表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナナシと呼ばれた魔法使いが、神に拾われ魔王と恐れられるまで  作者: こいち


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/58

第19話: 少女は、心を休まる場所を知らない

夜明け前。

畑の向こうで鶏が鳴くと、離れた牧場の牛がのんびり返事をした。薄い朝靄のなか、リブはデネラの家の門をくぐる。


「リブくん、おはよう」


「おばさん。今日もよろしくお願いします」


「こちらこそ助かってるわよ〜。昨日なんて二列終われば上出来と思ったのに、三列もいけたもの。うちのボンクラ娘とは大違いだわ!」


ガッハッハと豪快な笑い声。

デネラの父は朝から元気だ。リブは苦笑しつつ、デネラが陰で根回ししてくれたのだろうと気づく。

気遣い方が雑なくせに、肝心なところは妙にぬかりない。


母から大きな籠を二つ受け取り、リブは慣れた手つきで長靴を履く。


「冒険者なんかやめて、うちで働かねーか?」


「……え?」


「いいと思うけどねぇ。冒険者よりずっと安定してるし、美味しい野菜も毎日食べられるわよ」


「なに言ってんのよ!」


デネラが家の奥から顔を出す。


「このガサツさは冒険者向きなの。こんなのが農家やったら畑丸ごと枯らすよ!」


リブはほっとしたような、申し訳ないような、妙な気持ちで笑った。


「おはよう、デネラ。具合は?」


「少し痛むけど、大分マシ。あと三日でどうにかなるよ」


「よかった…」


「……で。あんたのほうは?」


「え?」


「ナナシちゃんの件でさ。昨日の、親父さん」


「ああ。思ったよりあっさりしてた。怒られなかった。それが逆に、なんか……変というか」


自分でもうまく言えないまま、喉につかえる感覚だけが残る。


「まるで期待してたみたいだね」


「は?なに言ってんだよ」


「だってさ、あんた──」


「リブくーん!悪い、こっち来てくれー! 重くて動かせん!」


「はーい。今行く!」


救われたような、逃げたような。

リブは帽子を深くかぶり、一輪車を押して畑へ向かった。


太陽が昇るのは早い。

畑の土はもう温かく、空気はすでに夏の気配を含んでいる。


汗を拭いながら肥料を撒き終えると、デネラが影から水を差し出した。


「お疲れ。はい、水」


「助かる…!」


喉に落ちていく冷たい水が、体の奥の火照りを素直に鎮めていく。


「お昼、食べてくでしょ。お母さんが用意しといてくれたよ」


「いつの間に…」


「農家って忙しいの。気づいたら誰かがやるしかないの」


「お前、よく毎日こんなことしてるな」


「農家の娘だし」


「理由になってねぇ」


けらけら笑うデネラに、リブは苦笑しつつも感心していた。

口で言うほど簡単じゃない。

鍛錬も冒険もこなしているくせに弱音を吐かないところが、ずるい。


そんな折、酒場帰りらしい冒険者の声が近づく。


「この前よ、あいつに睨まれてみろよ。蛙に睨まれた蛇ってやつ?マジ凍ったわ」

「あー、蛇使いだろ?石にされて殺されるってウワサの。よく生きてたな、お前」


くだらない笑い声が土埃の中に溶けていく。

デネラは小さく息を吐いた。


「根も葉もない噂って、勝手に膨らむんだね。……たぶん、あたしたちが原因だよね。ボロボロで帰ってきて、ナナシちゃんだけ戻らなかった。元々得体の知れない子扱いだったし……誤解されちゃうの、仕方ないのかな」


「……ふーん」


「『ふーん』じゃないよ、リブさん!」


「……あっそ」


デネラはじっとリブを見つめる。

その「静かに刺す」感じが苦手だ。


「ナナシちゃんの居場所を、作ってやるんじゃなかったの?」


「……あいつに金輪際近づくなって言われた。だから関わらない」


「言われたからって、それで?」


「心底どうでもいい。考えるだけでストレスだ。嫌なことは切り離す。俺はそうやって生きるって決めた」


「……あんたの心がそんな単純だと思ってる?」


風が一度止まり、空気がすうっと冷える。


「さっき言いかけたけど……ユウゴさんに叱ってほしかったんじゃないの?ちゃんと怒られて、そのあと『大丈夫だ、お前ならできる』って言ってほしかったんじゃ──」


「気色悪いこと言うな!!」


声が思った以上に大きく跳ねた。


言われた瞬間、胸の奥がひどく熱くなる。

それは怒りというより──触れられたくない部分を見透かされた痛みに近かった。


「……帰る!」


「お昼は?」


「もらってく!」


「そこは図々しいのね」


デネラは肩を竦める。

リブは鼻を鳴らし、家に戻ると出された昼食を十秒少しで食べ終えた。


「ごちそうさまでした!今日も美味しかったっす!」


「また明日もお願いねー」


「相変わらずの食いっぷりだな!がはは!」


玄関を出る直前、デネラと目が合う。

その一瞬だけで、さっきの言葉が全部蘇る。


リブはぷいっと顔をそむけ、「ふん」と短く息を吐いた。


まるで、あのモヤモヤを隠すように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ