第三十六話 『創作』
コンサートから数日がたった……その間のことは特に何も無かった、そういうことにしておいてくれ……頼むから。
最後の曲に関しては当然のようにサナちゃんとセリカちゃんに追及を受けてしまった。
それだけならまだよかったんだが……話の流れから推測してしまったらしいアサカが血眼になって機工剣を向けてきた……正直あれはマジでヤル気の顔だった。
そして夜中には最初から最後まで見物していた姉さんに食事中からかわれ、終いには戦闘訓練と言う名の虐めを姉さんが満足するまで続けられた。
駄目押しとばかりに次の日にはカレンが喫茶店へ訪れてさらに一悶着、どさくさに紛れてまたキスをされ、その影響で周りから白い目で見られるわサナちゃんの機嫌が悪くなるわで、機嫌直しにさらに数日費やすといったイベントも起こった気がするが全て忘れることにした……ああ、何もなかった。
だけど正直、俺に優しくない数日間だったと切に思う。
「よう『旅人』のマスター、元気がねえじゃないか」
「察してくれおっちゃん……俺はもう疲れた」
現在は定休日を利用しての食材の買出し……と同時に気分転換。
そんな俺に坊主頭の快活なおっちゃんが声をかけてくる。
「なんか知らんが……まあ、がんばれ、それより、また地方のブツを仕入れてきたぜ」
「ありがとおっちゃん」
ニヤリと笑うおっちゃんは後ろにある大量の物の中からそれなりに重量のありそうな袋を俺の方へ見せてくる。
おっちゃんは地方を飛び回る商人で、この街でも有数の品数を誇っている。
うちのメニューの中でも珍しい材料を使っているものは基本的にこのおっちゃんから買い取っているものである。
そんなおっちゃんに最優先で集めてもらっているものがある。
今回の袋の中身がそれだ。
「しかしマスターも何だってこんなに香辛料を買い集めているんだ?」
「作ってみたい料理があるんだが、これが難敵でね……いくつもこういう香辛料を混ぜ合わせて作るものなんだけど、なかなか……」
「へぇ、そんなものがあるんか」
おっちゃんは興味深げに頷いているが、なんのことはない、元の世界では誰でも知っているような料理だ。
しかし、諸事情によりこちらの世界ではなかなか作り難いものになっている。
「ほんと……久しぶりに食べたいんだけどね」
苦笑しながら、おっちゃんから貰った香辛料を少しだけ舌につける。
「お……これは使ってみてもいいかもしれない」
香辛料の種類だけなら、うちの喫茶店には二十から三十は確実にあるのだが……どれを使っていけばいいのか皆目見当がつかない。
試行錯誤を繰り返しながら、最近やっと形になりかけているところである。
「これ、御代ね……また見つけたらよろしく頼む」
「毎度あり、マスターは結構な上客だから贔屓させてもらうよ」
「そりゃありがたいね、また利用させてもらうよ」
お金を渡し、俺は重量のある袋を肩に担ぐ。
ポーチに入れてもいいんだが、さすがに人の目があるため自重した。
「うまくすりゃ、今回で作れるかもな」
ソレの見た目は現時点でもかなりの完成度。
ただ、風味や香りのほうが今一近づかない感じだったのだが……今回の香辛料はそれが解決できそうなことを一度の味見でなんとなく理解できたのだった。
「ん、ヒサメじゃないか」
「あ、本当だ」
「アサカにシオンか」
足取り軽く『旅人』へと戻る最中に声をかけられたので振り向けば、二人の友人の姿を見つけた。
今日は完全に休息をとっていたのか、シオンと二人でホットドッグを食べていたようだ。
「なんだ、その無駄に大きい代物は?」
「香辛料、今作りたい料理に必要でね」
「へぇ、どういう料理なんですか?」
シオンが興味深げに聞いてくる。
俺は当然ながら、アサカもシオンも自炊するので、案外こういう話題は出やすかったりする。
しかし……なんで男三人寄って料理の話なんだろうか……なんかいろいろと間違っている気がする。
「どんなって言われたら……答えにくいな、強いて言えば辛い物かな」
「辛いもんか、いいな、ちょっと食ってみてえ」
「その手にあるものはなんだっての……」
現在進行形で食べているホットドッグを見ながら突っ込む。
戦士科だけあるというか、ルノほどではないがアサカも結構な大喰らいである。
「まあ……いいか、試作品でよければ今から作ってやるぞ?」
「イエス!」
「アサカは……もう」
タダ飯にありつけるとわかってテンションの上がっているアサカにシオンが多少呆れた顔をする。
「シオンは来るか?」
「そうだね……お腹はこれで膨れたけど、料理自体は気になるから」
「オッケー、んじゃ行こうぜ」
大袋を肩に担ぎなおし、三人になった俺たちは『旅人』への道を歩き始めるのだった。
歩いていくうちに人目が無くなってきたことを確認してポーチに袋をしまいこんだのだが……同行していたアサカとシオンから、さすがに眼に見えて体積の大きいものがそれ以下のものに収まる光景は不気味なのでやめて欲しいとの苦情を受け取るのだった。
言わんとすることは理解ができるのだが……それじゃこのポーチの有用性が激減するためそれはさすがに受け入れられない。
「ちなみに、剣とかはいいのか?」
「あれもまあ、不気味っちゃ不気味だが……向き次第でちゃんと入っているように見えるからいいんだよ」
「さすがに今みたいにぎゅうぎゅう押し込んで、何事も無いみたいなのはちょっとね……」
…………このあたりは見慣れているか見慣れていないかの差だろう。
どうしようもないので笑って誤魔化すことにするのだった。
そんな会話をしながら『旅人』にもどってみると、ルノが机の一つに顔をつけて伸びていた。
「ヒサメェ、おかえりぃ……アサカとシオン、いらっしゃぁい」
「休みだからってだらけ過ぎだぞ、ルノ」
「だって徹夜で『震』を調整してたんだもん……眠いよぉ」
「だから適当に切り上げろって言っただろ?」
「わうぅ」
答えるのも億劫、そんな意味合いを込めるようにだらけるルノ。
ルノが言う『震』とは、ルノが自ら考案した索敵用の魔法具……ならどんなに良かったか。
自分を中心に小さな波を震わせて、その波を遮るものを逃さず知覚する……言わば蝙蝠の超音波なのだが……その超音波を強化しすぎたために波の出力量によって、全方位に衝撃波を発生させる敵味方どころか使用者さえ関係なしの殲滅道具となっている。
そのため、代替案として攻撃時は波の出力範囲を絞ることが優先されるのだが……これがまたかなりの難易度を誇るので、徹夜をしてまでルノは調整を続けていたらしい。
ちなみに俺はそのころぐっすりと眠っていたりする、最近の疲労が相当なものであったため、そのまま一日中寝っぱなしになるところであったが、それはともかくとして……
「飯は?」
「いる!」
俺がそう問いかけた瞬間、即座にルノが返事をした。
だらけきっていた状態から完全に起き上って尻尾と耳を揺らしている。
「あはは……相変わらずだね、ルノ君」
「一体どこに俺以上の食い物が入るんだ?」
食い物の力が働いたときのルノの様子に見慣れている二人は苦笑しながら、ルノを自分たちの近くへと招く。
それにルノは嬉しそうに吠え、二人の間の席へと座ったのだった。
「それでルノ君、『震』ってなんなの?」
席に着いたルノに早速質問するのはシオン、魔法具科としてはやはり未知の魔法具というのは気になって当然である。
正直なところ気持ちはよくわかる……俺は多分学園にいれば魔法具科だっただろうから、同じ立場ならたぶんそうするだろう。
「えとね、索敵用だったんだけど……ちょっとやりすぎちゃって」
軽く舌を出してルノは笑い、震の構造についての説明をシオンに話し始める。
隣でアサカは専門外だといわんばかりに少し離れたところに移動していく。
「さて……じゃあ、作りますか」
一つ息を吐き、以前から何度も挑戦を繰り返して作った、香辛料を混ぜ合わせたスパイスのビンを取り出した。
「多分今回ので、大分昔の味に近づくとは思うが……」
作成したスパイスと、今回の買ってきたものを少しずつ慎重に混ぜながら、時折味見する。
もっとも、昔はそういう作り方をしていなかったのだから、味を見て適量かどうかを確かめることなんてできないため、気休めにしかならないが……
「……こんなところか?」
数度指先でつまんだ粉を舐め、近づけたかどうかはわからないが、少なくとも悪くないものに仕上がったということを舌が教えてくれる。
「なあ、ヒサメ、一体何を作るんだ?」
「ん? 俺が元の世界にいたときに食ってたもの、好物だったんだけど、こっちじゃ早々作れなくてな……」
ルノとシオンが完全に話し込んでしまい、退避していたこともあり一人取り残されたアサカが興味深そうに俺の作業を眺めてくる。
「確かに……んな何種類もの香辛料の配合を一々手間をかけてられねえか」
「こっちじゃな……俺のところじゃこの混ぜたものを固形化させて、市販品として売ってるんだよ」
「へぇ……」
「だから、肉やら野菜やら炒めて煮込んでから、その固形化したものを入れて溶かすだけ……本来ならお手軽料理」
その固形ルーの中身など小学生が詳しく知っているはずも無く、小学校の家庭科の時間で作った小麦粉を使ったホワイトソースを元に、香辛料を取り揃えて何度も作る羽目となってしまった。
「その料理の本場ではこうやって一から作るんだとさ……さすがに詳しいことなんて覚えてないし、そもそも知らないけど」
「ふぅん、ちなみに美味いのか?」
「個人感想で言えば好物だったな、試験的に作り続けたものも似てはいなかったがそれなりの味のものは作ってた……とりあえず、人に食わすからには不味いものは食わさんつもりではいるぞ」
話しながらも手は休めない。
肉や野菜を切り、火をかけたフライパンのほうで炒め始める。
「なるほど……そりゃ楽しみにしますかね」
邪魔になると思ったのだろうか、それきりアサカはこちらへ話しかけずに、気にならない程度の視線でこちらの作業を眺め続ける。
俺の方も炒め終わった具材を鍋へと移し、煮込みを開始する。
それと並行して、今回問題の作業へと意識を注ぐ。
小麦粉やらバターっぽいものを油のひいた新しいフライパンにのせ、焦げ付かないように炒め始める。
鍋の方の火にも気を使いながら小麦粉の粉っぽさがなくなるまで続け、頃合を見て今回作ったスパイスをその中に投入していく。
香辛料が炒められ、食欲を誘うような匂いが立ち始めて、それを感じ取ったアサカたちが反応を見せ始める。
「……なるほど、こりゃあ期待できそうだ」
「へぇ」
「わぅ……ヒサメまだぁ?」
その匂いからアサカとシオンが高い興味を持ち、ルノは待ちきれないとばかりに俺に催促を要求する。
「もう少し待ちなさいって……ていうかよだれ出てるから、意地汚いぞ」
「わ、わう!?」
指摘され、ハッとしたようにルノが口元をぬぐう。
その様子に、アサカとシオンが微笑ましいものを見るように笑い、そんな二人の視線を感じてか、若干ルノも恥ずかしそうにする。
最近多少の羞恥心はできた物だが……未だに服飾への羞恥心が出ないのはルノ自身のせいなのかお姉さま方のせいのなのか……判断が難しいところである。
そんな益体のないことを考えているうちに料理は完成に近いものになっていく。
フライパンで炒めたものを鍋へと投入し、おたまでかき混ぜ、浸透させていくのだが……
「やべ……若干水っぽくなったか?」
おたまですくった感触が本来のそれよりはスープに近いものであることに若干残念な感じを覚える。
「どうした、失敗したのか?」
「いや……まあ、予定よりとろみはなくなったが……食う分には問題ない」
新しく入れた香辛料が原因なのかはわからないが……とりあえず、そういう種類も存在していたはずだし……これでも一応問題ないだろう。
そう判断しながら、別の場所で作業していた米のほうも炊き上がったのを見て、俺にアサカにルノ、三人分のご飯をやや底の深い皿によそっていく。
「そういえば……シオンは結局どうする?」
「そうだね……少しだけ貰えるかな、これだけ良い匂いの中で食べないのは勿体無いからね」
「そりゃ、ありがと」
シオンの返答により四つ目の皿を取り出して、そこに軽くご飯をよそっていく。
各自にその皿を手渡し、鍋の中身をかけるように指示を出す。
「あ、アサカ、お肉ばっかとってる!」
「いいだろ、別に」
「駄目、ボクの分が減る!」
ルノはともかくお前はどうなんだよと低次元な喧嘩を繰り広げるアサカとルノ。
ある意味で微笑ましいその様子に俺とシオンも思わず苦笑する。
「そういえば、この料理の名前は?」
「ああ、言ってなかったな」
そんなときにふとシオンにそんなことを聞かれて、まだ名前を教えていないことに気づく。
それは向こうの世界の人間ならまず知らない人はいないであろう一品。
「カレーだよ」
「へぇ」
会話をしているうちにカレーをかけすぎている二人を強制的に止め、俺とシオンの分をかけることで、全員分の料理が完成。
全員一斉に食べ始めたのだが。
「辛い……でも美味いなこれ」
「ヒサメ、おかわり!」
「速過ぎだろ……ルノ」
一口食べた後、やや水を飲みながら感想を述べるアサカに、一心不乱に食べ続け、あっという間に次を要求するルノ。
空になった皿を受け取っておかわりを出してやれば、これまた急ぐように食べ始めた。
「しかし、人を選びますね……辛党の人には人気が出るでしょうけど」
「だろうな……さすがに、すぐさま甘口のカレーのスパイスを作るのは難しいし」
「けど、確実に売れるぞ、特に俺らの年代には」
「アサカの年代か……やっぱり上に何か乗せるべきか? トンカツとか」
感想に対して俺は小さく呟いたのだが……耳ざとく二人が反応するのだった。
「よし、是非そうしよう、それは絶対美味い」
「わう、じゃあボクコロッケ!」
「食に関しては本当に積極的だな、お前ら!?」
「あはは……二人らしいけどね」
全力で食いついた二人に、俺とシオンは苦笑しながらそうこぼすのだった。
俺の感想としては、若干感覚は違うものの、それは市販ルー同士の違いといったレベルの差異であり、水っぽくなったのは反省としても個人的には満足の出来る作品だったと言える。
それから一週間ほど後に、何度か調整とトッピングなどの案出しをして『旅人』に新しいメニューが加わるのだった。
喫茶店『旅人』、最近男子学生の来客率が上がりました。