第四十話番外 『日誌』
リクエストがあったため作成した話となります。
いつもと形式が違い、内容は短めとなります。
このほかリクエストがあれば、気軽にお申し付けください。
気がつくと総合評価が10000ptを越えていました、この作品を読んでいただいている皆さん、本当にありがとうございます。
探索者の出入りが多いこのギルドは基本的に一日中開放されております。
もちろんギルド自体は開いていても働く人は一日中働いているわけではないのは当然で、時間ごとに交代しながら運営は行われており、ギルドの人員が使用できる専用の休憩室も存在しているのです。
ギルドで働いている人は多くいるが、その中でも私はこのギルド自体を住まいとしています。
「さて、これでここまでの書き出しは終わりと……少ししたらまた表に出ないといけないな」
何かあったときに即座対応を行うためにギルドマスターというのは存在しているのです。
であるならば、ギルドマスターというのは常にギルド内に在住するべき役職であり、居を構えるのは至極普通のことなのです。
それは他のギルドでも一緒で、知り合いのほとんどのギルドマスターは同じようにギルドを住まいとしています。
「しかし、今日はいい日であったな」
そう呟き、私は今日の昼のことを思い出す。
喫茶店『旅人』の方々がここに訪ねてきたこと、そしてギルドに登録を申し入れてくれたことについて。
それは自分にとって渡りに船とも言えることだったのです。
というのも、自分でもどうすれば『旅人』に登録を願えるものかと思案していたからです。
彼の店が魔法具店というならば特に問題はなかった……いえ、そもそもそうであればあんなことにはならなかったのですが。
それは置いておくとしても、あくまであそこは喫茶店であり簡単に登録を願うのは難しかったというのが正直なところです。
自分から行ければよかったのだが、ギルドマスター直々にやってきてギルドへの登録を願うというのは問題がある。
それは願いではなく、一種の要請にも見えてしまい対外的に都合が悪い。
さらに言えば直々に要請されるほどに贔屓にされているととられるのは『旅人』側にも迷惑がかかる。
しかし、店舗登録と言う制度は喫茶店にはなじみの無いものです、あちらから来る可能性はかなり低いのでどうにかしなければならない……そう考えていたときに、今日のことが起こったのです。
紹介者として現れた方がレスカさんだったというのも大きい、彼女ほどの上位の探索者がわざわざ紹介をするというのならばそれだけでもある程度の重要度があることを認められるから。
そしてギルド内の多数がそれに賛成をしたというのもまた登録に対して手助けにもなっていた、それほどの集客性が『旅人』には存在しているのです。
そう言う自分もまた、その魅力にとりつかれた一人ではあるのですけどね。
「せっかく器材がきたのですから、私も練習をしておくとしましょうか」
思い出すのは登録と一緒に持って来ていただいたコーヒー用の器材。
ただの飲み物であるはずなのに、異様なほどに飲みたいと思わされるそれこそ『旅人』に登録を願った原因でもあります。
何しろそれのせいで一度とある事件……というと語弊があるだろうか、問題と言うべきか……ともかくそんなことが起こってしまったのである。
その時の光景を思い出し、私は今呆れているのか苦笑しているのかそれとも疲れているのかわからない表情を今浮かべているだろう。
別に喫茶店のマスターであるヒサメさんが悪いわけではない、それでも原因は誰かと言われればやはりそれは彼なのでしょう。
そんな事件が起こった時を記した日誌を見て私はため息をつくのであった。
――ヒサメ『大迷宮』挑戦一日目(『大迷宮』に向かう途中)
その日は若干気落ちをしている客がちらほらと見えていたのが特徴的でした。
尋ねてみれば今日になって『旅人』の休業を知ったという者、あるいは知っていても通うことができないということに気落ちをした者といったように『旅人』に関連する探索者が該当していました。
他に気落ちした探索者には依頼の失敗や彼氏彼女に振られた、気に入っていた武器が壊れたといったあるいはいつもの日常での気落ちであったが、やはり今日に限って言えば『旅人』の休業という事実が影響しているというのは間違いないでしょう。
勿論この街にいる以上こういったことは少なくないため、今気落ちをしているだろう探索者も数日後には気を取り直していることでしょう。
とはいえ、これだけの人数に惜しまれる辺り『旅人』の人気はかなりのものだと窺えます。
――『大迷宮』挑戦五日目(序層挑戦中)
おおよその予想通り最初に気落ちした面々も今では立ち直って普通に仕事を行っていることが見て取れて、ギルドマスターとしても一安心でしょうか。
まだ引き摺っている者もいたようですが、それでもその数は相当数減っています。
そんな人たちもあと一日二日もすれば元通りになるでしょう。
――『大迷宮』挑戦十日目(レスカさんが加わり中層攻略中)
少々おかしなことになってきたと正直書かざるを得ません。
『旅人』の休業は一月、探索による休業にしてもこれは長いと言えます。
しかし、それでも商人の足で遠方のものを仕入れようとした場合はこれぐらいかかるというのもまた事実であり、殊更にどうこう言う必要はないでしょう。
そういうわけで、基本的には他の店と変わらないはずなのだが……甘かったようです。
コーヒーを飲みたいと愚痴る探索者が出始めてきたことが始まりでした。
愚痴られたところで材料こそは知っているが詳しい作り方に関しては知らずどうしようもありません。
愚痴っている方々もそれがわかっているだけに悔しそうにため息をつくだけなのでした。
――『大迷宮』挑戦十五日目(下層攻略中)
日に日に増していく気落ちした探索者たち。
原因は当然コーヒーを飲めないことである。
まったく私だって飲んでな……失礼、本音を書きかけました。
もっとも、やはりこちらではどうすることもできないのですが……こうなるのだったらヒサメさんともっと話しておくべきだったと今さらながらに後悔が出る。
まあ、今さら悔やむからこそ後悔なのでしょうけど。
しかし、こうなると少々問題が出始めてきています。
一部の方の消沈とはいえ、それが集まってギルド内の空気も落ち込んできていることを肌で感じています。
こちらが何も出来ない以上歯がゆいとしか言いようが無いこの状況、以前『旅人』のことを人気だと書き記したが、少し愚痴を書かせてもらう。
人気がありすぎるというのも問題ということです。
――『大迷宮』挑戦二十日目(下層攻略中)
怪我や病気でもないのに探索者が机に倒れ伏している様子を見るのはなんとも言えない気分になる。
原材料は言ってしまえば豆と水……であるのに何故にここまで依存症が出てしまっているのでしょうか……ああ、私も早く飲みたい。
気がつけば自分も馬鹿なことを書いている始末、なんとかならないものか……下が騒がしい、どうやら誰かが暴れているようですね……まったく。
…………コーヒーが飲めなくて暴れるなどどういう馬鹿なのでしょうか全く。
貴方だけではないというのに……思わず全力で沈めてしまったではないですか。
――『大迷宮』挑戦二十五日目(下層攻略中)
今日は何やら形容しがたい事態になっていた。
何故かコーヒー欠乏症の皆さまがギルドに用意しているテーブルの一角に集まっているのです。
服装は全員黒を基調としていてコーヒーコーヒーとぶつぶつ呟く儀式めいたことをやっていました。
一体何事かと確認してみれば、大量の豆と調理道具……ついには自作を始めたようです。
しかし……それは素人の作るもの、とてもではないがヒサメさんのものと比べるまでも無い。
そもそも、飲めるものですらないと言ったところでしょうか。
元々、食用としてならともかく飲用として使用するなど考えてなかったものです、そうそう出来上がるわけがありません。
それでも諦めずに思考する姿には敬意を覚えますが、それはそれ。
当然ながらこんな儀式めいた状態を対外的に見せるわけにも行かず止めさせました。
もっとも、拒否されたために実力での制圧となってしまいましたが……いい薬でしょう。
こちらも飲めないストレスの解消……もとい発散運動が出来たと考えましょう。
――『大迷宮』挑戦二十八日目(街帰還後)
吉報が届けられました。
久しぶりにこちらへとお越しいただいたレスカさんは死線を一つ潜り抜けたのか一段と強い空気を纏っていました。
予定よりも探索期間が長かったことを聞けば、どうやらトラブルに巻き込まれたということらしいが詳しくは語っていただけませんでした。
このギルドでもトップクラスの実力を持つ彼女が巻き込まれたトラブルというのは多少気にはなりますが余り詮索するのも問題でしょう。
レスカさんはギルドの中を見回して意気消沈している探索者達を見て何事かと聞くので事情を説明したところ、納得の表情で頷いていました。
考えてみれば彼女もまたコーヒーをよく飲用していたようだが、彼らほどの様子は見えない。
それを少し不思議に思い問いてみればなんとこちらへの帰還の途中で同じく外に出ていたヒサメさんと出会い、帰りの護衛ついでにご馳走してもらったとのこと。
なんと羨ましい……もとい、幸運なことだろう。
しかしまあ問題はそこではなく、一番注目すべきはヒサメさんと途中で出会い共に戻ってきたということ。
つまりは当初言っていた一月よりも早くこちらへ帰還したのだということであり、それは間違いなく吉報といえるものでした。
しかし、それを知ったコーヒー欠乏症、あるいはコーヒー中毒者といった面々が我先にとギルドから出て行こうとするのをそれを押し止めたのは情報元であるレスカさんだった。
レスカさん曰く、旅の疲れが出ているらしく今日まではそっとしておいてやって欲しいとのこと。
そう言ったレスカさんの願いはしかし、聞けないとばかりに外に出ようとする一部の探索者たち。
レスカさんもまさかここまで強硬な態度をとられるとは思わなかったのでしょう、仕方ないとため息をついてその人たちの敵として立ちはだかったのでした。
そこからはもう一方的なものとなります。
鎧袖一触とばかりに動いた探索者を行動不能にするレスカさんと、疲れているというヒサメさんの方に不利益を与えないため動いた私以下ギルド員数名によって一部の暴走組は即座鎮圧されたのでした。
その後、レスカさんに私、説得を受け動かなかった数人の探索者たちでレスカさんが作り置きしてもらっていたコーヒーを頂いたのである。
後から聞いた話になるが、あのとき全員が動かなかった場合は分けるほどの量もなく一人で飲んでいたよ、とのこと。
こういうことを思ってはいけないのだが、先走った者たちによくやったと言いたくなりましたよ、本当に。
――三十日目(『旅人』営業再開)
ヒサメさんが戻ってきて療養をとったことで『旅人』は再開されました。
例の人たちは開くとほぼ同時に店に入ったと軽い報告を得ています。
まあ、問題を起こしているわけではないのでこれに関しては特筆することではないでしょう。
ただ、目に見えていたほどじゃないにしてもコーヒー愛飲家は多いようで、ギルド内にいる探索者の一部は明るくなった印象を受けました。
改めて思うのだが『旅人』の人気はかなりのものだと驚いたものです。
まあ、ともかくこれで大丈夫でしょうと一安心し、店一つの影響力が馬鹿にならないことも学ばされました。
今後同じようなことが無いよう、なにかしら対策を打つ必要があるでしょう。
それならば、やはり店舗登録なのでしょうが……喫茶店相手には簡単に出来るものでもありません。
とはいえ、行動しておいて無駄と言うことはないでしょう……明日からそのための準備を始めることにしましょう。
とまあ、断片的にだがそんなことがあったのだと日誌に記しているのです。
『旅人』の店舗登録に関して文句が出ないように方々への折衝、その準備がこうして実を結んだことは一つの僥倖だったでしょう……まあ、とにもかくにも今後対策が必要であった案件が解決したことを今日は喜ぶことにしましょう。
それとほぼ同時に『例』が出来上がったことに狙いをつけて食料系の店の店舗登録願いが増えるだろうという問題も始まるのだと思うと、少々ため息をつきたくなります。
しかし、これに関しては仕方がないと割り切ることしかできません。
ああ、考えているとヒサメさんのコーヒーが飲みたくなってきましたね……明日、時間をあけることが出来れば視察の名目でコーヒーを飲みに行くとしましょう。
そんなことを考えながら私は明日の仕事のために眠りにつくのでした。
ギルドマスターレフィンの日誌より一部抜粋。