表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ドラ探シリーズ

限界を超えたギリギリのレース! 果たして間に合うのか? 今、デッドヒートが始まる!

作者: 元毛玉

※ドラ探を読んでいなくても単体で楽しめます。


 ミレールは隣国のワールドン王国へ外遊で訪れていた。訪れた王都で日本の知識で作られた車を見かけ、乗ってみたいと希望を出したらドライブをすることに。

 だが、思わぬことからレースが始まってしまう。


───登場人物。

◆ミレール:メイジー王国の女王。ワールドン王国とは同盟関係。

◆ワールドン:ワールドン王国の君主。あだ名はワド。絶世の美女の姿を模しているが中身はドラゴンで、実は神様。

◆カルカン:空気が読めず、お酒にもだらしないが有能な猫魔族。今回は護衛任務として登場。

◆ガトー:ワールドンの親友で悪友。猫魔族の姿をしているお調子者。


※猫魔族……二足歩行の喋る猫。

「ワールドン様、車というものに乗ってみたいのだが……」


 ミレールは思い切ってそう切り出した。

 先日からこの国へと訪問していたミレールは、車という存在が気になり希望を出す。

 提案に目を輝かせたワールドンは、勢いよく手を叩いた。


「お、いいね! 僕も運転できるようになったから送るよ!」


 ワールドンは、ペーパードライバーという初心者らしく、車はレンタカーで済ませると言う。

 ミレールにとって聞きなれない単語の数々だが、何故か一抹の不安を感じていた。


「ワールドン様、本当に大丈夫なのだな?」

「勿論だよ! 僕、事故は4回しか起こしてないから!」


 車という存在に馴染みが無いため、申告の是非を判断しようがない。ワールドンの自信たっぷりな顔を、ミレールはひとまず信用することにした。

 レンタカーを借りに向かう道すがら、朝食の話題になっていく。


「ミレール。朝食のヨーグルトをかなり残していたけど苦手だったの?」

「いや、苦手というほどでは無いが、少し味が変に思えて控えたのだ」


 話題が一段落する頃にはレンタカー貸出手続きも終わり、銀色のフォルムが美しい軽自動車を手に入れる。

 ミレールは恍惚の表情で車体に手を這わせ、その冷たい感触を確かめていく。


「何というか、良いな。車というものは」

「フフフ。でしょ。テンションあがるよね。あ、これを貼るからちょっとそこを退いてくれる?」


 美しい金髪とスカートを靡かせたワールドンは、黄色と緑色のマークを持ってきてボンネットのド真ん中へと張り付けた。

 初めて見るマークに戸惑うミレール。


「これは?」

「若葉マークだよ! 僕、貼らなきゃいけない人なんだ。どう? ちょうどピッタリ縦横の真ん中に貼れたよ! 完璧じゃない?」


 せっかくカッコよかった車体に、センス悪く貼られてしまう。なのに、ワールドンは褒めてと言わんばかりのドヤ顔である。

 共感できないミレールは拳を口元に当てて暫し考え込んだ。


「ま、まぁ、センスは人それぞれだからな。でも、もう少し端の方でも良かったのではないか?」

「ここが一番目立つんだよ!」


 頑張るぞいポーズで主張を繰り返すワールドン。ミレールはそれを直視出来ず、そっと視線を反らした。

 改めて車へ乗り込むよう促され、助手席のドアを開けるミレール。

 腰を下ろしたシートは柔らかい弾力があり、馬車とは比べ物にならない乗り心地だった。


「この椅子は素晴らしいな。痔持ちにとても優しい」

「あ、ミレール。シートベルトを忘れてるよ」


 締め方を教えてもらい、シートベルトを締める。ミレールが安全面の配慮に感嘆の息を漏らす中、ワールドンの指差し確認が続く。


「タイヤの空気圧よし! ワイパーよし! オイル残量よし! バックミラーよし! ミレールも忘れ物ない?」

「あぁ、私にはない。それだけ念入りに確認しているのなら、ワールドン様も忘れ物は無さそうだな」


 確認を終え、車のエンジンに火が入る。

 重低音と小刻みな振動が心地よく、ミレールには極上の乗り物に思えた。


「本当に素晴らしいな。是非、我が国にも導入したいものだ」

「マナの燃費は悪いけど、必要なら輸出するよ。ではでは、出発進行ー!」


 護衛含め四台の車が走りだす。

 後方から横並びでついてくる護衛車のタイヤ音が、まるで早く進むように急き立てるようだ。

 レンタカーの店員が手を振る光景、王都の街並み、竹林のアーチを経て、あっという間に荒野へ。

 町の喧噪は遠のき、エンジン音とタイヤが地面を蹴る音がより響く。

 木々や農作地が風のように過ぎゆく光景に、ミレールは心を奪われた。


「早い! 早いな!」

「もっとスピード出せるけど、安全運転だからね」


 そう言っていた矢先。護衛としてついてきていた車に追い越され、前方に位置取られる。

 ミレールの口から小さく舌打ちが漏れた。


「なんだあの車は? 私たちの前を走るとは不敬ではないか!」

「あれはカルカンの車かな? 護衛のつもりだろうから前に出たんじゃない?」


 ミレールは猫魔族のカルカンを思い返す。

 数々の戦果を持つ優秀な猫魔族とは認識しているが、素晴らしい前方の景観が塞がれてしまうことへミレールは強い苛立ちを感じていた。


「カルカン殿を追い越せ!」


 負けず嫌いな面のあるミレールは、やたらとヒートアップして追い抜いた車に暴言を吐き始める。


「分かったから。そんな汚い言葉を使わないで」


 軽く肩を竦めたワールドンはアクセルを踏み込む。

 徐々に先導する車へと追い付き、暫くの並走の後、引き離していく。

 やっと溜飲が下がったかと思いきや、緑色の乱入車が暴走スピードで前方へと躍り出た。


「ふふん! ワドの運転は遅すぎるぞにゃん!」

「危ないでしょ、ガトー!」


 周囲へ土煙を浴びせ、追い越していく緑色の車。

 ワールドンの親友であるガトーの車だった。

 しかし、いかに格上の相手と言えど、女王の体面を傷つけられてしまったミレールは、般若の形相へと変わる。


「抜け!」

「ど、どしたん? ミレール?」

「いいから抜け!」


 アクセルを全力で踏み込むワールドン。スピードを上げつつ「ミレールは車の運転で変わるタイプだ」と、目尻が潤む。後悔と振動で心と涙は揺れていた。


「お? なんだやるのか? おい、ワドがレースを所望だぞにゃん! お前らも参加しろにゃん!」


 ガトーが一位の報酬を語り、周囲の護衛車まで炊きつけ出す。さっそくカルカンが報酬に釣られた。


「勝って最高級のお酒を手に入れるにゃ!」

「面白い! 絶対に負けるなワールドン様!」

「僕、安全運転がいいんだけど?」


 周囲もすっかりのせられて、集団のスピードはドンドン増していく。

 ちょっとした小石でも車体は大きく揺れ、激しく突き上げられる座席。

 慣れていないワールドンのハンドル捌きは、少しずつ遅れ始める。


「ううう……どうしてこんなことに」

「ワールドン様! 遅れてるぞ! もっとスピードをあげろ!」

「ヒィィィ!」


 横からハンドルを操作され、ワールドンは悲鳴を上げた。

 執拗に煽り運転をしてくるガトーに対し、ミレールは異常なまでにヒートアップ。

 あわや崖への転落かと思えるコーナーを、左右に体を振られながら必死にハンドルを切っていく。


「よし、いいぞ! ん? どうしたワールドン様?」


 明らかに顔色を悪くして、急に黙ったワールドンへ声をかけるミレール。


「ぼ、僕、重大な忘れ物をしていたよ……」

「忘れもの? それよりも今はレースに注力すべきでは無いのか?」


 諭すミレールに対し、ワールドンは必死に首を振り続ける。


「一体何を忘れたのだ?」


 問い直すと、青ざめた顔のワールドンが告げる。


「今朝のヨーグルト食べて、お腹の調子が悪かったのを今、思い出したよ!」


 致命的な忘れ物は便意だと語るワールドン。

 ミレールは理解が追い付かず、一瞬キョトンとしてしまう。だが、大量の汗をかき、真剣そのもののワールドンの表情に嘘は全くなかった。

 そうしている間にも次のコーナーがやってくる。

 同時に直腸にも訪れる豪快なコーナーリング。


「ぐぉぉぉ、ぎゅるぎゅる言ってるよ!」


 ワールドンのお腹の音は助手席まで聞こえていた。

 断続的に続く音が焦る心臓を何度もノックし、ミレールの口の中も乾いていく。


「や、やばいのか? ワールドン様?」


 息も絶え絶えに「かなり」と呟くワールドンの様子を見てミレールは停戦を申し込んだ。


「ガトー様、レースを一時中断しよう!」

「ワハハ! 負けそうだから下りるのかにゃん? このチキン女王がにゃん!」

「今さら報酬無しはあり得ないのにゃ!」


 そう言うや否や、ガトーやカルカンは強引な幅寄せで煽り運転をしてくる。


「そんなクリーンな走り方をしていたら、オフロードでは通用しないぞにゃん!」

「僕は! レンタカーの運転席のクリーンさを守らなければならないんだ!」


 ワールドンの声は切実そのもの。

 それなのに事情を知らないガトーの幅寄せは悪辣で、あわやクラッシュという至近距離が続く。


「車間距離守ってよ! 今の凄く危なかったから!」

「このぐらいの距離で何をいってるにゃん?」


 声が裏返り始めているワールドンへ、ミレールは眉を顰めてチラ見する。


「どのぐらい危なかったのだ?」

「ギリもギリ! 門が決壊する寸でのところで押しとどめたけどね!」


 ウインクをして強がりを見せるワールドン。

 決壊した姿を想像し、ミレールはゴクリと唾を飲み込んだ。

 そこへカルカンが亀の甲羅で攻撃を仕掛けてきた。

 麦畑の隣を並走する中、高速逆走してくる甲羅を道幅スレスレで回避。


「外したのにゃ!」

「こ、こら! それは色んな意味で危ないでしょ!」


 口先だけで叱るワールドンに、余裕がないことはミレールにもハッキリと分かる。

 慌てて内緒話を始めた。


「お、おい、ワールドン様。危険走行はやめておけ。なんなら今すぐ車から飛び降りろ」

「大丈夫。死ぬときは一緒だよ!」

「凛々しい顔して何カッコいいこと言ったつもりになっているのか!」


 自分で炊きつけてしまったとは言え、あまりの事態にミレールは焦る。

 その合間にもガトーやカルカンのレースは激しさを増していく。

 ワールドンの額の脂汗が凄い。


「今飛び降りたら、僕、色んな意味で死んじゃうよ? 旅は道連れって言うじゃない。ね? ミレール!」


 ミレールは「背に腹は変えられない」と飛び降りることを決意し、シートベルトを外そうとした。


「何故だ! シートベルトが外れない!」

「ん? 一人だけ逃げようなんてずるいよね?」


 走行中は外れない仕様になっていると語るワールドン。


「クソッ、そんな安全面の配慮があるとは! で、どうだ? まだ持ちそうか?」

「最終ラップに突入してるよ!」

「よっし、あい分かった。限界間近だな!」


 寄り返す波も最終局面を迎えているようだ。

 体内のジェットコースター具合を再現しているのか、ワールドンの表情は寄せ書きの如く多種多様となる。

 その瞬間、砂利で車体が大きく跳ねた。

 ワールドンの口は音もなくパクパクと開閉を繰り返す。


「まだ実は出ていないよな?」

「僕は僕の活躍する筋肉を信じているよ!」

「私も信じているぞ!」


 強く握り拳を見せるミレールと二人、「筋肉は裏切らない!」と励まし合う。

 ミレールが周囲へレースを止めるように訴えるも、誰もやめようとしないし、後ろからは猛スピードで煽られ続け、スピードを緩めることすら叶わない。


「さっきから戯言がうるさいぞにゃん。んなもん聞き流すに決まってるぞにゃん!」

「流すのはペーパーだけにしろ!」

「ペーパードライバーには負けないのにゃ!お酒は絶対に譲れないのにゃ!」


 ガトーたちと舌戦を続ける最中、前方でドリフトを決められ、土煙へ突っ込むのと同時にワールドンから小さく声が漏れる。

 その声の響きはどことなく達成感や満足感、悟りの境地を開いたかのよう。


「ど、どうした? ワールドン様?」


 するとワールドンは気恥ずかしそうな笑みを浮かべた。


「えへへへ……」

「おいーーー!」


 その日は、ドライバーシートと心に消えない汚点を残した日となった。



実際にこの忘れ物は大変ですよね。

連休にレンタカーで出かけて、渋滞にハマった際にこの忘れ物があると地獄。

いや、本当に……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元毛玉作品集
新着順最近投稿されたものから順に表示されます。
総合評価順人気の高い順に表示されます。
ドラ探シリーズ「ドラゴンの人生探求」の関連作品をまとめたものです。
本日の樽生ラインナップ樽酒 麦生の短編集です。
セブンスカイズ
代表作。全25話。
なろう執筆はじめました!なろう初心者作家向けのエッセイです。
― 新着の感想 ―
 お邪魔しています。  すっごいスリル満点のレースでしたね。まあ、レースのスリルというか、決壊のスリルというか。レンタカーでの初心者マークって、傍からみてもスリル満点なのに、助手席のミレールにとっては…
レース描写、そこに至るまでの流れも滑らかで違和感なく車の描写入って来ました 自分もお腹緩い方なのでワールドンがドリフトなどの度に顔色変わる様子が痛い程わかりました…辛いな 最後はスッキリされたようで……
『限界を超えたギリギリのレース!』 『果たして間に合うのか?』 『今、デッドヒートが始まる!』  ……と、まさにタイトルどおりの内容に爆笑しました(≧▽≦) 「聞き流すに決まってる」「流すのはペーパ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ