第五十一話 『怪我』
しくじった……そんな気持ちで包まれる。
五つ目も突破し、そして六つ目の『大迷宮』の試練で俺は完全に間違いを起こしていた。
二つ目の『大迷宮』に挑戦し始めてから既に一年近くが経とうとしている。
レスカさんのコンディションにより出発スケジュールは左右されるし、運が悪ければ中層程度の地図しか作成できておらず出直すといったことを繰り返しながらの探索だ、どうあっても時間がかかることは否めない。
とはいえ、一年程度で五つも六つも『大迷宮』を突破しているという事実が既にありえないことだと言えるレベルではある。
しかし、最深で待ち受けているのは聖獣の試練なのだ……ほんの少し歯車が狂うだけで大きな代償を支払う必要がある……それが今だった。
「あ…………」
「マスター!?」
「ヒサメ!?」
自分以上の体高を持った黒い獅子、ソレに自分の右腕が噛み千切られていた。
「が……あああああああああああああああああああっ!?」
痛い痛い痛い痛い痛い……噛み千切られた傷からくる焼けるような感覚と、同時に傷口から血が流れていく冷たい感覚に同時に襲われながら、悲鳴が口からあふれる。
だけど、そのまま叫んでいては黒獅子に完全に喰われかねないとわずかな理性の判断から距離をとった。
「この!」
「お前ぇぇぇぇぇぇっ!」
「二人とも来るなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
そして、そんな俺を見て動かないルノとレスカさんではない。
怒気を纏い、自分の背後から近づいてこようとする二人に俺は全力で制止をかけた。
「手を出すな、黙って見てろ……心配するな、とはさすがに言えないか」
片腕をなくした俺のそんな言葉は明らかな強がりだろう。
それでもこの場でルノやレスカさんに手を出されるわけには行かなかった。
『ほう……腕を失くしたというのによく冷静に二人を止めたものだ……さすがと言っておこう』
「そうかい、そりゃどうも……」
響く声に俺はほんの少しだけ視線を空に向ける……空中で胡坐をかいてこちらを見下ろしている猿のような存在。
それがこの『大迷宮』の聖獣、ガゼーリアであった。
「これぐらい……ここを切り抜けたらどうにでもなる、ここで条件を破るほうがよっぽどリスクがでかい」
『見事、その覚悟は英雄的だ……だが、その有様でどうすると言う?』
ガゼーリアが見下ろすのは俺の惨状とも言える姿。
右腕は肘さえも喰い破られ、二の腕が残るのみ……そしてそこから血が流れ続けている。
相対するのは黒獅子、俺の右腕を喰い千切った獣は右腕を咀嚼し終えたのか動かしていた口を止め、再度こちらに狙いを定める。
「本当に……どうするかね……」
ガゼーリアに与えられた試練、それは俺一人でこの獣を殺さずに制圧すること。
さらには自分の持っている力のみ……魔法具さえも使用を禁じられた状態、徒手空拳の状態でこの獣をどうにかしなければならない。
当然ルノとレスカさんの手助けも禁止……後ろで見ていることしか許されていないし、それこそが二人に与えられている試練だった。
見守ること……それができなかった時、この試練は新たにガゼーリアとの戦闘へと切り替わる……正直、さらに難易度が上がってしまうことは間違いないだろう。
「ったく、不意打ちにもほどがある」
外装強化魔法で傷口を押さえながらぼやく。
古代魔法の詠唱、それを感じ取った瞬間黒獅子の速度が劇的に上昇したのだ……一瞬の驚きがそのまま不可避となるほどの速度まで。
今だからこそ失策であったとわかる……無意識に古代魔法に頼りすぎていた、詠の間護ってくれる仲間もいないのに少しの隙ですぐさま撃とうとした。
聖獣の試練がそう甘くないと自分は知っていたはずなのに、安易な手を選ぼうとしていた。
そんな内心を読んでいたのか知らないが、今回の試練で出されたコイツは俺にとっての天敵であったらしい。
「チッ!」
考えをまとめる時間が欲しいと思ってもそれを許すほど黒獅子も甘くはない、すぐさま俺に向かいその牙や爪を向けてくる。
真っ直ぐにやって来るその襲撃を横に回避しながら、左手の一撃を叩きつける。
横腹にまともに入ったはずのソレは、しかし大したダメージになっていないのは明白であった。
それを証明するようにすぐさま第二撃、第三撃と放たれる攻撃に俺は逃げ回ることしかできない。
『さあ、どうするただの攻撃では無意味、詠を歌う隙もなし……越えられぬか、主には?』
左腕しかないことか、右腕を食われたトラウマかわからないが身体が思うように動かない。
そんな中で聞こえてくる上から降ってくる声がわずらわしく感じる。
だけど、聞き取るべき言葉があったのも事実。
「ぐっ……あっ!?」
前足の一撃を喰らい、吹き飛ばされながらも戦略を考える。
普通の攻撃では通じず、古代魔法も使えない……ならば俺が今使えるものは残り一つであり、おそらくはそれを試すための試練なのだこれは。
『そう、主自身圧倒的な力を持つ古代魔法に目を引き寄せられ、真実主だけが使えるソレにあまり意識を向けていないと見えた』
確かにそうだ、あくまで対価を作るためだけの技術だとどこかで考えていた。
特殊であるため人目につかないような使い方しか出来なかったこともあり、使ってもヴェルリック戦での壁としての役割でしか使用していない。
『一つ言ってしまえば、ソレの全容は主の目的との関係はあまりない……しかし、知って欲しいと我らは思っている』
「この……野郎」
突進してくる黒獅子に左の手のひらをかざし、それを発動させる。
結晶魔法……それによって発生した結晶の壁に黒獅子が激突する音を聞いた。
現状、単純な力ではアレを制することはできないだろう……だからこそ考える、どうすればあの黒獅子を止めることができるのか。
結晶魔法を使うことでどうすればソレを達成することができるか。
『考えよ……主があの『黒の知恵者』の後継だというならな』
「その名……もしかして……っ! うぜぇんだよ!?」
ガゼーリアの言葉の中にあった呼び名、その名前に聞き覚えがあり問いただそうとしたのだが、黒獅子に妨害される。
そんな悠長なことをさせる暇はないと言わんばかりの猛攻に、思わず俺は叫びその攻撃を躱していく。
右へ、左へ、時にはしゃがんで下を潜り、あるいは跳躍により黒獅子を跳び越えて回避を行い、そのついでとばかりにナイフの形をした結晶を精製してそのまま投擲。
「効いちゃいないか」
刺さってはいるものの、その巨体に対してできた傷は非常に小さい。
これではいくら攻撃を当て続けても望んでいる成果をあげるのは難しいだろう。
刺さったナイフなど知らないと言わんばかりの黒獅子の突撃をかわし、俺は左手に結晶の剣を精製する。
攻撃を躱し、斬撃を放つ。
左手一本でのその攻撃はやはり弱く、致命傷を与えることはできていない、そこまで高いようではないが再生能力も持っているようで斬り裂いた箇所もゆっくりと修復されていることも見て取れた。
持久戦で何とかしようとしても、潰されるのは自分の方であることは想像に難くない。
大体、向こうを殺してはダメなのだ、倒すことを基準に考えていてはいい案も出ない。
「となると……とぉ!」
再び振るわれる前足を回避し、俺は持っていた剣を黒獅子のその足へと突き刺した。
痛みはあるようでこちらから離れて警戒するように威嚇をしてくるが、肝心のダメージとしては見られない、突き刺しているのに庇う様子も見せずに普通に立っていることに少々呆れてしまう。
そのタフさに呆れればいいのか、ある程度派手にやっても大丈夫だと喜べばいいのか……とにかく続けるしかないだろう。
再度左手に剣を精製しながら、黒獅子に向かって俺は駆けだす。
「……っ!」
至近を掠める黒獅子の攻撃。
どうやら古代言語が絡まない限りはこちらの対応できるレベル程度の能力のようだが、それでもまともに喰らえば十分すぎるほどのダメージを負ってしまう。
万全とはとても言えない自分の状態、それでも踏み込まなければ制することなど不可能。
冷や汗をかきながらその攻撃を躱し、一本、また一本と精製した剣をその身体に突き刺していく。
「これで……十本目だ!」
幾度も攻撃を躱し、十本目の結晶剣を叩きこむ。
それでも未だ黒獅子の動きは衰えた様子を見せない、十一本目の剣を精製しながら胸中ではそのタフさに呆れの感情が出てくる。
「けど……だいたい準備はそろった、次で決めてやる」
身体の様々な場所に刺された結晶剣の数々、そしてこれから刺す十一本目……それでコイツを止めることができるだろう。
終わらせると意識を新たに、黒獅子に向かって俺は駆けだしていく。
「さあ……」
黒獅子の突撃を俺は跳躍によって回避する。
そして着地点は黒獅子の背……左手に持った剣を強く握り、その背へと突き出した。
「終わりだ!」
その瞬間、発生したのは黒獅子の結晶化。
正確に言えば、黒獅子に刺した十一本の剣を起点に黒獅子の表面に結晶を張り、固めていく。
当然黒獅子も抵抗するものの、止めるとすれば背にいる俺を倒すか身体に刺さる剣を抜くしかないだろう……そしてそのどちらもさせるつもりは微塵もない。
身体の表面が結晶で覆われ、さらには地面にまでその結晶は侵食して巨大な結晶の塊となる。
生かすために頭だけは覆っていないため、自力で結晶を破壊すれば脱出できるだろうが、コイツにそこまでの力はない……だからこそ、これで詰みだ。
「これで……文句はないだろ?」
『然り、実に見事なものよ』
結晶に手をつきながら、俺は空にいるガゼーリアを見上げる。
向こうも頷き称賛、それは同時に試練の終わりを告げていた。
「まったく、こちらとしては肝が冷えたよ」
「ヒサメ、早く薬飲んで!」
終了によりレスカさんとルノが駆け寄ってくる。
血相を変えて薬を差し出すルノから受け取って、一気にそれを流し込むのだった。
「不味……」
味はどうしようもなくて、さらには傷口辺りから痛みや熱さに似た感覚を覚え、傷口が塞がれていくのを感じる。
現状傷口を塞ぐだけで、腕を生やすことは叶わないが……とりあえずはこれで十分である。
『二人もまた見事である……友が傷つく中で耐えることが出来るものは少ない……その精神力、高く評価出来る』
「別に……マスターの制止がなければ飛び出していたよ私は」
「わう……右に同じく」
ガゼーリアの言葉に、レスカさんもルノも苦笑しながらそう返す。
そんな二人の言葉にそうであろうなとガゼーリアは呟き、続ける。
『それでも、制止を振り切る者は多い……主らはなぜ踏みとどまれた?』
「無論、マスターが来るなと、手を出すなと言ったからだ」
「言ったからには、ヒサメは必ず何とかするよ」
『なるほど、必ず出来るという信頼……見事、見事なり』
満足と言うように笑い、ガゼーリアは拍手を行う。
そこには本気で称賛していることは感じ取れ、ひとまずは良かったと俺たちは安堵のため息をつくのだった。
『さて、試練は終わりだが……異界の詠歌い、いや、ヒサメよ、何か聞きたいようじゃな?』
「ええ、話に出た『黒の知恵者』についてお聞きしたい」
俺を指してその後継と告げた以上は該当する人物など一人しかいない、自分のことを何も教えてくれなかった俺のじいさんその人である。
『なるほど、『黒の知恵者』は己を語らず……か、話どおりの人物のようだな』
「それで……お答えお願いできますか?」
『そうだな……知っていることは少ないが、答えられることは伝えておこう』
そう言って、ガゼーリアは語り始める。
『黒の知恵者』、ゼア・ラストノースについて。
『まずはそうだな……彼の歳を主は知っておるか?』
「え……いや、教えられていませんね……自分のことに関しては名前以外答えてはくれませんでしたから」
『そうか……我も正確には知らぬが、それでも二百は越えていたはずだ』
「にひゃ……え?」
あまりの数字に俺は馬鹿みたいに聞き返す。
いきなり話の内容が信じられない領域となってしまったのですが……
「驚いた……マスターのおじいさんというのは人間ではなかったのか?」
レスカさんが驚いている俺の代弁をする。
この世界での人間の寿命は八十代到達がギリギリと言われるくらいであり、百歳越えの者など早々いない。
しかし告げられた年齢はさらにその倍である……とてもではないが人間とは思えない。
だけど、その一方でじいさんは人間のはずなのである、他でもないクラウが人間として認めていたはずなのだ……だから、俺もじいさんが人間ではないなど一度も疑ったことはなかった。
『そう、寿命一つをあげれば人間とは思えない……だが、彼は人間だよ』
「? どういうこと?」
『人の術の中に、肉体の成長を遅めるものがある、それを使ったのだよ』
「凄まじいな、そんなものまであるのか……」
『およそ四、五年で一年ほどの成長であったか……そして延びた寿命で彼はその身を鍛え、知識を深めた……そうでなければ、一人で『大迷宮』を抜け、聖獣の試練を突破することなどできるものか……』
その言葉に俺は納得する。
自分にしてもじいさんや姉さんといった成長するのに恵まれている状態で、『大迷宮』の挑戦までに六年はかかっている。
肉体的な成長のことを考えれば本来ならばまだ時期尚早と言ってもいいだろう、ルノやレスカさんがいるからこそ大事無くここまで来れているのだとそう思う。
仮に自分一人ならば今の腕を失くしているような状況が下層辺りで起こっていても不思議ではないし、命だって落としかねない。
それを考えた時、古代言語の研究を行いながら聖獣の試練を突破できるほどに強くなったじいさんの研鑽の期間というのはどれだけのことになるだろうか?
そしてどれだけの期間をかけて数多くの『大迷宮』を潜り抜けてきたのだろうか?
俺なんかでは考えることもできないだろう。
同時にじいさんのことを調べても特に成果が出ないはずである……寿命が延びたせいで名前があるにしても調べるべき年代がずれていたのであろう。
『さて、ここまでで一つ気になる点と、その理由が思い浮かぶはずだ……それはなんだ?』
気になる点……ああ、確かにおかしいところが存在している。
もしかすればそれは偶然と済ませることができるかもしれないだろう……だけど、それを偶然と言うにはあまりにでき過ぎというものだろう。
「そもそもなぜ、寿命を延ばす古代魔法なんてものを見つけ出すことができたか……」
そう、寿命が延びたからこそ『大迷宮』を踏破できるほどの力を蓄えることができたのだと考えられる。
つまり、『大迷宮』挑戦前にその古代魔法を入手していなければならない……同時に、その時点で古代言語に関する知識を修めている必要がある。
「知識を引き出すことができる存在……継詠者? そうか、それがじいさんの正体か」
『然り、自由に引き出せる知識はかなり少なかったようだが、自然覚醒した継詠者であったと聞いておる』
「なるほど……だけど、引き出せる知識量が少ない? それはどういうことなんだ?」
サナちゃんやカレンにせよ、今の状態ではそこまで深い情報は引き出せない……とはいえ、何十年も覚醒していて少ないというのは若干気になった。
もっとも、その感覚がわからない俺ではわかるはずのない質問ではあるのだが。
『本人の才もあるだろうし、あるいは寿命を延ばしたことによる弊害の可能性や引継ぎのうまく行かなかった系譜だという可能性もある……結局詳しいことなどもはやわからぬものだが、他の聖獣に語った話であれば精々単語の意味がおぼろげながらわかる程度のものだったという話だ』
「そうなのか……」
『しかし、その最たる原因は目覚めた当時の時点で彼が研究者であったことであろう』
「なに?」
今までの話は結局のところ原因がはっきりしないということは置いておいて理解すること自体は問題はなかった。
しかし、今の発言に関してはよく意味がわからなかった……少なくとも研究者であって理解が進むことはあっても、それが足かせになるとはとても思えなかったから。
『その弊害はそのまま後継である主にもかかってきておる……我から言えるのはここまでだ』
「俺にも……弊害が?」
『本来であればそこまでのものではないかもしれん……しかし、主の目的を考えた時その問題はやってくる……確実に』
そこまで語って、ガゼーリアは黙した。
どうやらそれ以上のことを話す気はないということだろう。
「なあ、じいさんは普通の時にはどう過ごしていたんだ?」
『我も伝聞程度でしか知らぬ……それでよければ話すが』
「構わない」
ファフニールなどからはどういう人間であったかを聞いてことがあるが、何をした人間であったかは教えられなかった。
他の『大迷宮』ではその名を出されなかったから聞くこともなかったが、今回呼び名を語られたこともあり、少々期待していた。
『……寿命を延ばす前は特に変わらぬ普通の人間であったと聞いている……寿命を延ばした後は鍛え、自らが『大迷宮』へと挑むようになったとそこまでは先ほど語ったとおりだ』
元々探索者ではなくて研究者……その上で寿命を延ばす法を用いてからの鍛錬。
本気で零から鍛え始めたのかと少々冷や汗が流れる。
『話を聞けば数十年ほど鍛え続けたらしい……最終的にはそうだな……主が封じたあの獣、素手で相手に出来たらしいぞ』
「ぶっ!?」
有り得ない話に俺は思わず噴出した、ルノやレスカさんもさすがに信じられないのか目を丸くしている。
先ほど右腕を食われたときの戦闘を思い返してみる……強化魔法をかけた拳はほとんど通じていなかったことを考えれば、その威力がどれほどのものか想像できない。
『主のように仲間とともに進めれば、彼の代で全ての『大迷宮』を攻略できた可能性も高いだろうな』
もともと、『大迷宮』に対して単独で挑むことなど本来は無謀とも言える。
魔獣が持つ毒、掠るだけでも痺れて動けなくなるようなものも決していないわけではないし、それでなくても常に全ての方向からの襲撃を警戒しなければならない……無論そんな中でいつまでも緊張を保ち続けることはかなり難がある。
同じように単独で挑むことが多いレスカさんにしても単独で潜る際にはそんな毒を持った魔獣のいない場所を選んだり、あるいは毒に対する中和剤を予め摂取していたりと前準備に関しては余念が無い。
一人で探索することと二人で探索すること、たった一人の差ではあるが、そこには大きな隔たりがあるのである。
単純な身体能力、武器を扱う技、魔法の技術、魔獣への知識、傷の手当、罠の設置や解除、大量の荷物の運搬、休息時の警戒……探索に必要な要素と言うのは大量に存在している。
これら全てをじいさんは単独で解決したというわけだ……凄いとか言いようが無い。
「しかし、マスターのおじいさんは何故それほどまでに単独で挑み続けたのだ?」
「わかりませんか、レスカさん?」
俺はレスカさんの方を見て問い返す。
確かに誰か仲間がいればもっと簡単に踏破出来たかもしれない……だけど、少し考えればそのためにはいくらか大きな壁があることがわかる。
一つは単純に仲間の強さ、単純にいくらかの役割を持たせたところで戦闘で足を引っ張られれば致命的なことになりかねない、特に聖獣の試練なんてものを受けるのであれば。
一つは自分のことを語りたがらなかったじいさんの性格を考え、情報が回ることを嫌ったため。
『大迷宮』を踏破したという情報も、挑戦までに作成したのであろう魔法具のことも、そして古代言語のことも、全ての情報が漏れることを避けたがったのだろう。
だけどなによりも、仲間を作ること自体が最大の問題であったのではないかと考えられる。
「仲間を作ること自体が? すまないマスター、よく意味がわからないんだが……」
「簡単な話ですよ、じいさんは人間だけど、人間の時の輪から外れたから」
誰かと共に過ごすことなど出来るはずもない。
自分と過ごした四年ほどの日々……じいさんの肉体変化は一年程度とはいえ十分に老いたその姿なら変化が無くてもそこまで怪しくは無い。
だけど、旅をしていた頃であれば違う……共に過ごし続ければ変化の遅さが目に付いてしまう……そしてそれは人にある事実を思い起こさせる。
「老いない……あるいは老いの遅い人間……レスカさんなら何を想像しますか?」
「…………使徒だ」
そう、人間であるはずなのに人間の敵である使徒とみなされる。
そんな中で信頼できる仲間など見つけられるはずも無い、仮に見つかったとして仲間が老いていく中で自分だけがその速度から置いていかれるのだ。
よほど歳をとっていない限りは必ず仲間のほうが先に逝く。
仲間にもその老化遅延の魔法を使えばよいかもしれないが……異質なものだ、拒否される可能性も十分にある。
運が良ければ無二の友を得られるかもしれないが、デメリットが大きい……それを考えた時、やはり単独で挑むしかなかったのだろう。
「なるほど……たしかにそれは難しいな」
「寂しいね……」
「そうだな、だから……俺も知らないんだろうな」
俺はその古代魔法に関しては一切を教えられていない……自分が体験し真似されないために隠していたのだろう。
仮に俺がその魔法を使っていたとしたらじいさんと同じように二百年を越えるだろう。
そうなったとき、自分ならどうなるだろうか……そう考え、やはりじいさんと同じように辺境に住むことになりそうだと結論をだす。
『結局、この周囲の『大迷宮』以外を軒並み踏破した頃には、延びた寿命でもさすがに衰えを感じて、残りを踏破することを諦めたらしい』
「なるほど……その後は?」
『寿命ゆえに一所に留まらず、世界を渡り歩いたと……その中で立ち寄った村の問題の解決や凶暴な魔獣の退治をするといった、人のための旅を行ったと聞く……それこそかなりの数の村を救い歩いたらしいぞ』
「そっ……か、うん、やっぱじいさんは凄いな」
さすがに伝聞である以上詳しいエピソードまではわからなかったが、それでも世界中にじいさんが為したこと、残したことがあるのだと少しだけ誇らしく思えた。
中には戦闘によって山が跡形も無くなったなどという、明らかに聖獣かクラウたちと戦闘したんじゃないかという話もあるあたり、微妙に口元が引きつったが……
『最後には魔法具の研究を行うために辺境に居を構え……そして主が召喚された』
「そうか……じゃああとは俺の方が知っていることか……話してくれてありがとうガゼーリア」
『構わぬよ……ならば、戻るか……己が場所に』
ガゼーリアはそう言って、既に決まりとなった時空を歪めた出口を作り出す。
ルノとレスカさんと顔を合わせて、それから出口に向かい歩き始める。
『ヒサメよ』
「なんですか?」
出口へと向かう俺にガゼーリアが呟くように話しかけてくる。
『おそらく、主は間をおかず最後の『大迷宮』の試練に挑むことになるだろう』
「……どういうこと?」
「おいおい、お姉さんは少しは休ませて欲しいと思うぞ」
「わう……ボクも」
さすがにガゼーリアの言った不穏すぎる言葉を聞き流すことはできなかった。
レスカさんやルノにしてもそれは同意見であり、ガゼーリアへと聞き返す。
『主の状態を考えるにな……最後の試練であるなら現れるのは奴……ならばおそらく主は一週とおかずにその場に行くことになる』
「ちょっと待て……本気でどういうことだ?」
『そこで主の知らない全てが明かされる……主の目的もまた、そこで叶うだろう』
「もったいぶらずに言えよ!?」
『すぐにわかることだ……覚悟だけをしておけ』
「な……」
投げ捨てるような言葉にさらに文句を言おうとしたが、出口に吸い込まれるように引っ張られ、俺たちは無理矢理外へと出されるのであった。
本当に……一体何があるって言うんだよ……
喫茶店『旅人』、残りの『大迷宮』は一つ。