第五十六話 『宴会』
七つ目の『大迷宮』を踏破……したかと言われれば非常に微妙なところではあるのだが、とにかく終わらせた俺たちは『旅人』に戻った。
その次の日、攻略した旨をやって来たメンバーに伝えたのだが数名からお叱りを受けた……けど、俺のせいじゃなくないか?
そんなことを考えたものの、無事な姿で帰ってきたことに関してはみんなから安心していただいたことには正直ホッとしたところである。
また、目的が達成したことに関しては我が事のようにみんなから喜んでくれたことは素直に嬉しいと思う。
そしてその日の夜、目的の達成を祝して『旅人』の中でささやかなパーティーを開催していた。
「みんな、今までありがとう……お前らがいなかったらきっとこんなにうまく行かなかったよ……まあ、長いのもあれだし、乾杯」
「「「「「乾杯!」」」」」
色々言いたいことはあったけれど、うまく言葉にできないし長くなりそうだったから簡単に切り上げてグラスを掲げた。
それに倣うようにみんなもまたグラスを掲げ、ガラス同士のかち合う音が鳴った。
この場にいるのは俺とルノ、アサカとシオン、サナちゃんにセリカちゃん、シトネちゃん、レスカさんのいつものメンバー。
それに加えてクラウとアーミア、カレンとリアンナの四人がこの場にいた。
アイネルも誘いたかったのだが、『王城』を脱出した時には既にその姿をくらましていたためそれはできなかった。
「ったく、お前は毎度予想の上を行きすぎるぞ……」
「待て、少なくとも今回に関して言えば俺だって予想外のことだったんだよ」
「あはは……意図していなくてもとんでもないことをする辺りもヒサメらしいけどね」
ジュースを飲みながらアサカやシオンと談笑。
シオンの言葉に俺は苦笑を浮かべるものの、内容的にはまったく笑えないよな『流れ』的に。
そうこうしている内に店内に歌声が響き始める……カレンがルノやサナちゃんたちに頼まれて小さなコンサートを始めたようである。
「そこのファン、一緒に聴きに行かなくていいのか?」
「行きたいところだけどさ……聴くのなら面倒な話とかは先にしておきたいからな」
「そうだね……今後の予定とか今を逃すと聞く機会がなくなりそうだから」
「ああ……なるほどな」
アサカとシオンの言葉に納得、特にアサカは俺がいないときの代理店長をやっているからな……目的を達成したのなら当然出てくる疑問だろう。
俺が元の世界に帰る話……場が盛り上がってしまえば早々できることではない。
俺としても二人に知っていて貰えれば便利ではあるし、伝えるべきことは伝えておこう。
「とりあえず目的の詠はどうにかなった……たぶんいつでももう跳べる状況ではあるよ」
「そうか……じゃあ、すぐにでも跳ぶ気なのか?」
「いや……放置できないことがこの世界には多いからね、まだしばらくはそういうことはないよ」
最悪の場合戻ってこれないということも十分に考えられる。
それらの可能性も考慮した上で色々と迷惑が最小限になるように準備をしていきたいと思っている。
「大変だね……何かできることがあれば言って、手伝うよ」
「サンキュ……まあ、自分から始めたことが大半だからね、できる限りのことはやるさ」
「違いねぇ、とりあえずなんかあったら呼べ、手は貸してやるから」
二人から出される手伝いの申し出を俺は素直に受け取る。
まあ、この二人なら仮に俺が何も言わなくても自分にできることで手伝いをしてくれるのだろう……それがわかるだけに、本当に嬉しいと思う。
「いいわねぇ、男同士の友情……カレンとだとそういう光景を見ることがないから貴重なシーンだわ」
そんな俺たち三人の会話に初めからいましたと言わんばかりにリアンナが参加していた。
うん……正直いつからそこにいたんだ?
「そうねえ……カレンの歌を聞かないかと言っていた辺りではもういたわよ」
「そこからかよ……」
本気で気づけなかったんだが……前から思っていたがあんたら超絶技能を安売りしすぎてないか?
ほら、アサカとかシオンとか若干引いてるぞ。
「とりあえず、何か用なわけ?」
「別にないわよ? 強いて言えば口にした通り男の子の友情を見ることが少なかったから観察していただけ」
「……ああ、そうですか」
うん、本心なんだろうなこの人のことだから。
構えた俺が馬鹿みたいだと力を抜いたところで、アサカとシオンから小声で質問が入ってくる。
「ねえ、ヒサメ」
「あの姉さんにガチで気づかなかったんだが……どういう人なんだ? お前の知り合いでここにいるからにはまたとんでもない人なんだろうけど」
「ああ、うん、アサカ正解……あと小声でもあの人聞こえてるから」
そんな俺の忠告でアサカとシオンはリアンナの方を見る。
リアンナも聞こえているかを示すように手を振って笑っていた。
「まあ、彼女はリアンナ・エールセイム……カレンの護衛をしていて、こと防御に関することについては世界最高クラスの使徒だよ」
「やぁねぇヒサメ、前にも言ったと思うけどそういう世界最高だか最強ってのはクラウやエレン辺りに任せておけばいいのよ」
俺の紹介にリアンナは苦笑しながらそう応えるけれど、アサカやシオンはそれどころではないようで固まっていた。
ああ……もう少しぼかして答えるべきだったかな。
「別にいいんじゃない? ヒサメに関わる以上は避けられない問題だと思うわよ」
「まあ……確かに」
「クラウまで巻き込んだのはまあ、ちょっとばかし悪かったかしら?」
そう言えばごく自然にクラウの名前出してたな……うん、クラウすまん。
アサカとシオンはリアンナと後ろにいるクラウを交互に見て、俺に訊く。
「ああ……マジでか?」
「さすがに驚いたよ……」
使徒は人間の天敵扱いだからな……そんな存在が隣に普通にいるとなればまあ、その反応も仕方がないだろう。
「まあ……アレだよね」
「そうだな」
「「ヒサメの知り合いなら仕方がない」」
「おい」
騒ぎ出されないのだからいいんだけど、それでもその納得の仕方には物申したいんだけど。
いや、うん……わかってるさ、この件に関しては結構その通りであるから何も言えないんだよ。
異界の詠歌いのような存在を放置するわけにはいかないからクラウかリアンナ、姉さん辺りがそれがどういう存在なのかを確認に来る。
加えて顔の広いじいさんのせいで一人どころか六人全員と出会うことになったという事実を考えると俺だからというのは否定しがたいものがある。
「ま、簡単に説明するなら私は最初に生まれた使徒の一人、あっちで座ってるクラウもね……それで、異界の詠歌いや継詠者みたいな存在を見守ることが今の目的かしら」
「って、最初の使徒についてまで言っていいのか?」
「別に構わないわよ、ヒサメがここに呼んでいる知り合いであれば何かで知ることにはなると思うし人格的にも問題ないでしょ? 仮に火の粉になるのなら振り払うのみよ」
そう言ったリアンナはただ笑みを浮かべている。
ああ、人間がどういう反応をしたところで彼女たちを害することなどできないのだからその態度や発言をしても何も問題がないってわけか。
ついでに俺も信用されているようで、それに関しては少し嬉しく思う。
「ま……判別くらいはつけておくべきかしら」
そう言って、リアンナはアサカとシオンに視線を向ける。
視線はどこか鋭く、おそらく二人にはある程度のプレッシャーを受けているのだろうと予想する。
その証拠にアサカはやや冷や汗をかいているようだし、シオンも硬くなっている。
「さあ……二人は私のことをどう思う?」
「美人のお姉さまです!」
リアンナの問いに対し、アサカのそんな回答で思わず停止した。
うわぁ……この状況でこんな発言ができるとは、表情なんかも引きつらせていて恐怖とかそういうものを感じていないわけではないだろうに……勇者だな。
さしものリアンナも予想外の発言に呆気にとられているぞ……かなり貴重な光景だぞ、コレ。
「ふ……あははははははは、いいねキミ、キミのような子はお姉さんも歓迎だわ」
そしてどうやらアサカの反応はリアンナから好意的に見られたようである。
呆気にとられた状態から回復したリアンナが爆笑し、アサカの肩を叩く。
「それで、君はどうなのかしら?」
「そうですね……ヒサメが特に構えずに話していますし大丈夫でしょう、それに僕が持ってる使徒のイメージと貴女やあそこにいる彼が重ならないこともありますけど」
視線を改めて向けられたシオンはゆっくりとリアンナやクラウに視線を向けて答える。
確かに一般的な使徒は自我を持たない場合が多く破壊行動を行うばかりのイメージであり、自我持ちとはイメージが重ならないことが多い。
「それに、歌姫の護衛の方なのでしょう? 少し話しただけですけどヒサメと同じで見る目がある人だと思います、その二人が大丈夫と思っているのなら僕から言うことはありません」
「なるほどなるほど、中々理性的な回答ね……ええ、二人とも特には問題ないわね」
そう言ってリアンナは満足したのか頷いてプレッシャーを解除したようだ。
アサカとシオンの二人が目に見えてホッとしたようにため息を吐き出す。
「さすがはヒサメの友人ってところかしら、最初という意味が分からないわけではないでしょうし」
最初の使徒はつまり、現在の使徒が生まれる原因となったもの。
普通であれば許容できるような存在ではない。
「そりゃ、その点に関しては複雑っすよ、友達ん中じゃ使徒に親や兄弟やられたって奴もいるし」
「そうですね……何も感じることがないかと言われれば嘘があります」
「へぇ、ならどうして?」
「まあ……さっきも言ったように普通の使徒と貴女たちの姿が重ならないことと……僕やアサカ自身が使徒の被害に遭っていないことが大きいですかね」
「確かにな……さすがに家族とか襲われてたらここまで平静じゃいられない」
「ま……そりゃそうよね」
アサカやシオンの言葉にリアンナは苦笑交じりにそう応える。
誰だって身内がやられれば冷静にはいられない、そこに元凶がいれば火を見るより明らかだろう。
二人にそういうことがなかったことをこの場は安堵するべきか。
「一つ質問なんですけど、例えば貴女を倒した場合、他の使徒も倒れるんですか?」
「ああ……それはないと思うわ、そこらの使徒を倒してもそいつが使徒にした者は残っていたし、私が倒れても一体使徒が減るだけね」
「だったらなおさら現時点で使徒に被害を受けたことがない僕がどうこう言う気にはなれません……貴女自身に僕は嫌はないですし、ついでに言えば生んだことに文句を言うのなら、貴女たちをそういう風に生んだ存在がいますしね」
「右に同じっす……これから先までは保証しませんけど、今この場においてはヒサメの腕を治してもらった恩人たちで、お姉さんは美人ってだけです」
「ハッキリと言ってくれるのは中々好印象よ、それに君の言うとおり業腹だけど私たちを作った存在がいるしね……あと言っておくけど腕を治したのは向こうのクラウね、私は何もしていないわ」
アサカとシオンの言葉にリアンナは苦笑を浮かべ、それから律儀にも俺の腕に関して訂正を入れてくる。
しかしシオンはしっかり理解していたか……確かに使徒への恨み言を言うのならこの世界の神ほど適任はいないかもしれない。
「だからとりあえず僕は、リアンナさん個人として見ることにします……それでいいですか?」
「ええ、いいわよ……君たちはシオンとアサカでよかったかしら?」
「はい」
「そうっす」
「ええ、覚えたわ……もしも使徒の関連で恨み言ができたのならヒサメにでも頼んで私を呼び出しなさい、死んであげる気はないけれど受け止めてあげるくらいはしてあげるわよ」
そう言ってリアンナは笑ってこの場を去っていく。
残るのは俺たち三人のみ、
「なんて言うか……半端ない人だな」
「そうだね……割と死ぬ覚悟したんだけど」
「まあ大丈夫だろ、敵対しない限りはあの人は特に害はないから……ついでに今度詳しく話すよ、俺が知ってる使徒について」
「ああ、よろしく頼む……あの場ではああ言ったものの、正直判断材料が足らないんだよ」
「そうだね……正直、あの人が使徒を増やしているとは思えない」
「それはまあ、褒め言葉として受け取っておくわ」
「「「っ!?」」」
会話中に去って行ったはずのリアンナがいつの間にか俺たちの至近にいた。
相変わらずそれに気づけない。
「ちょっとヒサメに伝え忘れたことがあってね」
「ウソだ、絶対今の一瞬がやりたかったからだろ……」
「さあ、どうかしらね?」
俺の言葉にリアンナは明確な答えを返さない……けど、ほぼ間違いなくそうだと感じる。
「で……伝え忘れたことってなんだよ?」
けれどツッコんだところで意味はないためさっさと用件を聞く。
するとリアンナは俺の目を見て、それを口にした。
「早めに発散しなさいな……兄として見られていない場所でならばいいでしょう?」
「う……」
心中を渦巻く想い、その真芯を貫くかのような言葉に俺は何も言えなくなる。
ああ……やっぱり彼女たちには何一つ勝てそうにない。
それだけ言って用件は済んだのか、リアンナはクラウの座る席の隣へと座ったのだった。
「ったく……やられた」
「やっぱりあの人凄いな」
「うん、ヒサメが何か抱えていたの気づいてたんだ」
そりゃ、試練の場にいたからリアンナからすれば簡単に予測できることかもしれないけど……
「お前らはお前らで気付いていたわけね」
「そりゃお前親友だしな」
「そうだね、なんとなくだけどわかってたよ」
二人にまであっさりと胸の内を見抜かれていることに少し驚きを隠せない。
ああ、うん……お前らもすごいよ、本当に。
「それで、愚痴とかでよければ聞くぞ?」
「……まあ、抱え込んだものはあるかな……端的に言えば、泣き叫びたい」
「っておい、相当なもんじゃないか」
「大丈夫なの?」
「まあ……あんまり大丈夫ではないわな、けど、ここじゃな」
そう言って、俺は横目で自分の弟分の姿を見る。
その視線を追って二人も理解したのだろう、
「なるほど、だから兄として見られてない場所か」
「いつも一緒にいるからね……なかなか難しいね」
今のようにある程度離れて行動するにしても俺とルノはワンセットである。
このまま外に出ようものなら間違いなくついてくるだろう……言い聞かせればついて来ないだろうが、それはそれで隠し事をしていますと言わんばかりである。
けれど、この胸の内はリアンナの言うとおりさっさと発散した方がいいのは確かなことだ。
昨日はさすがに疲れ果てていて何もできないまま眠って、今日はパーティーの準備……って待て、何故俺が主賓のはずなのに準備しているんだ?
いや、この際それはいいか……自分で作ったものがこのメンバーでは一番美味いし。
「ま、とりあえずそう言うことならルノはこちらに任せろ」
「うん、足を止めればいいんだね?」
「悪いな、頼めるか?」
「「了解」」
心強い返答をいただき、嬉しく思う。
これならばどうにかルノに関しては問題がないだろう……まあ、カレンの歌の最中であるしもう少し場が盛り上がって楽に抜け出せるまで待つとしようか。
その待つ間、二人への礼というわけではないが、こっそりと準備していたものを二人に見せる。
「ま……実行は今すぐじゃないし、どうだ?」
取り出したものは俺の世界であれば後一、二年しなければ飲むことを許されないもの。
この世界ではそういったことはないのだが、夜間活動が制限される学生にはなかなか飲む機会がないものである。
それが取り出されたことに二人は少々驚いた顔を見せるが、それからすぐに嬉しそうな笑みを見せ始める。
「さすが、気が利くな」
「飲むのって久しぶりです」
アサカはまあ予想通りの反応だが、意外とシオンにも受けがいいのが驚いた。
まあ、嫌いというわけではないので何の問題もない、こちらも嬉々として個々人のグラスにそれを注ぎはじめる。
「んじゃ、乾杯」
「「乾杯」」
グラスを軽くかち合わせて、それぞれ口にする。
ちなみに飲むのは初めてではない、クラウにつき合って飲んでいたこともあるため味もそれなりにわかる。
今日一日探し回って用意したものだけあって味も保証付きである。
「……ふぅ、準備を頑張った甲斐があるな」
「美味いな」
「そうだね」
一口飲んで感想を出し合いながら笑いあう。
「それなりに強いな、これ」
「そうだね……もしかして、コレもそのためのものなの?」
「鋭いな……ま、そうだよ」
ある程度酔いが回れば感情が出しやすくなる、こちらとしてもどうにか発散するための準備をして来ていたという話である。
酔い過ぎない程度も理解できているから酷くはならないうちに、自分から酔い覚ましとして抜け出す口実にもなるだろう。
まあ、それは今はおいて二人と談笑を楽しむ……そんな中に割り込んできたのは、
「そんなものがあるのなら誘ってくれれば良いじゃないか」
つまみになりそうなものを皿に集めて、空のグラスとともにやって来たレスカさんだった。
言いながら視線は俺たちのテーブルに置かれた瓶に注がれている。
「お、レスカさんはいける口っすか?」
「ああ、それなりにはいけるよ」
「だったらお注ぎしますね」
アサカと俺の間に割り込んできたレスカさんはグラスを差し出してシオンに注いでもらっている。
それを飲んでレスカさんはかなり満足気な表情を見せる。
「いや、美味い酒に美男子が周りにいれば最高だな」
「そりゃどうも」
「普通に言われると照れますね……」
「そこまで言われては仕方ない、レスカさん……今夜この後にでも二人でどこかに」
美男子という褒め言葉に対して俺はおざなりに、シオンが少し照れながら、そしてアサカは口説きにかかる。
そんなアサカに俺は呆れ……あるいは羨望の目を向けることにする。
「アサカ……さっきも思ったがお前、勇者だな」
「あ……?」
「俺は冗談でもお前の立場でそれを言う気にはならないわ」
「どういう……っ!?」
意味のわかっていないアサカが聞こうとして、寒気がしたかのように身体を震わせた……その様子にレスカさんとシオンは困惑顔、俺は冷や汗を流す。
直前の会話は聞いていなかったはず……だけど、勘なのかアサカが口にした瞬間シトネちゃんがこっちを見ていた。
今はもう他の二人やルノとカレンの歌に意識を戻しているが、アサカには視線で釘を刺したようである。
「おっかねえ……」
「あれだ、浮気するなということだろ」
俺はあの三人の中で一番嫉妬深いのはシトネちゃんだと思っている……ついでに独占欲も。
そんな彼女の近くであんな発言しようものならそりゃそうなるだろう。
「実感した……」
若干顔の青いアサカはそのままグラスの中身を煽っていく。
逃げたな、終わる頃には出来上がってそうだ……これはルノの件はシオンに期待しておこう。
「そうか、アサカ君はそういう関係だったのか、それはいけないな」
口元に笑み浮かべて言うレスカさん……だけど貴女が言うな。
第二夫人でも構わないとか普通に笑って言ってただろ……
「何か言いたいことがあるのかい、マスター?」
「……別に何でもありませんよ」
ツッコミはそのまま自分の首を絞めることになるのであえて何も言うことはない。
まあ、言いたいことは伝わっているらしくさらに口元の笑みは強くはなっていたが。
「ま、細かいことは気にせずに飲もうじゃないか、それが一番美味しく飲む秘訣だよ」
「……そうですね」
「じゃ、レスカさん合わせてもっかい乾杯しようじゃないか」
「いいですね」
アサカの提案に俺たちは揃って頷き、再度俺たちはグラスを鳴らすのだった。
それから俺たちはカレンの歌を聴きながら静かに飲み続ける。
歌が終わる頃にはサナちゃんやセリカちゃんもこちらの様子に気づいて呆れたような顔をしてくる。
「うわ……みんなでなに飲んでるんですか……」
「歌ってもらってるのに失礼じゃないのかしら」
「ファンを舐めるな、ちゃんと聴かせてもらってるよ」
「そうそう、大人の楽しみ方ってものだよサナ君、セリカ君」
文句を言うセリカちゃんに憤慨するアサカと、どこ吹く風のレスカさん。
俺とシオンはその様子をただ苦笑で眺めていた。
「ま、今日ぐらいはいいだろ……サナちゃんたちもどうだ、一杯ぐらい」
言いながら取り出すのは新しい瓶、サナちゃんたち用に準備した先ほどのものより弱く飲みやすいもの。
「ちょっと……マスターまで今日はこんなんなの!?」
「マスター……酔ってる?」
「気分がよくなる程度にはな……ま、今日ぐらいはハメを外させてもらうさ」
そう言って少々緩んだ顔で笑ってみれば、セリカちゃんは頭を抱えて、
「駄目だわ……今日の宴会止められるのかしら」
「ふ、不安になるような事言わないでよセリカちゃん!?」
「まあまあ二人とも、マスターの言じゃないけど今日くらいはいいじゃないですか……はい、お願いしますね」
頭を抱えたりうろたえている二人にグラスを準備したシトネちゃんが微笑みかける。
グラスを受け取った二人は互いに見合わせ、やはり飲む機会のなかなかないことに惹かれておずおずとグラスをこちらに向けてくる。
その中で普通に差し出してくるシトネちゃんはやっぱり大物だと俺は思うよ。
注ぎ終わればおっかなびっくり口に運び、口にあったのか満足顔。
さて……俺が差し出し、アサカとシオン、レスカさんが飲み、次いでサナちゃんたち三人。
リアンナはクラウと最初から飲みあっているし、アーミアも一緒になっていただいている、ここまで来ると当然飲んでいないのは……
「ちょっと、私を差し置いてみんなでなに楽しいことしてるのー!」
ここでカレンがキレた。
しっかり聴かれているのはカレンもわかっていただろうが、自分とルノ以外が飲み始めたことは我慢がならなかったらしい。
「わぅ、ボクも飲んでみたい」
「いやルノ、お前は駄目だろ」
制限が無いとは言えさすがに完全に子供のルノに飲ます気はない。
ともあれカレンも歌をやめて参戦したことでこの場が混沌とし始める。
「では、一番アサカ、行きます!」
「おーい、一気飲みは危ないぞー」
「問題ない!」
「じゃ、二番シオンも行きますね」
「お前もかよ!? ああもういい、三番ヒサメ行くぞ!」
「えぇぇぇぇっ!? なんでマスターまで!?」
「よ、いいじゃんヒサメ、行けー!」
「駄目だ、止まらないわこれ」
「んしょ、四番ルノ行き……」
「ルノ君、駄目だよ」
「わぅぅ、シトネ姉ちゃんの意地悪」
本来止めるべき俺じゃなくてシトネちゃんが止めているあたり場の混沌具合が酷い。
というより、この混沌とした状況を楽しんでいる俺も少しまずい……酔いつぶれるのは少々いただけない。
そう思い、騒いでいる中で隙を見て離脱する。
そろそろ俺がいなくなろうと気づかず盛り上がる状態になっているので問題ない……まあ、レスカさんとシトネちゃんには気づかれたようだが。
どちらにせよ、まだしっかり話していなかったこともあり、座るのは使徒組のテーブル。
「中々難儀しているようだな」
「まあ……な」
「半分くらいは好きでやっていたみたいな気がするけど?」
「否定はしない」
「しないんですか……」
アーミアの呆れたような言葉に俺は笑って誤魔化す。
だって楽しかったのは間違いないから、あそこまで馬鹿な感じでいたのは久しぶりである。
「それはそうと……クラウ」
「なんだ?」
「色々とありがとう」
再生された腕のことに始まり、今日に至る全てのことに俺は礼を言う。
「構わん、礼のためにきたのならさっさと向こうへ戻れ」
「そう冷たくするなよ、友達なんだろ?」
「フン……」
何も言わず、クラウたち用に準備していた分の瓶の口を向けられる……それを俺はありがたく受け取ることにした。
注がれたソレを口につけ一息、隣を見れば無言だがかすかに口元に笑みを浮かべているクラウの姿。
アサカたちのときと違い言葉少なに飲み合うのはそれはそれで悪くない……そう思えた。
「ヒサメさんとの時だと、クラウはああいう表情するんですよね……私に見せてくれない顔を出させるヒサメさんに少し嫉妬しちゃいます」
「愛されてるわねクラウ……時にヒサメは案外男色の気があるように思えるんだけど、そこんとこどうかしら?」
「ええ!? あぁ……」
「ねぇよ!! アーミアも頼むから納得しそうな感じ止めてくれ!?」
あまりといえばあまりな言葉に全力で突っ込んだ。
本当に勘弁して欲しい、俺の嗜好は至極真っ当だっての。
「……喧しい」
クラウはクラウで気分を害されたことで不機嫌な様相を見せる。
いや、暴れないでくれよ、店が絶対にもたないから。
「まあまあ、クラウだって本来賑やかなのは嫌いじゃないでしょうに」
「…………チッ」
「なあアーミア、否定しないあたり本当なんだろうか?」
「どうでしょう、私そんなクラウを想像できないんですけど」
「安心しろ、俺もだ」
浮かんだ事実に戦々恐々としながらアーミアと飲み続ける。
「あら、私見たことあるわよ、クラウが感情むき出しで大笑いしているシーン」
「大昔だ……いい加減忘れろ」
「忘れるわけないじゃない、貴重なワンシーンよ」
言い争いをはじめる二人だが、リアンナのほうが余裕そうである。
というか俺たちはリアンナの言うシーンが一切想像できなくて頭をひねり続けていた。
「……さて」
それから後、頃合を見て俺は立ち上がる。
「行くのかしら?」
「ああ、少々発散してくるよ」
いい感じで出来上がっている面々を横目に、俺は出口の方へ歩いていく。
その途中でアサカとシオンに横目で確認、こちらもわかっていると視線を返してきたことで忘れられてないということに安堵する。
「どこかに行くんですか?」
それなりに飲んでいるのに表情に変化のないシトネちゃんの言葉に、俺は酔い覚ましとだけ答えて外に出た。
直前にアサカとシオンにアイコンタクトしたこともありある程度事情は汲んでくれるだろう、そう自己完結して俺は以前アサカに連れてこられた展望台へと足をのばす、予想通り誰もいないそこに俺は立ち尽くして息を吐いた。
さあ……今夜限りの醜態を曝してしまおう。
喫茶店『旅人』、マスターが宴会離脱しました。