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ナナシと呼ばれた魔法使いが、神に拾われ魔王と恐れられるまで  作者: こいち


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第11話: 少女は、ギルドで再会を果たす

ギルド前。


朝の光が、石畳のうえに薄く揺れていた。

リブは建物の外から、中の様子をうかがっている。入口の扉は厚く閉じられ、気配ひとつ漏らしてくれなかった。


「本当に入らないといけないんか?」


声は小さく、どこか逃げ場を探している。


「さっきまでとキャラ違いすぎ。ここまで来てなに言ってんの。入るしかないっしょ!」


デネラは軽い声で背中を押す。

その軽さが、逆にリブの足を鉛のように重たくさせた。


「親父との約束もあるしな…くそっ」


「腹くくれ!男でしょ!!」


入りたい気持ちは、確かにある。

けれど、その足はどうしても前に出なかった。胸の奥に沈んだ、重く冷たい後ろめたさが、じわりと身体を縛りつける。


デネラとは喧嘩ばかりだったが、いつも次の日には向こうから謝ってくれた。

だからつい「俺も悪かった」なんて言えた。

あの優しさに甘えていたのだと、今さら思い知らされる。


「あれじゃない?」


その一言に、身体がびくりと跳ねた。


「ど、どこ…だよ?」


「あそこ。ギルド嬢の前にいる…背のちっこい…」


「あ………」


そこに立っていた少女は、

どこか世界から半歩ずれて存在しているような、不思議な静けさをまとっていた。


紫の瞳は焦点を結ばず、淡い紫の髪だけが風を受けて片側に流れていく。

生と死のあいだに立っているような、深い静謐さ。


初めて出会ったときと、何も変わらない。

ただ――その手に、魔法使いの証はなかった。


「魔法の杖ないね。どこにいったんだろ?」


「どこかに落としてきたんじゃねーの?」


「そんなことってある?」


「あるだろ?」


ふたりがそんなふうに呑気な会話をしていた、その最中だった。


少女がゆるりと身を翻し、こちらへと向かってくる。

迷いも、戸惑いも、何もかも置き去りにしたような足取りで。


「あ! こっち来る!」


まだ心の準備ができていない。

リブは反射的に身を隠そうとするが――


「っ!」


出くわしたのは、機嫌の悪そうな少女の顔。

その沈黙は、嵐の前の静けさに似ていた。


「あ、っと…その…」


「………」


「久しぶりだな。やっと会えて…よかった」


「………」


相変わらず、言葉を持たない沈黙。

その沈黙のほうが、どんな怒りより鋭く胸に刺さった。


「その、お前、大丈夫か?」


「………」


「怪我とか、平気だったか?」


「………」


「ずっと…どこにいた?」


謝りたかった。

それだけを言いに来たはずだった。

けれど、口はその言葉だけを拒否し続ける。


少女は、うっすらと眉を寄せ、深いため息を落とした。


「……聞きたがり」


「ちがっ…!俺はお前のことを心配して!」


「………うそ。どうせ誰かに探せとか指示されてんでしょ?あんたは自分が救われたいがために言ってる」


「そんなことねーよ!」


それは一瞬にして胸に刺さったが、痛みよりも、言い返したい気持ちが先に立つ。


「まーまー、落ち着いて!喧嘩するために来たわけじゃないでしょ?ナナシちゃんも今日はよくしゃべるじゃん!元気そうでよかった。安心したよ!」


デネラが慌てて割って入る。その明るさは、今にも崩れそうな空気に無理やり風を通していた。


「ほら、リブ…。言わないの?」


「なに?」


少女の瞳が、じろりとこちらを向く。

冷たい紫が、逃げ道をひとつ残さずに見据えてくる。


「こ…この前は…その、言いすぎた。俺も反省してる…。頭に血が上って、思ってもないこと言って…悪かった」


「は…?『思ってもないこと』…って、なに?」


「だから、それは…その…好きな場所に行け、とか、出てけ、みたいな…こと言っただろ…?」


「思うんだけど、さ…。咄嗟に出る言葉って、普段から思ってないと、すぐに出てこない、よね?」


「……っ!」


少女の静かな一言が、刃のように胸の奥を切り裂いた。

その音さえ聴こえる気がした。


「ナナシちゃん、そんな言い方ないっしょ!アッハッハー!」


デネラは笑って誤魔化そうとするが、

ふたりの空気は、それだけでほどけるものではなかった。


「なーんちって…」


そう言って一歩退いたデネラの影が、薄く揺れた。


「…まあ、いいや。別にわたしはあんたの行動に興味ないし。あんたの言葉通り、好きにさせてもらう」


「好きに…って。どこに行くつもりだよ」


「居場所を、見つけたから」


「なんだよ、それ?」


少女は、笑った。

それは柔らかい笑みではなく、むしろ自分だけの世界に引きこもるための、薄い嘲りのような笑みだった。


「邪魔」


「待てよ!」


リブが肩を掴むと、少女の手から袋が落ち、鈍い音を立てた。


「悪い」


拾い上げた袋の中には、色とりどりの魔物の部位が詰まっていた。

鱗、爪、腕――光を吸い込むような深い色。


「あ…んだよこれ…?」


この前まで解体シーンを見れば吐いていた少女とは思えない。


「討伐系の依頼を受けたのか?」


「そう。これから素材を売りにいく」


「すごーーい!初めて見た!これ、クリスタルリザードの鱗じゃん!え、こっちにはミスリルの爪もある!!ってことは、ウェーンウルフを倒したってこと?!」


デネラの目が宝石のように輝く。

歓声さえ、静かな朝の光に吸い込まれていく。


「あの噂…本当だったのか?」


「………」


「見たこともねぇ変な魔物連れてるって有名になってるらしいじゃねーか」


「へえ、そうなんだ」


「そいつに全部やらせたのか?」


「だったら、なに?」


その言葉が、引き金になった。

胸の底で燻っていた黒い感情が、ずるりと形を持ち始める。


「そんなの卑怯者じゃねーか。他の連中は一生懸命自分に見合った依頼をこなしてるってのに、お前はただ見てるだけで報酬もらえるって…」


「羨ましいの?」


「やめなって。リブ!ナナシちゃんはテイマーしてるだけなんだから。他のテイマーにも失礼だよ!」


「黙ってろ、デネラ。こいつはテイマーなんかじゃねーよ。見てみろ。テイマーなら腕に契約の印があんのに、こいつにはない」


白い腕には、何の印もない。

ただ静かにそこにあるだけで、余計に不気味なほどだった。


「ナナシ、おまえはどうやって」


「………うざい」


「なんだと?!」


「どーどー」


リブが声を荒らげた瞬間、少女のポケットから紙片が落ちた。

拾おうとするより早く、デネラがすっとそれを拾って差し出す。


「あ!落としたよ!!へー、すごいね!難易度Bの依頼受けてんだ!」


少女は無言で紙を受け取る。

その手つきは、とても静かだった。


「はあ?…難易度高すぎじゃねーか」


「もうずっと受けてる」


受理スタンプが深い色で押されている。


「なんでいきなり仕事なんて受けてんだよ。この前まで吐いてたくせに」


「誰にも邪魔されず、平穏な日々を過ごしたいだけ」


少女の横顔には、微かな翳りがあった。

光に触れれば消えてしまいそうな、儚い影。


「それ………俺らも同行する。いいよな?」


「は?」


「ギルドの規定だと受注した依頼ランクに見合うやつが1人パーティーにいれば、最大2人まで連れていくことができるはずだ」


言い募る声に、少女はまばたきひとつしなかった。


「じゃあ、あたしもついていくよ。こいつ1人だと不安だし」


「勝手にして…」


デネラに依頼書を預ける少女の手は、ひどく冷たそうに見えた。

その紙には、森の奥に潜む凶暴なトレント十体の討伐依頼。

実際には、十体どころの数字では済まないだろう。


「報酬は3人で分けることになるけどいーの?」


「別に…気にしない」


少女は深いため息をついた。

その吐息は、誰にも届かない場所へ落ちていき、

静かな朝の空気だけが、その余韻を吸い込んだ。

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