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第1話: 少女は森での初めての戦いを目撃する

偽りの天秤を主はいとわれ、十全なおもり石を喜ばれる。

高慢には軽蔑が伴い、謙遜には知恵が伴う。

正しい人は自分の無垢に導かれ、裏切り者は自分の暴力に滅ぼされる。

怒りの日には、富は頼りにならない。偽善は死から救う。

(旧約聖書 箴言 11: 1~4)


◇◆◇


その少女は、どこにいても目を引く存在だった。

けれどそれは美しさゆえではなく――まるで世界から切り離されたような、儚さのせいだ。

紫がかった瞳は深い夜のように虚ろで、焦点を結ぶことなく宙をさまよっている。そこには活力というものがなく、けれど逆に、見る者の胸をざわつかせる静かな迫力があった。

髪は淡い紫を帯びた色合い。波打つような緩やかなウェーブがかかり、片側だけにまとめられて肩へと垂れている。そのアンバランスな仕草が、彼女自身の不安定さを映しているかのようだった。

透き通るように白い肌。細い首筋、華奢すぎる体つき――そのすべてが、いまにも消えてしまいそうな印象を強めている。

声をかけても、返事は遅れてしか戻ってこない。まるで夢と現の境を彷徨っているかのように。

だが不思議と、彼女の存在は強く記憶に残る。そこにあるのは確かに「生」なのに、同時に「死」の影すら帯びている。まるで運命に導かれるように――儚さそのものを体現した少女だった。


「……ここ…どこ?」


覚えているようでなにも覚えていない。

掴もうと手を伸ばした何かは、目の前で突然ぼやける。

果てしない宇宙の中を彷徨っていたような。

逆さの大地を走っていたような。

底のない海底に落ちていたような。


「…なにこれ…」


黒く禍々しい木々に囲まれ、空は赤と紫が混じり合う。

ねっとりとした雲がまとわりつくように流れ、耳障りな木々の葉音や、不気味な鳴き声が森を支配していた。

昼なのか夜なのか――そんなことさえ分からない。

いや、分かっても仕方がない。


「趣味、悪すぎ…」


今は昼なのか、夜なのか。

それすらも分からない。

いや、分かったところで、なんだというのか。


「…!」


――後ろの木々からガサッと大きな音。


「っ…」


少女は身構える。

手には杖――紫色の宝玉が先端にあしらわれた魔法の杖――を構える。

いつから手にしていたかも覚えていない。だが今は、それが自分を守る唯一のものだと直感する。


「ぷっはー!抜けた抜けたー!」


木々の隙間から跳ね飛んできたのは黒髪の青年だった。

腰には剣、身軽だが頑丈な装備。

浅黒い褐色の肌に、無駄のない筋肉が刻まれている。その肉体は戦士そのものだが、ただ鍛え上げられた肉塊ではなく、しなやかさと力強さを兼ね備えたものだった。

短く刈り込まれた黒髪は風に乱れることなく、彼の鋭い目つきを際立たせる。青い瞳は鋭い光を放ち、視線を合わせるだけで気圧されるような迫力がある。

けれどその奥に宿る誠実さを見抜ける者は、ほんの一握りしかいない。


「ん?お前、こんなところでなにしてんだ?そろそろ夕方だ。魔物が活発になってくる時間だぞ」


少女は返事をしない。


「俺は、戦士リブだ!冒険者で、ランクはD。よろしくな!」


戦士?冒険者?聞いたこともない言葉に、少女は黙ったままだった。


「お前は?魔法の杖持ってるから、お前も冒険者仲間か!でも、初めて見る顔だな。どっか別の街から来たのか?見たところ魔導師ってやつか!一人か?仲間はどうした?」


「………」


「仲間が皆やられたか?そりゃ、悪かったな…」


苛立つリブ。


「…あんだよ?ちょっとはしゃべろよ!しゃんとしろ!」


「………」


「だんまりか?感じわりぃな!」


「………」


「まあ、良い。もう夜に近づいている。ここにいるのは危険だ。ほら、街に帰るぞ」


「………」


これが夕方なのか、と少女はチラッと空を見上げる。

沈黙に飽きたリブは、少女の腕をつかもうとする。


「行くぜ」


少女はリブを睨みつけ、それを払いのけた。


「急に悪かった…。放っておくわけにも…」


――その瞬間、森に雄叫びが響く。


『ぐぎゃおおおおおお!!』

けたたましい雄声が辺りに響き渡り、恐怖を煽る。

不気味な黒い木々は、強く揺れ、より一層不吉さを際立てた。


「!!…やばい、もう起きる時間か」


地面に鳴り響く振動に足が取られそうになる。


「…!」


「面倒くせぇな…オークだ。昼はぐーすか寝てるだけで脅威ではないが、夜になると起き始める…凶暴な魔物だ。気をつけろよ!!」


「ぐおおおおおおおお!!」


リブの言葉が終わると同時に、オークは障害物を物ともせず突進してくる。石も、木も、全てなぎ倒して、だ。

オークの背丈は人間の倍ある。豚のような見た目をした二足歩行の魔物で、筋肉質のがっしりした二の腕を持っていることが特徴だ。朝昼と寝るに寝たことでついた有り余る体力を夜に発散する。


「だが、俺の敵じゃ、ない!!」


オークの腕はあっという間に斬られ、落ちた腕は暴れながらも、もう脅威ではない。


「うぉりゃああ!!」


ぼとりと落ちた腕は、命が宿っているはずもないのに、ジタバタと動いていた。


「…っ…」


目の前に落ちてきた腕に驚いた様子で、少女は後方に動いた。


「ぼけっとするなよ!魔導師、支援しろ!」


「………」


「ちっ…じゃあ、いい!全部俺が倒す。その代わり、報酬は全部俺のだからな!文句は言うなよ!」


リブは高く飛び上がり、オークの額目掛けて剣を振り下ろした。


「おお、おおぉ」


オークの額から血飛沫が上がる。

そして、数秒後には大きな巨体がぐらりと横に動き、大きな地響きが上がった。


「ははっ。楽勝だな」


倒れたオークを背後にリブは自信ありげに腰に手を置いた。


「さっきも言った通りだが、このオーク討伐の報酬は俺の物だ。いいな?特にこいつの耳と尻尾はお金になる。さすがに一人じゃこの巨体は持っていけないから、諦めるしかないな。切るの手伝ってくれ」


オークが完全に沈黙したのを確認した後、リブは慣れた手つきでオークの体を小刀で解体していく。解体した耳や尻尾はリブが後ろに担ぐ横掛けバッグに収納されていった。赤い染みは、今まで戦った猛者の数を物語っていた。


「うっ…おぇ…」


グロテスクな光景に少女は我慢できずその場で胃液を吐き出した。


「おい!大丈夫か?もしや、初心者か?!先に言えよ!」


リブは驚きの声を上げる。


「ちょっと待て。すぐ終わるから!」


少女が地面に顔を伏せる姿を確認したリブはすぐに小刀を納め、切り離したオークの耳と尻尾、ついでに腕をバッグに入れた。


「立てるか?」


「………っ…」


リブが少女の顔を覗き見ようとした瞬間、少女はすっくと立ち上がり平然を装った。


「大丈夫ならいいが…」


「………」


「じゃあ、気を取り直して…帰ろうか」


リブは少女に手を差し伸ばすが、少女はそこを一向に動く気配がない。


「どうすんだ?来ないのか?」


「………」


「置いていくぞ?いいのか?あと10秒待ってやる」


と、リブは10秒数える。

しかし、少女は一向に動かない。

動かない少女を置いていこうとリブは背中を向ける。


「わかった。置いていく」


すると、少女は重たい足を動かして、リブの後ろをついていこうとする。


「来るんかい」


「………」


「もう少し早く歩けるか?日が暮れそうなんだ」


「………」


「返事くらいしろ」


随分と足取りの遅い少女にイライラしたリブは、少しは反応するのかと試しに罵声を浴びせてみる。


「…おい!グズ!のろま!根暗!」


すると、少女の足がピタリと止まる。


「お、なんだ?なんか言いたいことあるのか?」


その様子にリブは少し驚き、臨戦態勢に入る。

数秒後、全く動くことのなかった少女の口は、ゆっくりと開き


「………放っておいて」


と一言、彼に言い放った。


「開口一番がそれかよ!助けてもらっておいて、いい度胸じゃねーか。じゃあ、放っておくからな!知らないからな!」


「…うん…それで良いよ」


喋ったと思ったらリブを逆撫でてきた少女に苛立ちの声をあげる。

が、少女は悪びれる様子もなく、視線は明後日の方向を向いていた。

向こうがそう言う態度なら、とリブは足に力を込めて、どすどすと大股で歩き始める。


…どさり…


リブの背後で何かが倒れた音がした。


「ああ、くそっ!!」


振り返ると、そこには先ほどまで強がっていた少女が森のど真ん中で倒れていた。

放っておけば、明日には屍と化していることだろう。

魔物の多いこの森に、取り残すことは出来ない、とリブは少女を肩に担ぎ上げた。

軽すぎる。

まるで羽を持ち上げているほどだった。

よく見ると華奢な腕には複数の青いあざが見えた。

リブはあえて見ないようにして、彼女と共に森を後にする。

気分転換に書き始めました。

更新ペースは週1です。

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