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第五十二話 『治療』

 ガゼーリアの試練から帰還した俺たちはその近くの森へと身をひそめていた。


何しろ片腕がない状態だ、俺の顔は割と知られているし誰かと会うのは少々不味い。


「まったく……お姉さんにかなり大変な役目を押し付けてくれるものだな」


 その森の中でとあるお願いをレスカさんにしたところ、そのような反応が返ってきた。


お願いというのは他でもない、単身でレスカさんに街へ戻ってもらってアサカたちに現状の報告をお願いすることである。


当然、片腕を喪失したことも含めての報告である……正直に言って、非常に言い出しづらいことではある。


「と言っても、俺はこの状態を見つかるわけにはいきませんし」


 喫茶店のことで騒ぎになるのは見て取れるし、さらに腕も治療する予定。


現状、欠損した四肢を戻す方法など一般的なことではなく、そういった点でも見つかった場合非常に面倒なことこの上ない。


「お願いします……アイツらへの報告と、場合によっては学園やギルドの方へ追加で申請と手続きをしなければならない場合もありますから」


 時を置かずして最後の『大迷宮』に向かうことになるというガゼーリアの言葉。


こちらとしてはそのような蛮行を行う気など毛頭ないのだが、自分という存在を考えればそうしなければならない状況になるというのは十分にあり得ることだ……悲しいことに。


そのため、予定していた日数よりも時間がかかることも考え、学園やギルドには期間が遅れる旨を報告できる準備を行っていなければならない。


「……まぁ、お姉さんがやるしかないのはわかっているのだけどね」


 ため息をつきながらレスカさんが頷く。


ルノは俺から離れることはないだろうし、レスカさん以外に適任がいない以上この展開は避けられない。


嫌々そうにしながらも納得して、レスカさんは俺の傷口に目を向ける。


「怪我に関しては問題ないのだな?」


「ええ、現状の手持ちではどうにもできませんけど、当てはあります」


 欠損した右腕、正直なところ黒獅子に喰われさえしなければもう少し方法があった。


千切れた右腕さえあればつなげる方法はまだ手持ちでどうにかなった……だけどそれは既に存在していなくて、治療というよりは再生の領域に入ってしまっている。


「その当てというのは?」


「あー、そういうことができるだろう人を呼ぼうと思いまして、呼ぶことは詠でできるはずなんで」


「なるほど、了解した」


 レスカさんは聞きたいことを聞いて満足したのか、荷物をまとめ始める。


「なるべく早くに戻る」


「できれば遅い方がいいです、そっちの方が治ってそうですから」


「はは……そうかもしれないが、断る」


「う……」


「君は心配する者がいるということを理解するべきだよ」


 この状況でサナちゃんには会いにくいなぁ、などと考えて茶化すように言ったのだが、レスカさんには完全にバレていたらしい。


続けられたレスカさんの言葉に俺は何も言えなかった。


そのまま、レスカさんは街に向かうためにここを去り、俺とルノだけが残される。


「落ち込んでても仕方がない……か」


 このまま待っていても何も進展はない。


それがわかっているからこそ俺は左手で無色の結晶を精製する。


「わう……誰を呼ぶの?」


 ここまで何も口を挟まなかったルノが聞いてくる。


ルノは俺の当てというのに心当たりがあり、だからこそこれからやることも理解できている。


そしてその心当たりが複数おり、だからこそ誰を呼ぶのかと聞いていた。


「ま……順当なところだよ」


 ルノに明確には答えず、俺は詠を紡ぎ出した。



――ああ願う、どうかと願う


  遠く離れた地へと向かう君よ


  君の声を聞きたいと


  君へと声を届かせたいと


  隔たる距離はどれほど遠くとも


  逢いたいと願う心は離れはしない


  だから願う、どうか願う


  仮初なれど逢瀬の時を――



「――スピエーゲル――」


 その詠は、かつて一人の男が遠く離れた恋人のために紡ぎあげたもの。


恋人がいる場所の風景を映し出す鏡を作り出す詠だった。


『……これは、ヒサメか』


『え、ヒサメさんですか?』


 俺とルノではない声が響き、俺たちの前に風景を映し出す鏡が広がった。


その鏡の先に映るのは、一組の男女の姿。


「クラウさんだ!」


「よっ、今大丈夫か?」


 その先に映っていたのはクラウとアーミアであった。


同時に、俺の腕を治療する当てというのが彼であることを告げていた。


『問題ないな……しかし珍しい、まだ満月には遠いぞ?』


『私としてはもっとそちらへ行かせていただいてもいいんじゃないかと思うんですけどね』


 クラウの疑問と、アーミアの言葉に苦笑しながら、俺は二人に返答する。


「アーミアはまあ、来てくれた時はバイトを頼むよ」


『ええ、よろこんで』


「それでクラウ……友人なのだし別に連絡くらいはいいだろ? ……と、言いたいところなんだけどな」


「わう……クラウさんに頼みがあるの」


『私に頼みか、珍しいこともあるが……ああ、なるほど』


 クラウの話している途中に俺は右腕を喪失した傷跡を見せる。


それによりクラウも状況を理解したようだ。


『うわ……腕は残ってないんですか?』


「ああ、完全に喰われちまった」


『喰われたか……それで頼みというのは再生か、ならばまずはどうしてそうなったかを詳しく話せ』


「了解」


 クラウに促され、俺はその時の状況を全て答える。


聖獣の試練、そこでの試練の内容……そして古代魔法に頼っていた自分、その隙をつくように動いた黒獅子。


情けないところまで隠さずに伝え、俺はクラウの返答を待つ。


『なるほど、その状況を考えれば腕一本で僥倖だったと言うべきか……いいだろう、お前からの珍しい頼みでもあるし治療を引き受けてやる』


「本当か!?」


『ああ……だが、再生であればエレンシアやリアンナの方が巧いぞ?』


 多少疑問に思ったのかクラウが尋ねてくる。


ルノが誰を呼ぶのかと聞いたのはそういうことなのだ、姉さんやリアンナだってその辺りの能力はあるだろうし、何より魔法系だからクラウよりも巧いことは本人の言もあるし本当のことだろう。


けれど俺はクラウに頼んだ、それは……


「とりあえず姉さんに頼めば腕が治っても逆にダメージが増えますし、リアンナはリアンナでカレンがついてきてしまいますからね」


『エレンシアに関してはそうであろうが……リアンナに関してはわからんな、歌姫はお前を好いているし、お前自身それが嫌なわけではないだろう?』


「はっきり言うなぁ……けど、まあ好かれているかこそこういった姿は見せたくないんだよ」


 サナちゃんと同じでアイツにだって心配させるような姿を見せたくはない、例え治るとしてもである。


『ヒサメさんも普通に答えるんですね……正直、知っていて気づかない振りをするというのはどうかと思いますよ?』


「それを言われると弱いんだが……まあ、向こうもそのことを知っているから問題ない」


 や、それはカレンだけでサナちゃんは知らないはずだからこの論理は成立しないんだけどね。


『それはそれでどうかと思うんですけどね……中々難儀な関係を築いてますね』


「まあ俺のことは置いといてアーミアこそ隣の奴とちゃんとできているのか?」


 こちらばかりが言われるのもどうかと、アーミアに対して反撃を試みてみる。


その効果は覿面で、アーミアは面白いように顔を赤くし始めた。


『ななな、何を言ってるんですかもう!』


「わう、アーミア姉ちゃん顔真っ赤」


『ルノ君!』


『……騒がしい』


 やや弾んできた話にクラウが頭を抱える。


 まあ、隣で自分に関わる恋愛話など聞かせられればそうしたくなるのもわかるが……発端はクラウなので遠慮はしない。


『それで、ヒサメさんたちは今どこに?』


「場所は……クラウならすぐにわかると思うんだけど」


『そうだな、今使っている魔法と合わせて大体の位置は探れている……とりあえずそのまま動かずにいろ』


「了解、どれくらいかかる?」


『そうだな……数日単位を考えておけ』


『あれ、クラウなら即日で行くと思ったんですけど』


 クラウの答えにアーミアが疑問を口にする。


俺としてもそれは不可能ではないと考えていただけに気になった。


『……本来であればな、だが、傷とは戒めだ、それも大きな傷であるならばなおさら……即日で治してはそれが果たされん』


「つまり、喰われた事実を反芻してそれが二度も起きないようにしろと……そのために日を空けるわけね」


 何度も想像を繰り返し、その事実をその衝撃を忘れないように。


これからの数日間、失くしたという事実を刻み付けるために。


『理解をしているのならいい……』


「ああ、じゃあ、数日後にまた」


「待ってますね!」


『そうだな……待っていろ』


『それじゃあ、えっと、お大事に!』


「了……解」


 それで会話を打ち切って、俺は鏡を消した。


残るのは俺とルノの二人だけ……俺はクラウに言われたとおり失った右腕を見ながら今日のことを思い返し、ルノはそんな俺にそっと肩を寄せるのであった。




 そんな会話が行われてから四日後。


稀に襲い掛かってくる無いはずの右手の痛みを感じながら、俺は居心地の悪さに汗を流していた。


「ま、生きてさえいれば俺は何も文句は無いんだけどよ」


「僕もかな……まあ、他はそうもいかないみたいだけど……」


 レスカさんの連絡を聞いてとんできたのであろう、俺の様子を見に来たアサカとシオンが苦笑いを浮かべている。


来ることはわかっていたのでレスカさんには休業等の手続きに、ここまでのメンバーの護衛まで頼んでいた……本当にご迷惑をおかけしました。


「さすがにいつまでも大怪我をしないなんてことはないとは思ってましたが……」


「まったく、その上で連続で『大迷宮』に挑む? 馬鹿じゃないの!?」


 失った右腕の部分を見ながら沈痛の表情を見せるシトネちゃんと、心配を混じらせながらも烈火のごとく怒声を上げるセリカちゃん。


心配されていることには嬉しく思いながらも俺は反論する。


「いや、俺自身はさすがに休む気なのよ?」


 聖獣にあんなことを言われなかったら右腕再生させてから何食わぬ顔で『旅人』に戻っていましたとも。


いや、それもどうかというのはわかるけどさ……とりあえず置いておこう。


二人の反応はそれはそれで心が痛くなるのだが……やっぱり問題となるのは、


「あ、あの、サナちゃん?」


 無言でずっと俺の存在しない右腕を見続けているサナちゃんである。


むしろ、取り乱すような反応を予想していただけに正直予想外で居心地が悪い。


だけど目には涙をためていて、下手に刺激するとそのまま泣き出されそうな雰囲気を持っているため、迂闊にどうにかすることもできない。


視線で他のメンバーに助けを求めてみるが、全員から逸らされる。


「……開け」


「っ!?」


 そんな居心地の悪い空気の中で小さく呟いたサナちゃんの言葉……ソレは間違いなく継詠者としての力を使うための言葉。


今この場で扉を開く理由、そんなものは一つしか有り得ない……だからこそ、俺は止める。


「サナちゃん……止めろ」


「っ、でも!」


 治療のための古代魔法なら俺でも知っている……だけど、再生となると勝手が違ってくる。


じいさんに聞いただけだが、代償に必要な魔力が異常なほど消耗するらしい。


これだけなら結晶で代用することもできるかもしれないが、精神的な疲労も半端ではないため使うと倒れかねない上、最後まで続けられずに中途半端に再生が行われることもあるそうだ。


こと生体を零から作り出すことに関しての古代魔法は他とは比べ物にならないほどに高いということらしい。


必要な小節の数も多く、それゆえにソレを探す負担も大きい……そんな中でその魔法を使えばどうなるかなど考えるまでもない。


「もう、治す当てには連絡を入れているし、無理する必要はないよ」


「でも……私にできることってこれくらいしかないですし」


「そんなことはないって……あ……」


「あ……」


 意図していたわけではなかった……完全に無意識からの行動。


落ち着かせるようにサナちゃんの頭を撫でようとして、右腕が動いていた。


もちろん、右手は存在していなくてサナちゃんの頭を撫でることもない。


だけどその腕の動きはサナちゃんにもどういったものか伝わってしまっていて……頭にのせられていた感触、それが無いのが虚しくて……悲しくて。


それが引き金だった。


「う……うぅ」


 サナちゃんの頬に小さく涙が流れた。


そして一度流れた涙はもう止まらない……肩を震わせているサナちゃんを見ながら自分に悪態をつく。


「ったく、俺って奴は……」


 迂闊にもほどがあると吐き捨て、残った左手でサナちゃんを自分の胸に抱き寄せた。


嗚咽だけが聞こえる沈黙の中で、アサカとシトネちゃんが主体になってサナちゃんを残して静かに撤収していく。


帰り際にシトネちゃんからサナちゃんのことをお願いしますといった視線を向けられたが、俺はそれに何の返答も返せなかった。




 そして夜……さすがに一人で帰すわけにも行かずサナちゃんは俺やルノと肩を寄せて夜営に参加していた。


「あはは……色々とすいませんでした」


「気にするな、サナちゃんが迷惑をかけるのはいつものことだ」


 主に課題などで……いい加減そのあたりは一人でもやって欲しいのだが。


まあ、アサカの課題を結局最後の最後まで手伝っていた俺としては余り強く言える話ではないんだが。


「あぅ……」


「まあ、気持ちが嬉しかったのは本当だよ……ありがと」


 動かしそうになる右腕を押さえて左手でサナちゃんの頭を撫でる。


「んぅ……やっぱりいつもとちょっと違う」


「わう」


 利き手じゃない分若干ぎこちなくなるのかよく撫でられる二人は揃って違和感を感じているようだ。


まあ、そう言われても無いものは無いので諦めてもらう。


特にやることもなく、そのまま三人で身体を寄り添わせて夜が過ぎるのを待ち続ける。


「わぅぅ……」


「もう寝ろ、見張りくらいは普通に出来るから」


「そうだよ、いい子は寝る時間」


 まだまだ子供なため夜更かしが苦手なルノは眠そうに頭が揺れていた。


『大迷宮』でもない普通の森、魔物避けの聖水も散布済みのためそこまでの警戒も要らないことがそれに拍車をかける。


「うん……ゴメンヒサメ……サナ姉ちゃん」


 まあ、警戒が必要ではないとはいえ、ここまであっさり眠りに入れるルノは中々大物だと思う。


コテンと頭を俺の伸ばしていた足に乗せて枕にするあたりも……まあ、微笑ましいものではあるし、俺もサナちゃんも笑ってみていたんだけど。


ルノが完全に寝入った後、サナちゃんに頼んで荷物の中から毛布を取り出してルノにかけてもらった。


足に乗られていてまともに動けない上、片腕の俺ではうまく出来なかったため非常にありがたい。


「サナちゃんも眠るなら寝てもいいんだよ?」


「いえ、大丈夫です……出来ればずっとこのままでいたいくらいです」


 そう言ってサナちゃんは笑って俺の隣に座り、ゆっくりこちらに体重を預けてくる。


流れるのは優しい空気……それ自体は心地いいものだけど、やっぱり受け入れる勇気は持てなくて。


「おいおい、俺にこのまま片腕でいろってか?」


 おどけることで有耶無耶にしようとするのだった。


レスカさんに自覚させられたことで、さらに受け入れるわけにはいかなくなってしまった。


だって俺自身受け入れて、『大迷宮』を踏破した後、元の世界に移動してこちらへ帰れなくなったりしたら俺もつらいから。


「な……そういうこと言ってるんじゃないです、もう!」


 そんな俺の気持ちはともかくとして俺の言うことがお気に召さなかったのであろうサナちゃんが怒ったように言う。


それに俺は小さく笑ってしまう。


「なに笑ってるんですか……」


「いや、それだけ元気なら俺も眠って構わないかと」


「え、ちょっ……さすがに私一人で不寝番なんて嫌ですよぉ!」


「ま……さすがにそれは冗談だけどな」


 腕のことを言って、寝たふりでも続けられればうまくこの空気を有耶無耶にして逃げることもできるかもしれない。


とはいえ、それはさすがに悪趣味が過ぎるため断念。


「んじゃ、長い夜を過ごすためにも適当に話でもしていくか」


「そうですねぇ」


 サナちゃんに指示して若干の食料や飲料を用意しながら何てことない会話をし続ける。


そんな中、片手で飲食に悪戦苦闘している俺を見ながらサナちゃんは言う。


「やっぱり、片手じゃ大変そうですね」


「まぁな……」


 ほとんどの物は基本的に両手を使うことを前提にしている以上、ある程度の器用さがあってもスムーズには行かないものである。


ここまでに食べたものはポーチに保存されてあるパン類くらいだから片手でも十分だが、水を飲むときに食べ物を置かねばならないことは不便である。


「でしたら……えと、その……」


 そしてこの状況が危険なものだと気づくも既に逃げ場など無い。


仕方がないと覚悟を決めた瞬間、俺はその気配に気づき何故と驚愕する。


「私が食べさせてあげましょ……」


「サナちゃん……この状況でそこまでしようってのは抜け駆けが過ぎるんじゃないかな?」


 快活な声がこの場所に響いた。


それは今ここで聞こえるはずの無い声、少なくとも俺は一切呼んでいない。


「カ……レンさん?」


「はい、みんなのアイドルカレンさんです……それでサナちゃんは何をしているのかな?」


 始めは純粋な驚き、そして事態を理解してサナちゃんの顔がだんだんと赤くなっていく。


「あ……あの……それは……というか、えぇ? なんでいるんですか?」


 うん、それは俺も聞きたい、なんでお前がここにいる?


「私がクラウに頼んで連れてきてもらいました」


「……アーミア……お前かよ」


 夜の森の中から現れたのは四日前に連絡を入れたアーミアの姿。


そしてアーミアにカレンがいるということは当然、


「待たせたな」


「ハァイ、面白そうだから連れてきちゃいました」


 黒一色で闇に溶けるようなクラウと、その隣にリアンナの姿があった。


「クラウ……やってくれたな」


 眠っていたルノを起こし、立ち上がった俺は恨みがましくクラウを見る。


アーミアに頼まれたとはいえクラウがこんな行動に出るとは本気で想定していなかった。


「なに、エレンシアを連れてこなかっただけありがたいと思え」


「…………うわ、想像だけで死にそうだ」


 この場にはサナちゃんもいる……サナちゃんは姉さんの好みのような気がするからな……そのあと巡り巡って俺に負債が回ってくるから性質が悪い。


「まあ、いいや……じゃあクラウさっさとやってくれ」


「結果的にリアンナがいる、そちらに頼めばいい」


「それじゃわざわざ来た意味が無いだろう、それに……俺が、クラウに、頼んでるんだぞ?」


 その言葉にクラウは少しだけ面食らったような顔をし、それから本当に少しだけ微笑を浮かべる。


「なぁに、嬉しそうじゃない」


「煩い……まあ、お前がそういうのなら構わん、少しこちらに来い」


 それをリアンナに見咎められからかわれるが、ほとんど表情を変えずに俺を誘導する。


俺もそれに従い、クラウの前に立つ。


「右腕を横に伸ばせ」


「了解……つってもここまでだけど」


「構わん」


 二の腕までしかない腕ゆえにそこまで横には突き出せない。


再会で話を咲かせていたサナちゃんやカレン、ルノも何が起こるのかとこちらに注目をし始める。


俺もまた、これから起こることを見逃すまいと神経を張り詰めさせる。


「痛みはない、一瞬だ」


 だけど、見えなかった……クラウが放った斬撃、その影すら追うことが出来ない。


その斬撃は宣言どおり痛みもなく、傷口を塞いでいた部分のみを綺麗に斬り取っていた。


その時点ではまだ俺はそれに認識できていない、ようやく理解が追いついたのはいつの間にかクラウがすぐ近くにいて、右腕の傷口に触れていた時だった。


「血よ巡れ、あるべき流れを思い出せ」


 傷口からあふれるはずの血は、無数の血管と言う形で失った右腕の先の形を構成していく。


そしてその表面を覆うように白い光が腕を包んでいき……


「……終了だ」


 光が消えた頃には、元の完全な右腕がそこに存在していた。


一切の理解が及ばないままに、再生は終わっていた……


「まったく意味がわからねぇ」


 腕が治った喜び以上に、今の現象の理解が追いついてこない。


何から何まで自分の認識できる範疇を超えていた。


「再生した腕は問題ないか?」


「えと……ああ、問題なさそうだ」


 拳を握り、開くを何度か行い、次いで肘の曲げ伸ばしを行う。


それらが違和感がないことを確認して俺は返答する。


「そうか……ならば準備しろ」


「は……準備?」


「ああ」


 唐突に紡ぎ出されたその言葉に一瞬俺は反応できなかった。


「最後の『大迷宮』、その試練の間まで案内する……今宵で全てが終わりだ」


 ただ、ガゼーリアの言っていたことは本当であったのかと泣きたい気持ちにはなったが。


ああ、腕の再生を行うことがその引き金だったのか、もう少し考えればよかったと今さら後悔するのであった。






 喫茶店『旅人』、最終試練強制突入しました。

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