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第八話 『聖獣』

 教師の契約から数日後、最近では珍しく昼頃なのに誰も客のいない空いた時間に、俺はテーブル席で本を読んで頭を抱えていた。


「さて、困ったことになったな」


 その手にある本の内容はこれから担当する魔法学についての教科書。


やることを承諾した後、すぐさまキリアさんに頼むことですぐさま用意してもらったものなのだが、その内容に軽い驚きを覚えていた……ただし悪い意味でだが。


「どうするかなぁ、この教科書、説明不足にもほどがあるだろ」


 実際に教科書を確認すれば、解明できていなかったり、間違っていることの多さが目につく。


あまりにも自分の持っている知識との食い違いが多すぎるのである。


「想像以上の難問だな……これは」


 正直、サナちゃん個人に教えなくて正解だったと思う。


これは俺の考えで教えていれば確実に一人で浮いてしまうことになっていただろうことが容易に予想できた。


とはいえ、教師として学生全体に教えるにしてもこれは中々難儀しそうな話である。


現行の知識との食い違い、小さいものはともかく大きいものにもなればそれは今までの常識を捨てて新しい常識をいきなり学べという無茶な問題に他ならない。


生徒たちがどれくらいならば許容することが出来て、どこまでなら踏み込んだ話が出来るのか……このあたりが毎授業における打ち合わせの焦点となりそうだ。


「それはまあ別として……まったく、死蔵されすぎだっての」


 そう言って目を向けるのは隣に山積みされた本の山。


教科書のあまりの酷さに、キリアさんの許可の下で学園の蔵書からルノと手分けして良い文献がないか探し回った結果である。


それは教科書のような一般的に広まった知識書ではなく、あまり人気の無いところにあった個人研究などの書物。


主に異端とされたものや真実間違っているものなど当たり外れの多い中で、いくらか自分たちの持っている知識に近そうなもの、あるいはじいさんの家にあった書物と同じものや同じ著者のものを選んで抜き出してきたものである。


その他にも気になる蔵書は大量にあったがとりあえずその第一陣としてこれらを用意した、この本たちの内容を纏めるだけでも、今の教科書の数段上の内容のものが数冊は作ることができるだろう。


「わう……ヒサメ、できたよ!」


「おう、じゃあ、次はこれを頼む」


 ルノにはそれぞれ本の内容を軽く読んで大事だと感じた記述を書き出してもらっている。


さすがにこの膨大な量を一人でまとめるのは無理とは言わんが面倒なのである、そういうわけで本の一部はルノが担当していた。


一応自分が教えているだけあって、俺の確認したい点などが分かりやすくまとめられていた……つくづく優秀な子である。


ともかくそれを参考にしながら自分用の教本作成に勤しむ……客が来ないことを今だけはありがたいと本気で思う。


「なるほど……こういう考え方もありか……」


 なお、余談ではあるが文献の中にはこっちも考え付かないような話もあり、結構こちらのためにもなっているあたり悪いことばかりではないと考えてしまう。


そんなことを考えながら作業を行っていると、唐突にルノが頭を上げて入口の方に顔を向けた。


「……わう?」


「どうした、ルノ?」


「お客さん来るみたい」


 どうやらルノの耳が足音でも聞きつけたようである。


俺もそれを聞いてすぐさま文献を片付け、客を迎える準備を始めるのだった。


「「いらっしゃいませ」」


 来客を告げるベルの音が聞こえて、喫茶店の中に入ってきたのは大柄な男性。


鍛え上げられた身体をしていて、かなりの風格を持った人物であった。


一目でただ者じゃないとわかるその人の手には荷物入れであろう袋が握られている。


その男性に見覚えは無かったのだが、その身に纏う雰囲気には確実に会ったことがあると訴えかけるものがあった。


一体誰だろうか……そんな疑問を感じ取ったのか男性が口を開く。


「わからないか……まあ無理もないが、しばらくぶりだな、詠歌い」


「へ……ファ、ファフニール!?」


「ファフさん!」


 聞き覚えのある低い声に聞き覚えのある呼ばれ方をされて、その男性が誰かに気づいた。


その時の俺の顔はきっと馬鹿みたいに驚いた顔になっていただろう。


「さすがに驚いたようだな」


 そんな俺の様子に満足したのか口元に小さな笑みを浮かべた男性、ファフニールはカウンター席に座る。


驚きから解放された俺は今度は呆れた顔になって彼に口を開く。


「だってあんた……なあ」


「すごーい、ファフさん人間になれるんだ!」


 人間になれる、ルノのその言葉の通り彼は人間ではなかった。


彼の正体はこの世界においては聖なる獣、あるいは神とさえ崇める者もいるほどの存在、竜である。


彼とはここに来るまでの一年の旅で出会うことになったのだが、その時の姿は竜であり人間に化けて現れるなんて想像もしていなかった。


「我らは悠久を生きる一族、人に化ける程度は造作もないことだ」


「そりゃそうだろうけどよ……いきなり来られて面食らったぞ」


 とりあえずアサカが非番なのは助かった……神話の生き物なんぞ唐突に目の前に現れてしまっては色々と問題があるだろう。


まあ、とにもかくにもまず聞くべきことは一つ。


「今日はいったい何の用なんですか?」


「友に会いに来るのに理由が必要か?」


「そりゃないけど……あんたには神山の守護があるでしょうに……」


「この数十年来たのはお前とルノ、それにお前の養父だけだ……私がいようといるまいと変わらんさ」


 養父とは無論俺のじいさんのことである。


そしてじいさんに行ったことがあると聞いていたからこそ、足を向けたのだが……さすがと言うべきか『大迷宮』の下層にも劣らぬ強力な魔獣たちが大量に存在していた。


魔法具を惜しみなく使って必死の思いで切り抜けていったという感じである……正直、運が良かったとしか言いようが無い。


そして激しい戦いを潜り抜け、最奥までたどり着いた先にファフニールがいたのだ。


道中の魔獣たちが可愛く見えるほどの威圧感と巨体で空から現れたときにはさすがに死を覚悟した……人間が勝てるような相手ではないと肌で感じたのは今でも覚えている。


じいさんは彼と相対したとき何を思ったんだろうか?


「それ以外では百年ほど前に私を討ち取りに来た軍団は全滅させたが……つまらない戦いだった」


「それは仕方がないと思うけど」


「ファフさん強すぎるもん」


 目が合うだけでも死ぬかと思ったほどだ、その力が振るわれれば一撃でやられること間違いない。


あの時俺がやったのは剣を置いたこと、そして竜の姿をしたファフニールに理性があることを祈って話をしようとしたのだ。


それが功を奏して生き延びることが出来たのだ。


「死を前にして、最善を尽くせる者は少ない……その聡明さは誇るに値する」


 基本的にファフニールからこちらに敵意は無いのだ、だからこそ、こちらから戦いを吹っかけなければファフニールから襲うことはまず無い。


ある意味ではそれはファフニールの試練なのだろう……恐怖でもなく自棄でもなく、理性を持って剣を捨てるという行為。


それを為せる者がファフニールにとって相対するに値する者、そういうことなんだろう。


とにもかくにも認められた俺たちは、多少の会話をして……その話の中でじいさんの話もした。


同じように剣を置いた者で、ファフニールも覚えていたらしく、死んだと告げた時には静かに目を閉じて黙祷を捧げていた。


「けど、その後の面白いものを見せろは正直焦りましたね」


「わぅ、あのときはいっぱいいっぱいだった」


 基本的に退屈しているのだろう、そんな課題を出された時には本気で焦ることになった。


結局、自分たちの使える古代魔法をぶつけることにした俺とルノは古代言語による詠唱を行い、ファフニールに向かって解き放ったのだが……


「いい一撃だった、さすがに痛かったぞあれは」


「個人的にはそれで済むあなたがおかしいと思うんだ」


「ファフさん頑丈すぎるよ」


 あるいはと思い、致命傷へとならない所に撃ったのだったが……結果的に言えば全く心配する必要は無かった。


ダメージこそ与えたが、確実に正面から受けたとしても大ダメージというには程遠いだろうということは理解させられた。


その結果にはさすがに自分たちと、世界でも最強とも言える聖獣との圧倒的な能力者というものに愕然とさせられたが……


まあ、効果はどうあれ結果的にはそれで満足してくれたファフニールに讃えられ、その山を降りたのだった。


「お前の養父は、失われた古代の知識を披露していた、よくもまあ人の身であそこまでの真実にたどり着いたものだ」


 聖獣が感心するほどの知識量と言うことに呆れながらも、その知識が今や己に受け継がれていると言う事実が俺を複雑な気分にさせる。


本当に、自分にこの知識を使うことができるのだろうか……そんな少しの不安が混ざった複雑な気持ち。


「養父の知識にしても……お前たちの詠とその一撃にしても、私の記憶を五百年は遡らなければ同じだけ興味を引くものは見つからないだろうな」


 人の身としては最上級の評価なのだろう……その口調には、心底感心しているという意が込められていた。


それからファフニールは少し気になったと言ったように口を開いた。


「そういえば、私が来るまでは本を読んでいたようだが……何なのだ?」


 どうやら、急いで準備していたときにはファフニールの知覚範囲の中だったらしい。


まあ、ルノよりも知覚範囲が低いはずが無いしそれも当然か。


「ん……学園の教科書だよ……今度この街の学園の生徒に教えることになってね」


「ほう、教え導く者か、詠歌いにはなかなか良い話ではないか」


「そうかな? 人に教えるのはあまり得意ではないと思うんだけど……」


「自信を持つといい、ここにお前の残した証拠があるだろう」


「わふっ!」


 ファフニールがルノを抱えて自分の膝に乗せて頭を撫でた、それにルノも嬉しそうにされるままにされている。


そんなルノにファフニールは小さく笑みを見せて俺に告げる。


「この子を教え導いたのはお前であろう、私はこの子が正しく育っていると思うぞ」


「ファフさんくすぐったいよう」


「……ありがとう、ファフニール……けど、一人に教えるのと大勢に教えるのは違うと思うんだけど……」


「確かに、多少の違いはあるだろうな……しかし、お前には人を惹きつける魅力がある、知識もある、そう悪いことにはならんと私は思うよ」


 ファフニールがそう言ってくれたことに、少々過大評価だとは思いつつも、もう一度ありがとうと返した。


「当然のことを評価したまでだ、礼を言う必要は無い」


「それでも……かな」


「必要は無いと言うに……それより、なにか困っていたようだが?」


「あ……それなんだけど……」


 片付けていた本の山から一番上の教科書を取って、ファフニールに渡す。


「その学園の教科書だ、読んでみてくれ」


「なるほど」


 ファフニールはルノを膝から下ろして隣の椅子に座らせると、一気にバラバラとページを進め、閉じる。


そして一言。


「話にならんな」


「今ので読んだのか!?」


「ファフさんスゴイ!」


 読了時間三秒、速読とかそんなレベルじゃない。


「この程度は容易いことだ……それより、一般の知識とはこの程度なのか? ここまで落ちぶれているのか?」


 教科書を受け取りながらファフニールに呆れたように言われる。


「まあ、これが一般でしょうね……表に出てない者によってはそれなりの知識はあるみたいですけど……」


 言いつつ、俺は後ろの本の山のほうへと目線を向ける。


「なるほどな……よし、ならば少し助言をしようか」


 もともとこの世界の竜という一族は人に知識を与える存在としてあがめられている……教える、と言うことに関しては右に出る存在はいないだろう。


意見を言い合い、色々な助言をもらい、ときにはルノにまで聞きながら、なんとか教えるのに問題はなさそうなところまでは話を煮詰めることができた。


「まあ、こんなところであろう」


「助かったよファフニール」


「なに……こちらも暇を潰すことができた」


 そう言ってファフニールは笑い、立ち上がる。


「しかし……少々長居をしすぎたな、そろそろ帰るとしよう……これは餞別だ」


 ファフニールはそう言って、袋をカウンターに置いた。


中を開いてみると、そこには鱗のようなものが大量に入れてあった。


「ファフニール、これ!」


「私の鱗を砕いた褒美だ……砕いたものでは格好がつかなかったのでな、自然に剥がれ落ちた本物の私の鱗だ、人間の世界でならそれなりの価値があるものであろう?」


 それなりなんてとんでもない、仮に砕けた一欠片だけでも十分高い値がつく。


魔法的な素材としても相当な効力を持つので、個人的には魔法具の作成にも役に立つのでありがたい。


「それでは、な……また詠でも聞かせにきてくれ」


「また登って来いってか? ま、時間ができたらな」


「またね、ファフさん!」


「ああ」


 ルノの笑顔の見送りに少し笑みを柔らかくして、それから出て行った。


それからしばらくして、閑散としていたのが嘘のように店に客がやってくる……もしかしたらファフニールが何かしてたんだろうか?


それはそれで営業妨害をされているんだが……まあ、いいか、それを遥かに越える代金もらっちまったし。


今度連休とって詠を聞かせに行くとしよう。






 喫茶店『旅人』、所用により折を見て連日休暇を取らせていただきます。

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