第22話: 少女は、一つの約束をする
夜が近づくにつれて、森はひっそりと冷え込んでいく。
昼間は冒険者を受け入れる柔らかな大地なのに、日が沈み始めると、まるで「帰れ」と告げるような冷たさを放ち始める。
街と森。
隣り合っているはずなのに、流れる季節はまるで別物だった。
街には緩やかな四季が巡り、森には一日のうちに四つの季節が過ぎていく。
境界を一歩越えるだけで、まるで別世界だった。
「……はぁ」
白い息を吐きながら、少女はかじかんだ手を掌で包む。
体の芯から冷え始めていた。
「ぷ」
「ん……帰るよ。寒いし」
「ぷ」
「え……遊ぶの?」
「きゃぷ!」
立ち上がろうとした瞬間、指先に巻きつく細いツタ。
小さな花の魔物が、ちょっとした力で少女を引き留める。
「……今?明日じゃだめなの?」
どうやら花は、お腹いっぱいになったら元気が出てしまったらしい。
少女は肩を落とし、「しょうがないな」と呟いて腰を下ろす。
「……さむっ」
ひざを抱えながら、花のツタ遊びに付き合う。
少女が指を出したり引っ込めたりするたび、花はぱたぱたと揺れ、タイミングよく触れようと必死だ。
「何が楽しいんだか……」
文句を言いながらも、少女はリズムを変えたり、意地悪に指を隠したりしてみる。
花はそのたびに反応し、触れられないとぷくっと膨れて悔しがった。
少しずつ慣れてきたのか、少女の指が捕まることが増えていく。
「……さむ……ほんとに無理……」
指がかじかみ、うまく動かせなくなってきた。
少女は震える手を口元に寄せ、白い息で温める。
「わたし、もう行くからね。ここにはずっといられない」
「ぷ……」
「そんな顔しないで。明日はまた来るから」
立ち上がると、花は寂しげな声をあげる。
「明日もここにいる?」
「きゃぷ……」
「だよね。じゃあ、また明日。……おやすみ」
そっと花びらに触れ、少女は森の出口へ向かって歩き出した。
「ぷ!!」
「……?」
急に背後で鳴き声が跳ねた。
振り返ると、長い毒針を持つ巨大な蜂――BBが、花に狙いを定めていた。
体長一メートルほどの黄色と黒の魔物。
その羽が低く不気味に震え、花へと影を落とす。
「花にとって……天敵」
いつもの少女なら、弱肉強食と割り切って通り過ぎただろう。
けれど――
「……」
今日だけは、どうしても足が止まった。
「セル。お願い」
少女がそう思った瞬間、地面を滑る影が静かに動く。
蛇は少女の意思を汲み取り、無言で頷くように頭を下げた。
次の瞬間、BBは大きな口に呑み込まれ、森は再び静けさを取り戻す。
「……もう大丈夫」
「ぷ……」
怯えて震える花に近づき、少女はそっと座り込む。
手を地面に置くと、花はその手の中へすぽりと身を隠した。
「……うん。やっぱり、もう少しいようかな」
「きゃぷ!」
花の背がぱっと嬉しそうに膨らむ。
それを見た蛇は、少女の周りをゆっくりと一周し、冷えた体を包むように輪をつくった。
「ふふ……あったかくないのに」
少女は笑いながら、蛇の体に軽くもたれた。
夜の森は冷たかったが、ほんの少しだけ、その輪の中はあたたかかった。




