第五十三話 『鏡面』
大迷宮『王城』、それが最後に残っていた『大迷宮』であった。
その場所を最後に残していたことに関しては特に理由はない、精々街からの距離やレスカさんの都合を優先させた結果である。
そんな最後の『大迷宮』である深層に俺は立っていた。
「本当に……デタラメが過ぎる」
ここに来るまで数分と掛かっていない、いや準備を含めなければ一分と経っていないのではないだろうか。
『大迷宮』の深層というものはこちらが二十日以上もかけてどうにか到達できるかできないかというレベルのものなのだ。
にも関わらず、クラウは転移の魔法一つでその全てを越えてあの場にいた全員を運んだのである……その上で、クラウは疲労というものを一切感じていないように立っていた。
「凄い……」
「リアンナと一緒にいるから大抵のことには耐性がついたけど……それでもこういうのを見せられると驚くしかないわね」
「わう……凄く楽」
一緒に連れてこられたサナちゃんやカレンも驚きを隠せないようだが……おいルノ、その感想はなにか間違ってないか?
いや、俺もそう思うけどさ……思うけどそれは違うだろ?
「さて……覚悟を決めろ、最後の試練が始まるぞ」
クラウの声が響き、奥から確かな重圧を感じ始める。
どうやら本気で最後の試練が始められるらしい……正直もう少し時間が欲しかったと切に思う。
「後ろは気にしなくていいわよ、何一つ通しはしないから」
リアンナの声と同時に、俺と他のメンバーを遮断する壁が作られた。
つまり……最後の試練は再び俺一人というわけか、ルノが後ろでリアンナに自分だけは中に入れて欲しいと願っているがリアンナはそれを了承しない。
「というより、ヒサメ一人じゃないと逆にどうにもならなくなるわよ」
「わう?」
そんなリアンナのセリフとともに、奥から感じる重圧は強くなっていく……『王城』の深層は言ってしまえば王の間、その奥にあるものといえば玉座に他ならない。
その玉座から放たれる重圧は本来ならばサナちゃんやカレンにはきついもの、今平気そうな顔をしているのはリアンナの遮断が効果を発揮しているからだろう。
身構える俺の前に、古代言語で記された石版が現れる。
「とりあえず読めってことか……」
石版を手に取り一読…………死地の戦乱、孤立無援で神兵たちに囲まれる。
終わりを認めない、生き残るのだと戦い抜いた果てに剣は折れ、絶体絶命の状況に追い込まれる。
そこで彼は願った、折れぬ剣を、神の兵を殺しつくす刃を……
「……半ば予想はしていたけど、当たって欲しくない予想だったな」
そこに記された詠は、自分の求めているものではない……それだけは確かなことであった。
「じゃあ、どうすればいいんだよ……」
「それを見出すのが、今回の試練だろ?」
道を見失ったことによるほんの僅かな弱音、それに答えたのは玉座で重圧を放つ何かで……そして不思議と聞いたことのある声であった。
「わう……」
「どういうこと……?」
「……ヒサメ、何を言っているの?」
後ろからの戸惑いも当然だろう……俺の声に応えた声もまた俺の声であったから。
やや離れたところにいるメンバーからすれば、それは一人芝居のようにも思えただろう。
だけど俺はその声が自分ではなく、玉座にいる存在の出した声だと理解していた……玉座の重圧が一気に収縮し、上手く認識できていなかった玉座の主がここで姿を現す。
「よお、水森氷雨……こうして会うのは二度目か?」
「な……」
気軽な俺の声で話しかけてくるのは、俺と全く同じ姿をした誰かであった。
思わず驚きで絶句してしまう……まるで鏡を見ているようなそんな不思議な感覚、だけどそれに俺は覚えがあった。
「アイネル……アポロスト」
「正解だよ」
俺の顔でアイネルが笑う。
それに俺はこんな笑い方をしているのかと疑問に思ったりもするが、それよりも聞くべきことがある。
「『王城』の主はあんただったのか?」
「いや、ここの主は別さ……今回は特別に試練の代行を頼んだというわけさ」
最後の試練であるからこその異例、試練の代行。
それはつまり俺のために特別に用意された存在が、アイネルであるということ。
「さて、試練の内容はこれから俺が出す問いに答えること……同時に、現在の自分に打ち勝つことだ」
出された試練の内容は二つ、前者はまだ何とも言えないが後者に関しては非常に難しいと言わざるを得ない。
アイネルの戦闘能力は相手の能力に加えて自己の経験と知識、その性質上ほとんどの場合確実に相手を上回ってしまう、そうならないのは知識や経験が同格の相手のみ。
さらに写し取られるのは能力だけでなく、見た目や癖、記憶に至るまでその全てを写し取られてしまう……それに対して少々不快感がないわけではないが、今更それを言う必要はないし、仕方がないことである。
ともかく、リアンナがルノを入れなかった理由にも納得がいった。
多対一の場合、姿はそのうちの一人になるようだが、戦闘能力は相手の数の総計となってしまう。
二人分の能力を一人に入れられた際の能力値は、単純な数値の合計とはわけが違う、特に肉体的、魔力的に俺以上のルノを加え、連携なども写し取られている状態ははっきり言って詰みに近い。
その中でも単純に速度が違うことはかなり致命的となりかねない、そのような理由から一対一以外での戦闘は非常に分が悪い特殊な夜の王。
一対一でも同格でなければ分が悪いというのは反則の一言ではあるのだが。
「安心しろよ、写し取った能力はさっきの一回、それ以降は使わない……そしてお前が新しく行った試みに関しても真似はしない」
「なるほど……つまりは戦闘中に強くなれと」
本来アイネルと戦う場合には有り得ないことだ。
アイネルの写し取りは基本的に常時、戦闘中に成長すれば向こうも成長してしまうため、絶対に優位には立てない……それを考えればかなりの温情があると言えるだろう。
それでも厳しいことに変わりはないのだけど。
「そういうことだ……ただ、質問に答えることこそ重要で、戦闘に関しては蛇足と言っていいんだけどな」
「……わかりました、じゃあ、はじめましょう」
聞くべきことは聞いた、これ以上は必要ないと俺は剣を取り出して構える。
同時にアイネルが剣を構えるが、その剣は自分が持つものと全く同一のもの……非常に芸が細かいことである。
そのまま互いに沈黙して相手の動きを待つ、その構えは当然ながら全く同じもの。
始まりの合図など必要ない、どちらも俺なのだからそんなものがなくても問題がない。
「さて……無言じゃ進まないし、一つ目の問いを出そうか」
「……聞こう」
互いに相手の隙を待つように静止した状況で、アイネルから問いが投げかけられる。
「君が使える結晶魔法……それは一体どういうものなのか、君は答えを出せるか?」
その問いが終わると同時に、アイネルが前へと踏み出した。
そして振るわれる斬撃……それは何の変哲もないただの斬撃であるはずなのに、反応が遅れてしまう。
躱すことができない、そう判断して剣でその斬撃を受ける。
「く……」
アイネルが特別なことをしたわけではない……なのに、反応することができなかった。
そんな意味の分からない一撃を弾き、アイネルを吹き飛ばす。
「おっと」
特に抵抗することもなく後ろに下がったアイネル。
そこに追撃をかけようとして……
「それは読めているさ」
「っな!?」
気がつけば眼前にアイネルの剣が突き出されていて、俺はその剣に向かい突っ込んでいた。
またも反応が遅れたことに目を見開きながらも、俺は横に転がることでその突きを回避した。
「甘い、甘いぞ俺……自分と戦うというのがどういうことなのかわかっていない」
「……だな、ようやく理解が追いついてきたところだ」
受け手は自分、攻め手も自分……それは一つの状況を生み出す。
受け手は攻め手の、攻め手は受け手の立場になって考えれば、相手は必ずその通りに動いてくるのだ。
自分ならどこを攻められたら嫌なのか、ならばその嫌なところを攻めればいい。
自分ならどう攻めてくるというのか、ならば攻めてくるタイミングに合わせればいい、それで確実にカウンターが決まる。
「警告……って判断していいんだな?」
「そうだな」
横に回避した際に頬を浅く切っていた。
向こうが寸前でかわせるというタイミングで攻撃を放っていた……そうでなければ既に今ので俺は死んでいた。
「さて、俺との戦い方を理解したところでそろそろ一度問いの方を答えてはくれないか?」
横に転がった俺が立ち上がるのを待っている間にアイネルがそう声をかけてくる。
問いに答えることの方が重要と言っていただけあり、答えるための時間くらいはくれるようだ。
「……結晶魔法は異界の詠歌いが使える特殊な力のこと、魔法言語による魔法が発動しない代わりに精霊の力が込められた結晶が精製される能力」
「そうだな……ならば、その結晶とはどういったものだ?」
「結晶は……二種類あり、一つは火や風といった精霊の力に絞った指向性のある結晶、もう一つは精霊の種類を問わず純粋な力の塊として存在する結晶だ」
イフリートやシヴァといった古代魔法は前者の結晶を、水鏡の詠や戦歌が後者の結晶を代価に使用している。
俺が結晶魔法や結晶について応えられるのはこの程度のことである。
「基本は理解している、使う分にはそれでも問題はないが……点数で言えば五十点ってところだな」
アイネルからの採点は不十分であるという評価。
それからアイネルは結晶とは違うようだが、似たような何かをナイフの形に精製して俺へと投擲を行った。
それを打ち払いながら、俺はアイネルに向かって距離を詰める。
「採点基準を聞きたいところだな」
俺はそう口にして、アイネルに向かって剣を振るう。
それを軽くいなされながらも、アイネルからの返答を待つ。
「使用の一点だけを考えれば何も問題はないさ……だけど、君はどうして結晶魔法が使えるのか、その過程を語っていない」
剣をいなしたアイネルはそのまま俺に蹴りを放ってくる。
それはなんとか読めていた俺はすぐさま退いて仕切り直しを行う。
「過程……」
「そう、あるいは仕組みやシステム、結晶魔法についてのそういった点についてはほとんど口にしていない、結果だけを述べている、だから五十点だ」
アイネルの言いたいことは理解した。
俺は魔法言語の魔法の代わりに精製されると答えた……だけどそもそもなぜそんなことになるのか、問われているのはこの点なのだ。
「この点に関しては失伝しているようでな、中々解を得ることは難しいだろうが……今ここで、その解にたどり着いてもらうぞ」
今度はアイネルが前へと踏み出し斬撃を放ってくる。
襲い掛かる斬撃の連続、それを受け、弾き、逸らしながら耐える。
反撃に回りたいがその余裕はなく、完全にアイネルの方が優勢だった……基本の能力や技術は変わりないように思える。
ひたすら経験と知識、そのアドバンテージにより完全に一方的に攻められていた。
「まあ……ノーヒントというのはあれだ、だから関連する問いを投げかけてやる」
剣が弾かれ、俺の腹部ががら空きになる。
そこに叩き込まれたのは蹴りだった。
「古代魔法と現代の魔法……そこにある最大の差はなんだ?」
「ごふっ……!?」
蹴られ、転がりながらも今の問いについて考える。
真っ先に思いつくのは威力や規模と言ったことだが……これは違う、少なくともそれらは最大の差ではないだろう。
もっと根本的な何かが違っているのだと、そう直感する。
「さっさと立ち上がれ、そういう時間稼ぎは癪に障る」
「う……」
倒れたまま思考していた俺は呻くような声を漏らして立ち上がる。
少しでも長く思考するためにと思ったのだが、うまくはいかないようだ。
「じゃ、続けるとしようか」
アイネルの言葉により、再び攻撃が開始される。
相変わらず俺の意識の隙をついたように反応の難しい斬撃が放たれ、俺の動きが遅れる……刺突が俺の頬を掠め、嫌な汗が流れてしまう。
苦し紛れに反撃を試みるが、それは軽くかわされて逆に蹴りや拳による手痛いしっぺ返しがやって来る。
「ぐぅ……」
今も拳の一撃を身体に受けて後退してしまう。
この繰り返し……問いはわからず、時間だけが過ぎていく。
「気づかない……ものなんだろうな、異界の詠歌いという立場にいるからこそ」
「なに……?」
答えられない俺にふとアイネルがそう零した。
疑問には思うものの、それよりもまずはと自己治癒能力促進の薬を取り出して飲み込んだ。
向こうは使徒の王だけあって治癒能力もあるだろう……ってそれでさらに戦力差がついたな、まあその差を少しでも埋めたいところだ……もっとも、未だ攻撃を当てることさえできていないんだけど。
ともかく考えろ、今アイネルが零した言葉にはどういう意味がある。
一つ一つ差を考えろ……とにかく何が違うのか、その中で何がその最大の差なのか。
「さて……少しは掴めたかな?」
「ちょっと……待てっての!」
剣を打ち合わす。
未だ意識の隙に振るわれる斬撃に焦りを覚えるものの、少しずつその攻撃に慣れ始めている。
もう少し時間を置けば、おそらくまともに受けることもできるようになるだろう。
「ッチ!」
剣を弾き、一度大きく距離を取る。
今はとにかく考えろ……今と古代の魔法の違い、一つは対価だろうか?
いや違う、魔法言語の魔法でも魔力という代価は支払っている、威力や規模と同じでただの量的な差だ。
異界の詠歌いだから……つまり結晶が使えるからということか?
結晶とは精霊の力のことで……つまりは精霊のことを言っている?
精霊に関する魔法言語と古代言語での魔法の差、そこに何かがある?
「……あ、え、そういうことなのか?」
「気づいたか」
魔法言語の魔法は魔力を代価に精霊に現象を起こしてもらうこと。
発動者は魔力を代価とするだけで実際に現象を起こしているのは精霊……つまり、精霊が必要不可欠なものなのだ。
では古代魔法はどうだった、イフリートやシヴァのような古代魔法を発動した時は確かに精霊の力を借りていたように思える。
だけど、ここに来る前に歌った水鏡の詠は、継詠者の連ね詠の時はどうだった?
違ったようにも思える……古代言語において精霊は必ずしも必要ではない……のか?
火や水、風に土、光と闇……主な精霊はその六種であり、それらで現象を起こしてもらっている……だけど、それらの精霊で離れたところにいる人と像を繋ぐことができるのか、記憶の引き継ぎなるものができるのか?
そう問われたら俺は無理だろうと答える、ならば古代魔法とは精霊を必要としていない、もっと別の力によって動いているということ……それが魔法言語と古代言語による魔法の違い。
「ふむ……おおよそ間違ってはいないな……ならば補足の質問をさせてもらうことにしようか」
回答した俺にアイネルはそう言って、次なる問いを投げかける。
それは補足と言っていることから本道の問いではないのだろう。
「何故魔法言語での魔法は精霊を介する必要があるのか?」
「それは……」
落ち着いて考えをまとめろ、その答えは今までの中でしっかりと出ているはずだ。
魔法言語の魔法と古代言語の魔法、今度は逆に共通点を合わせればそれが答えとなる。
「魔法言語は古代言語を元とした言語なんだ……」
そして俺は先ほど結晶は二種類あると言った、そのうちの前者指向性を決めたものは一つの精霊の力を集めたもので、使用するのはイフリートなどの精霊を交えた攻撃魔法ばかり。
情報をまとめ上げれば、あとはその答えしか存在しない。
「それは正しいけど正確じゃなくて……イフリートなんかの精霊を介した古代魔法からの元だから、だから精霊を介さない古代言語の魔法は魔法言語で再現することができない」
「……正解だ」
古代言語を魔法言語に直すことはできても、それを用いることはできない。
精霊にできないことをいくら願ったところで、どうにかなるものではないから。
「さて……では次の問いを出そうか、もしも最初の問いがわかったんだったら答えても構わないぞ?」
「いや、さっぱりだな」
「いいだろう、ならば……魔法言語は古代言語を元としたと言ったな? ならば古代言語はどうだ?」
「な……に……?」
アイネルの言葉が理解できずに一瞬呆けてしまう……その代償は肩に刺さるナイフ。
「ぐ……」
即座に引き抜いて傷がふさがるのを待つ、当然もう警戒は緩めない。
だけどどういうことだ……今の言葉ではまるで、古代言語にも元となった言語があるように聞こえた。
「疑問に思わないか? 人間が会話用とは別に言語、それも一部は法則さえ塗り替えるほどの力を持つ言語を作り出すことなど……不可能とは言わないが、限りなく零に近いことだぞ」
「それは……」
「加えて言うとすればだ、構築したというのなら過程が生じる……しかし古代言語の読み方はあったとしても古代言語を構築した歴史については聞いたこともない」
それはつまり過程が存在しないということ。
ある日唐突に古代言語は作られ、誕生したとでも言うのだろうか。
「さて……改めて聞くが、古代言語とは何だ?」
「古代言語は……おそらく、神が作ったもの、神の言語か、それを元としたもの」
俺の答えにアイネルは満足そうに頷いた。
それから、どこか苦笑した雰囲気を見せてこう続ける。
「これに関してはおそらくでしかない話ではあるがな」
確かに確たる証拠はない、見つけることができない以上全ては憶測。
だけど、憶測であれそう間違った話ではないだろう……法則を操るなどということができることこそ神であることの証左とも言える。
「もう一人……できなくはない存在はいるけど……それはないか」
「ま、まず間違いなくソレは白だろ」
唯一、他に法則を扱うことができる者を知ってはいるが、それはない。
アイネルもそれを肯定するように断言した。
神以外に理に干渉できる存在、『理創者』ラガルド……だけど彼の性質は停滞で、このように大きく世界を乱すようなものを作ることはまずないだろう。
「さて、神が作ったとなると……一つ目の問いに関しても答えることができるのではないか?」
「なに……?」
結晶魔法の仕組み、先送りにした一つ目の問い。
それに今の話が関係してくるというのか……思考を続けるが思いつくことはない。
「さあ考えろ、そして見出せ……真実を解き明かせ!」
再びこちらへと接近するアイネル。
幾度ものフェイントを織り交ぜてくるが、不思議とその動きが見えてきている。
斬撃が飛び、それを弾く……それは今までにないほどの手ごたえで行うことができたそれにより、初めて自分の隙を見出した。
「く……!」
アイネルの初めて曇る表情、そこに俺は全力で攻撃を繰り出した。
「せやぁぁぁぁぁぁっ!」
叫びと共に剣を振り下ろした。
それは、すんでのところで防がれはしているものの、同じ肉体を使っているのだ。
ぶつかり合えば不利な状態にあるアイネルが圧し負けるのは当然のことであり、その身体を一気に吹き飛ばしたのだった。
この戦闘で初めて立った優位、それをこれだけで終わらせる気など毛頭ない。
――現に住まぬ虚像の竜
無限に連なる鏡の世より砲炎を呼べ――
即座に紡ぎあげた詠は自分の使う二小節の古代魔法の中でも最大級の代物、銀色の炎がアイネルのいる場所へと放たれ、燃え盛る。
発生がやや遅いことからイフリートよりも利便性が悪いのだが、一撃の威力であればこれを越える二小節のものはない。
だけど、そんな古代魔法を放ちながらも俺はまだ警戒を微塵も解いていない、さらに緑の結晶を精製する。
俺なら今の一撃を防いでいる……向こうもティアマトを模した力でこの一撃を防いでいるだろう。
だからこそ、追撃の詠こそ本命。
――風に揺れる踊り子たちよ
舞台で踊るは見事な美
並ぶものなき至高の宴
ああ美しきことだろう
其が踊り子が美
其が踊りの美
二度となき舞踊
ならばそれにふさわしき喝采を与えよう
美しき踊り子たちの名は――
詠の間に銀色の炎が消え去っていく、あとに残ったのは闇に切り取られたかのように周囲を遮断している空間。
ああ、やはり防いでいる……そして続く第二撃すら防ぐ気のようで、その防御を解く気はないようだ。
まさか完全に歌い切ったティアマトの防御力なのだろうか……信じたくはないが、ここに至ってやることは一つしかない。
「――シルフィール!――」
高らかにその力ある言葉を告げる。
告げたその瞬間には変化はなかった、だけどそれは一拍遅れて発生する。
轟くような音がして、空間が爆ぜた。
圧縮されていた無数の大気の球がアイネルのいるであろう不通の闇を思わせる空間で解放されたのだ。
その威力は凄まじく余波だけでも放った自分が吹き飛んでしまいそうである、当然直撃を喰らう対象は常の生物であれば空間ごと潰して跡形もなく消滅させてしまうほどの力を持っている。
大規模範囲攻撃、少なくとも単体に向けていい魔法ではないのだが……
「……倒せるわけがないか」
自画自賛のようになってしまうが、これくらいでどうにかなると思えない。
確実に生き残っているのだという確信に近い予感がしていた。
「よくやる……しかし、喝采の拍手にしちゃ品がないってもんだろ?」
その予想はやはり的中していて、アイネルは何事もなくそこに立っていた。
一方向の攻撃ではまず不通の闇の硬さを越えることは叶わない……だからこそ、全方位からの空間攻撃を試したのだが、どうやら俺は今のそれを防ぎきることができるらしい。
「なに、感動して割れんばかりの拍手をしているんだ、このくらいの派手さはないと駄目だろう?」
アイネルの軽口に答えるように、俺もまた軽口を叩く。
今の一撃を持ってしても、不通の闇を支えたのであろう腕だけしかダメージを負っていないように思える。
それもまた、持っている再生力ですぐに治ってしまうだろう。
「今のは中々よかったぜ……だから、最初の問いについて教えてやるよ」
「そりゃ……ありがたいね」
どうやら、今の一連の動きを評価はしてくれるらしい。
最初の問いに関しては本気で思いつくことができなかったから正直ありがたい。
まあ、向こうにしてもダメージを負った腕を回復させるためという目的もあるのだろうが……構いはしない、謎が解けるのであればそれくらいの代価は払おう。
「さて、どう話すべきか……そうだな、理論や式というものには当然ながら間違いがあってはいけない、解が出せなくなってしまうからな」
「……そうだな」
アイネルのそんな言葉に俺は当然とばかりに頷くが、話の真意は読み取れない。
意味のないことを話すことはないだろうが……そんなことがどう関係しているのかが理解できなかった。
「何故こんなことを話しているのかわからないといった顔だな……だが、この前提が大事なんだよ」
「前提……ね」
「この場合、重要となるのは製作者の立ち位置だ……古代魔法は『神』が『神の言語ないしそれに準ずるもの』を『この世界用』として作ったもの、魔法言語は『この世界の人間』が『古代言語』を『この世界用』に作ったものだ、意識をしているしていないに関わらずな」
アイネルが一気に語った中で特に強く口にしたものは製作者と制作元と使用者の三種。
それらを最初に挙げられた前提とともに考えると、少しずつその全容が見え始める。
「俺という存在自体が、式を狂わせている?」
「そう……古代言語の製作者と製作元、それは世界の創生者であり世界の外の者、だからこそ、この世界の外の者も対応することができる」
また、クラウやファフニールといった人間外のものも古代魔法を扱うことができる……これより、使用者は人間の身に限定されたものではない。
対して魔法言語はどうだろうか、製作者及び使用者に異世界の者が使用することを考えられていない。
製作元である古代言語は元は神の言語に準ずるものであろうとも、あくまで古代言語それ自体はこの世界のために作られたこの世界のものだ……それを元とする魔法言語、世界外との関係は零ではないが非常に薄い。
かろうじて転化された使徒などが魔法言語の魔法を使うことが可能であるため、人間に限定されたものではないのだろうがそれだってこの世界の中でのことであり、世界外のことに関しては薄い。
それらの理由により、異界の詠歌いである俺は魔法言語を使うことができない。
「だけど……ここで終わってもらっては困るぞ?」
アイネルの確認の意を含んだような言葉に俺は頷く。
ここまでは俺が魔法言語を使えない理由、そして本題はそれが結晶魔法として発言しているという事実。
式が狂っているというのならば答えは出ない……不発という現象が正しいはずなのである、それは自分の教え子がミスをした際不発であったことからも間違いがない。
だけど実際には結晶が精製される……それは俺だけでなく異界の詠歌い全体に言えること、そこには偶然では済まされない何かの要素が存在しているのだ。
「魔法の式自体は問題がない、だから起動を行うことができる……しかし君は異世界の人間で、それ故に完璧な式が予想していない方向から歪んでしまいその効果が捻じ曲がる……ここまでの回答ができて九十点だ」
アイネルが告げた言葉は、まだ完全な回答ではないということの証左。
やはり、歪んだ結果が結晶になるというなにかしらの理由がそこには存在しているのだ……それが残りの十点。
「残りの十点くらいはそちらで答えて欲しいところだな」
そう言ってアイネルは再び剣を構える。
腕のダメージは完全に修復し休憩は終了だと、そういうことらしい。
「残りの十点か……じゃあ、あと一つくらいヒントでもくれないですかねっと」
俺もそれに合わせて軽口を叩きながら剣を構える。
あまり期待していなかったのだが、驚いたことにアイネルの口から言葉が漏れる。
「そうだな……結晶精製時の魔力、出血大サービスだ」
「それはどうも!」
言葉と同時に、剣が打ち合わされた。
そのまま二撃、三撃と放たれ、俺もまた同じように連続して攻撃を返していく。
今までの不利も少しずつ埋まってきている……自分との戦いに慣れてきた証拠であり、アイネルが常時写し取っていないからこそだろう。
自分と戦うという特異な状況、隙を見つければそれは自分の隙であり、当然気づけば矯正する……それを経験することで少しずつ動きは変わっていく。
本来なら常時写し取られるため常に変わった動きの一歩上を行かれ、差が縮まらないのだが……今この時に限ってはそれがない。
だからこそ、本来埋まることのないアイネルとの差が徐々に詰めることができているのだ。
「なるほど……こんなことをしたのは初めてだったが、こういうことが起こるのか」
対するアイネルもこの状況に驚きと関心を見せている。
普段は行うはずもない能力の解除、その状況が見せる事態はさすがにアイネルでも見たことはなかったらしい。
そして戦況にほんの少しでも余裕が出てきたことで、比重を思考に傾けることができるようになる。
結晶精製時の魔力……なるほど、確かに疑問には思っていた……結晶を利用しての古代魔法の威力に対して結晶を精製する魔力の消費量が釣り合っていない、圧倒的に消費が少なすぎる。
連続で使用などということがない限り、古代魔法一回で疲労するということはまずなかった。
「そう……それは、結晶の特性によるものだ」
写し取っていないはずなのに俺の考えていることがわかっているかのようにアイネルが言葉を投げかけてくる。
剣を受け止め、アイネルの言う特性について考える……だけど特性と言われてもそこにどんなものがあるのか、答えられるような言葉は浮かばない。
「今まで普通に使っていた力だ、今更特性と言われても逆に困るだろう……だから伝えることは一つ、お前の結晶の使い方は代価だけなのか?」
その言葉は鍵とでも言うべきものだった。
俺の頭が一気に冴えわたるようになり、答えへと辿り着こうとする。
結晶は代価としてだけではない……様々な魔法具へと利用することができ、実際に多くの魔法具で使用している。
そんなことができるのは結晶は精霊の純粋な力が集合されたものであり、それ単体では意味を為さない……何かしらの方向性を与えることで爆発的な効果を生み出している。
「考え方が違うのか……」
「そう、異界の詠歌いというエラーが入ったから式が狂い、解も狂った……そうではないのだ」
俺の呟きにアイネルが応える。
そう俺が発動者である限り式は狂う、だが解までもが必ずしも狂っているわけではない……詠や魔法具への組み込みなどの工程を挟むことにより、確かに使用者の望んだ効果を生み出していた。
精霊たちは式が歪み、解がどんなに正答から歪もうとも絶対に外れない解を作り出した……言ってしまえば万能解とでも表すのだろう。
歪んだ式を直すという一工程を挟むことで解は望んだものへと姿を変える。
「精霊たちには感謝の言葉もないな……」
おおよその全容を理解した俺は思わず苦笑してしまう。
一工程を挟むことにより式が正常化し、解も変化するため正常時と歪んだ時の誤差が生じてしまう。
その誤差を考えた時、万能解として成立させるためには解のエネルギーの総量は式の総量を下回ることがあってはならない。
だからこそ正常化した時に備えて狂った式での解の総量はその時点の式よりも高いエネルギーを有していなければならないのだ。
結果、精製される結晶の内包する力は消費した魔力よりも余剰に加えられていることになる。
そして、精霊は加減を知らないのかその余剰の力は消費した魔力よりも遥かに多く、だからこそ古代魔法の代価としても使用できるほどの力を持っている。
「だから、消費した魔力よりも格段に上の事象を起こすことができる……結晶とは精霊たちの出した精一杯の回答なんだ!」
「正解」
叫ぶように回答しながら、水平に振るった剣がアイネルを吹き飛ばした。
アイネルもまた吹き飛ばされながらそれを肯定するように呟き、体勢を立て直しながら着地する。
「問いには答えたぞ……これで終わりか?」
「まさか、ここまでは予備知識のようなもんだ」
互いに剣を構え、ゆっくりと近づいていく。
なあ、精霊たち……今までの礼とか感謝とか、たくさん伝えたいけどさ……もう少し一緒に頑張ってくれるか。
そう問いかけるように心の内で思いながら、俺はアイネルに向かって踏み出し、アイネルもまた同時に踏み出してきた。
アイネルが上から下へ、俺が下から上へ、対称的に斜めに斬撃を放つ俺たちはそのままであれば相討ちにしかならないだろう……そして相討ちであれば再生力の差で負けてしまう。
だからこそ……ただそのままに受けるわけがない。
「ほぅ……」
アイネルの感心した呟き……それは俺の肩に注がれていた。
正確に言えば、斬るはずの俺の肩に張り付いた結晶、そしてそれに防がれている自分の剣にだが……そしてそれは最大の好機。
「らぁぁぁぁぁぁぁっ!」
アイネルの剣は俺に止められた、だけど俺の剣は止まらない。
直撃ではない……だが、大きく斬り裂いた手ごたえを感じながら俺はその場を跳び退いた。
「なるほど……やられたな、結晶の精製速度が今までと段違いじゃないか」
「せっかく教えられたんだ、有効に使わないと損だろう?」
称賛の色を含ませたアイネルの言葉に俺は笑って応える。
今まで結晶を精製する際はあまり考えず、発動するのに最低限のことしか行っていなかった。
だけどそれは式としては非常にあいまいなものになり、正常化した時の誤差も大きくなる……その結果として内包する余剰の力が増える。
それは古代魔法の対価としては利点になるのだが、余剰の力が増えるということはそれだけ精製するまでの時間が増えるということ。
時間に余裕がある時ならばそれでもいいが、斬り合いのような時にはその一瞬の時間で生死を分けることもある。
式をできる限り丁寧にすれば、それだけ誤差も少なくなり余剰の力も減るため精製速度は速くなる。
ギリギリまで相手の斬撃を引きつけ、瞬間的に結晶張っての防御……ぶっつけ本番ではあるがどうにか成功したようだ。
ただし、斬撃にはならなくても打撃にはなったのでこちらの斬撃も鈍り、相応のダメージも負ってしまったのだが、それでも今の攻防だけを見ればプラス収支である。
何よりもこれは俺がこの場で手に入れた技術であり新しい試み……つまりアイネルはそれを真似することができず、はじめて俺が持つアドバンテージだと言える。
おそらくはこういう展開を読んでいて、その条件を伝えていたのだろう。
「ならあとは、想像力の問題か」
今すぐ構築しろ、新しい戦略を、以前から考えていた既知を使うな、読まれるぞ。
それがなかなか難しいことを理解しながら幾つか結晶をナイフの形に精製してアイネルへと投擲。
何の変哲もない投擲で普通なら簡単に避けられるだろうそんな攻撃ではあるが、
「――風の解放――」
今回、ナイフの握りの部分にのみ風の精霊の結晶を埋めていた。
だからこそ、古代言語により時間差でその結晶が解放されて、急激にその速度が増した。
「チッ!」
先の斬撃が残っていたのかやや初動の遅れたアイネルの肩に一本命中、残りは躱すか叩き落とされたものの、大きく前進していると言えるだろう。
元々魔法具で似たようなことができるだけに意表を突くことはできないと思っていただけに嬉しい誤算である、とはいえそれで安堵をしていては、
「油断……してんじゃねぇ!」
「ぐぅ……!」
高速接近してきたアイネルの斬撃に吹き飛ばされる。
相手は俺だからこそ緩む瞬間がわかる、そこを突かれてしまった。
吹き飛ばされたことで互いの距離が空き、そこで一度仕切りなおす。
「さて……今回の核心部分について問いをかけてみようか」
「核心……」
「もちろん、お前の目的について、古代魔法についてだ」
仕切り直しに告げられた言葉に予想はしていても息を呑んでしまう。
ここまでの旅で『大迷宮』は空振り、行き先を見失ってしまった俺にとっては現状で唯一の希望。
「ガゼーリアに言われたようだな、君のじいさんが研究者だからこそ、問題にぶつかってしまったのだと」
「そうらしい……そしてそれは俺にも関わり合いのある話だとも言っていた」
「ああ、そうだろうな」
話の最中に互いの傷は癒えていく。
「これだけではそれが何かはわからないだろう、だから少しだけヒントを出してやる……古代言語それ自体は学問だが、古代魔法にまで学問は適用されない」
「は……?」
与えられたヒントがうまく理解できない。
古代言語と古代魔法は別物とでも言うのだろうか……一体何を指し示す言葉だというのだろうか。
「わからないか? なら、一つ聞こう……俺たちをして見事と称賛する古代魔法、そんなものを人間の論理で作ることができると思うか?」
「それ……は」
「そう思っているのだったら言わせてもらおう、あまり俺たちを低く見るなよ?」
夜の王は自分の価値観を低く見られることを嫌う傾向がある。
放たれた斬撃は大振りのものであったが、そこには怒気が混じっており一瞬硬直した俺は受け止めてしまう。
「っ、重っ!」
斬撃自体は完全に防いだのだが、そこに込められた力は予想を超えていて、そのまま吹き飛ばされてしまう。
怒る理由は理解しても、求められている問いの答えに関しては未だ何も浮かばない。
「お前は今まで何を見てきた? ここで読んだものは何だ? 深層に遺されたものには意味がある」
斬撃は見えるようになり、不利だった状態から五分に近い状態まで押し返していたはずだ。
なのに、今の俺は剣を受け止めるのが精一杯で、反撃できずに攻め立てられる。
「ぐっ……おおっ!」
やや甘く入って来た斬撃を見逃さず、俺は渾身の力でアイネルを押し返した。
押し合いになるかとも思ったが、予想に反してアイネルは押し合うことなく後ろへと引いて行った。
「そういえば……君は新たな古代魔法を作ることはできていない、それに間違いはないか?」
「……そうだよ、それは俺の記憶を写したお前も知っていることだろ」
「そりゃ確かに……だけどそれは君から見ている範囲でのことだ」
「……なに?」
アイネルの言葉に俺は疑問符を投げかける。
今の言葉、まるで俺が何かを見落としているような言い方をしていた。
「君はさ……一度、古代魔法を作ったことがあるんだよ、君だけの詠を」
「は……?」
口から漏れたのは信じられないという言葉。
だけど、その時自分の内側で心臓が大きく跳ねたような感覚を覚えた。
「だけど、君はそれを忘れてしまっている」
「待て……何を言っている?」
心がざわつく……頭のどこかで考えるなと警鐘を鳴らしている。
それが逆にアイネルの言葉を肯定しているようで、戦っている時はまた別種の嫌な予感というものが過っていく。
「思い出せ、雨の日のことだ……思い出せ、一年の旅の途中で何があったのかを」
「やめろ……」
一年の旅、雨の日。
そんなものは非常にたくさんあったことだ、ルノと出逢ったときだって雨が降っていた。
「まあ……思い出せるはずがないんだがな」
「……どういう意味だ?」
心ではもうやめておけと言っているが、立ち止まるわけにはいかない。
俺はアイネルに言葉の意味を問い返す。
「記憶がないのは人為的なものさ……だからこそ、俺がこの試練を担当しているんだよ」
「記憶……人為的? 忘れさせられた? 封じられている?」
「そうそう……だから俺が、教えてやる……君自身の手によって」
「俺の手によって……?」
疑問ばかりが増えていく会話。
真意が掴めず聞き返す俺に、アイネルの口から紡がれたのは予想もしていないものだった。
――戦場に佇む一人の影
首なき骸の山を越え
赤き川を引き摺るように歩を進む――
「な……に?」
驚愕で思考が止まる、だけど身体は最善を行うために動き始めていた。
紡がれている詠に俺は覚えがない……じいさんから教えられたものではないし、『大迷宮』で見つけたものとも違う。
どんな効果があるのか一切わからない……そのはずなのに、俺はそれを理解していた。
詳しいことは何一つわからない……だが、その詠は発動した時点で終わる……そのことだけは嫌でも理解……いや、直感していた。
だからこそ、俺は駆け出している……その詠を止めさせるために。
――終わりなき戦場に声を枯らし
救えぬ者たちに涙を枯らす――
先ほどまでとは逆に今度は俺がアイネルを攻め立てる。
なんとしても詠を止めるために……頭の中で鳴り響き続ける警鐘を止めるために。
だけど、それを止めることができない……防衛だけに力を入れた相手、それも自分相手に有効打を当てることは果てしなく難しい。
こちらの攻撃がどう来るのか、わかっているようにアイネルはこちらの攻撃を躱し続ける。
――故に男の心は砕け
手に持つ剣も折れ逝くのみ――
止まらない、止められない……無駄だと、お前の攻撃は全て分かっているとそう言わんばかりの目で俺の攻撃は空を切る。
「ふざ、けるな!」
歯を食いしばり、さらに剣速を上げていく。
だがそれも無意味、相手が自分の攻撃をよく知っている以上全て対処されてしまう。
この戦闘中にある程度動きは変わっているのだろうが……それでも刃はアイネルに届かない、届くほどアイネルは甘くない。
――ただ心が堕ち逝く様は
全てを呑み込み顕現する
さあ、地獄を見ろ――
完成の間近、それは焦りとなりさらに剣筋は鈍る。
どれだけの斬撃を放っても、その全てが無意味に終わり……既に止められない状態といってもいい。
記憶の話や、自分の知っているという感覚ではイフリートのような直接的な攻撃ではないだろうが……鳴っている警鐘からして穏便にはすまないことだけは理解していた。
何一つ通用せず、止められないままに最後の言葉が紡がれる……そしてそれをさせまいと、こちらも最後の悪あがきを決行した。
「――爆ぜろ――」
投げ捨てるようにアイネルへと結晶剣を投げての近距離解放、いや、暴発。
指向性を持たせた場合、回避される危険性があったために真実全範囲に向けての暴発、それは当然俺にまでその被害を被ることになる。
「ぐあっ……!?」
威力に加減はしていない。
咄嗟に外装強化で防御力を上げてみたものの無意味だと言わんばかりにダメージが身体を貫いた。
失敗すればもう止める方法がないと最後まで先延ばしにしていた手段、もう少し前にしていれば止められたか……いや、どちらにせよ最後まで歌いきったか、俺だからなぁ……
暴発の至近距離にいたアイネルはさすがに躱すこともできずに暴発の光に巻き込まれたため状態不明。
だけど……最後に動いた口元は詠の完成を告げていた。
――アザゼル――
そして俺の視界は暗転する。
次に見るのは俺の封じられていた記憶、俺の悪夢。
大迷宮『王城』、試練一時中断。