第14話 少女は、アンシェントワームを討伐する
「でやぁ!!」「うりゃ!!」
乾いた叫び声が、ひどく澄んだ森に弾んだ。
リブとデネラは、まるでそこがいつもの遊び場であるかのように、威勢よくアンシェントワームを斬り伏せてゆく。
その後ろで、少女はただ荷物を抱え、少し離れた場所から二人を見ていた。
毒消し草の紫の花が、鞄の口からひょいと顔を出す。
「……あ」
拾い上げようと身をかがめた瞬間だった。
花は、地面にひらりと落ち、そしてその落下の途中で——漆黒の穴に吸い込まれた。
「ア、ア、アァ、アソボ?」
低く湿った声。
少女の目の前で、真っ暗な穴の縁から、人の形をした“なにか”がのぞき込んでくる。
スード・ヒューマン。
臆病なはずなのに、いざ空腹となれば、こうして唐突に喉元へ顔を寄せてくる。
少女が息を呑んだ時、その手が伸びた。
その瞬間、セルの体が、少女の足元で静かに膨らんだ。
「ナナシ!!」
リブの声より早く、セルが音もなく滑り出し、影のような動きでその腕を噛みちぎった。
ぶちり、と湿った音が森に落ちる。
セルは血に濡れた牙を光らせたまま、一拍も少女から視線を外さない。
まるで、“主は無事だ”と確認するように。
リブが息を荒くしながら少女の横に立つ。
「……言っとくけど、間に合ったからな」
セルは少女の足元へ戻り、その長い体を静かに巻きつけるように置いた。
守るように。隠すように。
少女はその体温に触れながら、ただ黙っていた。
「10分ちょっと前に言ったよな。『セル抜きで冒険してみよう』って。そんなに簡単に約束破るかよ」
「……同意は、してない。あんな……気味悪いのと、一緒にいたくないし……」
リブはため息を深く落とす。
「言い訳すんな。子供じゃねえんだからよ。辛いのも、大変なのも、痛いのも……お前、全部その蛇まかせでいいのか?」
セルが微かに首を持ち上げる。
まるで「それで構わない」とでも言いたげな、無言の圧。
リブは思わず口を閉じ、視線をそらす。
「俺らにはできねぇよ、そんなの。……褒めてるんだぜ?関心はしてないけどな。俺らはただ、目の前を斬ることしかできねぇ。辛いことも、大変なことも、痛いことも、ぜんぶ自分で受け止めるしかない」
少女はそっと目をそらした。
“乗り越えられた人間”の声だ、と胸の奥がつめたくなる。
「ナナシが、あんたみたいな熱血じゃないの分かるでしょ。理想押しつけんなっての」
いつの間にかデネラが近くに来ていた。
「説教なんて、落ち着いた時じゃなきゃ入ってかないよ。あんたのお父さんがそうだったでしょ?批判なんてしてなかった。ゆっくり説得してたじゃん」
セルはデネラの声に反応して、わずかに頭を向ける。
敵意ではなく、ただ“観察している”。
その静けさの奥に潜む獰猛さを、二人は無意識に肌で感じた。
「そんなことより、あんたたち。ちゃんと観察してる? 地面、見た?」
リブと少女が視線を落とす。
セルもつられるように首を伸ばし、鼻先で土のへこみをなぞった。
「地面?」
「ボコボコしてるでしょ?」
「さっきのスード・ヒューマンが——」
「違うの。スード・ヒューマンは穴から移動しない。これはね、トレントの移動跡」
リブが眉を寄せる。
「……なんでそんなこと知ってんだよ」
「ふふん。あたしは——依頼なんて受けずに実は強かった冒険者、に……なりたい系だからっ!」
胸を張ったものの、すぐに猫背になった。
リブが呆れたように鼻を鳴らす。
「ガキかよ」
「夢くらい持たせてよ〜……でね、あたし一応“農家の娘”なの。植物系は詳しいんだよ」
「初耳」
「茶化さないの!」
リブの脇を軽く小突き、デネラは続ける。
「トレントは根を引き抜いて歩くの。だから、地面に等間隔のへこみが残る。この跡を追えばたどり着ける」
森の奥へと続く、不揃いな影。
そこには冒険者の踏み入れない、低い木々がひしめいていた。
「……道がねぇじゃん」
「遠回りすればいいじゃん?」
「……いい」
少女はその説明を聞きながら、すでにセルの動きに目を向けていた。
セルは森の奥、獣道でもない密林の方へ首を向けている。
呼ばれたように、少女は歩き出す。
「怪我すんぞ」
「怪我するのは、わたしじゃないから」
答えた瞬間、セルが巨体をうねらせて前へ滑り出す。
枝は抵抗する間もなく砕かれ、蛇が通ったあとにまるで一本の獣道が残る。
少女はその後ろ姿を追った。
セルが切り開く道は、乱暴ではなく、まるで“少女の歩幅に合わせて”整えられていた。
「おい、待てって!」
「……」
別に、ついて来てくれなんて言っていない。
だが、背後で二人の気配が近づく。
少女はふと横目でそれを確かめる。
——望んでいないのに。それでも、ついて来るのか。
そんな小さな戸惑いだけが、胸の奥で静かに揺れた。




