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第三十九話 『不在』

 『大迷宮』でレスカさんから忠告され、そしてこの喫茶店を続けようと考えた時、必ずぶつかる壁となるもの。


一度は試さなければいけなかったことであり、今日それを試していた。


「あ、すいません、オムライス二つ」


「かしこまりました、マス……じゃなかった、シトネちゃん、オムライス二つです」


「オムライスですね、わかりました、少々お待ちください」


「アサカさん、次はミートソースをお願いします」


「了解……くそ、忙しいな」


 『旅人』内を学生メンバーが忙しなく動き回っている……その場所に、俺とルノはいなかった。


現在は昼時の一番お客の来る時間帯であり、一番忙しい時間帯……その時間を学生たち四人で切り盛りしていた。


「まったく……涼しい顔であの人は、どれだけ細かいことをやっていたんですか」


 愚痴を言うように、しかし真剣な顔でシトネちゃんは必死に料理を作っている。


いつものように余裕を持った笑みを見せることができないでいるようだ。


「マジだよ……休む暇がない」


 同意といったようにアサカも呟き、ミートソースの作成を続ける。


当然この世界に缶詰のような便利なものはないので自作ということになる。


それでもトマトソースは前もって作成したものを保存しているので、大分楽ではあるのだが大変であるのは違いない。


一応言っておくがトマトみたいな食材で、まんまトマトというわけではない。


「わう……みんな忙しそう」


「そうだな……」


 そんな状態を確認している俺とルノはと言えば、実のところ『旅人』の中にいたりする。


ただしそれは、従業員としてではなく客としてではあるのだが。


「ん、お前さんたち見ない顔だな、ここは初めてなのか?」


 隣に座っていた客のおじさんで、ガイナスさんが俺たちに声をかけてくる。


よく来てくれている常連の一人で顔見知りであるのだが、初対面のように話しかけてくる。


「ええ、話には聞いていたので一度行ってみたかったんです」


「そうそう」


 俺とルノはそう言って小さく笑う。


現在の俺たちは普段と全く違う格好をしており、また魔道具で認識を曲げているため、よほどのことがない限り俺とルノを識別することは出来なくなっている。


こうすることで、四人の仕事ぶりを近い位置から見ることができているのだ。


自分がいない時にみんながどう動くのか、しっかりと店を回すことが出来るのか……俺とルノが探索で長期的に出かける以上、そこだけは確認をしておかなければならない。


それを確かめるために、俺とルノがいない状態を観察する必要があった。


勿論全員が学生であるから常に四人全員が回れるわけではない。


それを考えればまだまだ考えるべき点、改善するべき点は多いと言えるだろう。


おそらくはまだ無理だと考えていたため、その点に関しては特に問題はない……課題なども見えてくるし、四人にしても見えていなかったものが見えるようになるだろう。


これだけでも今回試しを行った効果があったと言うものである……だけど、もう一つの目的に関しても果たしておきたい。


「そうかそうか、だが残念だったな」


「残念……ですか?」


「今日はどうもこの店のマスターが不在のようでな、一部の料理……特にコーヒーには大きく影響が出てる……言っちゃあ悪いが下方にな」


 ガイナスさんが話しかけてきてくれたおかげでそちらの方もどうにかなりそうである。


客側からの意見感想は本人からでは聞きにくいし相手も早々話すことはできないだろう、それが良い点であればまだしも悪い点であればなおさらである。


そのため第三者的立場、客対客の立場であるのならばその問題もいくらか解決できると言うものだ。


「なるほど……ところでコーヒーというのは?」


「カルト豆を砕いたもんを加工して飲料にしたものらしいが……とにかく美味い、とはいえ苦味が大きいからそっちの坊主にはちぃとつらいかもしれんがな」


「わぅ……苦いのはあんまり好きじゃない」


 そう言って顔をしかめるルノの言葉は本心からのものだろう。


実際、ルノはコーヒーに関してはあまり飲もうとはしないし、そもそも子どもが飲んで味がわかるっていうのもなかなか驚異的である。


「お、坊主は犬っ子か……ますます惜しいな、マスターとどこかに行っているのだろうが……この店には坊主と同じ位の犬っ子がいるから友達になれたかもしれんのに」


「わ……わう」


「あはは」


 ガイナスさんの言葉に俺とルノは溜まらず苦笑いを見せるしかない。


同一人物ですとは言えないからなぁ……


「しかし……マスターがいると変わるものですか?」


 コーヒーに関しては理解できる。


あれは作り手によって味わいが変わる以上俺がいないことで俺の作るコーヒーは作れないのだから。


湿度などの環境も多少の影響が出てしまうから、目安となる分量を教えることができても、その通りになるとは言えないのだ。


まあ、そもそも俺の淹れたものが万人にとって最高かとは言えないから、あるいは今日のほうが美味いと思うような客もいるだろう。


とにかくコーヒーに関してはそうでありいつもと違うのは仕方ないが……他にも変わるものだろうか?


「違うな、料理の質も、あとは雰囲気も……いつもなら、この時間帯でこの人数でももっと落ち着いた雰囲気を出せるもんだ」


「そうですか」


 客から思われている問題点が出ること出ること……特に料理の質が落ちるとまで言われているのは不味いだろう。


まだ、任せるには早すぎるってことだろうか。


「え……と、オムライスお持ちしました」


 こちらの話を聞いていたのだろう、やや言いづらそうに声をかけてくるサナちゃんがいた。


「あ、ありがとう」


「ありがとうサナねえもがっ……」


「?」


 いつもどおりに言いそうになったルノの口をあわてて塞ぎ、愛想笑い。


サナちゃんは俺たちの様子に少々不思議がっていたが、すぐに頭を下げて他の客の元に向かって行った。


まあ、直前にあんな話をされていたら疑問に思ってもその場には留まりにくいだろう。


「……ふぅ」


「ごめんヒサメ」


「まったく……気をつけろよな」


「なんだ坊主ども、どうかしたのか?」


「いや、なんでもないですよ」


 横から見ていては俺たちの焦りは伝わらないだろう。


訝しむガイナスさんの視線を笑って誤魔化し、俺とルノは出された料理に口をつけ始めた。


「む……」


「わう……」


 一口食べておじさんの言っていたことを理解した。


不味いわけではない、普通に食べられる料理ではある……だけど、いつものシトネちゃんの料理より二段階は落ちているのは確実だろう。


ルノもその結論に達しているようで、若干その表情は複雑そうである。


「わう……なんで?」


 なまじシトネちゃんを知っているルノはいつもの料理から程遠いこの状況に疑問符を浮かべる。


シトネちゃんの性格上手を抜くのは有り得ない。


そうである以上、これはシトネちゃんの精一杯の作品であることは間違いない。


「俺がいない弊害……それから、俺のしたことによる原因……か」


 その原因が俺とルノの不在であることは疑いようもないだろう。


理由の一つは単純に料理を作る人数が少ないこと。


自分のやる作業が増えた分、一つ一つのクオリティが若干下がっているのだろう。


そしてこういうことに厄介なことは自分がいつもどおりに出来てると思ってしまうことがあること。


おそらくだが、シトネちゃんもアサカも自分の料理の質が落ちていることに気づけていない、気づく余裕がない。


自分たちの次の仕事のことばかりに気をとられて、現行の仕事に意識を裂くことが出来ずに雑になっているのだ。


確かに忙しくなればそれだけクオリティを保つことは難しくなる。


それをほとんどぶっつけでやろうとすれば、こんな結果になることも仕方がないのかもしれない。


また、別の問題として全体的に通常より速度が遅いのだ。


指示をする俺という存在がいないため、普段指示を受けて動いていた全員が仕事から次の仕事を始めるまでの時間……もっと言えば、次の仕事を見つけて動くまでの判断の時間がである。


自分で考えて動く……普段からそれが出来ていれば勿論問題ないのだが、通常は効率優先で指示を出しているため、自分で考えるよりも先に指示が飛んでくるのだ。


その結果として、まず俺に自分のするべきことを聞く、といった習慣がついているような状態である。


これではその辺りが成長することは難しいだろう。


シトネちゃんも出来るだけ指示をしようとしているが、やはり自分の仕事で精一杯でうまくできているとは言えない。


二つの問題の大きな原因は、アサカやシトネちゃんたちには同時思考能力や情報処理能力、あるいは広域視野能力などのじいさんから習った技術のいくつかを教えてはいるが……難易度が鬼のように高いため、シトネちゃんですらある程度にしか習得できていない。


俺とルノ二人で経営していた時に回せていたのは正直このあたりの技術があったからに他ならず、それがなければ今のシトネちゃんたちのように満足な料理も出せていなかっただろうことは想像に容易い。


自分が当たり前に使っていた技術だけに気づけていなかったが、こうして使えない状態の仕事を見るとその重要性が嫌でも浮き彫りにされてしまう。


もう一つ問題点を挙げるとすれば、同じように効率を優先するため、基本的に俺は失敗する前にフォローを入れてその場を切り抜けてしまうことから派生している。


そのため失敗することが稀となり、逆に言えば失敗後の行動、立て直し、気持ちの切り替えに関しての経験が少ないということ。


それがこの場において弱点となっていることである。


事実、アサカもシトネちゃんも小さな失敗を気にして次の失敗をするという負の連鎖が起こってしまっている。


「大体が俺が問題で派生してるんだな……」


 原因は何だと聞かれれば間違いなく俺であるとしか言いようがない。


いくら効率重視でやっていたとはいえ、成長を阻害させていてはどうしようもない。


探索者を目指す生徒がこの辺りで成長するのはどうよと思わなくもないが……それはおいておく。


「わう、ヒサメどうしたの?」


「いや、これからのことについて少しな……」


 自分のまいた種が多いことも理解したが、その他にもアサカたち個人に問題があるようなこともいくつか見えてきた。


客からの話も聞けているし、今回の試みとしては十分と言えるだろう。


まあ……予想以上に自分の自業自得が浮き出てしまいへこむこととなってしまったが、それは仕方がない、それこそ原因が自業自得なのだから。


「坊主よ、あんまり辛気臭い顔するなよ、今日は残念かもしれないが、普段はもっと美味いんだぞ?」


「そうですか……おじさん、すいませんがもう少し話を聞かせてもらってもいいですか?」


「ん? 構わんが、何が聞きたいんだ?」


 出されたオムライスを食べながら、おじさんにいくつかの質問をしていく。


ここでの好きな料理だったり、店の雰囲気のことであったり、マスター……ぶっちゃけ俺のことについて聞いてみたり。


わりと好感触だったので多少胸をなでおろしたのは秘密である。


他にもルノから関係のない話なども交えながら、一番聞いてみたかったことを聞いてみた。


「この店は、唐突に休業することが多いって聞いたことありますけど、どうですか?」


「ああ、たまにだが、やはり唐突なことがあるな……今日だって唐突にマスター不在の日みたいだしな」


「あ……ああ、そういえばそうですね」


 今回はどの程度できるかのテストだったから、普段どおり来てもらうために俺の休みを告知はしていない。


客には悪いと思うが、今回ばかりは諦めてもらうほかない……今度何かサービスになることをしよう。


「この店を楽しみにしているものは少なくない……唐突に休まれると残念ではあるな」


「そうなんですか……」


「しかし、それはこの街自体の問題ではあるがな……探索行くので、と、ある程度唐突に休みをとる店は少なくない……そういった意味では、その辺りの休日はある意味では仕方ないと言えなくもない」


「ああ……そう言われてみれば」


 この街全体がある程度そういうことが多い、その辺りに関しては伊達に『探索者の街』とは呼ばれていないと言うことだろう。


店主や教師も探索で仕事を開けることはある……まあ、俺みたいに二重になるようなことは珍しいとは思うが。


「とはいえ、さすがに一月近く休業になったときは大変だった……禁断症状の出てる奴もいたほどだよ」


「……禁断症状?」


 一月近くの休みと言えば『遺跡』の時の他ないだろう。


確かに探索期間が長いことは特異だろうし……あの時は告知が遅れたと言うこともある……が、なんか明らかにおかしな単語が聞こえてきたのだが。


「ここのコーヒー中毒者どもだ……いつ再開するかわからないまま永遠と待ち続けてコーヒーを、コーヒーを……と、ぼやいてる姿は見ていて気持ち悪かったぞ……気持ちはわからないでもなかったが」


 うわぁ……常連のみなさん、マジでごめんなさい。


『遺跡』から帰還後の営業一日目にコーヒーが異常なほど頼まれると思ったら……そんな裏話があったんですか。


横で聞いていたルノもその情景を思い出したのか、微妙に苦笑いになっていた。


「正直マスターには店舗登録をしてもらおうと今考えているところだ」


「店舗登録?」


「知らんのか? 探索者たちの集まる場所……通称はギルドだが、材料費などの一部工面と引き換えにギルド関係者、探索者への割引やその店の仕事等の予定を日常的に連絡する契約だ」


 つまりは探索者のよく訪れる店などをしっかりと把握し、スケジュールが狂わないようにするためのものらしい。


特に魔法具店などは材料の確保のために自分で探索に行って集めるような猛者も少なくないらしく、知らずに行ってみれば留守だった……という事態が頻出したらしい。


それでこういう契約をすることで店の予定を把握し、探索者もスケジュールが組みやすくなると、そういうことらしい。


「し……知らんかった……」


 素で驚きながらも同時に納得する。


確かに探索者御用達の店であるなら、そういうものがあれば便利だといえるだろう。


「まあ、魔法具店や旅具店ならともかく、喫茶店に店舗登録はさすがに前代未聞だろうが……」


「ですよね……」


 そういう契約があるのなら、おそらくレスカさんが言っているはずなのだ。


前例がないから案として浮かんでこなかったのだろう。


「なるほど……参考になりました」


「構わんさ、若干関係のない話もしてしまったしな」


「いえ、大変有意義でしたよ」


「わう、興味深かった」


「そうかい、ならよかったよ」


 オムライスを食べ終わり、俺とルノはガイナスさんにお礼を言う。


予想以上に参考になった話、特に店舗登録について考えながら席を立つ。


「それではおじさん、お先に失礼します」


「またね!」


「ああ」


 軽く挨拶をし、寄って来たサナちゃんに食べた分の御代を渡す。


「あ、ありがとうございました」


 代金を受け取り、サナちゃんが頭を下げた。


「またのご来店をお待ちしています」


「……そうだね、また来るよ」


 俺は小さく笑い、ルノをつれて『旅人』を後にする。


そのまま俺たちは街の広場まで歩いてようやく一心地をつくのだった。


「ふぅ……」


「バレないかって冷や冷やしてたよ」


「俺もだよ」


 俺はルノと苦笑を見せあい、それから空を見上げる。


今日の喫茶店の様子を思い出しながら、ふと呟く。


「『大迷宮』の探索はいつになることやら……」


 そんな漏れてしまった言葉に、思わずため息までついてしまう。


その姿が妙に疲れきってた様子だった、というのがそのため息を見ていたルノの感想である。


とりあえず……先は長そうだと、改めて思うのだった。






 喫茶店『旅人』、マスターの休日はまだまだ来そうにありません。

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