まで伸びて、足を取られるんだもの」
冒険者の足音を聞き、草陰に潜む魔物が音もなく寄る。
まさに最悪のフィールドだ。
「でも、一本木の下にいるなら、見つけやすいね」
「……見つけてほしいって言ってるみたいだ」
「ナナシちゃんにそこまで計画性はないよ」
リブはため息をつき、水筒の冷たさに肩をすくめた。
頼まれた以上は、やりきるしかない。
一方その頃――。
少女は、過酷な太陽と夜の冷気にさらされて三日が過ぎようとしていた。
空腹はすでに遠くへ消え、今はただ、まぶたが落ちそうな眠気だけが敵だった。
たった一輪の、幼い花を守るため。
少女は、睡眠も取らず、飲まず食わずでそこにいた。
「ぷ?」
「……平気。ちゃんといるよ」
声は掠れ、喉は焼けつくように乾いている。
それでも、帰ろうとは思えなかった。
花を守る自分が――少し前までの自分と重なって見えたから。
「ぷー」
「ほんと、なんで気にしてんだか……」
花はただ揺れるだけで、少女の独り言を理解しない。
それでも、沈黙が心地よかった。
ふと、少女の表情が変わる。
「あ……そっか。なら、一緒にいればいいんだよね」
「ぷ?」
「とっておきの場所があるの。そこで暮らそう。そしたら、心配なんて何も……」
ほんの一瞬だけ、少女は柔らかく微笑んだ。
そして花を葉と枝で編んだ小さな影へ導く。
「ちゃんと隠れててね」
花はチョロチョロと迷ったあと、そこへ収まり、ふぅと落ち着いた。
それを確認して、少女はふらつく足で街の方へ向かっていく。
その歩みは、限界の体が無理やり前へ進んでいるようだった。
* * *
ギルドの外へ踏み出したリブとデネラの視界を、一つの影が横切った。
「……あれ、ナナシちゃんじゃない?」
デネラが指さした先に、確かに見覚えのある背中があった。
「ナナシちゃーん!」
呼び声にも振り向かず、ただ真っ直ぐに歩き続ける。
「街に戻ってきてんじゃねーか。帰ろうぜ」
「だーめ。あれはただ事じゃない顔だよ。話くらい聞くべきでしょ?」
「……わかった」
「素直じゃん」
「頼まれごとがあるんだよ。今回は放り投げられねぇ」
デネラは感心したように笑い、リブはむず痒い気持ちで顔をしかめた。
少女を追うと、彼女は花屋の前で立ち止まった。
二人は距離を取り、店の影から様子を見る。
「なんで花屋?」
「花屋で花とおしゃべりでもするんだろ」
「バカなこと言わないの。見て」
店主と少女が言葉を交わし、店主が店内に戻る。
しばらくして、少女は手のひらサイズの小さな鉢を受け取った。
中身は空のまま。
銅貨を十枚支払うと、そのまま踵を返して歩きだす。
「鉢……だけ?」
「苗も買わずに行っちゃった。何する気だろ。ついていこ!」
「まだ行くのかよ」
「当然!」
少女は人混みの中を真っ直ぐ進む。
デネラが迷いなくその背を追い、リブもため息をつきながら後に続いた。
まるで、少女の歩く先には何か取り返しのつかない“境界”があるように――そんな気がした。




