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第四十一話 『風邪』

 休日の『旅人』の中で、何かが割れる音が鳴り響いた。


その音が鳴り響いた場所にいるのは、俺本人。


「……あ」


 その足元には明らかに俺が落としたのだと言わんばかりの割れた皿。


そんな俺の様子を見て、店内で過ごしていたアサカたちが驚いたように口を開いた。


「珍しいな、ヒサメがミスるなんて」


「だ、大丈夫ですか!?」


 心底意外と言ったアサカと、焦るようにカウンターの中にやってくるサナちゃん。


完全休養日としていたようで、特にすることもなくこちらへ遊びに来ていた二人に昼食を振舞おうとして……らしくもない失敗をしていた。


「大丈夫大丈夫……しかし、本当にミスったな」


 こんなこともたまにはあるものかと思いながら、割れた食器を片づけようと手を伸ばす。


サナちゃんが気を利かせて箒やちり取りを持ってきてくれており、とりあえずは大きい欠片を取り除こうとして、


「……ッ!」


「マスター!?」


「おいおい、本当にどうしたんだよ!?」


 割れた食器で指を切ったのを見て、サナちゃんとアサカは先ほどまでとは比べ物にならない驚愕を見せている。


一度ならばともかく連続でらしくないミスをする、明らかに何かがおかしいと思いながらも、それが何かがわからない。


とりあえず軽く処置して、昼食を作成したのだが……そこで、とある異常が起こる。


「む……」


「え……」


「うお……」


 作り上げた昼食、それを一口食べた瞬間に、俺も含めて全員が顔をしかめてしまう。


「いつもより……」


「美味くはないな」


「ていうか、味が無い?」


「「は……?」」


 俺の言葉に、アサカとサナちゃんは意味のわからないといった顔をする。


どうやら、味が無いと感じているのは俺だけのようだ……本当に一体どうしたんだ、俺?


「なんだか今日のマスター変ですよ?」


「ああ、皿は落とす、指を怪我する、料理はミスる……いつものおまえには有り得ないぞ?」


 アサカがそう言ってくるが、むしろ俺が知りたい。


「悪いものでも食べました?」


「いや……そんなことはないと思うが……って水が無いな、注いで来る」


「やっぱりおかしくないですか……飲み物の準備を忘れているなんて」


「そうだよな……一体どうしたんだ」


 後ろでサナちゃんとアサカが話し合っているが、あまり気にしていられなかった。


水を注ぎに立ち上がった瞬間、軽い立ちくらみのようなもので身体がよろめいたのである。


「ちょ……おい!?」


「マスター!?」


 ここまでになって、初めて自分の状態を把握する。


それを確かめるためにも一度座り、ゆっくりと額に手のひらを当ててみる。


「……間違いなく風邪だな、熱がある」


 言っている自分でも驚きである。


この世界に来て初めて、俺は風邪を引いたようであった……




「まさか……風邪とは」


 この世界に来て、もう長いこと経つが今まで風邪をひいたことなどなかった。


加えて身体能力にしてもまあ、人並み以上にはあると自負している。


多少そんな風邪らしい症状があったとしても、ねじ伏せて普段と同じように過ごすことはそう難しいことではなかった。


しかし今回はその許容量を越えていたらしい、始めのほうこそそれで多少体調が悪い程度で済ませていたようだが……昼になってからだんだんと悪化、集中力も無くてミスはするし料理も失敗すると非常に駄目になってしまっていた。


「とっても熱いです、今日はもう寝ててください」


「む……」


「しっかし、お前でも病気とかするんだな」


「どういう意味だそれ」


 アサカとサナちゃんの二人でベッドに押し込まれたあと、抜け出すことも出来ずにアサカとサナちゃんの看護を受けていた。


もっとも……主に看護しているのはサナちゃんの方でアサカは半分以上冷やかししかしていなかったが。


「症状自体は問題ない、若干重い風邪ってところだ」


「とりあえず……マスターなら安静にしていればすぐに治ると思います」


 なるほど……それならとりあえず問題はなさそうだな。


そうなると……一つ二つやっておかなければならないことがあるが……俺ができない以上は頼むしかない。


「アサカ、頼みがある」


「ん、なんだ?」


「ギルドに行って、俺がしばらくダウンすることを伝えてきてくれ……あと、学園のほうにも頼む……お前なら、まあ、特に何か問題は起きないだろう?」


 登録してまだそんなに期間が経っていないのに、速攻でこういうことで利用することになるとは思わなかった。


まあ、迷惑かけないためにもギルド、学園両方への連絡は必須だろう。


しかし、こういうときには電話が欲しいと思うな……


「いやいや、だから学生がギルド行くのは禁止だって」


「学園から行って、旨を説明すれば多分問題ない……場合によっては学園から連絡してくれるだろう」


「あ、なるほど……まあ、それなら了解した」


 ポンと手を打ち、俺の頼みを行うために部屋に出ようとして、アサカは何やら人の悪い表情を浮かべてきた。


なんだ……非常に嫌な予感がする、身体が動くのだったら殴ってでも止めなければならないと警鐘を鳴らしている。


しかし、もちろん今の俺にできることはなく、アサカの口を閉じさせることは不可能だった。


「ああ、そうそう……二人っきりだからって変なことしてんなよ、帰ってきて見ちまうと気まずいからな」


「おい……」


「ふぇっ!?」


 かなりイイ笑顔でそんな爆弾を投下して、去っていった。


残されるのは不機嫌な表情の俺と、意味を理解して真っ赤になったサナちゃんである。


「ったく、んなことしないっての」


 本当に……この子を煽らないで欲しい。


真っ赤になって混乱しているサナちゃんを横目に、内心で小さくため息をつく。


「え、えと、マスター」


「ああ、ああ、気にするな、この体調じゃ仮にする気があったとしてもできん、無論そんな気もない」


「そ……そうですよねぇ…………はぁ」


 面倒くさそうにサナちゃんに言ってやると、やや複雑な顔をしながらそう言って、最後にため息をついた。


「どうかしたか?」


「なんでもないです!」


 気づいていない振りをしながら聞けば、怒ったように口調を強めてサナちゃんは話を切った。


まあ、これでそういう雰囲気にはならないだろう、仮にここにシトネちゃんがいればジト目で見られていたんだろうなぁと小さく苦笑する。


「……何を笑っているんですか」


「いや、気にしないで、サナちゃんのことを笑ったわけじゃないから」


 そういう雰囲気にこそならないがさすがに機嫌が悪くなってるな……さて、どうしたものか。


とりあえず、全く関係ない話でも振って矛先をずらすのが一番か……となれば、二人だけなのは確かであるし別の意味で他に話せないことでも伝えておくことにしよう。


「なあ、サナちゃん」


「はい?」


「これから話すことはルノ以外には秘密、それを理解した上で聞いてくれ」


「え……セリカちゃんや、シトネちゃんにもですか?」


 驚いたように目を見開くサナちゃんに頷き、続ける。


「ああ、サナちゃんは継詠者だから……知っておくべきこと、だろうから」


「継詠者だから……はい、わかりました」


 大事な話であるとわかったのだろう、真剣な表情になってサナちゃんは頷いてくれた。


それを見て、俺はこう問いかける。


「使徒にあったことはあるかな?」


「使徒ですか……いいえ、ないです」


 サナちゃんは該当するものがあるか思い出そうとして、それから首を振った。


なるほど、戦闘したことは無しか……まあ、サナちゃんくらいの歳ならそれも当たり前か。


基本的には会わない方がいい存在ではあるし、喜ばしいと思っておこう。


「とりあえず……ここ最近で、サナちゃんは使徒に会っているよ」


「……え?」


 俺の言葉の意味を理解し、呆けたようにサナちゃんは声を漏らす。


当然ながらサナちゃんには思い当たる節がないのだろう、わからないといった表情を見せるサナちゃんに俺は答えを告げる。


「一日だけの臨時店員……」


「アーミアさん!?」


 予想外だったのだろう、叫ぶようにサナちゃんは答えを出した。


まあ、無理もないだろうが……


「使徒は一般的に破壊的で、人間を襲い、人間を同じく使徒(バケモノ)にする、人間にとっての敵とされる……サナちゃんが知っていることはコレくらいかな?」


「はい……でも、とてもじゃないけどアーミアさんが使徒だとは思えません……」


「そう、ここで、一般的に知られていないことが一つ……使徒が暴れるのは使徒になった際に自我が壊れて制御が出来なくなるから、しかし時に自我が壊れないまま、人間の意志を持った使徒が生まれることがある」


 それは、自我や意志の強い人間であるほど生まれやすいと言われている。


一般的にされていない理由としては、使徒の扱いというものを知っているため使徒になった者が自分が使徒であると明かさないため発見例が少ないことが一つ。


また、意識を持つ者にしても、使徒は基本的に力を得るために生物の命を奪わなければいけない。


そして自分の原型であり性質が近い人間が最も力の奪取に効率が良く、その結果として人間を襲うし、人間の敵となってしまう。


他の理由を挙げるとすれば、下手に自意識があると広まると、手を取り合えないかと言う個人ないし団体が現れてしまうためである。


それらの団体がいることを俺は否定しないが、狡猾な使徒であればそういった団体を利用しない手はないだろう。


結果、団体から大きな被害が発生するし、そこまでの団体ではなくても実際にいくつかの事件が起こっているらしい。


「ここまでが、使徒に関する簡単な背景になるな」


「なるほど……じゃあ、アーミアさんも、人を?」


「その光景を見たこともあるな……前にも言ったろ、歌姫の前日の掃討作戦……そのことに関して言えば、俺も同罪だ」


「そういえば……マスターも、でしたね」


 この世界では、魔物や盗賊といったものがいるため、人が死ぬことは日常にとても近いところがある。


そのため人を殺すことに関する忌避は、自分のいた世界よりも薄い。


それが探索者であるならなおさらだろう、決して肯定することは無いが、サナちゃんもそれ以上のことを言うことは無い。


「それにしてもリアンナに頼まれたからで、カレンのためでもあった……その他では襲ってきた者を返り討ちくらいで、村などを襲ったことは無いと思うぞ」


「そう……ですね、少し話しただけですけど、あの人が無差別な破壊を繰り返すとは思えません」


 それはアーミアの譲れない線であり、使徒(バケモノ)ではなく使徒(ニンゲン)であるためのものだろう。


身体は既に人外のそれではあるが、自我(ココロ)は確かに人であるはずだから。


「まあ、ここまで語ったけど、ここで理解してほしかったのは使徒だからといって全てが悪ではないこと、少数ながらも普通の人と変わらない心を持った者がいることを知ってもらいたかった」


 俺の言葉に、サナちゃんは小さく頷くことで返事を返してくれた。


ならばと俺は話を続ける。


「ま、ここまではあくまで予備知識、本当に重要なのはこれからの話だ」


 ここまでの話ならば、他の面々にも話すことは出来る。


しかし……ここから先の話は普通の人間に知れることではない。


「使徒に血を吸われると使徒になる……これは、吸われた者の情報を書き換えるためだ」


「情報を書き換える……ですか?」


「そう、使徒は吸血行為により対象を自分のコピーにする……それが使徒への転化の仕組みだ」


 勿論コピー先が自分とは違う存在であるため、書き換える自分の情報とコピー先が元々持っている情報が混ざり合ってしまう。


肉体的な面を見れば使徒の方が遥かに優秀であり、そこから人間の情報が混ざってしまうため大抵の場合はコピー元よりも劣化した使徒が生まれることになる。


この話に関しては当然一般に知らされていない……そもそも、この情報を知る方法が基本的に無いからである。


「え、どういうことですか?」


「考えても見ろ、血を吸っている姿を見て、自分のコピーを作っているなんてわかるか?」


「あ……いいえ」


 仕組みに関しては外から見てわかることではないため、一般的にわかることは使徒に血を吸われれば使徒になるという見方が限界だろう。


だからこそ、現状そういった認識が一般常識となっているのだから。


「それを知ることが出来るとすれば、使徒本人から聞くこと……それも話の通じる」


「そうか……自意識が残ることは伏せられているから情報元を明かすことができない……そういうことですか」


「正解」


 サナちゃんの回答に頷き、俺はさらに話を続ける。


「……この情報を突き詰めていくと、当然ながら一つの事実が見つかることになる」


「一つの事実ですか?」


「使徒の転化は劣化コピーをすることだ、だから逆を考えればいい」


「逆………………あ……」


 そう、考えればわかることなのである。


劣化コピーを続けるのなら、コピー元を辿るごとにその力は強まることになる。


そしてその先にあるのは、最初の使徒。


「使徒の始まり、魔王、始祖……呼び方はいくらかあるだろうけど、俺は気高き夜の王と呼んでいる」


「気高き……夜の王……って、ちょっと待ってください、そういう風に呼んでいるってことはもしかしてですけど……」


「使徒は基本的に老いない、それは永久に生き続けることであり、現在も生きている…………うん、予想しているだろうけどそんな存在とも知り合いだ」


「あ……あはは……はぁ、もう今さらですね、マスターが非常識なのは……」


 驚きを通り越して笑い始めたサナちゃんの言葉に俺も自分のことながら同意する。


「ま、それはおいといて、下手な聖獣を軽く超える実力を持つ六人、それが気高き夜の王の実態」


「六人、なんですか? 一人、でなくて」


 サナちゃんの疑問も当然だろう……大本を辿れば、最終的に一つに辿り着くはずなのだ。


それが六人と聞けば、疑問を抱くのも無理はない。


「あるいは、さらにその六人の上がいる確率が無いわけではないが……俺が知る限りではその六人が最古だ」


 ここからは姉さんに聞いた予測であるのだが……この世界を作った神からすればここは暇つぶしの舞台のはずである。


ならば、一人化け物を作るよりもタイプの違う六人を作って潰し合いをさせ、それを観戦したかったから六人いるのではないかと、とても機嫌の悪そうに語ってくれた。


まあ、仮にそうだとすれば、その気持ちは非常にわかるのだが。


「話が逸れた……とにかくここから六人について説明するから、ここからは全て覚えておいてくれ」


「は、はい」


「一人目、クラウ・グランバード」


「クラウ……あれ、どこかで……ってああ!? アーミアさんの彼氏!?」


「はい正解」


 彼氏発言に関しては何も言わない、確実に間違っていないから……まあとにかく説明説明。


クラウ・グランバード、通称『夜剣皇帝』。


夜の王六人の中で最も身体、魔法の双方における総合戦闘能力が高い夜の王。


使徒になったものは共通して戦闘状態時に瞳が黒くなる。


使徒の能力の系統も、そのまま戦闘に特化していることがほとんどとなっている。


欠点としては、基本的に全ての能力が戦闘のみに特化しているためそれ以外での対応力が低いこと。


「とはいえ、持っている能力だけで十分力押しが出来るはず……ちなみにアーミアはクラウから直接使徒になっているから、潜在的な能力では夜の王を抜いた現存の使徒で最強なのは揺るがないと思うぞ」


「そんな人だったんだ……」


「ま、自我があると無意識にリミッターがつくから、そこまでの力を自在に引き出すのは無理だけどな」


 なお、余談ではあるが夜の王たちが一対一の条件で本気で勝負した場合、二勝一敗二引き分けだと姉さんは予想しているらしい。


「二人目が、エレンシア・ベルクロード、通称『血霧の死神』と言って俺の戦闘における師匠……同時に姉のような人でもある」


「…………はい?」


 呆けたようにサナちゃんが聞き返すような声を出す。


まあ無理もないだろう……驚いたのが師匠に関することなのかそれとも姉であることなのか……両方か。


それはともかく、姉さんは六人の中で最も殲滅能力が高い夜の王だと思っている。


魔法関係に特化しており、また、個人の能力として自然現象、特に水を操ることに関しては他の追随を許さない。


また、クラウとは違い戦闘以外の魔法に関しても広く使用することが出来るらしい。


「ノーモーションで身体の水分や空気中の水蒸気の温度上げられてみろ、一発で死ねるから」


「いや、どうやって勝つんですか!?」


「俺が聞きたい、というより、人間に勝てる領域じゃないわあの人らは! ……げほっ」


 サナちゃんの言葉に全力で叫んだら思わず咳き込んでしまった。


そういえば普通に風邪なんだからあまりヒートアップしちゃ駄目だよな、そりゃ。


「大丈夫ですか?」


「ああ、大きな声を出しすぎただけ、心配ない」


 サナちゃんから用意してあった水をもらい、気を静める。


落ち着いたところで説明を再開。


使徒になった者は同じく共通して瞳が紫に変化、使徒の能力は元と同じく魔法寄りで転化の状態次第で自然現象の干渉能力もあり。


六人での戦績は二勝一敗二引き分け、ただし、場所が雪原など有利な場所であるなら全員に勝利することも十分可能だと言っていた。


「ちなみに嗜虐趣味がある気がする、戦闘好きな面もあるから目をつけられると死なない程度に痛めつけられて戦闘を引き延ばされる」


「うわぁ……」


 俺の説明にげんなりとした様子で答えるサナちゃん。


うん……俺も説明しながら気分が沈んできた……さっさと次の説明に移ろう。


「まあ、姉さんの話はここまでにして、三人目、リアンナ・エールセイム、通称『断絶姫』」


「待ってください、その人!?」


「カレンの付き人で護衛……まあ、まず正面からカレンに手出しできる奴なんていないわな」


「……もういいです、驚くことに疲れました」


 色々と諦めの混じった声でサナちゃんは言うのだった。


連続で聞かされればそうもなるよな……ごめん。


「固有能力として不可視の領域を作り出すことが出来る」


「不可視の領域?」


「まあ、見えない壁とかを作る能力と思えばいい、この能力を持っていることで六人の中で最も防御能力が高いんだ」


 使徒になった者は戦闘状態になると髪の色素が抜けて白に近くなる。


六人での戦績は五引き分け、どちらも決定打を与えることができずに終わるらしい。


防御能力が高すぎて千日手になるのだとか。


「実際にあっているからわかると思うが、夜の王たちの中では一番友好的な人」


「あ、それはわかります、じゃないとカレンさんが一緒にいることを許していないと思いますから」


 その意見には同意をしておくとして、次の人が割と問題だな。


「四人目、ラガルド・フェアバイル、通称『理創者』って言って、ここ最近で世界を滅ぼしかけた犯人」


「はい!?」


 もう大抵のことでは驚かないと覚悟は決めていたのだろう。


それでもさすがに聞き捨てならなかったようである。


「今は問題ない、あまり気にしないことだ」


「……はぁい……だったらそういうことを言わないでほしいです……」


「悪い……だけど、そういうことが出来る、っていうことを知っておいて欲しかったから」


 化け物揃いの夜の王の中でも、最も規格外なのが彼なのは間違いない。


魔法に特化したタイプで、個人的に所有している能力は理の創造。


「理の創造……ですか?」


「世界最強の能力……噛み砕いて言えば、何でも出来る……それこそ、状況次第では死んだ人間を生き返らせることだってな」


「……うそ……ですよね?」


「マジだ、自分は火では傷つかない、自分の受けた傷を無かったことにする、そういった自分に有利な(ルール)を適用することが出来る空間を作り出せる」


 無論消耗が激しいため、長時間の戦闘はできず、詳しくは知らないが回数にも制限があるらしい、それでも破格過ぎる能力であり、世界を破壊するほどの能力を扱うことが出来る。


ちなみにではあるが、その時にはまだ不完全で使えなかったらしいが、この世界の住人の中で唯一理の創造により神に傷をつけられる可能性があるらしい。


なお、使徒になった者には理の創造能力は受け継がれていないらしい、これは完全なラガルド専用の能力と見て間違いない。


ただし、使徒になった者は能力の名残なのか、何かしら特別な能力を持っていることが多い。


それは例えば炎や冷気の無効化の能力であったり、高い再生能力、念動力のようなものと幅が広い。


また、戦闘状態時には瞳が赤く変化する。


「じゃあ、この人が夜の王の中では最強なんですか?」


「そうも言えないかな……六人の戦績予想だと二勝二敗一引き分け、戦績だけで言えばクラウやエレンシア姉さんが優秀だし、単純な強さよりも相性が大事なタイプだと俺は思うよ」


 それに、本来勝利できるはずのクラウに自分の計画を止められている。


まあ、クラウの目的がラガルドの撃破ではなく、ラガルドを止める事であったことなど、小さな差異があることで結果が変わるということなのだろう。


「ま、次の人に話を進めようか、五人目、フェリア・エルティウス……通称『魔群の主』」


 クラウより一段下がった純粋戦闘タイプだが、固有能力として自分の思い浮かべたものを生物も含めて具象化する能力を持っている。


自分のイメージにより具象物は幅広く作り出すことが出来るため、夜の王の中では最も器用に動くことの出来る者。


単体でも具象化を行うことですぐさま数百の魔獣が生み出されるため相当な厄介さを持つ。


使徒になった者も規模は小さいがある程度の具象化能力を持つ、また戦闘状態では瞳が緑に変化する。


六人での戦績は一勝二敗二引き分けと予想されている。


「姉さんほどじゃないけど、基本的に戦いを求める人……相手が使徒だろうが人間だろうが戦闘を求めているときは襲われる」


「ぶ……物騒な」


「別に人間の味方じゃないからな、ただ、自分の出せる力の最大限を駆使して戦う者にはそれなりの敬意を持ってくれる……生き残りたいのなら全力で抗えばあるいは逃れられる可能性がある」


 フェリアは使徒には使徒が、人間には人間が抗えるだけの力でしか戦うことをしない。


戦うのは好きだがワンサイドゲームは嫌いらしい。


ある意味で相手を舐めきった行為ではあるが、それができるだけの実力を持っているから始末が悪い。


「んで、六人目……アイネル・アポロスト、通称『鏡面者』」


 夜の王の中で最も特異性の高い者である。


基本的に一対一以外の方法で勝つことの出来ない。


「どうしてですか?」


「簡単に言えば、アイネルの戦闘能力は相対する者に依存しているんだ」


 相手と同じ能力になる、それがアイネルの能力。


それは相手が複数だった場合、その人数分だけ戦闘能力が加算されることになる。


「例えば同じ位の能力の敵が百人いたとする、単純計算で百倍の力を持つことになる……単純な筋力とかも十分脅威だが、百倍の魔力での魔法の威力って、どれだけのものだと思う?」


「……想像を絶しています」


 加えて、一対一で実力は拮抗してもアイネルには、相当に長い年月を経た経験が存在している。


基本的に同格の人間以外ではどうすることも出来ないと言えるだろう。


使徒になった者も若干特殊で、使徒の能力はベースになった者の能力を強化した形になる。


なお、戦闘状態では髪の色が青に変化する。


六人での戦績は二敗三引き分け、これは一対一という条件自体がアイネルにとって不利であり、相手によく知られているからこそ対策を立てられてしまうのである。


「と、まあここまでが夜の王に関する話だ」


「はぁ……それはわかりましたけど……どうして、私にそれを伝えたんですか?」


「神の出現の可能性を考えたとき、神を撃退するための可能性は最低限取っておきたい……そう考えた時、継詠者は護るべき対象になる」


 少なくとも研究のためになどでその未来を塞ぐような行為に関しては、聖獣も夜の王も否定的である。


そりゃ、仮に研究がうまくいったとしてそいつらは神に対して無力であるから、可能性を犠牲にして無駄なことなどさせたくないのである。


その結果、リアンナがカレンの守護につき、そしてヴェルリックが研究所まで足を運んだ。


あまりやる気の無かったクラウや、戦闘を第一としていた姉さんも、根底にはそれがあるから掃討作戦に参加していたと俺は考えている。


「無論、庇護されるのが当たり前の感覚だと言えば、見捨てられるだろうけどね」


 あくまで保険としての役回りでしかない。


ただ、少なくとも継詠者であるなら協力を求めれば、決して無下には扱われはしないだろうことは予想できる。


「とりあえず、彼らから一目は置かれる存在であることを理解して欲しかったってことだ」


「なるほど……」


 ここまでの話でも十分危ない話なんだが……今回最後の問題となるものをサナちゃんに教えるため、言葉を紡ぎだす。



――縛鎖を与え枷を与え檻を与える――



「マスター?」


 突然に紡ぎだした古代言語の詠にサナちゃんは驚いた顔を見せる。


それを無視し、俺はそのまま詠を続ける。



――王の名の下に系譜に連なるものよ我が意に従え――



 この詠こそ、今回の話の中で最も秘密にしておくべき内容。


古代言語を扱う異界の詠歌いと継詠者であるからこそ、使うことを許された詠。


「使徒の隷属の詠だ、異界の詠歌いや継詠者が自分たちの下に殺されないよう特別に用意されたな」


 王の名と告げた部分、この場所に相対する使徒の始まりである夜の王の名を入れることで、相手の使徒を好きに、それこそ自殺だろうが命令することが出来る。


正真正銘、使徒に対する絶対最強の切り札なのである。


「六人の名前は伝えた、それぞれの使徒の戦闘時の変化も伝えた……そして、今の詠もすでに覚えただろう?」


 継詠者の扉を認識してからは、切欠さえあれば関連する事象についての知識を引き出すことが出来る。


俺の詠に反応して、その詠の意味を正確に理解できているはずであり、サナちゃんもそれを肯定するように頷いた。


そこまで理解してくれたことを把握し、最後にこの詠の危険性を考えて強く釘を刺しておくことにする。


「いいかサナちゃん、この詠は使徒に襲われ、命の危険性のある場合以外は絶対に使うな」


「は……はい」


 この詠はつまり洗脳、一人の存在を完全に自由にしてしまう危険性の高いもの。


だからこそ真剣に、本当に真剣な表情でサナちゃんに言い聞かせる。


それがあまりにも必死すぎたせいでサナちゃんは面食らっていたが、同じように真剣に返してくれた。


「……そっか」


 俺は安心した表情で、起こしていた体を倒して寝転がる。


「マスター?」


「喋りつかれた……話したいことは話したし、少し眠ることにするよ」


「……わかりました」


 少し大きな話をしたせいか、サナちゃんも動揺しているようである。


返事に若干の間があった。


「……ふぅ、話した本人が言うのもあれなんだけどさ、他に人がいなかったから話しただけだし、今すぐ何がどうなるわけでもないさ……記憶の片隅にでも入れてもらってたら、それでいい」


「あ……はい」


 それで安心したのか、サナちゃんは小さく笑って頷いてくれた。


その様子を見て俺も安心して目を閉じて……一つ思いついたことが口から出る。


「じゃ、俺は寝る……せっかくだし子守唄でも希望してみようか?」


「ふぇ!? む、無理ですよ!?」


 まあ、正直無茶ぶりであるが、それに驚いたことでサナちゃんも幾分か余裕を取り戻しただろう。


いや、別の意味で余裕がなくなった気がしなくもないけど。


「別に上手いとか下手とか気にしなくていいから……聞かせてくれ」


「うぇ……あ、はい」


 戸惑い、それから決心したのか、目を閉じている俺の耳に小さな歌声が届く。


それはサナちゃんらしい優しい歌で、俺はそれを聞きながらゆっくりと意識を落としていくのだった。






 喫茶店『旅人』、マスター病気のため二日休業します。

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