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第五十話 『平穏』

 長い準備をした甲斐もあってか『雪山』を攻略してからも快進撃は続いていた。


今まで止まっていたことが嘘のように三つ目、四つ目と『大迷宮』を攻略して、残すところ残り三つ……ここまで来てようやく終わりが近づいているのを感じ始めていた。


なお、三つ目は深層自体が迷宮で踏破すれば試練終了……ただしあちこちに幻術やらトラップやらが仕掛けられていて非常に苦労した。


四つ目は聖獣が用意した障壁を打ち破る試練、時間さえあれば破壊力のある攻撃は撃てるので正直一番楽であった。


手に入れた詠は真実を顕す詠に精霊封じの詠とまた目的のものとは出会えず空振りであった。


無論、『大迷宮』だけでなくて『旅人』に関しても問題なく動いているようだ……特に不満の声は上がっていない、それを確認しながら俺は仕事をする。


「よし、出来たぞ、ルノ配膳頼む!」


「了解!」


「サナちゃん、豆の買取お願い!」


「わかりました!」


 指示に対して即応してくれるルノにサナちゃん。


アサカが非常に有能になっていることも含めてかなり助かっている。


慣れもあるのだろうが忙しい中でも、俺やルノだけでなく全員がある程度余裕のできているように思える。


時に、街に住み始めて二年以上にもなると変化することがある。


「こちらが注文の品になります!」


「あは……ありがとルノ君」


「うん本当に……」


「はあ……時がたつのって早いわぁ」


 ルノが相手をしているのはご存知お姉さま方……なのだが、最近は少々変わってきている。


まあ、仕方がない……当初に比べるとルノの身長は十センチ以上伸びてきているからだんだんとお姉さま方のストライクコースから外れてきていたりするのだ……成長していること自体には喜んでくれているようだが、それとは別に残念だという様子が見て取れる。


それでも来てくれているのはここでの食事を気に入っているからだそうでそのあたりに関しては素直に嬉しい。


その反面、レスカさんとのデートの時も思ったが自分が成長していないことに関しては複雑な思いにかられるけど。


今も俺の隣で仕事している奴とかにはそう言った点では少々複雑な思いを持たざるを得ない。


「な……なんだ、今妙な悪寒が来たぞ?」


 どうやら不穏な空気を感じ取られたらしい……とりあえず落ち着こう。


そっとため息をついて、出会った頃は並んでいたのに今では目に見えてわかるようになった肩の高さの差にやはり恨みがましく視線を向けるのだった。


「おいヒサメ……一体どうした?」


「別に……ただお前が妬ましいだけだ」


「いやいやいや、意味がわからないから!」


「はぁ……身長だよ身長」


 俺の言葉にアサカは文句を言うが未だに成長している奴に俺の気持ちはわからないよ。


なお、成長しない同盟でシオンも同じような悩みを持っていたりするが、やはり恨みがましく見る対象はアサカだったり。


「ああ、なるほど……羨ましいか?」


 ニヤと自慢げに笑うアサカに青筋が立った俺は悪くないと思う。


「地獄を見たいか」


「すいません調子に乗りました!」


 自分でも驚くほど低い声が出た……その声の効果もあってか即座に謝るアサカ。


そのままでは不都合なため、互いに苦笑しながら仕事再開。


「別にさ、そこまで高くなりたいわけじゃないんだ……ただ」


「ただ?」


「レスカさんより低いというのはこう……男としてな?」


「ああ、なるほど」


 いや、レスカさんは普通に身長高いんだけどね……それでも知り合いの女性より身長が低いというのは色々と悔しいものがあったりする。


デート中はそれが強く感じられたりしたのだが、最初以降それは出していない……まあ、ばれてる可能性は大いにあるけど。


「ま、そればっかりは肉体的な素質だろうし、仕方ねぇよ」


「そりゃそうだけどさ」


 なお成長と言う意味に関してアサカは身長だけが成長しているわけではない。


訓練を欠かしていないのかより肉体は引き締まっているし、この喫茶店での技能だって成長している。


少しずつながら探索者としての実績も簡単な依頼をこなして増やしていっている、俺と模擬戦などもしていることによって戦闘に関する技術や直感も磨かれ、確実な成長が見られていた。


残念ながら魔法系に関しては今一でさすがにそこまでの万能性は出せなかったのだが……それでもうちのメンバーでは一番多方面に成長した。


「それに何も俺だけじゃないだろ、成長しているのは」


「まあ……うん」


 ルノはもちろんのことサナちゃんたちにしても成長はしている。


身長もある程度伸びたし、女の子らしい部分もしっかりと育ってい……うん、これ以上考えるのはよそう、俺の精神衛生情的に。


もちろん喫茶店の仕事にしても十分過ぎる成長を遂げている。


「それに、ヒサメにしても成長しているだろ」


「あん、どこがだよ?」


「肉体的なことじゃなくて……ええと、言葉にするとなんと言っていいかわからないが……というか、お前だってわかってるだろ?」


 アサカの言いたいことはわかる。


この街に住んでから起こった激闘は結構なものだ……それを潜り抜けてきたのだから成長しないほうが嘘だろう。


それに、この喫茶店を通して学んだことだって結構なものになる……それらをひっくるめて成長と言うのは確かなことである。


確かなことではあるのだけど……


「その肉体的な成長が一番大事なんだよ……」


 そりゃ内側の成長ももちろん重要なんだけど……今ほしいのは外側の成長だからそういう慰めをもらっても正直困る。


「まあ、なんだ……諦めろ」


「くそ、持っている奴はいいよなホント……はぁ」


 結局これに関しては劇的な変化など期待することなどできない。


八つ当たりでアサカをのしたところで自分で八つ当たりとわかっている以上敗北でしかないわけであるし。


しかし、やられっぱなしでいるのもあれであるし、少しは反撃に出ることにする。


「ところで……彼女との付き合いはどうなんだ?」


「い……」


「安心しろ、ネタは上がっているから」


 俺がいない間にシトネちゃんがアサカに告白したことはシトネちゃん本人より報告が上がっている。


サナちゃんやセリカちゃんにはうまく隠しているようだが、本人から報告が上がる俺には隠しようがないのである。


「な……なんのことだかさっぱりわからないんだが……」


「それで誤魔化せると本当に思っているのか? 同じ場所で働いているんだ、変化くらいはなんとなくわかるさ」


 まあ……恋人になってからの変化だが。


それ以前はシトネちゃんに言われるまでまったく気づかなかったからな……


「ぐ……」


「大体、俺は告白される前に愚痴聞かされているんだよ、お前は彼女が欲しいとアタックしている割に自分に向けられる分には鈍感だって」


「な……つかお前に鈍感がどうと言われる筋合いはないっつの!」


「失礼な、俺のどこが鈍感だ?」


 しっかりと気づいてはいるさ、スルーしているだけでな。


口には出していないため、俺の様子からアサカはため息に近いものを吐き出しながら愚痴る。


「その言葉が出てくる時点で鈍感だって言うんだよ」


「意味がわからん……それに、鈍感だと言っていたのはシトネちゃんのほうだ」


「ぐあ……」


 あ、肩が落ちた。


まあ、それでも手は仕事をし続けているのだから染み付いているなあなどと思う。


「まあ、それでどうなんだよ?」


「どうって……なにがだよ?」


「うまくやれてんのかってことだよ」


「く……どうせシトネのほうに聞いてんだろ?」


「シトネか」


 ニッと笑いながらアサカの言葉を指摘すれば、うめくようにしてアサカは顔を赤くする。


ふだんはちゃんづけで呼んでいるが、バレたのに油断していたのだろう。


「まあ、確実に主導権を握っているのはシトネちゃんだろうけどね……」


「どういう意味だよ……」


「どういうって……逆に聞くけどお前シトネちゃん相手に主導権取れると思うのか?」


「……悪い、愚問だったな」


 俺の断定するような問いに、アサカは遠い目をしてそう応えた。


ああ、やっぱり尻にしかれているんだな……とはいえシトネちゃん相手なら仕方がない。


俺だってシトネちゃんとそういう関係になった場合、そうならないと断言することはできない……というよりそういう未来が見え過ぎて困る。


「それはいいとして、実際呼び名以外に変わったところはあるのか?」


「どうだろうな……確かに二人でいる時間は増えはしたが……ここで働いていたり模擬戦したりとそこまで大きな変化はないと思うぞ?」


「そんなもんなのか?」


「そんなもんなんだろ」


 納得行かない俺に、アサカも普通に返す。


どうやら本気で言っているし、嘘ではないようである。


「まあ……あれだ、押し倒されたりするなよ?」


「ぶっ、いきなり言いやがるんだお前は!?」


「冗談だ……多分な……つか、そうだよな?」


「想像させんな、マジで怖いから!?」


 否定しないあたりにアサカのほうもあるいはそうだと思っているのかもしれない。


というよりシトネちゃんは俺とは違う意味で何をやってもおかしくないタイプの人間だからな……外側だけを見れば大人しめなお嬢様なのに。


「つか、お前こそそういう話とかないのかよ?」


「俺に? あるわけないだろ?」


「ほぅほぅ、歌姫に御執心されているのにお前はそういうことを言いやがるわけか、それにレスカさんともデートしていたんだろ?」


 ジト目でアサカが俺に目を向けてくるが、俺はそ知らぬ顔で作業を続ける。


なお、こんな会話が行われていてもしっかり注文された料理をルノに受け渡しながら一切滞りなく進めていたりする。


無論この会話が聞かれるなどそんなへまなことはやっていない……あ、ルノは聞こえているかもしれないが……まあ、ルノなら問題ない。


「カレンは面白がっているだけだって……同行者の影響を全力で受けていたのは正直予想の斜め上をいっていたけどな」


「今度応援団総出でお前を襲撃してやろうか……」


「やめろ、勝てる勝てない以前に色々と酷いことになりそうだ」


 何人いるかもわかったものではない上に、あの一糸乱れぬ妙な迫力を相手にするのは正直疲れる。


ああいうのは勝敗関係なく戦いたくない類の相手だ。


「それで、実際のところどうなんだよ」


「どうもこうもない、少なくとも現段階でカレンとはそういう関係じゃないとは断言してやる」


「現段階では……ね」


「仲がいいとは思ってはいるからな、もしかしたらをいくつも重ねればそんなこともあるかもしれん」


 ただ……レスカさんとのデートの結果それもまた怪しいんだけど……どちらにせよ、目的を果たした後の話にはなるんだがな。


アサカには事情話してもいい気がするが……情報が漏れそうだからなぁ……


「んで、レスカさんとのデートの件はどうなんだよ?」


「別に、『大迷宮』での斥候のお礼として一緒に買い物しているだけだよ」


 その最中に告白されるイベントはあったがな……言えば絶対騒動起きるから言わないけど。


果てしなく胡散臭そうにアサカはこちらを見ていたが、ボロは出していないはずだから大丈夫……なはず。


「わかった……とりあえずお前を信用するとして……他には、シトネは却下としてセリカちゃんやサナちゃんはどうなんだ?」


「お前なあ……どっちもそういうんじゃないっての」


 注意は払ってるがサナちゃんの方は割と近くにいるんだぞ……下手に聞かれたらフォローが大変だろうが……


正直に言えば、レスカさんのせいで自覚させられたから少しやりづらくなっている。


「一時期はお前が男の夢でも達成するものかと思ったが……」


「アホか……俺にそういう願望はないよ」


 俺の意思とは関係なくそう動こうとする人に二人ほど心当たりはあるけど……俺個人では望んでいないことは確かである。


「つまらないな……ってまさかお前実はシトネを狙ってるんじゃ……」


「狙ってない狙ってない」


「お前はシトネの何が不満なんだ!?」


「はいはい、ごちそうさま……」


 だったらどう応えろというんだと突っ込めばこれはやっておくべきだろとなんとも回答に困る反応を頂いた。


「まあそういう話はおいといてだ……やっぱお前がここにいる間は本当に仕事が楽だな」


「そりゃ、最初はルノと二人でやってたんだ、お前らが入ってからもフロアリーダーは俺だったわけだし仕事の効率化って面では年季が違う」


「いや、そんなことよりも単純に人間としてのスペックが違う気がするんだが……」


「失礼な……俺はどちらかといえばお前と同じ凡人系だぞ?」


「ふざっけんな、馬鹿みたいな戦闘能力持っているだろ」


「それを手に入れるまでにどれだけ苦労したと思っている……」


 簡単に傷も疲れも癒せるからと骨が折れようが身体に穴が開こうが即座回復、昼夜ぶっ通しの一方的な暴虐を必死に逃げ続ける。


こっちの攻撃?


出来る訳ないだろ……したら十倍以上になって返される。


そんなことがいくらか続けば嫌でも力はつく。


さらに、回復が自然回復力の超強化のようなもので、通常の強制的な回復よりも地味に身体強化の成長に一役買っていたりする。


これができるのは姉さんたちくらいなので俺がルノやアサカに施すことは出来ないんだが……いや正直トラウマものだからできてもしないけど。


「それはそうと……お前、探索者としてはどうなっているんだ?」


「あん? まあ、そこそこじゃないか……さすがに学園高得点組には届く気がしないけど」


 能力が高いことは保証されているとはいえ実戦に出ると使えない人間は居るものだが、今回の卒業者にはそういった者が格段に少ないらしい。


今年は豊作であるというのはギルドマスターと学園長からの言葉である。


「別に急ぐこともねぇし、そもそもお前といた方がよっぽど楽しめる日々が送れそうだしな」


 アサカの場合、金銭的な利益よりも探索者として未知のものをみつけることの喜びに惹かれてこの道を選んだタイプである。


そういう意味では確かに俺と一緒にいるほうがそんなものに出会える可能性は高い。


「……まあ、現実逃避したくなるようなレベルのイベントも起こったりするけどな」


 主に聖獣とか夜の王とか……戦闘シーンを見れば色々と大事なものを失うと思う。


あるいはそれを見ることで何かしらの成長が見られる可能性はあるが、どちらかといえば心が折れる可能性のほうが高い。


「それはまた……見たいような見たくないような……」


 俺の遠い目にある程度どういうものかが想像したらしく、アサカの口元は若干ひきつっていた。


そんなアサカの様子に笑い、俺は話を続ける。


目的への進みは順調、そのほんの合間だけでもこんな笑える話が出来ているのなら上出来というものだろう。


これからもこの調子で続けられればと、そう俺は願うのだった。






 喫茶店『旅人』、店長と店長代理で仕事をしているとこんな会話ばかりがされております。

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