第四十話 『登録』
俺とルノ不在の喫茶店の試みから数日、本日は『旅人』の休業日である。
なのだが……従業員のフルメンバーが揃って街中を歩いており、手にはそれぞれ大きめの袋などを抱えている。
「しかしいきなりだね、マスター、ギルドのほうへ連れて行って欲しいと」
「まあね……少々俺絡みの話を聞いて、謝罪と今後の対策のために」
「なるほど……だからその荷物か」
「ええ」
もともとは俺とルノだけであったのだが、そこで実際にギルドへ行ったことがないアサカたちが興味を持ってついてきた。
それならと不特定多数にポーチを見られることを防ぐため、荷物持ちを全員にお願いしたのである。
勿論、女の子の分はある程度重量が軽いものを持たせている。
「しかし、アサカなら行ったことがあると思ってたぞ、ああいうところ」
「ん……ギルドはな、勝手に登録して仕事請けたりする学生が多発したことがあったから学園が禁止してんだよ」
「そうなの?」
ルノが首を傾げながらアサカとの会話に入っていく。
「ああ、もちろんそれでも隠れていく奴はいるんだが……大抵見つかって罰則もらってる、俺は結構顔が割れているから行けば一発でアウトだろうな」
「なら今しようとしていることも不味いんじゃねえのか?」
「そこは何とかしてくれよ、先生?」
「おい待て、そこで人頼みかよ……ていうか、俺は立場上中等部の教師なんだが」
そりゃまあ、監督付きでの見学という名目で行けば何とかなるとは思うが……って、
「サナちゃんたち、まさかとは思うが……」
「あは……あはは……」
「こんな機会でもないとね」
「今回はアサカさんに便乗させてもらいました」
人は禁止されているものには逆に手を出したくなるというか、俺もそういう性質があるからあまり強い文句も言えないが……こうも見事に利用されていると知ると少々泣きたくなるな。
「……まあ、いいか」
今さらな話だと一つため息をついて、レスカさんの案内を受けながら先へと進むのだった。
「さて、着いたよ、ここがこの街のギルドだ」
レスカさんが足を止めてこちらを振り向く。
そこにはこの街でもかなり大きい建物と、外でもわかるほどの賑やかしさを持った場所であった。
「へぇ……ここが」
「わう、大きい」
探索者の街と呼ばれるここにあるに相応しい建物と活気。
今まであまり近づくことが無かったが、間近で見ればやはり圧倒されるような何かがそこにはあった。
「よし、早速入ろうぜ!」
「あんまりはしゃぐんじゃないって……まあ、気持ちは一緒か」
興奮が隠せていないアサカに軽く注意を入れてみれば、後ろのサナちゃんたちも興味津々といった様子で、入りたそうにうずうずしていた。
俺やルノにしても、入るのは初めてとなるため気になっていることに違いは無い。
「はは……なら早速入るとしようか」
「そうですね」
「わふ!」
そんな様子にレスカさんは軽く微笑み、ギルドの入り口の扉を開けて中に入る。
俺たちもレスカさんの後を追って、中へと入っていくのだった。
「…………へぇ」
入ってみれば、やはり外から感じる以上の活気や熱気が俺たちを包んでくる。
自分の武器を手入れしている者、壁の掲示板に張っている内容をじっと見つめている者。
あるいは料理を食べている者、カードゲームのようなものに興じている者など、その種類は多岐にわたっている。
人種にしても、普通の人間から、獣人、翼を持った翼人など、多岐にわたっている。
「やあレフィン、今日も賑わっているな」
探索者のほうへ意識を向けているうちに、レスカさんが入り口近くのカウンターへと近づき、カウンターの内側にいる初老の男性に声を……ってあの人見たことあるな。
「いらっしゃいませ、レスカさん……と、『旅人』の皆さまですか」
「ギルドマスターはさすがに知ってましたか、紹介は必要なさそう、かな」
「ギルドマスター……って、レフィンさんが?」
「そう、この街のギルドの統括者、つまり一番偉い人」
「ほぇ~」
ルノが驚いたようにレフィンさんを見ているが、俺も結構驚いていた。
うちのコーヒー目当ての常連で何度か話す機会があったからギルドの関係者とはわかっていたが……まさか一番上だったとは……色々なところに驚きと言うのは隠されているってことか。
「しかし、初めてですかね、ヒサメさんがこちらへいらっしゃるのは」
「ええ、そうですね」
「それで、このたびはどういったご用件で?」
「いくつか用件はあるんですけど……とりあえず、後ろの子たちの見学の許可もらえますか?」
後ろからすごく好奇心の満ちた視線を感じるんです、説明とか依頼とか若干時間もかかりそうだから先に済ませておきたい。
こちらの意を読み取ってくれたのかレフィンさんは苦笑しながら、後ろにいた受付の女性に指示を出す。
「はは、いいでしょう、アインさん」
「はい」
アインさんと呼ばれた受付の女性はそのままアサカたちの立っている場所へと歩きながら、その途中で俺に話しかけてくる。
「軽く案内をするくらいでいいかしら?」
「それでお願いします……ってわけで、アサカたちは荷物だけ置いてこの人に案内してもらえ、あとはこっちで進めておくから」
「悪いな」
「ありがとうございます、マスター」
アインさんに連れられながら口々にお礼を言ってくる四人。
それに対して俺は楽しんで来いといった視線を送り、俺のほうはレフィンさんのほうへと向き直る。
「それでは、本題に入らせてもらっていいですか?」
「ふむ……真面目な話のようですね」
「ある程度は、正確には形の上ではレスカさんからということになりますが」
「聞きましょう」
レフィンさんは真摯な顔でこちらの話を聞く体勢をとる。
「ややレアケースに入るだろうが、喫茶店『旅人』の店舗登録をお願いしたい」
店舗登録には条件がある。
登録を願い出る際に、ギルドに登録されている探索者と連盟して申し出ることがその条件の一つなのだ。
その上で、ギルドから有益あるいは必要であると判断された場合に受理されることになる。
当然のことながら、役に立たないものを作るような店に材料費の一部負担などやってられないのだ。
「うちの店から性質の悪い症状が出たと聞きまして……それで、少しでもと」
「わう、日程は大事」
「なるほど、そういうことですか」
レフィンさんに浮かぶのは苦笑であるが、その苦笑にもどこか疲れた様子を見られる。
それほどにコーヒー中毒というのはアレだったのだろうか?
「いいでしょう、確かにアレは酷かったですからね……先に予定をいただければこちらとしても非常にありがたいところです」
どうやら相当なものだったらしい……思った以上にあっさりと許可が出てしまい若干拍子抜けしてしまう。
「ま、レフィンならそうするだろうな……というわけで……喜べ、お前ら」
「「「「うおぉぉぉぉぉっ!」」」」
「んな!?」
「わう!?」
レスカさんの言葉に、話を窺っていたのであろう近くの探索者たちが歓声を上げた。
正直、予想していなかった反応にルノと共に身体をのけぞらせてしまう……それくらいの熱意というか勢いがあった。
「騒ぎ過ぎですよみなさん、とはいえ私も含め常連には嬉しいことでしょうね」
「はい?」
「ギルド関係者、探索者には割引、ですよ」
「……ああ、そういうことか」
そりゃ、元の値段自体わりと良心設定だけど、常連だとそれなりに大きい額にはなるか。
だったらこの喜びようもわからなくも無いが……結局ギルドからの一部負担って最終的にギルドの構成員になるあんたたちの負担だぞ。
「それは通常払っているギルドへの情報料からの差し引きだから探索者側から見れば安くなっただけに過ぎないよ」
「そんなもんか」
まあ、金銭的なものにそこまで興味は無いからそれはどうでもいいんだが。
ともかく最初の目的が達成したのだからここは喜んでおこう。
「まあ、登録許可、ありがとうございます」
「いえいえ、これくらいならお安い御用ですよ……それで、ご用件はそれだけで?」
「違うよ」
レフィンさんの問いにルノが答え、アサカたちの置いていった荷物をいくつか持ってくる。
これが今回の目的の二つ目となるものである。
「これは?」
「禁断症状対策のための切り札というか、ブツそのものというか」
そう言って、俺は荷物を包む袋を外し、中身を見せる。
それは、パッと見では用途のわからない器具。
「残りの袋は産地別に分けてあるカルト豆……ということで、コレの正体を察してくれ」
「カルト豆……ってことは、もしかして」
「コーヒー生成用の器具一式だ、ここでいつでも飲めるように、な」
店舗登録を行っても結局長期で休むことはあるわけで、そうなればやはり同じような症状を起こす者がいることは否めない。
そういうわけで、休暇中でも飲めるようにそもそもここに器具を置こうという方針に決定したのである。
さて……さっきのでもう理解しているのでさっさと耳を塞ぐ、ルノを見ればこちらもしっかり耳をたたんで塞いでいるようだ。
そして、先程よりも大きな叫びがギルド全体に響き渡るのだった。
しかしあんたら……自分が作っているからたかがとは言わんが……カップ一杯の飲み物にどれだけ喜びをあらわにしているんだよ……
あ、レフィンさんがカウンターから出てきた。
「……皆さん、ものには限度と言うものがあります、他に迷惑になるようなことは慎んでいただきましょう」
「「「「「すいませんでした!」」」」」
叱るレフィンさんと、土下座して謝罪している探索者の皆様方。
ギルドマスターという役職だけあって、屈強な探索者たちであっても逆らうことなどできはしないのだった。
その横で、俺とルノはレフィンさんが叱りだす前に紹介してもらった、ギルド内の料理担当のエルザさんに器具の使い方とコーヒーの淹れ方についての教授を行っていた。
「まあ、暴論を言ってしまえば、砕いて粉末状にしたものにお湯を注ぐといっただけなんだが……無論それで美味いと言えるものは出来ないわけです」
「ふんふん、なるほど……淹れ方にコツがあるわけですね」
「うん、それから、どの豆を使うかもポイントになるよ」
カルト豆は様々な環境で育つことが出来るため、どこでも手に入るが、環境によって味も若干の変化が起こる。
その差がコーヒーの味には大きな差となるため出来る限りの様々な環境で育った豆の入手が必要になる。
「奥が深いですねぇ」
「だからこそ、こだわりの一品が出来ると嬉しくなるんだ、きっとここで出来るコーヒーは俺が作るものとはまた違った味わいになると思うよ」
「なるほど」
ついでに、自分のこだわりであるから他人のこだわりと対立したりするが……まあ、これは仕方がないだろう。
じいさんともかなり味に関しての口論はやったし。
「まあ、実際にやって見せるからそれをとりあえず覚えてくれる?」
「わかりました」
ふと考えたが……味の違いを知ってもらうためにいくつか作ったほうがいいかもしれない。
そう思い、いつものコーヒーから、豆の配合を変えていくつかの種類のものを実際に入れてみたんだが……もう少し考えるべきだった。
「三つめが一番美味いに決まってんだろうが!」
「何を! 二つ目こそ至高の一品だろ!」
「お前らの舌がおかしいんだ、最初のものが一番だろう」
「待て待て、普段のマスターのコーヒーこそが一番だ!」
試飲してもらった数人で論争が勃発。
いや、それぞれ褒めて貰うのはありがたいんだが……もう少し落ち着いて欲しい。
ほら、俺の後ろに修羅がいるんだ。
「貴方たち……」
「「「「なんだ……ひ!?」」」」
「他に迷惑にならないよう、と言いましたよね?」
もちろんギルドマスターのレフィンさんのことである。
そして当然ながら、試飲をした数人は先ほど怒られていたうちのコーヒー愛飲者たちとなる。
「南無……」
レフィンさんの怒りに触れた数人に黙祷を捧げて、俺はエルザさんに向き直る。
とりあえず、ある意味ではいい例にもなったしそれを交えて説明する。
「というふうに、人によって好みってものは全然違うんで、コーヒーの味に正解はないってこと」
「ええ、よくわかりました……」
実際に行われていたコーヒー論争に若干の冷や汗を流しながらエルザさんは答える。
「まあ、コーヒーを作れる人が増えると俺も嬉しいし、がんばってください」
「はい!」
うまく自分のこだわりを見つけてくれたら是非飲みたいと思う。
魔法具じゃないけどコーヒー用器材は売り出すか?
バカ売れしそうな気がしたのだった。
「さて……レフィンさん、見学組のほうはあとどれくらいかかりそうですか?」
「む……そうですね……もう少しかかるでしょうな」
「そうですか……」
「どうするの、ヒサメ?」
「うぅん、せっかくだから俺らも適当に見て回るか」
「わん!」
待つ間ルノを連れて適当に中を見て回る。
「さっきの見てたぜ、これからもよろしくな」
「はい是非」
「よおルノ坊、元気してたか?」
「わん!」
さっきの騒ぎ以外での喫茶店での顔馴染みもそれなりにいたようで、今以外にも気さくに声をかけてきてくれる。
それをありがたく思い、返答を返しながら歩いていると、依頼の張られた掲示板を発見した。
「これが依頼か」
「どんなのがあるの?」
ルノに急かされるように掲示板に張られた紙の内容を見ていく。
真っ先に目に入った依頼書にはこんな内容が書いてあった。
『逃げ出した猫を探してください』
ある意味では頼みごとの代表とも言うべき依頼である。
他にも似たような依頼はいくつかあるようだ。
「逃走三日目……普通見つかるのか?」
「わう……ボクみたいに鼻がよければ見つかるかも」
そのまま他にどんなものがあるのかと見てみれば、これまた依頼としてよくある形のものが並んでいるようだ。
この辺りは数の多い種類の依頼書なのだろうか。
『調合用の薬草を探してきてください』
『鍛冶のための金属を募集』
『魔法具のために魔獣ライガルの牙を入手お願いします』
「このあたりは探索者っぽい依頼だな」
「わう、報酬もお金だったり現物支給だったりそれっぽい感じ」
そんな内容を見ていくと、唐突に見えた依頼書に目を疑った。
『ペットとして魔獣リオネルを捕獲してきてください(要無傷)』
「あれをペットって……」
「わう、意味がわからない」
というか無傷とかまず無理なレベルの話だろ。
鉄の檻とか入れても普通に破って出てくるぞ、こいつ。
だけど、それよりも遥かに難易度の高い依頼書を見て思わず噴き出した。
『神山の守護竜の撃破、及びその先の調査』
神山の守護竜とはまあ……ファフニールのことである。
「待て待て待て、無理すぎるだろ!」
「本気なのかな?」
「依頼日五年以上前だ……完全放置だな」
むしろ受けたやつがいるのかそちらの方が気になるぞ。
ギルド側もよくこんな無茶な依頼をここに載せているものだ。
『魔物の異常繁殖の調査』
『野盗団への対処』
『大迷宮の遭難者捜索』
少し他と離れた位置にある依頼書の内容は、どれも深刻なものが多い。
「ここらへんは本気でマズイな」
「わう、最優先にすべき」
おそらくはそう言ったものを優先枠として集めているのだろう。
最優先の問題だけあって、その報酬も高目なものが多いようだ。
『ギルド受付手伝い』
『街中警備手伝い』
『倉庫街整理手伝い』
「……期間バイトか?」
「わう……警備はともかく倉庫整理って……」
また少し別のところにあった依頼書の内容は、一つ前の依頼書群とは対照的にかなり平和的な感じである。
まあ……探索者の仕事かと言われたら首を傾げなければいけないだろうが。
『学園のレポートの手伝いをお願いします』
『俺の代わりにラブレターを渡してください!』
「自分でやれ! つか、学生の出入り基本駄目だろ!? なんでこんな依頼があるんだよ!」
端っこの方にあった依頼書に思わず俺はツッコんでしまう。
特に二つ目、色々と何かが間違っているだろ!?
「あ、受注済みのサイン」
「誰だ受けたの!?」
ツッコミどころ満載な依頼書から、目を外そうとして……その横の依頼書に少々無視できない記述があったため確認する。
『コーヒーの宅配願い』
「本気で待て、受注されてるし……」
「わう、だから最近コーヒーの持ち帰りのお願いが多かったんだ」
「納得するなよ……いや、納得したけど」
どうやら意味が分からない……というよりか、明らかに狙っているとしか思えない依頼に関してこちらにまとめられているようだ。
というかギルド、何故にこんな依頼を受理するんだと本気で言いたい。
結論、大真面目なものとそれ以外の混ざり具合が凄い。
特にコーヒーの配達依頼した奴喫茶店に来い、自分で来たほうが安上がりだろうが。
「ここの探索者はこんな依頼やってんのかよ……」
そりゃ、魔獣の撃退とか他の街への配達護衛とかもあるけどよ……何気にイロモノの受注率が半端ないんだが。
その内容に頭を抱えながら目を通していると、横から声をかけられた。
「ヒサメ君、ルノ君、案内が終わったみたいだよ」
どうやらアサカたちも見学を終えたらしい。
レフィンさんがこちらへと呼びかけて来ていた。
「了解しました」
「わん!」
俺たちはすぐに返事をして、受付へと戻る。
とりあえず依頼に関しては忘れよう……色々と頭痛がしてくるものが多かったし。
「それなりに満足したようだな」
「ああ」
「質問にも丁寧に答えてもらいました」
受付へと戻ってきた俺の問いかけに、アサカとシトネちゃんが反応を返してくる。
他の二人もそれなりに有意義に過ごせていたようで、いい表情を見せている。
「じゃ、帰りますか……レフィンさん、今日はありがとうございました」
「「「「「ありがとうございました」」」」」
俺が礼を言うと、ルノを含めてアサカたちも続く。
そんな俺たちにレフィンさんは穏やかな笑顔を見せて一礼。
「いえ、こちらとしても有意義でした……どうぞまた来てください、歓迎しますよ」
「はい、機会があれば必ず」
レフィンさんの言葉にはっきりと返し、俺たちは外へと出る。
「それじゃあ、マスターたち、気をつけて帰るように、私は適当な依頼を見繕っていくよ」
「はい、レスカさん」
「レスカさんも依頼がんばって」
「ああ」
外でレスカさんに見送られながら、俺たちはギルドを後にする。
これで『大迷宮』探索における問題の一つはとりあえずなんとかなったか?
まあ、コーヒー中毒者に関してはエルザさんを筆頭に受付と厨房の方々に頑張ってもらうほか無いだろう。
頭ではそんなことを考えながら、帰り道を雑談しながら『旅人』まで歩くのだった。
喫茶店『旅人』、探索者の客が急増した結果、売り上げは登録前より上昇しました。