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ナナシと呼ばれた魔法使いが、神に拾われ魔王と恐れられるまで  作者: こいち


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第13話 少女は、スライム討伐に挑む

ポイズンスライム。

紫に濁ったゼリーのような外見に似合わず、ひと口食らえば命が途切れるほど毒は凶悪だ。

視力が弱い代わりに、音へ異常なまでに敏感である。

だから——息を潜めてさえいれば、ただの水溜まりの影のように通り過ぎていく。


それに気づかず、いつもどおりの声量で談笑しながら森を歩く冒険者たちは、今日も紫の餌食になっていく。


「……」


少女は、静かに眺めていた。

ノルマは一人十匹。

リブは影のように動き、気配を削って刈り取っていく。

デネラも彼に倣い、ひとつひとつ丁寧に仕留めていた。

倒れたスライムは輪郭を失い、紫の雫となって地に沈む。


だが、いくら倒しても数は減る気がしなかった。

薄明かりの森の奥から、新たな紫がぬらりと湧き出してくる。


少女は退屈そうに、ふわりとあくびをした。


「おい、ナナシ。…ちょっとは手伝えよ」


リブはスライムに察知されないほど小さく声を落とす。


「わたしには関係ない」


「手分けしねぇと日が暮れんだろ!」


また、ひとつ大きくあくび。

その仕草すら音を立てず、森に溶けていく。


「……分かった。けど、なにも言わないでよ」


そう言った直後、彼女の背後から——

ぬるり、と大蛇が姿を現した。


「おお…あれが噂の!!」


「あほ!!デネラ!!声あげんなっ……あ!!」


驚きの声は互いに連鎖し、

二人が口を塞ぐより早く、森がざわりと揺れた。


「やべ……!!」


紫のスライムたちが一斉に跳ね上がり、二人へ向かって弾丸のように飛びかかる。

だが。


「……バカばっか」


少女の嘲りが、静かに落ちた。


それを皮切りに巨大な影が走る。

大蛇が湖を中心に円を描きながら口を開き、跳びかかってきたスライムを次々と呑み込んでいく。

雑巾で床を拭うような、単調で圧倒的な動き。

紫の水音だけが淡く森に響く。


「……ははっ……」


少女の喉の奥で、小さく乾いた笑いがこぼれる。

魔物を消す瞬間は、いつも少しだけ心が軽くなる。

潰れる音。弾ける匂い。

それが満たしてくれる空洞を、彼女は知っている。


気づけば周囲にスライムは一匹も残っていなかった。


「もう終わりか……残念」


仕事を終えた蛇が静かに戻ってくる。

紫の液体が湖の縁を染めた。


「やばっ……」


デネラは一言だけつぶやく。

その“やばさ”は、圧倒的な光景を前にした素直なものだった。


そのとき。


「……その蛇」


リブの低い声が、森の空気より重く落ちた。


「その蛇、使うな」


「は?」


彼の目は怒っているように見えた。

怒りきれず、どこか迷っているようでもあった。


「…あんたらを助けたってのに、なんで怒るの…?意味わかんない」


「頼んでない」


「リブ?!何言ってるのよ急に!」


混乱するデネラ。

だがリブの胸の奥では、別の感情が燻っていた。

彼自身も理由がわからないまま、言葉だけが勝手に熱を帯びていく。


「お前には誇りってものがねーのかよ」


「……それがあると何が違うの?」


「胸張って“自分が倒した”って言える。実績が自分に残る」


「いらないよ。そんなの」


リブは少女の返しを無視するように、淡々と続ける。


「お前の今のそれは……子どもと一緒だ。見せびらかしたいだけだろ。ペットが強いだけで、お前は強くねぇ。これから何か成し遂げても——認められるのは蛇だけだ。お前自身は“おまけ”なんだよ」


少女の瞳がすっと細くなる。


「人の価値観なんてそれぞれじゃん。わたしが静かに暮らせるなら、それでいい」


「……ずっと殻に閉じこもってるってことか」


「世界が遮断されてる方が楽。誰とも関わらない方がいい」


「どういう意味だ?」


「それが、わたしの蘇生術、だから」


少女の声は淡々としていたが、足元の影が揺れた。

胸の底から、毒のような嫌悪がじわりと湧く。


この男は、勝手についてきて、勝手に騒いで、勝手に説教をしてくる。

そんな人間が、大嫌いだった。


「っ……!! ナナシ、前!!」


デネラの叫びが、空気を裂く。


アンシェントワーム。

濁った森を喰らい尽くし、西の大地を砂漠に変えた古代の暴食の魔物。

その長い影が木々を割り、少女の真上へと落ちてくる。


「危ない!!」


だが少女は、まるで興味がないようにただ見上げていた。


巨大な口は少女の頭上で——止まった。

そして、怯えたように木の上へ引き返していった。


「……なに? なにが起きてるの?」


「見たまんま。死んでいいなら死にたいけど……誰もわたしを殺してくれない」


少女は俯き、蛇がアンシェントワームを呑み砕く音が森に淡く響く。

しばらくして、大蛇は討伐証明のギザギザの歯を咥えて戻ってきた。


「こんなわたしは……何をしたらいいと思う?本当はなにもしたくない。誰とも関わりたくない。だから、全部セルに任せてる。それだけ」


「……だけど、それじゃ——よくねえだろ」


「呑気なこと言わないで。何も知らないくせに」


「気持ちは分かってやれる」


「何一つ不自由にしてない人間に、わたしの気持ちはわからない」


——どこかで同じことを誰かに言われた気がした。

少女はその記憶を、意図的に沈めた。


リブが黙り込んだその隙に、デネラが前に出る。


「違うよ!聞いて!リブはね、家族も居場所もなかったの。でも“関わること”で、変われたの。誰かと一緒にいることで……やっと、自分の場所を見つけられたんだよ」


少女は目を閉じる。

デネラは静かに続けた。


「ナナシちゃんみたいな人、街にいくらでもいるよ。だから、ナナシちゃんは特別じゃない。他の人たちとなんにも変わらない…そんな尖る必要もないんじゃない?」


「……」


「怖いかもしれないけど、目を開けて。周りを見てみて。ほんの少しでいいからさ」


「……わかんない。そんなこと言われても……」


「大丈夫。まずは、あたしらと冒険してみよ?セルなしで、泥臭く!」


少女はもう何も言わなかった。

西風が乾いた砂を運び、東風が湿った腐葉土の匂いを運ぶ。

ふたつの風の境目で、彼女はただ静かに立っていた。

別作品が書き終えたので、2日に一回くらいのペースであげます。

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