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第四十九話 『神兵』

 『大迷宮』攻略における目論見は非常にうまくいったと言っていい。


アサカも十分といえるほどうまく立ち回ることができるようになり、サナちゃんたちもよりいっそう働いてくれている。


学園の講師に関しても休みを取れるように説得を行いギルドへの通達も完全にこなしている……街のことに関してはこれですべて手を打てたはずである。


探索側に関してもレスカさんのおかげで予想以上スムーズに行くことができた。


無論、ついていくとは言われたがもうそれに関しては最初から予期していたためすぐさま頷いたりしている。


なお、呼び捨てに関しては報酬デートの時だけで今はいつも通りに呼んでいる。


「しかし……さすがに下層ともなるとなかなかキツイな」


「ええ」


「わう……寒い」


 『雪山』下層。


かなりの雪が降る山道で、寒くても生長する木々が生い茂り霧まで出ている……そして相変わらず夜、視界は最悪と言っても良いレベルの状態である。


深層への扉が放っているだろう光を頼りに進めば、その光は魔獣の出すもので見事に釣られるなど生息している魔物もかなり性根の悪いものが揃っている。


「わるいね、さすがに深層の道までは見つけることができなかった」


「いえ、ここまで三日足らずで来れているのですから大助かりですよ」


「わう……普通にやれば一月は絶対かかりそう」


 進むたびに視界の悪くなる要素が増えるこの『大迷宮』の下層は難所としても名高い。


無論気温も低いため遭難のような自体も多く、構造変化に飲まれた人間もかなりの数にのぼるだろう。


日の沈みのないこの『大迷宮』の都合上わかりにくいがほとんど昼夜通して行軍してきている……その状態であっても二日と少しでここまで来れたのはかなり運がいい方だろう。


そんなことを考えていると、ルノの耳と尻尾が立ち、雪の積もった方向を凝視し始める。


「さて……次が着たようだぞ?」


「まったく……面倒な」


「うぅ……来るよ!」


 俺たちが剣を構えるその瞬間に、積もった雪の山が動き出す。


出口の光に擬態しているような魔物もいればそこらじゅうにある雪に擬態している者もいる、気づかないで近くを通って襲われたという例は非常に多い。


ルノのおかげで事前察知できているがそれがなければどうなっているか……とにもかくにもこちらが気づいたことに反応して魔物も近くの樹を蹴り、三次元的に跳ねまわりながらこちらの隙を窺ってくる。


今日だけでももう何度も相手にしている白豹男……その高い瞬発力と鋭い爪は十分にこの下層の魔物の実力を秘めている。


「森というのはこういう相手には厄介だね」


 翼持ちの敵には有効であるが、こんな風に瞬発力の高く三次元機動を行うことができる敵には非常に厄介なフィールドと言える。


レスカさんとルノと背中合わせになりながら視界を確保して魔物の奇襲に備える。


樹が、枝が、葉が揺れて音が鳴る頃には既にそこに姿はない、音や揺れる木々の気配に騙されて本体を見失った瞬間に襲い掛かってくる厄介さ……三人ならばまだ視界を確保できるが、正直雪や霧、夜といった視界の悪さがある以上完全に見切るのは難しい。


油断をした瞬間死角に跳びこまれることも十分に起こり得る状態である。


「……来たぞ、右だマスター!」


「了……解!」


 真っ先に察知したのはレスカさん。


その声に従い、俺はすぐさま豹男の爪を剣で防いだ……そのまま反撃に移ろうとするが、それよりも早く豹男が後ろへと下がった。


そういった判断ができるところが下層クラスの厄介なところである。


「まったく……面倒な」


 再びこちらの攪乱にでた豹男にレスカさんが舌打ちをする。


正直なところ気持ちとしては一緒である……これを繰り返し四度、五度と行って豹男のスタミナを削っていく。


こちらからは出られない守勢の戦い……コイツに遭遇するたびにこんな戦いを続けている。


「また来るよ!」


「わかってる、バッチリ真正面だ!」


 時に虚を突いたように正面からやって来る豹男、だけど今回見逃しはなく完全に見切っている。


これならば行けると向けられた爪、その伸ばされた腕を切断する……切断することには成功したのだが、


「っ!」


 腕を切断されたことなど知らぬとばかりに牙を向け、俺の喉元に喰らいつこうとさらに前へと突き進む。


予想外の行動……攻撃の動作を終えていない俺に避ける術はない……せめて致命傷は避けられるようにと片腕を牙の前に差し出して内外両方の強化魔法を使い腕の強度を上げる。


「ヒサメ!」


 その牙が腕をかみつく前に、横からルノに体当たりを喰らって俺は吹き飛んだ。


結果として、体当たりのダメージこそ喰らったものの噛みつかれることもなく無事に済む。


そして攻撃を躱された豹男はといえば、


「まったく焦ったら駄目だろうに」


 呆れるように呟いたレスカさんによって、その首が舞っていた。


「いや、面目ない」


「下手な傷を残せば『旅人』の皆が心配するぞ?」


「ええ……そうですね」


 立ち上がり雪を払った俺は、苦虫を噛み潰したような表情でそう答える。


どこかでこのぐらいならどうとでもなると気が緩んでいたらしい、ここに来て手を抜いていいはずなどないのに。


「ここまで早く来過ぎたゆえの弊害か、『旅人』からここの落差は酷いものがあるからな」


「みたいですね……深層に着くまでにもう少し緊張感を高めないと不味いです」


 高い授業料を払わずに済んだが、それにしたって今のはなかった。


もう少し集中できていたらかわすぐらいはどうにかなったはずなのに……こんなの姉さんに見つかってたらマジで殺されかねない。


「ま、深層戦でそんなことにならなくてよかった、さすがにそのときはフォローしきれない」


「わう、ホント……しっかりしてよねヒサメ」


「了解」


 そんなふうに一時焦るような事態になりながらも、どうにか深層への道を見つける。


その間にも何度か魔獣との交戦が行われ、どうにかマシな反応ができるようにはなっていた。


「それでは行くとしようか」


「ええ」


「わん!」


 そして、俺たちは二度目の『大迷宮』深層へとたどり着いたのだった。




 深層へと繋ぐ扉を潜り抜けた先はすり鉢状になった山頂、その中央部だった。


やや空中から投げ出された俺たちは驚きながらもそれぞれ着地する。


「ほう、『遺跡』とは違うのだね」


「ま、そういうことみたいですね」


 レスカさんの呟きに応えて、俺は近くにあった石碑を見つけて書かれた古代言語を読み始める。


「……どうだい?」


「……違いますね、俺の求めているものじゃないこれは……戦歌か?」


 神に抗うために呼ばれた異界の詠歌い、その中でこの世界の人を率いて歌った詠。


その力は一時的な付与、神の制定した理を僅かにも抗う力を持たせるための詠。


「こんなものがあったのか」


 俺は今まで異界の詠歌いが神に傷を負わせていたと思っていたが、違う。


確かにこの世界の人間たちと共に抗っていたのだと、その石碑は表していた。


「そうか……」


 俺は石碑の内容を覚え、ここの主へと呼びかける。



――資格は示した


  我らは貴方の試練を受ける者なり――



『承知した』


 呼びかけに応じたその声は、自分たちの真上から降ってきた。


「っ、上か」


「ああ、今回は空の者らしいな」


「わう……おっきい鳥」


 ルノの言ったとおり、空が歪み現れたのは雄雄しい白銀の巨鳥だった。


その威圧感はヴァルグラシアにも負けず、その羽ばたき一つで並みのものなら飛ばされかねない。


『私の名は天空者フローネア……資格を持つ者、名を』


「……異界の詠歌い、水森氷雨」


「その弟子、ルノ・ミンステア!」


「お姉さんはそれを読めはしないのだけどね、一応名乗らせてもらうよ、レスカ・セルフィナだ」


『なるほど……話は聞いています、地竜の分体を倒した者たちなのですね』


 ああ、そういう情報って回るんだと思いながらも俺は頷く。


とりあえずこれで決勝による奇襲が通じないことだけは理解した……くそ、札が一枚なくなった。


「試練の内容は?」


『知り、打ち勝つこと』


 天空者はそう言うと、大音量で啼いた。


その響き渡る声に反応して、まず石碑がなくなり、その後に地面から何かが現れた。


『私の試練は私が相手ではない……ソレが相手だ』


 フローネアのソレと指したもの……雪の地面から現れたそれは無機質さを感じる素材で包まれた人型。


包まれたというの違うか……あれは、金属そのもの。


「なんだ……あれは」


 レスカさんが思わずといったように呟く。


言葉には出さないものの、俺もルノもその言葉に同意である。


金属の肢体を持った、しかし機械人形などとも違う……金属の肉体を持った人間。


『ソレは神との戦争で使われたもの、神の尖兵』


「っ!?」


 続けて放たれた言葉に俺は顔を引きつらせる。


それはつまり、神代から残り続ける何か……そんなもの俺は知らない。


『神の力により作られた金属でできた人形、神兵・ランジェ』


 フローネアの告げた言葉に、現れた金属の人型ランジェが動き始める。


ぎこちなく、身体を動かしそれから瞳ともいえる部分に赤い光が宿る。


『さあ、勝って見せろ異界の詠歌い! これが主の戦うはずだった者だ!』


 ランジェの背中から白い翼が顕現する。


そこから放たれるのは、天上にいるフローネアの威圧感越しでも感じられる力の発現だった。


「来るぞ!」


「ああ!」


「わん!」


 俺たちがそれぞれ構えるのとほぼ同時、ランジェが疾走を開始する。


その速さは非常に速いものの、こちらが追いつけないほどのレベルではない……だけど、その速度は十分すぎる程に脅威に値する。


『滅殺……異界の者』


「っ!?」


 ランジェの目標は完全に俺に固定されていた。


ノイズ交じりに聞こえた声と共に振り上げられた拳に俺は非常に嫌な予感がして、レスカさんやルノと共に一気に距離を取って回避した。


回避され行き場を失った拳は雪原へと叩きつけられ……拳の向かった直線状数メートルほどの雪をまとめて吹き飛ばしていた。


「ふざけんな、なんだソレ!?」


 現実離れした光景に思わず叫んでしまう。


地竜の足踏みのときはこれより規模は大きかったものの、向こうもそれなりの巨体であった……だけど今回は人型、その小さな身体から放たれるにはあまりにも大きすぎる力がそこにあった。


とりあえず横に跳んでいたことを幸運に思おう……後ろに下がって躱していたら間違いなく巻き込まれていた。


「さすが、聖獣の試練ってやつだね」


「喰らえ!」


 これだけの威力の攻撃、当然できた隙に対して、狙われておらず俺よりも回避距離の少なかった二人が即座に反撃に転じて斬撃を繰り出す。


ルノが足に、レスカさんが首に向かいそれぞれ繰り出されたその斬撃は……


「な……」


「わう!?」


「おいおい、嘘だろ」


 身体に触れる直前ほどで不自然なほど静止した。


その金属の身体に刃が通らない……それくらいであれば覚悟していたが、それ以前の問題になるとは……俺たちは目を見開いて驚くしかない。


「ぐ……ぐぐ」


「わうぅぅぅぅ」


 二人の表情は必死、全力で剣を押し込もうとしているのに刃はそれ以上進むことはない。


そんな二人に奴は手のひらを二人に向け……


「ヤバイ、逃げろ!?」


『目標破壊の障害……排除』


 本能的に叫んだ俺だが……遅かった。


「が……」


「げほっ!?」


 手のひらから放たれた衝撃破と思われるものが二人の身体を吹き飛ばした。


完全に直撃した二人は嘘のように簡単に吹き飛び、雪原の中へと突っ込んで姿が見えなくなってしまう。


「ルノ!? レスカさん!?」


 思わず叫ぶが、こちらはこちらで簡単にいきそうにはない。


『主が敵、異界の者……滅殺』


「ぐ……」


 再度俺に向かって疾走を開始する奴に俺は内心悪態をつきながら剣を構える。


二人はきっと無事だ、そう信じて俺は戦え。


内心でそう叱咤し、迫りくる砲弾のような一撃を回避する。


ごく至近で雪が巻き上がるのを感じながら、最小限の動きでかわした俺は奴に向かって刺突を繰り出した。


まずはどうやって先ほどのような防御を破るか、ともかくどのように防がれるのかを見ようと……そう考えていた瞬間、先ほど二人が止められたのが嘘かのようにその刃は簡単に奴の身体に届き、その身を吹き飛ばした。


「……え?」


 あまりにもあっさりとその身に攻撃が届いたことに思わず拍子抜けしてしまう。


硬さ以前にまずは当てるところからと考えていた俺はどういうことであるのかすぐさま思案する。


『被弾……被害軽微……修復可能』


 やはり金属に見える身体は伊達ではないようでノイズ交じりの声の通り損傷は軽微なのであろう。


だけどこの際それは問題ではない……相手の攻撃を静止させる能力を見切るための攻撃の命中、それはどういうことだ。


二人の攻撃が防げて俺の攻撃が防げない、攻撃の速度などを考えれば道理に合わないこと……つまり防ぎたくても防げなかった?


そうだ、奴は神兵、狙いは俺こと異界の詠歌い……なんで狙われる?


決まっている、神を傷つけることができるからだ……さらにこの試練を受ける前に俺は何を読んだ?


パーツが揃い、答えが組み合わさる。


「そういうことか!」


『そう、その答えこそ真実』


 俺の考えが正しいことを示すように、フローネアがそれを肯定する。


先ほど二人を防いだ護りの正体、それは理……この世界の者には傷つけることができないというルール。


『その個体は神の先兵の中でも兵を率いていた統率個体……それゆえ、弱いながらも神の理に護られている』


「そういう大事なことは先に言え!」


 フローネアに悪態をつきつつ、再度突っ込んできたランジェの対処へと俺は移る。


なるほど防御の謎についてはこれで判明した……少なくとも俺個人であればコイツとも普通に戦うことができるだろう。


「チッ!」


 当たればただでは済まない攻撃の連続。


金属の身体ゆえの丈夫さに、刺突を放った時の傷がないことから再生能力持ち。


攻撃すれば傷つく、その条件は同じでも戦闘能力には大きな差があることがわかる、ハッキリ言って分が悪いことこの上ない。


とりあえず今は耐えることを優先して、レスカさんやルノがどうなっているかを確かめるべきか……そう考えていた俺に対して、向こうは甘くなかった。


『敵……回避得手……攻撃速度強化』


 相変わらずのノイズ交じりの音声だったが、その中に明らかに不味いと感じる言葉があった。


それを指し示すように、向こうの金属の身体が細くなっていくのが見て取れた。


明らかに速度重視のその体つき、それを肯定するようにここに来一気に速度が上昇した。


「ちょ……待……」


 その一撃を回避できたのはかなり偶然のこと、続けざま放たれる攻撃も今までとは段違いで……全力で身体を動かして、その場から退避を行う。


だけど……それでもまだ甘かったようだ、退避を行った俺に追いつきながらの拳が俺へと迫る。


「くそ……!?」


 反射的に腕を交差させて致命傷を避けようとする。


攻撃速度の上昇に伴い攻撃力自体は低下していることを祈り……着弾。


「が……ぐぁっ!」


 確かに威力は下がっていたのだろう……両腕くらいは折れることを覚悟して、片腕で済んでいる。


それでも十分すぎるほどのダメージであり、衝撃が身体を突き抜けて、俺は先の二人と同様に雪の中へと突っ込んでしまう。


「チイッ!」


 ダメージに顔が歪むが、それに構っている暇はない。


即座に薬を口の中に突っ込みながら回復に努めるが、当然ながら悠長にしている時間はない。


『異界の者……殲滅する』


 予想通り、既にこちらを追撃する準備をしているようである。


雪の中で向こうがどうなっているのかわからないが、とにかく対応できるように詠を紡ぎあげる。



――星空駆ける影の片翼


  守護する盾となれ――



 ドーム状の影で自分の周囲を覆い身を護る……直後来たのは強烈な衝撃、先ほどルノとレスカさんに撃ったものと同種のもの……とはいえその威力は二人の時よりも遥かに上のものであるが。


どうやら飛んでいたらしい、上方からの衝撃は防ぐ俺の周囲以外の地面を抉り取っていく……障壁がなければ間違いなく吹き飛んでいただろう。



――孤高の焔ここに立つ


  その手に弓持て一筋の炎条を灯さん――



 衝撃を防ぎ、そして放ち終わった後の若干の硬直。


それを狙ったかのように響いたのは俺のものではない古代言語……そんなことができる存在など、この場には一人しかいない。


直後、空を飛んでいた奴の姿が爆炎に包まれて見えなくなる。


「とりあえず生きてたか……よかった」


 安堵しつつ、離れていても感じる熱量から逃げるように距離を取る。


そこに二人分の気配が近づいてくる。


「あの光景をみてさすがに駄目かと思ったぞ、マスター」


「その言葉そのまま返します」


 互いの無事に安堵しながらも、空中で燃え盛る爆炎から俺たちは少しも目を離さない。


炎の古代魔法、二小節とはいえ強大なことには変わりない……それでも、この程度でどうにかなるとは思えなかった。


『脅威認識追加……獣人……危険』


 予想通り、爆炎の中からノイズ交じりの声が聞こえ、爆炎を吹き払うように翼が羽ばたいた。


この程度で倒せるのが統率個体であれば苦労はしないだろう、これがもし雑兵なら昔の奴らってのはどれだけ強かったんだっていう話だからな。


とはいえ、全くの無傷というわけでもなさそうだ……古代魔法級の攻撃であれば理を越えて通すこともできるようだ、弱い理と言っていた通り問答無用の効果を発揮するというわけではないようである。


「しかし……どうしたものかね、お姉さんは何もできないかもしれないよ」


「……手はあります、時間がいるのが難点ですけど……というわけで、これを」


「これは……なるほど、ならば時間くらいは稼がせてもらうよ」


 俺はレスカさんにファーブニルを渡しながら奴を見据える。


おそらくこれならば向こうの理とも戦うことができるはずだ、それを理解してレスカさんは剣を受け取って即座にランジェに向かって駆け出した。


「さて……と、じゃあ、行きますか」


 先ほど読んだ古代の物語を思い出しながら、思う。


まったく……読めない奴じゃ手も足も出ない敵だろう。


『読めなければ別の試練を課しているさ……難易度は変わらんよ』


「そうかよ……」


 律儀に思っていたことに返答を行うフローネアに苦笑しながら、詠を紡ぎ始める。



――神の気まぐれで世界は創られた


  神の気まぐれで世界は壊された――



 石碑に刻まれていた物語は戦歌の物語。


そこに込められていた想いは、怒りと言っていい。


神の侵攻に対して、生きる者たちが抗うと決めた詠。


『言語反応……異界の者……危険危険』


 俺の古代言語に反応して奴がこちらに赤い目をこちらに向ける。



――創り壊し創り壊し


  全ての命は消え、また創られる――



 空中から真っ直ぐに降下してくる奴は、ルノもレスカさんも無視して俺へと接近する。


ルノは古代魔法の準備、そしてレスカさんは俺と奴との直線上に立ちふさがり、剣を構える。


「確かに、そちらからお姉さんは脅威には映らないのだろうな」


 理に護られているが故、ただの人間であるレスカさんの優先度は非常に低い。


だからこそ、そこには大きな隙ができることになる。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 全力の強化魔法込みでの斬撃。


全霊を持って放たれるレスカさんの技術、さらに世界最高峰であろう剣、その二つが交わることで不完全な理を文字通り斬り裂いた。


斬撃自体は深い傷がついたわけではない……表面にわかる程度の傷をつけた程度だろう、だが触れられることさえ想定していないランジェの身体はそれだけでぐらつき、コースを外れて雪の上に突っ込む。


すぐさま立て直すランジェだが、俺への突撃を止めてレスカさんと俺から距離を取った。


『不可解・不可解・現世人が守護を突破』


 向こうからすれば想定の埒外。


だからこそ、向こうはその謎の状況を解析するために時間を使ってしまう。



――何度も、何度も、何度も


  無限に続く円環の牢獄


  ここは神の遊技場か?


  否、違うと否定する――



 本来なら、俺の詠を止める方が優先だろう。


しかし統率個体であるが故、それを止めることはできない。


元々複数の個体がいたであろう統率個体、理を破る存在は危険が高く他の統率個体に知らせるためにデータを収集しなければならない。


すでに伝えるべき相手がいない、あるいは数少ないとしても……その行動を向こうが止めることはない。


それはこちらにとって何よりも貴重な時間。


『解析……現世人の剣……高位竜鱗……理解……自己の理……突破可能』



――神が全ての母であろうとも


  全てを奪う権利などありはしない


  さあ立ち上がれ戦士たち


  己を、友を、家族を、恋人を


  神の気まぐれより護るため立ち上がれ


  今こそ母なる神を否定しろ


  我らが、生きる未来のために――



 向こうの解析の終了と同時に詠が終わる。


発生したのは小さな光の集合、それが俺やレスカさん、ルノ、フローネアの周囲で瞬いている。


「これは……」


『さすが……見事なり』


 光はすぐに消えてしまったものの、確かに俺たちは感じていた。


理を破る力……神そのものにだって通じる、完全に対して亀裂を入れる力。


不完全である理であるならば、十分すぎるほどの力だろう。


「というわけで……こっからが第二ラウンドだ」


「ならば……やるとしようか」


「――イフリート――!」


 第二ラウンド開戦の号砲は、ルノが先ほどから準備していたイフリート。


再び空に業火が巻き起こり、それを合図に俺たちは武器を構えて突撃する。


さすがに空を埋めるように無造作すぎる撃ち方をしたせいで、大半は躱されたもののさすがに無傷とはいかず、さらに上空から低空飛行に変わったことでこちらの攻撃が届きやすくなる。


『優先度設定……異界の者……獣人……現世人』


 近づく俺たちに対して、ランジェは冷静にこちらの優先度を見定めてみせる。


だけど……未だ向こうは勘違いをしている可能性が高いと俺は判断している。


先ほどの詠の正体を向こうが知っているのかはわからないが、見た目的な変化はない……だからこそ、もう一度レスカさんの奇襲を行うことができる可能性が高い。


それはおそらくレスカさんも承知しているだろう……だからこそ、俺とルノはその奇襲のための陽動へと行動を移す。


『異界の者……滅殺』


 俺とルノ、ルノはギリギリまで騙すために古代言語の詠唱をしているにも関わらず俺目がけて奴は突き進んでくる。


その腕は形を変え、鋭い剣として俺に向かって振るわれる。


「チッ!」


 その一撃を受けつつ、俺は剣で弾いて距離を取ろうとするが、張りつくように奴がこちらに接近してくる。


そのまま振るわれる腕を二度三度と打ち合わせながら、何度か離れようとするがそれを向こうは許さない。


「そういうことか!」


 舌打ちしたくなるがその行動は正しいだろう。


古代魔法は威力が高すぎるから、俺の近くでルノは撃てない……それを読んでのこの行動、離れないことを一番にしているから吹き飛ばされるような強力な攻撃は来ないが、だからこそ俺だけで対抗しなければならない状態。


だけど……だからこそ、この奇襲は通じる。


「少しは学習したらどうだい?」


 高く跳んだレスカさんの空中からの奇襲。


その一撃はランジェの頭を斬り裂き、若干斬線が外れながらも肩を削り取った。


欲を言えば決めたかったところだが……そううまくはいかないか。


とはいえ、向こうの反応は顕著だった。


『警告! 重大な損傷……回避回避回避』


 頭部の半分以上と肩の一部を失った奴は一気に飛び上がり、俺たちから離れる。



――孤高の焔の持つ弓は全てを焼き尽くす閃光の焔――



 その状態のランジェに追撃をかけるようにルノの古代魔法による焔が奴を包んだ。


これはさすがに効いたらしく、焔越しのそのシルエットでその身体が大きく傾いだ。


「わう、やった?」


「いや、おそらくはやってはいないだろう」


「……だな、二人とも俺の後ろに」


 あと一押しと言ったところだろう……だけどその前にマズイものが来ることだけは直感してしまう。


それを示すようにランジェの背の翼が巨大化し、そこに光が宿る。


『殲滅殲滅……神兵兵器発動』


 まともに喰らえば何も残らないことは感じる圧で分かる。


だからこそ、俺は全力で詠を紡いだ。



――無限に広がり煌く星


  瞬く星空を駆ける影


  夜光遮る真なる闇


  夜空を塗りつぶす汝が姿は竜――



 奴の翼が一枚一枚の羽根となり空を舞う。


その羽根はさらに強い輝きを集めていて……その一枚一枚に人間一人を跡形もなく消滅させるにはお釣りがくるほどの力が込められているのがわかる。


とてもではないが、通常の方法じゃアレ一枚防げない。



――汝の片翼は陽光を断ち


  汝の片翼は月光を断つ


  光を受けぬその身体は影


  ただ輪郭を持つ闇――



 その羽根の先が全てこちらへと向く。


こちらを殺すだけなら一枚で十分なそれが空に無数に広がっている。


それは殲滅と言うにふさわしき力、避けることなどできない確実な絶望。


だからこそ避けることはしない、真っ向から防ぎきる。



――その翼はいかなる光をも通さぬ不通が闇


  此処に顕し証明せよ――



「――ティアマトォォォッ!――」


 今まで何度か使った守護の古代魔法、一部を使った魔法でも地竜の攻撃を防ぐことができたのだ。


ならば完全に詠った今回の盾は今までの比ではない。


たとえ殲滅の兵器と呼ぶ名に相応しき光翼の攻撃であれ、確実に防ぐだろう名に違わぬ不通の闇だ。


「く……ぐぁ」


 問題は、発動者であり支える俺がその出力に耐えられるかということである。


事実両腕が悲鳴をあげている、内側から何かが破れる感じたことのない苦痛……とはいえ一撃死亡の技を防いでいるのだ、これぐらいで済むなら御の字である。


長い……長い攻撃の後……ようやくおさまりを見せた攻撃に……溜まらず俺は不通の闇を解除する。


その先にいるのは……翼をなくしたまま空に浮く奴の姿、直前のルノの古代魔法も通じているようで所々熱で熔解しているようにも見える。


「行け」


「おおぉぉぉぉぉぉっ!」


「ああぁぁぁぁぁぁっ!」


 力を使って倒れる俺の後ろから、このときのために力を溜め続けた二人が飛び出した。


俺はもう動けそうにないが、向こうにしても戦えるだけの力はないだろう。


『危……険……回……避』


 予想通り反応と動きの鈍っているランジェ、その動きでかわせる攻撃ではない。


「「斬る!」」


 ルノが腰から下を横薙ぎに斬り、延長上の剣の片腕までもを奪い取る。


そしてレスカさんが首を落とし、そのままどういう技巧か空中でもう一閃……残っている片方の腕を切断した。


四肢に加え首まで失った奴はさすがにこれ以上どうすることもできず、その顔から赤い光が消えていく。


その瞬間、俺たちの勝利が確定したのだった。


『見事……よくぞこの試練を乗り越えた』


 称賛するようにフローネアが仰向けに倒れたままの俺に話しかけてくる。


「どうも……」


『今までの詠も此度の詠も……主の目的の鍵にもなるだろう……しっかりと心に留めて置け』


「え……それってどういう……」


『それは主が考えるべきことだ……悩み、答えを出すがいい』


「ケチだな……くそ」


 ここまで苦労したのだからもう少し報酬があってもいいだろうに……そんな考えが浮かんだのだが、


『答えを教えても良いが……再びそれ相応の力を見せてもらうとするが?』


「ごめんなさい!」


 この後に聖獣相手の二戦目とか無理すぎる……一も二もなく俺は叫ぶのだった。


『冗談だ』


「冗談に聞こえないって……」


 戻ってきたレスカさんに肩を貸してもらいながら立ち上がった俺はフローネアを見上げる。


「それじゃあ、俺たちは帰るよ」


『よかろう……いつでも遊びに来るがよい、今度は私自ら相手になろう』


「誰が行くか!」


「はは……さすがにお姉さんも遠慮したいね」


「わう……ボクも」


『ふ……まあいいさ……ならば私は次の挑戦者を待つのみだ……さあ、もう行け』


 フローネルがそう告げると、ヴァルグラシアのときと同じように空間に亀裂が入り、道が出来上がる。


「じゃあ、俺たちは行きます」


『ああ、主らの行き先に祝福があらんことを』


 そして俺たちは出口へと足を伸ばす。


フローネアに見送られながら、帰るための道へと歩みを進めるのであった。






 喫茶店『旅人』、二つ目の『大迷宮』突破です。

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