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第四十八話 『恋人』

 とある休日、俺はレスカさんとともに街を歩いていた。


今日はルノもいなくて完全に二人……何気に非常に貴重な組み合わせである。


「いやいや、珍しいこともあるものだね……マスターがデートに誘ってくれるとは」


「事実を変えないでくださいよ……つきあえと言ったのはレスカさんの方じゃないですか」


 面白がるようなレスカさんの言葉に勘弁してくださいと俺は苦笑交じりに答える。


今日こんな状態になっているのは例の『大迷宮』の攻略のための協力を取りつけるため、ただで働かすわけにいかないからと向こうの望みを聞けば、対価としてデートをすることとされたのである。


「おや、快く受けていたじゃないか」


「否定はしませんよ……普通に考えてレスカさんのような美人に誘われて受けない奴とかいないでしょ?」


「ふふ、褒め言葉として受けておくよ」


 言ってるこっちが恥ずかしくなってくるようなことを言っても、ただ軽く笑みを浮かべるだけで顔色一つ、呼吸の一つだって乱す様子はない。


サナちゃん辺りならば顔を真っ赤にして何も言えなくなるんだろうが……そこはレスカさんがさすがとしか言うしかない。


「デートは嬉しいんだけど……あまりレスカさんと並んで歩くことはしたくないんですけどね」


 横目で並んで歩くレスカさんの姿を見て思わず呟いてしまう。


正確に言えば、自分よりも高い位置にある肩の辺りであるが……そんな小さな本音に、レスカさんは敏感に反応した。


「待てマスター、それはなかなかに心外なのだが……どういうことだい?」


 小さく呟いた言葉だったのだが、レスカさんの耳にしっかりと届いたらしい。


少々困ったようにレスカさんが今の言葉の追及に出る。


「あー、失言です……レスカさんが悪いわけではないんで気にしないでください」


「そう言う訳にも行かないだろう? これはマスターとのデートなのだし、そんなことを言われては気にしないわけにはいかない」


 本当に失言だったなぁ、などと思いつつこの場でどうにかならないか考える。


しかしどう考えてもレスカさんを納得させるだけの誤魔化しは思いつかない。


「個人的な問題です、本当に気にしないでください」


「お姉さんが原因なのだろう、個人的何て言わないでくれ」


「あぁ……うぅ……」


 割と真剣なレスカさんの表情。


だけどその実その問題は非常にしょうもないものであり、そこまで真剣になられてはさらに自分がみじめになってしまう。


「なぜそこでふてくされるんだ君は……?」


「いえ、色々と自分が情けないなぁ……などと思った次第で、ええ、わかりました、言いますからこれ以上みじめにしないでください」


 困らせている理由がアレ過ぎるせいで色々と気が重くなる。


覚悟を決めて俺は、その原因を口にするのだった。


「…………ょう、ですよ」


「ん? すまない、聞こえなかった」


「ですから……身長ですよ、身長」


 並んで歩くと非常によくわかるのだ、主に肩の高さなどが。


こんなデートにしか見えない……というよりデートそのものの状況において、女性側の方が身長が高いというのは自分的には非常に落ち込める要素である。


この街に来てから伸びた様子のない俺の身長は、レスカさんと比べてみれば見て分かる程度には差があったりする。


そんな暴露話をした後のレスカさんの反応はと言えば、最初は目を見開くほどに驚いた表情をして、それから……


「ふ、あは、あはははははは!」


 盛大に笑い始めたのだった。


いやもう、これ以上の笑いはないと言えるほどに、レスカさんの大爆笑。


「ちょっ……気にしていることなんですから笑わないでくださいよ!?」


 ヤケクソ気味に叫べばレスカさんも若干落ち着いたのか、まだ笑いが零れているものの言葉を口にする。


「ふふ、いや、すまない……あまりにマスターらしくない……いや、男の子らしい発言だったものでな」


「悪いですか、これでも男ですよ」


「いや、悪くなどないさ……むしろマスターがそういう意識も持っていることに安心したぐらいさ」


 未だ笑みの消えないレスカさんだったが、唐突に何かを思いついたかのような様子を見せ、それからさらに笑みを深める。


その笑みはどこかイタズラっぽい笑みで、俺としてはあまりいい予感はしなかった。


「だったら……」


 俺よりも前に出たレスカさんは言いながらかがんでこちらを見上げるような体勢を取った。


「マスターはこういう視点がお好きなのかな?」


「う……」


 見方の変わったレスカさんの姿に、やはりいつもとは少し違ったように見えて確かにいいなと思ってしまう自分がいる。


うわ……ヤバい、今絶対に顔が赤いぞ……


「ふふ、なかなか新鮮な顔だよ、そういうマスターは好きだよ……もっと見せてほしいな?」


 クスリと笑いながら言って見上げるレスカさんはいつもの雰囲気とは違ってすごく可愛く見えて……っていうかなんでここまで完璧な上目遣い習得できてるんだよ。


身長高いんだから使う機会なんてないだろ!?


「ちょっ……待ってください、降参、降参ですからもうやめてください」


 顔を真っ赤にして情けない後ずさりを行いながら俺はレスカさんから距離をとった。


正直に言って今の自分が笑えるほどに無様である自信がある。


「はは、いい反応だよマスター、慣れないことをしてみた甲斐がある」


「あれで慣れてない? ウソだろ!?」


「ウソではないさ、マスターもわかってると私の身長じゃ使う機会なんてないからね……ただ」


「ただ?」


 そこまで笑いながら楽しげに話していたレスカさんの声のトーンが最後だけ下がった。


若干の不穏なものを感じながらそれに問い返してみれば、


「よくされるほうではあってな……むしろよくしているほうよりどうすればいいのか分かっているかもしれん」


 と、なんと返答に困る回答をいただけた。


レスカさんの顔も視線がどこかあさっての方向を向いていた。


「それは……まあ……納得です」


 レスカさんは憧れのお姉さまとかで通じるからなぁ……その光景がありありと浮かんでしまう。


少しだけ重い沈黙が流れ、ややあってレスカさんが切り出す。


「ふむ、いい時間にはなっているな……空気を変える意味も込めて広場で何かを買って昼食にしないか」


 その意見に一も二もなく賛成するのだった。


十数分後には広場にあるベンチに並んで座って昼食をとっていた。


「既に食べながらなんなのだが、マスター特製の手作り弁当といった趣向はないものなのかね」


「本当に食べながらで今さらですね……というか、普通手作り弁当で喜ぶのは男の俺の役回りじゃないですか?」


「そこは男女平等だよ、それに……お姉さんが作るものよりマスターが作るもののほうが美味しいからね」


「それは言っていて女としてどうなんですか?」


「ふふふ、わかっているよ……正直に言えば泣きたい」


 はぁ、と小さくため息をつくレスカさん。


「マスターの家事能力は正直に言って女の敵と言っていいだろうね」


「そこまで言いますか……」


「なに……ある意味それだけ買われているのだと思ってくれればいい」


「……そういうことにしておきます」


 精神衛生上そっちのほうがマシだと思い、レスカさんの意見に頷いた。


そんな俺の様子がおかしいのかレスカさんは笑う。


「いやいや、予想以上に楽しいものだね」


「そりゃ、レスカさんは俺をからかえているからそうでしょうね」


「ふふ……じゃあ、マスターは一切楽しくなかったかい?」


「……そうでもないですね」


 こちらの内心を見透かすようなレスカさんの言にこの人には勝てないなと愚痴り、微笑を浮かべる。


レスカさんとだと俺は自分のペースを掴めないから、気がつけば素が出ている。


そんな機会はなかなかないものだから、こちらとしてもそういうものが出せて楽しい……そう思うことに否はない。


「それはなにより、これから先五回分のデートも楽しみだよ」


「……はい?」


 そんなことを考えていると、レスカさんから思いもしない話が聞こえて聞き返してしまう。


「どうせこの一回で全ての大迷宮で扱き使おう……なんて考えマスターの頭にはないのだろう? だから、一箇所につき一回、こうして付き合ってくれればいい」


「…………了解しました」


 完全に読まれてしまっている……その上で気を回されているこの状態にさすがに苦笑が漏れる。


そしてもうそれを拒否することもできないし、これからもこんなことがあることが確定してしまった。


この人との会話で完全に主導権をとれるようになるのはいつになることやら……


「しかし……こちらとしては役得みたいなものですけど……こういうことする人本当にいないんですか?」


「いないよ、いればさすがにお姉さんもこういうことを提案したりしないさ……というか、デート中にそういう話題はどうかと思うぞ」


「そりゃそうだ、すいません……でも、レスカさん美人なのにもったいないな」


「はは……だったらマスターがお姉さんを貰ってくれ」


 来た……と、そう思った。


サナちゃんはわかりやすいから、そういう会話を意図的に逸らすことが出来た。


けれど、レスカさんに関しては本気なのか冗談なのかわからなかった……だからこそ、覚悟をしてそういう話を振ってみたのである。


「…………冗談を」


「本気さ」


「っ!」


 とりあえずと軽く笑って流してみたのだが、いつの間にか立っていたレスカさんは顔を近づけてくる。


その気になればキスさえ出来るほどの距離、逃げようにも座っていた俺を挟むように両サイドに手が伸びていてとてもではないが出来そうにない。


「お姉さんはマスターのこと、好きだよ……それに間違いは無いさ」


「そ、そりゃありがたいですけどね、なんかこう、レスカさんからそういうの感じられないんですよ」


「ふむ……心外だ、と言いたいところではあるが……言わんとすることはわかる」


 そう言ってレスカさんは離れて、小さく微笑むように言う。


「マスターが言うのはサナ君のような感情を前面に出したものであろう? さすがにあそこまでの恋する少女のような気持ちは持てないさ」


 その微笑は少し寂しそうに、それから眩しいものを見るかのように見えた。


「マスターが好きなのは確かだよ、あれほど強い気持ちではないにしても……一緒にいたい、そう思えるくらいにはね」


「あ、あり、がとう、ございます」


 真正面からの告白。


それを素面のまま受け取るのなんか出来なくて、顔を赤くしながら片言に礼を言う。


「ま……それも叶わないことだろうがね」


「え……」


「お姉さんの目だって節穴じゃない、マスターが隠していることくらいは大体わかっているつもりだよ」


 例えば、鈍感である振りをしていることだとかね、なんでもないことのようにレスカさんは告げる。


「既に年越えの付き合いだ、それくらいはわかる……何故そんなことをしているのかもね」


「う……」


 見切られていることにぐうの音も出ない俺。


本当に勘弁してください……マジで。


「これはマスターとサナ君を客観的に見ているからこそわかったわけだけどね」


 マスターを客観的に見れる辺りは確かに好きだといっても信用がないかもしれないけどね、そう付け加えるレスカさん。


逆にソレは自分のことをよく見ているだろうから、むしろ逆じゃないかと思いもしたが、薮蛇になりそうなため口をつぐんだ。


「だからわかるが、マスターがサナ君に対して道化になったり話を逸らすのは上手い……今私と相対している時よりな」


「む……」


「それがわかって、私は無理だと思ったよ」


「どういう……意味ですか?」


「自分では気づかないのだろうね……ある意味ではやはりマスターも鈍いということかな」


 言葉の意味を理解できずに首をかしげる俺にレスカさんは楽しそうに笑う。


「そうだね……私は告白したわけだが、マスターはどうせ断るのだろう?」


「……そう……ですね、すみません」


「……そこで答えを出すあたりさすがマスターと言ったところだが……仮に、マスターにかかった制約が無い場合でもお姉さんのことを断るだろう?」


「そんなこと……」


 そんなことない、そう言おうとした瞬間だった。


胸の奥で感じたことのない痛みを覚えて、言葉が止まっていた。


「あれ?」


「なるほど……心のほうではわかっているらしい」


「え、え?」


「なまじ他人の感情まで考えられる頭があるから、自分の感情を計算に入れられなくなる……ま、自分自身のことを全て分かる奴なんてまずいないがね」


 レスカさんの言葉が続き、そして自分もどういうことなのか理解し始める。


しかし、それはつまりそういうことで……


「道化になることや話を逸らすのがうまいということは、その人物に効果的なことがわかるということ……それはつまりその人物をよく見ているということ」


 紡ぎだされるレスカさんの言葉を俺は止める術を持たない。


理解し、自分の行動に納得がいってしまうから。


「なにより、なんとも思っていないのなら今私にしたように告白を断ることもできるはずなんだよ……少なくとも、一年以上恋慕の情を無視され続けるよりはよっぽどマシであると思うよ」


 それが出来ないのは……そうしてしまうのは、なんとも思ってないわけではないから。


そんな風に思えるはずがないから。


「ともかく、マスターの内にはお姉さんよりも思いの強い女の子がいるらしい……だから無理だと言うんだ」


 横入りは趣味じゃないんだよ、そう冗談めかして告げるレスカさん。


告げられた俺としては複雑な思いしかない。


そんな俺の内心を読み取ったのか、レスカさんは笑い、


「無論、マスターが愛人として許容してくれるのなら話は別だけどね? 第二夫人とかでもいいよ?」


 あまりにもぶっ飛んだ意見に昼食を食べ終えてて良かったと安堵しながらレスカさんの方を見る。


「勘弁してください、俺にはそんな願望はないし、一人の面倒で精一杯ですよ……それに」


「それに?」


「それをした場合多分第三夫人までつきますよ……」


 まず間違いなくどこぞの歌姫が似たような意見を持ってくるに決まっているから。


そんな俺の答えが意外だったのかレスカさんは珍しく目を丸くしている……ああそうか、レスカさんは面識ないからあまり思い当たらないんだろうな。


実は歌姫とこれこれこういうことがあったんですと教えれば、大いに驚いた後に大爆笑を始めた。


「いやいやまさかお姉さんの知らないところでそんな娘まで引っ掛けていたとは……いいじゃないか第三夫人、お姉さんは大歓迎だよ」


「だからそんな願望も甲斐性もないって言ってるでしょうが……」


 絶対俺の心労が半端ないことになる……それは間違いない。


カレンとレスカさんのコンビとか俺にとって恐怖以外何ものでもない。


ついでにリアンナも入る……いや、やめよう、精神衛生上に悪い。


「しかしマスター、今抱えている悩みは間違いなく贅沢な悩みだな」


「まあ……そうですね」


「あれだ、世の男どもの嫉妬には負けぬようにな」


「冗談にならないあたりが本当に凄ぇよ」


 特にカレンの親衛隊とか嫉妬が絶対洒落にならない。


そんな俺の様子を想像したのだろうレスカさんも笑みを絶やそうとはしない。


「しかし、これが一回目か……これはこの先楽しくなりそうじゃないか」


「早々ここまでおかしな状況にはならないとは思いますが……」


「いやいや、お姉さんはそうでもないと思うぞ、なにしろマスターはネタの宝庫だからな」


「ぐ……ある意味で否定できない」


 流れのこととかあるし、リアンナには人間磁石と評されたこともある……ついでに漁れば話の種はいくらか出てくるだろう。


「というか、告白した人間指してネタの宝庫呼ばわりはどうですか……」


「それはそれ、これはこれだよ……ついでに告白を断られた腹いせもかねてるがね」


「うぐ……それを言われると……」


「冗談だよ、まあ、今までどおり友人としての付き合いはしてくれよ……気まずくて距離をとるといったことは無いように頼む」


「それは……はい、よろしくお願いします」


 差し出された手を握り、俺たちは笑い合う。


これまでと変わりなく接することができることに少しの安堵を覚えながら、握った手の温もりを感じていた。


「さて……と、昼食も終わったし、買い物の続きを始めようか、もちろん付き合ってくれるよね」


「ええ、友人ですからね」


「こらこら、なんにせよ今日はデートなんだ、少しくらいは気の効いた事してくれてもよくないかい?」


「……そうですね、なら」


 俺はそう言い、隣に立って指を絡めるように手を繋ぐ。


「こんな感じでどうだい、レスカ?」


「……ほぉ」


 純粋な驚き、それからとてもいい笑顔になって、


「いいね、改めて惚れそうになるよヒサメ」


 俺がそうしたように呼び方を変えるレスカ。


その微笑みはとても魅力的で、こちらこそ惚れそうですよと返して歩き始める。


それからその日一日、俺はレスカの恋人として過ごすのだった。






 喫茶店『旅人』、後日このデートの真偽について店内で一悶着あったとか。

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