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ナナシと呼ばれた魔法使いが、神に拾われ魔王と恐れられるまで  作者: こいち


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第17話 少女は、秘密の空間で一人閉じこもる

その場所は、少女だけが知る“隠れ家”だった。

初めて案内されたのは――闘技場の戦いを終えたあの日。


「好きに使うといいよ」


そう言った“彼”の声は、不思議なくらい澄んでいた。


「おかえり」


その声が、柔らかな光とともに満ちる。

少女を迎えるのは、神を名乗る男――アストレイル。


「……ただいま」


彼の姿を目にすると、胸の奥に灯る“安堵”だけが、そこに静かに積もっていった。

肩より長く流れる金の髪は、風に撫でられた花畑のようにそっと揺れ、

ゆるく波打つその線は、光の粒をひとつひとつ拾うみたいにきらめいた。


「何かあったかい?」


「……なにも、ないよ」


淡い金砂を閉じ込めたような瞳。

覗き込まれれば、怒りも憎しみさえ、指先からすり抜けていくようだった。


「私は、君が無事で良かったよ」


アストレイルの声は、静かな湖面に落ちるひとしずくのようで――

少女の呼吸をゆっくり整えていく。

少し間を置き、少女はぽつりと零した。


「……セルが、少し。大変だったみたい」


アストレイルは優しく瞬き、手招くように微笑む。


「話してくれてありがとう。セルのことなら心配いらない。あの子は、私が君のために作った守護者だからね」


言葉の端々に、“くちづけにも似た慈しみ”が滲む。


「姿を失っても……また、生まれる。そういうふうに作ってあるんだよ」


その言い方があまりに穏やかで、少女は胸の奥が少しだけ痛んだ。


(いなくなればまた作る――それは、優しさなのか。残酷さなのか。)


だがアストレイルは変わらず、ゆったりとした仕草で手を差し伸べる。


光の粒が舞い、彼の衣は呼吸に合わせて淡く揺れた。

夜明け前の花が放つような、甘い香りがふわりと少女の頬を撫でる。


「……そう」


「そうだよ。君はここにいていい。何も恐れなくていい」


アストレイルはそっと彼女を抱き寄せた。


「なに?」


「……少しだけ。君のぬくもりを感じたい」


不思議なほど、静かで完璧な空間。

少女はただ、身を預けることしかできなかった。


* * *


月が顔を出し始めた頃、リブとデネラが街へ戻ってきた。

ひょこひょこと歩くデネラの肩を支えながら、リブは憤りを隠さない。


「くっそ……あいつ、マジで許さねえ」


「あはは……まあ、いいじゃん。あたしたち、生きて帰れたし」


デネラの怪我はひどかったが、少女が残していった金貨と、

トレント討伐の報酬で治癒魔法を受け、今は歩けるほどに回復している。


「良くねえって。お前は大怪我、ナナシは家出のまま。……なにも進んでねえ。むしろマイナス」


リブは小袋の金貨を手の中で転がしながら、眉をひそめた。


「でもさ、普段じゃ受けられない治癒魔法が受けられたんだし。ね?」


「良い商売だよな、ほんっと。治癒魔法一回で金貨一枚?ふざけんなよ。サラダも肉もパンもデザートも、外食で豪遊できるってのに!」


「ほんとに全部食べ物に結びつけるよね、あんた……」


コメディの軽さが、夜道の静けさを少しだけほぐしていく。


「お前さ、治癒魔法覚えれば?魔法使い目指してんだろ」


「はあ!?やだよ!あたし攻撃魔法がいいの!強いやつ!」


「オールマイティーに覚えろよ」


「ゲームじゃないんだってば!」


言い合いながら歩く二人の頭上で、葉が乾いた音を立てた。

その影の中――気のせいか、細い影が揺れた。

リブはふと振り返ったが、ただ風が抜けるばかり。



家の灯りが見えてくると、リブは深く息を吐く。


「あー……親父になんて言われるかな。考えるだけで気が重い……」


「うちのお父さんよりマシじゃん! この怪我見たら、めちゃくちゃ怒るよ!」


「怒らねぇよ、親父は。……その代わり、圧がすげえんだよ。語彙じゃ説明できねぇ威圧」


「ヤ〇ザじゃん」


「違ぇよ!」


そんなやり取りも、どこか懐かしい温度を帯びていた。


デネラの家に着く。

明かりがこぼれ、家族の笑い声が夕闇に滲む。


デネラは振り返り、少し照れたように笑った。


「ナナシちゃんのことで、そんなに気に病まなくていいよ。生きてたら、また会える。……その時、ちゃんと話せばいいじゃん」


「お前と俺じゃ、考え方が違うんだよ。あいつ、俺らを置いてったんだぞ? 助けもせずに……。怒って当然だろ」


デネラは扉に手をかけたまま、ふっと息をこぼした。


「……あたしね、自分の怪我は自業自得だと思ってる。だからナナシちゃんに怒るより、自分の不甲斐なさにちょっとね」


「正気かよ、お前」


「いつかさ、肩並べて戦えたら……いいよね」


「……ああ。頭が上がんねぇわ」


デネラの優しさが、リブの胸をぎゅっと締めつける。

彼女の花は、きっと真っ直ぐで、どこまでも鮮やかに咲くのだろう。


「怪我治るまで、俺が手伝ってやるよ。お前の親父さんの拳骨も、俺が受けといてやる」


「あはは、男前~」


「言っとけ」


ふたりは笑う。

明かりの中へ入っていくデネラ。

驚きの声と、そのすぐ後の笑い声が外まで漏れた。


「……良かった」


リブは腰の剣帯を締め直し、静かな夜道へ踏み出す。

その背後、枝がまたひとつ揺れた。


その影はしばらく闇にとどまる。

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