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第三話 『友人』

 喫茶店を開いてから二ヶ月、開店中である。


現在の客は三人、全員ルノを目当てにやってきたお姉さま方であるので接客は全てルノに任せてある。


しかし……お姉さまの一人、少し目つきが怪しいですよ。


いくらお金を出されてもルノを貸し出しはしないのであしからず。


お姉さま方とルノの笑い声が響き、時折頼まれる注文に応える。


昼飯時にしては珍しいほどゆったりとした正午に、騒がしい奴がやってきた。


「ヒサメ、頼む!」


「は……?」


 入り口のベルがうるさく感じるほど力強く扉が開け放たれ、外からフィオーリア学園高等部の制服を来たやや無造作にされた赤い髪の男子生徒が来やってきた。


そこまではまだいいのだが……入ると同時に早々唐突に両手を合わせながら頭を下げてくるのにはついていけなかった。


それは俺だけではなく、接客していたルノとお姉さま方も一緒であり、何事かとその男子生徒の方を向く。


「……いったい何がどういうわけなんだ、詳しく話せアサカ」


 とりあえずルノにこちらで対処するから気にするなと合図をして、見知った顔である男子生徒、アサカをカウンター席に座らせる。


コイツもお姉さま方もここの常連であり、当然ここへくる時間帯が重なって顔を合わせたことは何度かある。


その関係もあり、俺が対処すれば問題ないであろうことをある程度理解しているお姉さま方はルノとの会話を楽しむほうに戻ったようだ。


「なあ、ヒサメ……俺たちって友達だよな?」


 そんな周りの光景も目に入らず、俺が聞く体勢になったことを確認してアサカは妙な切り出し方で話を始めた。


「……まあ、そう呼んでも差し支えはないとは思うぞ」


 話の意図がまだ読めないため、多少不審に思いながら、俺は頷く。


アサカは常連としてよく暇つぶしにこの店に寄ってきては俺と世間話をしている。


注文もせずにずっと居座られた時はさすがに何か頼めよと文句を言いたくなったときはあるが、基本的には明るく気のいい奴で話しているとこちらも楽しいって思える。


元の世界じゃそういう話してて楽しい奴もいなかったし……って、改めて考えると寂しい生活していたんだなぁ俺、本当に当時小学生だったのかよ。


なんにせよ、この街に来て、ひいては喫茶店を始めてから一番俺と会話らしきものをしているのはアサカだと言えるし、友達だと思う。


「っていうことで、ヒサメ!」


「なんだ?」


「金を貸してください!」


「寝言は寝て言ってくれ」


 自分でも驚くほどに即答だった。


なにがということで、なのかが理解できないが多少なりともアサカのことを知っているせいで、その願いを聞こうとは思えなかった。


正直に言って、貸した金は返ってこないと思う、友達だからこそ、コイツと金銭関係は碌なことにならないのだと直感できた。


呆れかえった目で見る俺に、なおもすがりつくように見上げてくるアサカ。


ぶっちゃけ男がやっても逆効果だと思うぞ、その瞳は。


ルノみたいな子供なら逆にクリーンヒットするだろうが……うん、そこにいるお姉さま方みたいな相手なら確実に。


やらせてみたら大量のお金の代わりにルノをお持ち帰りされそうなので絶対にやらせないが。


「ほ……ほら、うちのクラスメイトにここのこと紹介したりしてやったろ?」


「なら次から課題は自分でやれよ」


「すんません」


 諦め悪くアサカが俺にこちらが世話になったことを使って交渉してくるが、俺の言葉に即座に撃沈された。


まあ……客を連れてきてくれたりと世話になったことはある、それは確かだ。


しかしそれも、サナちゃんと同じように課題を見てやったりしているので、チャラだろう。


それにサナちゃんと違ってコイツの方はいくら言っても全部俺にやらそうとするしな。


教えがいという点では、サナちゃんの遥か下だろう……それでも教えているのはまあ、なんだかんだ罵倒しても見捨てられないからだが。


「ま、まあ、とりあえず聞いてくれよヒサメ」


 諦めずに立ち上がってくるそのしぶとさにはある意味賞賛に値する……が、さすがに形勢が悪いことは理解しており、若干こちらから目線は外れている


加えてところどころ冷や汗らしきものも浮かんでいるし。


「………………聞くだけ聞いてやる」


 このままでいても長い時間居座りそうなので、とりあえず話は聞いてやることにする。


もっとも、たいした話ではないと直感で感じているが……


「実は病気の妹が……」


「さて、仕事に戻るか」


 予想的中、同時にお姉さま方から注文に入ったオムライスとコーンスープの作成に集中する。


とりあえず突っ込もう、お前に妹がいたなんて話初めて聞いた。


ある意味金を借りる常套句のようなセリフを聞くとは思わなかったぞ……


「待て、ごめんなさい、話すから聞いて、お願い!」


「……はぁ、話せ、二度目は無いぞ」


 料理は続けながらも、ある程度の意識はアサカのほうへ向けている。


こういうときは同時思考の便利さが身に染みてわかるものだ。


アサカとしても話を聞いているのは理解したのだろう。


「了解ですマスター!」


 見事な敬礼を見せるアサカに俺は心の中で盛大にため息をついた。


やっぱり真面目に聞いてると、馬鹿を見そうだな。


「まあ……なんだ、その、寮の家賃が足りないんだ」


「…………はぁ」


 やっぱり聞いて損したか……そう思ったのも仕方がないことだと思う。


そんな内心を知ってか知らずか、切実な顔でアサカは両手を合わせる。


「頼む、お前だけが頼りなんだ!」


 お前の頼る範囲はどれだけ狭いんだよと突っ込みながら、俺は疑問にも持ったことを聞く。


「なぁアサカ、学園の寮の家賃ってかなり安かったよな?」


「そうだな、普通なら払える」


「……で、何をしたんだ?」


 俺がそう聞くと、なにやらアサカは悔しそうな顔をして、


「あそこでダイスに嫌われなければ……今月分の家賃、取り置き忘れなければ……」


「また賭けやってたのかよ、自業自得だ」


 アサカの欠点の一つはこのギャンブラー気質のところだな、分の悪い賭けにも平気な顔してのるくせ、基本運が悪いし、大ポカやらかす。


正直コイツは賭け事には向いていないと断言できる。


「だいたい、家賃程度なら簡単に稼げるだろ、お前は高等部だから探索の許可も出るだろうし」


 フィオーリア学園の方針としては、初等部が完全に座学と訓練のみ。


中等部になると、学園の教師が監督しながら、街の外への実習が増えてくる。


そして高等部ならば、『大迷宮』以外の場所なら申請してある程度自由に行くことができる。


『大迷宮』ではないとはいえ、この街からある程度離れた森や坑道を探索すれば、薬草や鉱石、あるいは魔物の一部など、採集物で家賃を払うくらいの収入は十分得られるはずである。


アサカの戦闘能力に関して詳しい話は聞いていないが、戦士科の生徒であるし、直接戦闘が苦手であるといった感じは見受けられない。


そうであるはずなのに、言った途端にアサカの纏う雰囲気が重くなった。


どうやら、そんなことでは駄目なくらいの何かをやらかしてしまっているようだ。


俺は気乗りはしないが、覚悟を決めてアサカに問いかける。


「……どうしたんだ?」


「……………………家賃の納入日、今日なんだ、今から探索行ったんじゃ間に合わない」


 とても長い沈黙の後にそんなことをのたまってくれやがった。


まあ……なんだ、俺は大きく息を吸い込んで、


「そんな日の前に賭け事してんじゃねえぇぇぇぇっ!」


 絶叫した。


これに関しては俺は叫んでもいいと本気で思う。


「ヒサメ? どうしたの?」


 勿論こんな場所で絶叫すれば当然ながらお姉さま方にも聞こえるのは当たり前である。


俺のあまりの行動にルノが驚いた顔でこちらにやってくる。


そのルノの後ろからお姉さま方もとこちらを凝視していた。


「すいません、大声出して……ルノ、これを向こうに」


「わう、わかった……大丈夫?」


「問題ない、ただ心の底から突っ込みたかっただけだから」


 お姉さま方に頭を下げ、ルノには完成したオムライスとコーンスープの皿をのせたトレーを手渡す。


ルノは若干心配そうな顔をしたが、それから笑顔で戻っていった。


「んで……お前は少し反省しとけ」


 俺はそう言って、叫んだ原因にルノに渡したものとは別の丸型トレーの側面でぶっ叩いておく。


鈍い音がして、アサカがカウンター席に沈んだ。


「……痛いぞ親友」


「勝手にランクアップしてんじゃねえよ」


 とりあえず角のあるトレーじゃなかったことをありがたく思っておけ。


「すまん、もうお前に頼るしかないんだ!」


「一応聞くが……他のクラスメイトは?」


「無論……既に撃沈した……」


 だろうな、完全な自業自得だし。


いくら安いとはいえ、寮の費用を一月分貸すのはそれなりに抵抗はあるだろう。


特に、コイツのことをよく知っている奴ならばなおさらだ。


「ちなみに……明日からの生活はどうする気だ?」


「今は今日の支払いをどうするかしか考えられないぜ」


「だと思ったよ、大馬鹿野郎」


 どうやら本気で無一文らしい……いや、下手をすれば既に借金ありか?


疑わしげに見ていると視線をそらされた……どうやら有りらしい。


「一体どれだけ負けたんだよ……」


「面目ない……勝ち分を取り戻そうと……」


 確か前に未払いの間は部屋の鍵が没収されて締め出されるって言ってたな……本当にどうするんだよコイツ。


だからそこは捨てられた子犬のような目をしてんじゃねえ、ルノがやるからかわいいんであって普通の男じゃキツイだけだって言ってんだろうが!


さっきと似たようなことを思いながら、どうしたものかと考える。


「……まあ、ほっとくことはできそうにないわな」


 この世界……いや、生涯で初めての友人であるし、見捨てておいたらなんか目覚めが悪い。


まあ、こいつの場合はなんだかんだ言って生き延びそうだけどな、たぶん友好的な人脈に関してはそれなりにあると思うから金を貸すのはともかく一日二日くらい泊めれば費用稼ぎに探索の申請はできるだろうし。


「というか、これが初めてなのか?」


 俺は思っていることをぶつけてみる。


正直に言って、今の様子を見ているとこういうことを日常的に送ってそうな気がしてきたんだが。


「そそそそ、そんなことないぞ」


 その返答はどもり過ぎだと言わんばかりの様子。


横を向くな下手な口笛を吹くな……わかりやすすぎるんだよ。


「まったく、本当に……仕方ない、手を貸してやるよ」


「おお、そんなことを言ってくれるということは!」


「言っとくが……金を貸しはしないぞ?」


「何ぃぃぃぃぃっ!」


 大声出すな他に迷惑だから……ほら、またルノたちがこっちを見ているだろ。


「ほら、ちょっと来い」


「え、ヒサメ?」


 俺は店の奥のほうに行き、アサカを手招きする。


突然の行動にアサカも驚いた顔をするが、ややあって言うとおりについてくる。


「これな」


 店の奥の居住スペースへ行き、とってきた物をアサカに手渡す。


「え……これってまさか」


「お前のことだからやったことはあるだろ?」


「そりゃ、無いわけではないが……」


「ちょうど、話のわかる常連もいるからな……やってみろ」


 アサカの肩を叩き、店のほうへ戻る。


「ヒサメ、アサカどうしたの?」


「いや、すぐ出てくるさ」


 カウンター内へ入れるという行動にルノが驚いた目で俺に聞いてくる。


それに小さく笑い、後ろを向けば、


「これでいいのか?」


 俺とルノと同じエプロンにバンダナ姿のアサカが立っていた。


「おう、とりあえず注文とってこい」


「わ、アサカうちで働くの?」


「みたいだな、よろしくな、ルノ」


「わん!」


 アサカがポフポフとルノの頭を叩き、お姉さま方のほうへと歩いていく。


「追加のご注文はなにかございませんか?」


 そう言って立つアサカは、メモの持ち方など、一つ一つに慣れた手つきがうかがえた。


「あら、アサカ君、結構様になってるんじゃない」


「ほんと、こういうことやったことあるの?」


「ええ、一時期こんなバイトをやってました」


 相対するお姉さま方からの反応は良好。


ルノ目当てとはいえ、それ以外の人物に対して冷たいわけではないのだ。


むしろ客の中でもかなり友好的な人たち、気遣いもいい……ルノが絡まなければだけど。


「それじゃあ、これとこれお願いできる?」


「ええ、わかりました」


 アサカは綺麗に礼をして、俺の方へと戻ってくる。


「ヒサメ、ミートソースが一つ、コーヒーが一つだ」


「了解、そんな感じで頼む」


「ああ、わかった」


 そう言って、アサカは近くにあった布巾を持ち出して、テーブルを磨きに言った。


「結構目端効くんだな……アイツ」


 小さく俺はアサカを褒め、自分の仕事に取り掛かるのだった。


なお、拭いている途中に椅子を倒したたり、メニュー表を落としたりということがあり、評価を元に戻すのはそのすぐ後であった。






 喫茶店『旅人』、短期のバイトが入りました。

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