第12話 少女は、深い森の中をパーティーを組む
森を満たす湿り気と、若葉の匂いがゆるやかに流れていた。
三人は、ときどき並び、ときどき離れながら、小径を進んでいく。
「そーいえばさ、この前、ナナシちゃんのタグ読み込もうとした時、不具合あったじゃん。あれ、直ったの?」
先頭のデネラが、軽やかに振り返る。
「……うん。まあ……」
少女は俯いたまま、小さく答えた。その声音には、どこか影が落ちている。
「そうなんだ。よかった!」
デネラが明るく言うのと対照的に、少女の言葉は重みを帯びて沈んでいく。
「で、ランクは?高ランクの依頼受けてんだろ?それなりの経歴、あるんじゃねぇのか」
リブの問いが落ちる。しかし少女は返さない。
ただ淡い紫の髪が、風にそよいで揺れただけだった。
沈黙の間を、森の鳥がひと声で縫い合わせる。
「ごめんね。うるさいでしょ、こいつ」
デネラが苦笑いで肩をすくめる。
「はあ?」
リブはむっとした顔でそっぽを向いた。
少女の歩幅は変わらず、ただ、静けさだけが深くなっていく。
「そういえば、杖はどうした?」
リブの問い詰める声。
少女は一呼吸ほど遅れて、足を止めた。
落ち葉の上に視線を落としたまま、かすれる声が落ちる。
「……なくした」
「なくした?!は?」
リブの声が裏返る。
「それ、大丈夫なの?ギルドに届けた?」
デネラが心配げに覗き込むと、少女は首を横に振った。
「……わかんない」
「不便になるねえ」
そこへ落ちた少女の吐息は、風に紛れるほど細い。
「…使えるかどうか、知らないし。……別にいらない」
「そうなの?」
「ここは情報量が多すぎる……うまく使いきれない、気がする」
葉のざわめきが、少女の言葉をほとんど奪っていった。
「何言ってんだ、こいつ」
リブは冷たく吐き捨てる。
「リブ、魔法をなめすぎ〜」
デネラが笑いながら言う。
「基礎も原理も分かんないものを操るって、それだけで大変なの。あたしらが想像できる範囲じゃないよ」
「不便なら戦えばいいんじゃねぇの?ちょっとしたことで思い出すかもしれねぇだろ」
「うっわ。脳筋」
「はぁ?」
声がぶつかる。森の気配が少しだけぴんと張りつめた。
少女はうつむいたまま、すっと歩調を速める。
「今、また『放っとけ』って顔したでしょ?」
「……分かってるなら、そうしてよ。……余計なお世話」
「いいじゃん。余計なお世話って、なんか好きだよ。100に10プラスした気分になるじゃん」
「は?意味わかんない」
「お前。ほんとその態度、どうにかなんねぇのか。デネラが仲良くしようって話しかけてるだろ?」
少女の瞳が細く光り、葉陰の静かな闇に沈んだ。
「あーあー、ごめんね。うるさいやつ連れてて。あたしのことは気にしないで。ただのお節介だから」
デネラが取りなすと、少女は肩を落とし、壊れたガラスみたいな声でつぶやく。
「……もう、何も聞いてこないで」
「うんうん。わかった」
その柔らかさに、リブはつい怒鳴り返しそうになる。
「おいデネラ!甘やかすなよ!こいつは――」
「リブ」
デネラの声がふいに低くなる。
森が、息をひそめたように静まり返った。
「お父さんになんて言われてここにいるのか、忘れてないよね?」
リブは、喉の奥に言葉を飲み込んだ。
“少女が帰ってこられる場所を作る”――
その約束だけが静かに胸に残っている。
「……じゃあ、名前くらい教えろよ。ナナシじゃ呼びづらい」
「……いい。名前なんてただの情報。呼んだって意味ない」
「そうか?俺は呼ぶぜ。お前のこと」
少女のまつげが、驚いたように微かに震えた。
それは、胸の奥に沈んでいた何かに、そっと触れたような気配だった。
──『呼ぶよ。君の名前──』
遠い昔、手放したと思っていた声。
指先だけが覚えていた、あたたかい記憶のかけら。
その一瞬、森の気配さえも薄く感じられた。
横で、リブが茂みにがさがさと踏み込み、静けさを破る。
「だから、早く教えろよ」
少女は小さく息を呑み、思い出しかけた声を胸の奥へそっと戻した。
「…………」
「また黙るかよ」
リブはしゃがみ込み、掌で葉をすくい上げる。
「お、いいもん見つけた」
毒消し草。湖の近くに生える草だ。
父――ユウゴが喜ぶだろう。
そんな思いが、リブの横顔に小さな安堵を落とす。
「ん……?」
「どーしたの?」
リブは指を唇にあて、静かに、と示した。
少女とデネラも身を低くし、指さす先を見る。
「ポイズンスライム……」
湖のほとりに、紫色の半透明の塊が群れていた。
音に反応するスライムが、息をひそめるように蠢いている。
「そんなビビることないじゃん?隙見てコア砕けばいいんでしょ」
「……数が異常だ」
三十。
本来の六倍近い群れに、空気がひりつく。
「実際見ると、こわ……」
デネラの声もかすれる。
「でもまあ、知能は高いが視力はほぼない。音さえ立てなきゃ敵じゃねぇ」
リブは単体のスライムに歩み寄り、
小刀を滑らせ、するりとコアへ到達させる。
一瞬ののち、紫の体がほどけるように溶け、蒸発した。
「おお……」
デネラの瞳がきらりと光る。
リブは軽い足取りで戻ってきて、胸を張る。
「簡単だろ」
「見た目が……無理」
「注意点は音立てねぇこと。単体で仕留めろ。毒の回りは速ぇ。蒸発後の跡にも触れんな」
「えー、先生〜。気づかれたらどうすれば?」
「自分でなんとかしろ」
「手厳しい〜」
「ソロならそう言っただろ。……けど今回はパーティーだ。危なくなったら、俺が助ける」
デネラがぱっと笑顔になった。
「ありがた〜い!」
リブは空気を切るように言う。
「じゃあ、始めるぞ」
その声を合図に、三人の影が森に散った。




