第20話: 少女は、遠くで彼の噂を聞いていた
一週間が過ぎた。
リブはどんなにデネラに腹を立てても、律儀に畑の手伝いを続けた。
三日前からは「リハビリよ」とデネラも少しずつ仕事に戻り、今日ついに完全復活だ。
ようやく解放される、と思う一方で――あの食卓が終わるのは、ほんの少しだけ寂しい。
「手伝いなら、いつでも歓迎よ」
「なんなら冒険者やめて家業継げ! うちは稼げるぞ〜ガハハ!」
最終日、デネラの両親からは熱烈すぎるお別れの言葉をもらった。
だがリブには、どうしても叶えたい願いがある。
――一人前の冒険者になって、父に楽をさせること。
そのためには依頼をこなし、名を上げるしかない。
畑には畑の誇りがある。
けれど、それは自分の道ではない。
「……行くか」
明日を生きる金を稼がねば――そう呟き、リブは一人でギルドへ向かった。
◆
「うーん……どれにすっかな」
依頼掲示板の前で腕を組む。
薬草採取は相変わらず並んでいるが、手っ取り早く金になる討伐系が妙に少ない。
額の高いものはあっても、自分のランクでは到底背伸びしすぎだ。
そこへ、背後から声が落ちてきた。
「最近、依頼すくねーよな」
「お前知らねぇの? 例の“蛇使い”。あいつが根こそぎ持ってくんだよ。特に高額の討伐系。腕は確かなんだとよ」
「は? あの人殺しが? まあいいや。俺らは楽して稼ごーぜ。めんどいのは全部あいつにやらせときゃいい」
「マジそれ〜」
耳を塞ぎたかった。だが、こういう話はどうしても聞こえてくる。
ここ最近、ギルドは彼女の噂でいっぱいだ。
――蛇使い。ズル。イかれ野郎。人殺し。
名前も知られぬまま、好き勝手に呼ばれる少女。
「……人殺し、ね」
何がどう広まれば、そんな物騒な呼ばれ方になるんだろう。
詳しいことは誰も知らない。
ただ噂だけが独り歩きしていた。
――こんなんじゃ、あいつが居場所なくすだろ。
思わず少女の顔を思い浮かべる。
だが、すぐにかぶりを振った。
「あいつのことなんか……知らねぇし!」
自分が少女を案じたという事実が腹立たしい。胸の底がムカムカする。
そして、衝動的に。
普段なら絶対に選ばないDランク上位、アイアンリザード討伐の依頼をつかんだ。
「これ!お願いします!!」
受付嬢が目を瞬かせる。
「アイアンリザード……ソロで?本来はパーティー推奨ですが……」
「問題ねぇ!」
「……かしこまりました。手続きを開始しますね」
アイアンリザードは鉄のように硬い皮を持つ魔物だ。
動きは遅いが、体当たり一発で骨が砕けるほど重い。
ただ、必ずどこかに急所があり――そこを突ければ勝てる。
「アドバイスとしては――」
「知ってる!囮と攻撃の二人で……ってやつだろ?一人で十分だ!」
「……承知しました。どうぞ、お気をつけて」
受付嬢がわずかに引いた視線を向けてきたが、今はそんなものどうでもよかった。
――負けてられるかよ。あんな奴に。
リブは対抗心の炎を燃やしてギルドを出た。
* * *
それからというもの。
リブは毎日、傷だらけで家に帰るようになった。
無我夢中で依頼をこなし、家にそこそこの金が落ちた。
けれど、どれだけ戦っても心は晴れない。
「今日はどこを怪我した?」
「……腕」
「どれどれ」
ユウゴは明日の販売用に作った薬を開き、静かにリブの腕へ塗る。
薬はひんやりとして、火照った心まで冷ましてくれる気がした。
「……で、気持ちは晴れたのか?」
「なんの話だよ」
「隠さなくていい。止めはしないよ」
その静かな声が、胸の奥に刺さる。
「……ずっと、もやもやしてる」
ユウゴは手を止めず、布で丁寧に傷を巻いた。
「戦っても戦っても、楽しくねぇ。前は、強い魔物を倒せたら嬉しかったんだけど……今は、達成感がねぇ。なんで戦ってるのか……分かんなくなってる」
言葉にすると、心の中の空洞がよりはっきりする。
「……もう、なにも考えたくねぇ」
無力感が重く沈む。
ユウゴは大きな手をリブの頭にぽん、と置いた。
「一度、立ち止まってもいい。もやもやの正体を見つけるためにな」
その掌は、言葉より温かい。
それだけで、涙腺の奥がじんとする。
「リブのおかげで、しばらくは困らないくらいの稼ぎになった。薬の売上も順調だしな。明日はギルドに行かず、少し休め」
「……わかった」
「よし。夕飯の支度をしよう。今日はな、ほんの少しだが豚の腸詰が安く手に入った! 豪勢にいくぞ!」
「……!!」
肉が食卓に出ることは年に数回。
リブは瞳をきらりと明るくさせ、「おっしゃー!」と子どものように喜んだ。
ユウゴが笑いながら台所に向かう。
家の中には、久しぶりに漂う肉の匂いと、かすかな湯気。
リブは包帯の巻かれた腕をそっと見つめた。
――明日は休む。
その決意だけが、胸の中に静かに沈んでいく。
夜はもうすぐ降りてくる。
その静けさを、リブはただ受け入れていた。




