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第三十四話 『継詠』

「おいおい……知らない内にとんでもないものができてるな」


 喫茶店を発ち、普段よりも多い人の波に乗るような形で歩いてきた俺たちであったが、学園中等部のグラウンドにある特設ステージを見て思わずそう呟いてしまう。


円形の巨大な建物、ここからでは中は見えないが中央に歌うためのスペースが用意されているとのことである。


「学生まで動員したとは聞いていたが……前日までの資材準備から今日一日でこれを組み立てたのかよ……」


 今日はともかく昨日までは中等部の授業にて普通に使用されていた、そのため時間は決して多くはなかったはずである。


それでも完成したそのステージには突貫工事であったり学生レベルの出来といった様子が感じられなかった。


この街の技術力、それから歌姫への愛に賞賛と呆れを送りたいと思った。


何に呆れるかと言えばこれほど立派なステージをわずか一日で撤去することである、たった一日のステージをここまで完成度を高めるのだからとんでもない。


「わう……すごい」


「学園帰りに少し覗いてきた時は私たちも驚きました」


 はぐれないようにと肩車していたルノがそれを見てはしゃいだ声を上げる。


動くルノを落とさないようにバランスを取っていると隣を歩くサナちゃんからもそんな言葉を貰った。


隣にサナちゃんが来たことで俺は残りのメンバーの位置を探ってみれば、やや後ろにシトネちゃんとセリカちゃんの気配、人並みに邪魔をされたのかさらに後方にクラウとアーミアを確認できた。


ともかくはぐれているといったことはなさそうだと俺は軽く安堵の息を吐く。


「ま……なにはともあれ久しぶりだし、アイツの歌をしっかり聴いてやろうか、ルノ?」


「わん! すっごく楽しみ」


 俺の言葉に応えるようにルノが反応し、さらに身体を揺らしてくる。


バランスを取ることに悪戦苦闘していた俺を見てサナちゃんが笑っていた。


そんなことをしている内に俺たちは会場の入口近くまで辿り着いていた。


「さて……たぶんリアンナがどこかにいると思うんだけど……」


「リアンナというと……あの灰色の髪の護衛の人ですか」


「そういうこと……お、いた」


「どこよ……というかこの人の壁で見えるものなの?」


「いや、ぶっちゃけ見えては無いよ」


 通りよりもさらに増えている人の数に特定の人物を目で探すなど簡単なことではない。


気配を探ることで位置を探り当てた俺は、残りのメンバーを先導しながらそちらに向かって歩き出す。





 目視ではなく気配感知で探り当てる辺り人の多さが伺われる。


それにため息をつきながら大量の人の中をどうにか掻き分けてリアンナの元へとたどり着いた。


とはいえ、集まっている人との体格差もあり、サナちゃんたちは俺についていけずに遅れていた。


本来ならしっかりと待ってあげるべきなのだろうが……リアンナと話しておきたかったために先行していく。


リアンナはと言えば悪戦苦闘しているサナちゃんたちの方へ目を向けて、それから俺たちのへと話しかけてくる。


「や、ヒサメ、ルノ、予定よりも一人多いみたいだけど?」


「悪いリアンナ、容赦してくれ」


「いいわよ、二人の知り合いなら悪いとは思わないし」


 頼み込む俺にリアンナは思いのほか簡単に了承をしてくれた。


それを少し不思議に思ってみれば、


「私だって、まさかヴェルリックなんて大物とぶち当たるとは思ってなかったのよ……さすがのヒサメというか、なんというか」


「ほっといてください」


「ま、それはともかくそんなものと戦闘してたんだから、その程度のお願いくらいはいくらでも聞いてあげるわよ」


「おお、リアンナさん太っ腹」


「まぁね」


 仮に何かあったとしても私が見ている以上は危害なんて加えさせるわけがないしね、などと言いながらリアンナが笑う。


ああ……まあ確かにそうだろうなぁ、などと思いながら、人の波に苦戦している他のメンバーの到着を待つことにする。


そしてやって来たのはサナちゃんたちではなくて、それよりも後方にいたはずのクラウとアーミアであった。


「リアンナさん、こんばんわ」


「問題はないようだな」


「私が護ってるんだからね、問題があるわけないわ」


「フ……違いないな」


 こと護ることにおいて絶対の強さを持つリアンナの言葉にクラウも言葉少なに肯定する。


まあ、当然であろう……全力で防御に回ったリアンナを抜ける存在はまずいない……クラウであっても一人ではどうしようもないレベルの強固さなのだ。


そんな話をしている内に、後続となっていたサナちゃんたちもこちらへと辿り着く。


「はぁ……疲れました」


「なんであの人の波をスイスイと進めるんですか!?」


「というよりも……簡単に人が掻き分けられすぎている感じだったのですが……」


 人の波はやはり精神的に参ってくるのだろう……特にここまでのことは感じたことはないであろうし、慣れていなければそれだけ疲労はたまる。


そんな状態ながら、後ろにいたはずのクラウたちが余裕そうに通り過ぎて行ったことは、さすがに不自然にも感じたらしい、クラウとアーミアに疑問をぶつけていた。


「あれはクラウの虚空という技ですね」


「虚空?」


 その技の概要を知っているし、今使っているのを見ていた俺は頭を抱える。


おそらくは口元も引きつっているだろう……やや呆れた目でクラウの方を見る。


「クラウ……こんなことのためにそんな技使うなよ……」


 技術の無駄遣いにもほどがあるというものだ。


虚空は自分を周囲に溶け込ませる技であり、使用者を周囲から認識されにくくする効果がある。


クラウほどの実力者がやれば、はじめからいるとわかっていなければまったく気づけなくても不思議ではないもの。


仮に触れられたとしても、その事実を認識することができない……そんなとんでもない技なのである。


俺の作る闇のマントも効果自体は似たようなものではあるが、さすがにここまでのレベルは出すことは出来ない。


そんな技によって認識できないままに押され、そしてその事実に気づかないままに押された場所には人が歩くだけのスペースが出来る。


さらに押した人間がバランスを崩して倒れないようにしっかりと加減されているあたりがまた無駄に技術が高い証拠である。


軽い技の概要を説明して、戦闘型じゃないため今一よく理解できないサナちゃんセリカちゃんと、逆にどれだけそれが難しいことか理解できるシトネちゃんとの反応の差が苦笑を誘う。


「マスターの知り合いがどれだけ人外なのか、その断片が見えた気分です……」


 事実人間じゃない辺りが全く冗談になってないよ、シトネちゃん……ほら、アーミアも苦笑してる。


「なに、ある程度の研鑽を積めばこの程度、どうとでもなるだろう?」


「いやいやいやいや」


「わう、そんなのクラウさんだけだよ……」


 なんともないように言うけど、クラウはクラウで自分と人間とのスペック差を自覚しような?


普通無理だから、仮に俺とルノが挑戦したとしても半分も再現できないからな……


「はいはい、そこまでにしておいてね……騒がしくしてあまり目立つわけにもいかないのよ」


 呆れた顔をしながら、リアンナが混沌としたこの場を収める。


まあ、確かに……明らかに関係者じゃないような輩が観客席以外の場所に入り込むのを見られるわけにはいかないか。


それが原因で潜り込もうとする暴徒が出ないとも限らんし、そう考えて全員素直にこの場の移動を始める。


その時何気なくクラウが全体に対して虚空を使うという超絶技巧を使っていたが、気づいたものは呆れに苦笑を浮かべることしか出来なかった。


もしかするとこの場で一番気配りなどが出来るのはクラウなのかもしれない……あまり考えたくない思い付きを振り払い、俺は足を進めるのだった。


本当に一日で出来たのかと疑うほど完成度の高い会場内の通路を歩き、やがてリアンナが扉の前で止まった。


「はい到着、人は下げてあるから今はカレンだけしかいないわよ」


 正確には、分体のリアンナがおり、着くと同時にその身を消滅させているのだが、事情を知らない人間が三人ほどいるため詳しくは触れない。


そんな裏話はさておいて、リアンナは扉を叩き、中から返事が来たのを確認して俺たちのほうへ向き直る。


「さて、この先にいるのが歌姫と名高いカレンよ」


 そう言って、目の前の扉を開けた。


瞬間、扉の中から勢いよく人影が飛び出し、俺へと飛び込んできた。


「へ……?」


「わう?」


「ヒサメ!」


 正直に言うと、その時の俺は完全に油断していたのは間違いない。


向けられたものが悪意であればその限りではなかっただろうが、そこに悪意など一片たりとも含まれていなかった。


何よりも予想すらしていなかった行動に俺は動けず……その人影と衝突した。


軽い衝撃、それと同時に感じる温もり。


だけど、なにより俺の冷静さを奪っているのは……


「え……あれ? えっ!?」


「な……なな!?」


「わ……大胆」


「あら、やるわね、カレン」


 互いの息遣いも感じられるほど極至近距離に見える女の子の姿。


そして唇に感じる柔らかい感触。


「ん……ぷは、会いたかったよヒサメ」


「カ、カレン……お前……なぁ」


 ごく至近に存在する邪気のない笑顔。


そこから目を逸らしながら、彼女の身体を引きはがそうとする。


とはいえ、相手が誰であるのか分かっているだけに手荒には扱えず、出来る限り優しく肩を掴んで距離を取るように離した。


その間に俺は彼女、および周りのメンバーと目を合わそうとしていない……ああマズイ、顔が熱い。


確実に今の俺は笑えるほどに真っ赤な顔をしているだろう。


それでもいつまでもそうすることはできなくて……俺は彼女と対面する。


「ったく、いきなり何してんだよお前は」


「ゴメンね、だけどこれくらいじゃないと、奪えそうになかったからね……それにしても顔真っ赤だよ、ヒサメ」


「その原因が何を言ってやがる!」


 指摘されて思わず叫ぶ。


予想以上に出た声に俺は舌打ちがしたくなる……ああ、くそ、余裕が全然ない。


「だから謝ってるじゃない、あはは」


 俺の文句に対して、イタズラが成功したというふうに笑う彼女こそ、カレン・サイネリア。


歌姫と名高い、一人の少女だった。


「さて……あぁ、完全に固まってるな」


 俺の視線の端に捉えたのは見事に顔を赤くして固まっているサナちゃんとセリカちゃん。


ルノはまあ、特に何とも思っていなさそうだがアーミアは多少顔を赤くしている、当たり前だがクラウは特に興味なし、リアンナはこちらを見てニヤついている。


残ったシトネちゃんは今の光景に対して驚きはあっても動揺はないようで、顔色は変わっていないようだ……ある意味凄いな。


「子どもには衝撃過ぎたかな?」


「子どもって……せいぜい一つ上が何を言ってやがる」


「その一年が重要なんだよ、大人として」


「はいはい……」


 呆れたように呟く俺のツッコミにカレンは非常に偉そうに胸を張る。


これ以上ツッコんでも意味はなさそうだとおざなりに返事をすれば、リアンナの方から手を叩く音が響いた。


「はいはい、言いたいことはあるでしょうけど、ここじゃなんだし中に入るわよ」


 リアンナの手を叩く音に、ようやくサナちゃんとセリカちゃんは復帰して俺に詰め寄ろうとしていたが、それを察知していた俺はとりあえず中へと一足先に入っていく、他のメンバーも続けて中へ。


取り残された二人が追ってくる形で中に入り、全員が入ったところでリアンナが入口の扉を閉めるのだった。


「さて……いきなりで驚かせちゃったけど、はじめまして、私がカレン・サイネリアね」


 最初に口を開いたのは今夜の主役となるカレン。


非常に魅力的な笑みを浮かべて、サナちゃんたちやアーミアといった初対面のメンバーに自己紹介を行う。


金に近い茶色の長い髪、衣装であろう白いドレスを着て立つその姿は、そこにいるだけでも十分なほどの魅力を放っている。


「はじめまして、アーミア・エルハートです」


「……クラウだ」


 カレンの差し出した手をアーミアは握り、同じように笑みを浮かべる。


それを後ろから見ているクラウは名前のみを告げて、そのまま沈黙する。


「相変わらず……無愛想ね、クラウは」


「放っておけ」


 ニヤついたままクラウに話しかけるリアンナに、クラウは鬱陶しそうにその場から離れて、扉近くの壁に背を預けたまま動かなくなる。


どうやらあとは静観する予定のようだ。


そんなクラウの様子を見ている内に、サナちゃんたちもカレンと自己紹介を済ませたようである。


「サナちゃんにセリカちゃんにシトネちゃんね、覚えたわ……なるほど……それで、貴女がサナちゃんなのね」


 微笑みから、やや真剣な表情になってカレンはサナちゃんを見る。


「え……?」


 その視線に気圧されながらも、サナちゃんは向けられた視線から逃げることができない。


誘われるようにサナちゃんとカレンは互いの瞳を覗き込むように目を合わせていた。


「なに……これ?」


 戸惑いや覗き込まれることへの気恥ずかしさ……そんな思いはあるのだが、なぜかカレンの瞳から目を逸らすことができない。


それがさらにサナちゃんの戸惑いを加速させていく。


「ヒサメとリアンナの言うとおりなんだ……うん、わかるよ……あなたと私は『同じ』なんだね」


 そんなサナちゃんの様子にも気づかないのか、瞬きもせずにカレンはサナちゃんの瞳を覗き込み続ける。


吐き出されている言葉は、推測が正しかったことのなによりの証左。


だからこそ同時に、何かが膨れ上がる気配がサナちゃんとカレンから発せられ、ゆっくりと鳴動し始めるように気配が動く。


それは言ってしまえば目覚め……その始まりの感覚を感じ取れているのは俺とルノ、クラウにリアンナのみ。


アーミアも戸惑った表情をしているので、部分的に感じてはいるのだろう。


「マズイか……?」


「わう……止めたほうがいいかも」


 今ここで起こっている状況は、今回二人に行おうとしていたものに相違ないだろう。


正直なところ確証はなかったから、こういう事態になって少々ほっとしている部分がないわけではない。


だけど、まだ早すぎる……サナちゃんに説明を行っていないし、そもそも俺が引き金を引いたわけではない……完全に突発的な事態である。


特にサナちゃんは不意打ちだっただけに、発せられている鳴動もどこか歪で不安定なものだと感じられた。


このまま進行すると何が起こるか予測がつかない……もしかしたらこの街一帯が更地になることも考えられる。


今の状態ならばまだ簡単に止められるだろう……そう思い、俺もルノもクラウもリアンナまでもが動き出そうとして、


「あの……サナが困ってるから、止めてあげられますか?」


 そんな俺たちよりも先んじたのはセリカちゃんの声だった。


「……あ、うん、ごめんねサナちゃん、いきなりでビックリしたでしょ?」


「い……いえ、大丈夫です……ビックリしたのは確かですけど」


 声をかけられたことで集中状態が解けたらしい。


ハッとした様子で二人は我に返り、互いに声を掛け合っている。


正気に戻ったことで鳴動も抑えられ、わずかに頭の中で鳴っていた警鐘が消え去った。


「失敗したわぁ……サナちゃん、本当に大丈夫?」


「はい……問題ないんですけど……妙な感覚がちょっと……」


「うん……わかるわ、私の方も感覚的に残ってるから」


 やってしまったと言わんばかりのカレンが念を押すようにサナちゃんに聞けば、サナちゃんからやや不安な回答が寄せられる。


サナちゃんの方でも事象を理解はしていないものの、何かがあったこと、そして自分の中での何らかの変化について感じているのだろう。


「ま……さっきのことはヒサメがあとで説明してくれるだろうから置いとくとして、私に何か聞きたいところがあるんじゃないかしら? 主にこの部屋に入る前とか……ね?」


 説明を全て俺に丸投げしながら、カレンがさらに爆弾を投下する。


おいおい……勘弁してくれ、と内心で頭を抱え込みながら、しかしもう投下された以上はどうしようもない。


「入る前……って、もちろんアレね」


「あうぅ」


「大胆でしたね」


 最初の衝撃を思い出したのかサナちゃんたちがそれぞれ表情を見せる。


若干赤くしながら呆れたようにカレンを見るセリカちゃん、完全に真っ赤で何も言えていないサナちゃん。


やはり表情の変化が見えないシトネちゃんはどことなく意味ありげにこちらを見てくる……その視線に何の意が含まれているのかに関してはあまり考えたくはない、どういう意味にしてもこちらの考えていることを見透かされている気がするから。


そちらに関してはあまり考えないようにいていると、意を決したように未だ顔の赤いサナちゃんがカレンに問う。


「あ……あの、カレンさんはマスターとはどういう関係なんですか?」


「それはもちろんこいび……」


「友人だ」


 お前が爆弾を投下するのは、まだお前の勝手だ……だが、嘘による爆弾は許さない。


その言葉を言い切る前に俺は調子に乗っているカレンの頭に手を乗せて、そのまま力を込めるのだった。


「あ……あぁぁぁぁぁっ、壊れる、壊れちゃうよぉ!」


「反省が必要みたいだな……ん?」


「ごめんなさい、調子に乗り過ぎましたぁぁぁぁっ!」


 叫びに涙声が混じり始めた辺りで解放してやると、カレンは頭を抑えながら俺から距離をとった。


「ヒサメのバカァッ、女の子の頭に何するの!?」


 半泣きで叫ばれた文句に、実際に喰らったことのある少女が同意を示すように頷いていたが、スルー。


とりあえず言わせてもらう、それは自業自得だと。


「ま……カレンとはただの友人だよ」


「マスター……今までの一連の流れを見てそう思うのは無理がありますよ?」


「む……」


 いやまあ、自覚はしているんだけどさ……


シトネちゃんのツッコミに俺は困ったように頬をかく。


「舌も入れようかと思ったけど、さすがに初キスだったからね……」


「よし、お前はもう黙ろうか」


 色々と問題発言をかましてくれた馬鹿一名をさっきよりも強い力で締め上げる。


とはいえ、気絶させると後が面倒になるため気絶しない程度に加減しながら長く続けてやった。


「……きゅぅ」


 適当なところで解放すると、力なく机に伏したまま動かなくなってしまう。


まあ、意識を失ったわけではないので問題なく会話は出来るだろう。


「今まで持ってた歌姫のイメージが崩ちゃった……」


「安心しなさいサナ、私もだから……」


 色々と驚愕のシーンを見たせいかサナちゃんとセリカちゃんが黄昏ていた。


もう少しこんな緩い空気に浸っていたいところなのだが、時間も近くなってきていることであるし手を叩いてこちらに注目を集める。


「ま……各自言いたいことはあるだろうけど、ちょっとこっちに時間をくれ、真面目な話だ」


「それは……さっきのサナちゃんとカレンさんのことですね?」


「ああ、そうだ……サナちゃん、カレン、ちょっと近くに来てくれ」


 確認するようなシトネちゃんの言葉に頷き、俺は二人を呼び寄せる。


「はいはい、ただいま」


「は……はい!」


 呼びかけに応じて、ダウンしていた状態から復帰したカレンと緊張した様子のサナちゃんが俺の近くまでやってくる。


「あの……マスター、私、全然詳しい話聞いてないんですけど……」


「大丈夫、今からちゃんと説明するから、別に心配しなくても大丈夫だよ」


 先ほどの鳴動、そして残り続けているのだろう感覚に不安そうなサナちゃん。


それを安心させるように笑って答えて、俺は話を始める。


「まずは、そうだな……継詠者、二人のことをそう呼ぶ者たちがいるんだ」


「継詠者?」


「ああ、詠を継ぐ者……そういう意味が込められている呼び名なんだ」


 聖獣、夜の王が動くこともあるほどの力を持った名である継詠者。


そんな存在が受け継ぐ詠と言えば……一つしか存在しない。


「そうだな……前に『大迷宮』の役割が古代言語の詠を残すための場所だって言ったのは覚えているな?」


「はい」


「私は聞いたの少し前だし、概要程度しか覚えていないけれどね」


「ま、概要程度を理解してくれていればいいさ、そういう場所だと思ってくれればそれで」


 詳しい内容に関してはこの際重要ではないし。


ここで言いたいことは、聖獣が古代言語を残すために動いたのだと言うこと。


「古代言語を残すように聖獣に依頼したのは一部の酔狂な人たち……じゃあ、それ以外の人は何をしていたかってことだ」


 何もしなかったということはないだろう。


幾らかの文献は残っているし、わずかながらも伝承として残されていることもある、残す努力は確実にされていたと考える。


「同時期に爆発的に広まった魔法言語の体系が原因か、それ以外なのかはわからないけど……現状を見る限りでは、しっかりと残されているとは言い難い」


 本来、古代魔法は威力と同時に消費も激しいものだ……俺のように結晶を生み出せなければその魔力消費は恐ろしいことになる。


そこに消費の少ない魔法言語が誕生したのだ、そちらにばかり注目がいったとしても、あまり不思議ではない。


あるいは、効果が強すぎる故に過度に残し過ぎることもまずいと考えられたからなのか……詳しいことは闇の中である。


「ま……それらの結果がどうであれ、一つ特異な手段を用いて伝えていこうとした人たちがいたわけだ」


 それは……知識の継承。


「文書口承でもそれは言えることなんだけど、その人たちは古代言語の知識の継承のための詠を作り出したんだ」


 親が持つ知識を子どもへと継承する。


文や口で伝えるのではなく、一つの詠を鍵に古代言語、および古代魔法への知識を直接授ける方法。


詠さえあれば、古代魔法の知識を延々と伝えていける……はずだったのだが、


「ま、その詠が失伝してしまったらしい」


「うわぁ……」


「意味がないっていうか……本末転倒と言うか……」


 サナちゃんやカレンの口からそういった言葉が漏れるのも無理はないだろう。


ある意味では唯一伝えるべきものを失ってしまっているのだから。


「ま……継詠者の存在が完全に絶えていないのは二人がいることで証明はされているのだけど」


「どういう、ことですか?」


 詠の失伝してしまった継詠者は普通の人間と変わらない。


だけど時に、継詠者は普通ではあり得ないことを起こす……サナちゃんと、そしてカレンも自分の知らないはずの古代言語を使用していた。


親からの継承ではない……これはきっと継詠者の起源に歌われた詠の力。


継詠者というのはきっと根本に繋がっているのだと、俺はそう思っている。


どういう理屈なのかは一切わからないところではあるが……継詠者の血筋、その血や魂といったものが知識を引き出すための何かとつながっているのではないか。


そしてそんな特異な何かを持った継詠者という存在の根源として存在しているのは……同じく特異な存在である異界の詠歌いに他ならない。


「ちょっと……待ってヒサメ、今私にも初耳の情報があったのだけど」


「ん? 知らなかったか?」


「知らないし、聞いてないわよ!」


「そりゃ悪かった」


 つか、『大迷宮』とかの話はともかく継詠者に関してはリアンナが説明してくれているはずだったのだけど。


そう思ってリアンナを見れば、素で忘れていたようでこちらに手を合わせて謝っているように見える。


夜の王でも抜けることはあるんだなぁ、などと変なことを思いつつも、とりあえずは目の前で驚いているカレンを落ち着ける。


「しかし……そうなると私たちのご先祖って」


「異世界人ってことになるな……まあ、どれだけ太古の話をしてんだってところだけど」


 その言葉を口にすれば、サナちゃんやカレンだけでなく、セリカちゃんやシトネちゃん、アーミアまでが驚いた顔をした。


まあ、驚きはあっても実感なんかはあるはずもなく、当事者の二人としても驚きの度合いは他の聞いているメンバーと変わりはしないだろう。


真っ先に驚きから回復したのはカレンで、ニッと笑って口を開き始める。


「そんなところでヒサメとつながりあったとはねぇ……これって運命ね」


「あってないようなもんだがな」


 一番最初までさかのぼれば人類皆兄弟と一緒の理論だ。


最悪俺のいた世界以外からの召喚も考えられるから、むしろ一切の関係がないことも考えられる。


「そうかもしれないですけど……私は、なんとなく嬉しいですよ?」


 カレンとは違いからかいなどの邪気なく、微笑むようにサナちゃんは言う。


そんなサナちゃんに思わず俺は言葉に詰まり、それでも口を開く。


「そ……そうか」


「はい!」


「む……」


 嬉しそうに笑顔を見せるサナちゃんに何かを感じたのか、カレンがどこか敵を見るような表情を見せていた。


「う……うぅ~」


 そんな視線を受けたサナちゃんはと言えば、いつもであればそういった視線にあたふたとしているはずなのだが……今はどういうわけか謎の戦意を見せてカレンを見返していた。


穏やかではないが、かといって物騒と言えるほどでもなく、どこか微笑ましいそのにらみ合いを見ながら苦笑し、止める。


「はいはい、何を二人でやっているのか知らんがそこまでにしとけ」


 仲裁に入ったつもりだが、なぜかこちらに微妙な表情を見せて、二人はため息をついた。


というか二人だけでなくセリカちゃんやアーミアまで微妙な視線を送ってきている。


「おい、なんだこの視線?」


「別になんでもないわよ」


「そ、そうです!」


「わかったわかった……じゃあ、話を続けるぞ」


 何を言ってもどうにもならなそうな空気に俺は先へと話を進めることにする。


大昔からの血筋、そうであるならば非常に分岐しており、世界各地にそういった存在がいてもおかしくはない。


実際、初めての授業の際のサナちゃんの力などを考えれば、もっとその存在が明るみに出てもおかしくはないはずである。


しかし現状はそうではない……ある意味では当然だ、遥か昔の血筋の特異性など早々引き継ぐものではない。


詠もない以上はどうしようもないはずなのだが……時に例外が現れることもある、それがサナちゃんやカレンだ。


カレンであれば歌を歌っている時や、サナちゃんであれば全力で詠唱を行った際、つまりは極度の集中状態である必要はあるようだが、二人は鍵となる詠もなしに知識に触れている。


集中状態が必要な点から見て、やはり魂か精神か、そのあたりが関係しているのだろうが、わかることは少ない。


とりあえず重要なのはそういった集中状態の際にわずかでも知識に触れられること、同時にそれでもわずかにしか触れられないこと。


また、サナちゃんの例を見る限り、触れた知識は本人が望んでいるものであることが多いようにも思える。


「一応聞いておくけど、継詠者としての引き継ぎはうまく行っていない……それに間違いはないな?」


「ないわよ、そう言った知識は全然」


「私もありません」


 俺の予想を肯定するように二人は頷く。


様子からしてわかっていたことではあるけれど、まあ、そんなに都合がよくはないか。


「まあ、ここまでが前置きだ……とりあえず、二人が継詠者であることと、無意識に知識に触れることができること、その二点を理解してもらえればそれでいい」


「わかりました」


「ええ、大丈夫よ」


 継詠者の成り立ちから説明したけど、とりあえず重要なのはその二点。


そして、特に後者の無意識に知識に触れられる点が問題になる。


前日の掃討作戦が行われたように、古代言語が多少でも使用できることは、非常に大きな問題になりやすい。


そんなものを無意識に使っていては余計な問題をいくつも引き寄せてしまう。


だからこそ……


「今回二人を会わせようと思ったんだ」


 出会って最初に起こったことのように、同じ継詠者を接触させることでの共鳴。


その結果は少々予想外ではあったものの、それが可能であり目覚めさせることが不可能でないことの証明にもなった。


「とりあえず今回……そんな無意識下で使うような不安定な状況をどうにかしたい、方法が力の制御であれ封印であれね……協力してくれるか?」


 少々今更な感じがしないでもなかったけど、俺が二人に頼めば、ほぼ同時に笑顔で快諾してくれた。


「当然じゃない、ヒサメの頼みだし、何より自分に関わることだからね」


「私も同じ、です!」


「そっか、ありがと」


 二人の快諾を嬉しく思いつつ、視線をクラウやリアンナに送れば、好きにしろといったように視線を返してきた。


この二人がいる限り、何があっても大事にはならないと、ほんの少しばかり安堵を覚えながら……だけどそれは顔に出さず、真剣な顔でサナちゃんとカレンに向き合う。


「すまんが、はじめてやることだ……何が起きても不思議じゃないし、安全は保証しないぞ?」


 それでも俺は万が一のことを考えてそう告げるが、二人とも怖れる様子を見せない。


そこには覚悟を決めている瞳と、同時に俺のことを信頼しているという視線。


「二人とも、さっきみたいに目を合わせてくれるか?」


「いいわよ」


「わかりました」


 俺の言葉に従って、互いに視線を合わせるサナちゃんとカレン。


先ほどよりも、ずっと弱いが……それでも安定した力の鳴動を感じた……それと同時に、俺も無色の結晶を作りだし、告げる。


「鍵は俺が開いてやる……開いた後は、二人次第だ」


 そして俺は詠を紡ぐ。


じいさんから教えられた……失伝していた継詠者の詠。



――誰かが言った


  誰かが伝えた――



 その詠もまた、じいさんが言うには『大迷宮』に眠っていた詠の一つらしい。


遥か未来、こうやって失伝していることも考え、ほぼ確実に残せる方法として、聖獣に頼んだのであろう。


この詠は鍵……目覚めを助けるために歌われる詠。



――終わりの見えない言葉遊び


  伝え紡ごう――



「「――永遠に――」」


 紡がれる俺の詠に、二つの声が重なった。


その声は、当然サナちゃんとカレン……やはり無意識なのだろうか、お互いの瞳に集中しており、自分の口から零れている言葉に気づいてはいないようだ。


そしてその詠が重なったことを切っ掛けに、力の鳴動が強く響く。


それは先ほどの時よりも強く……そして安定したまま響き続ける。


視線を合わせていることによる効果か、二人から放たれる鳴動は反応し合うように同時に鳴り響いており、それらの力の干渉がさらに放たれる力を上昇させていく



――紡ぐ人々は鎖の一欠け


  連なり伸びる果てしなく


  ただ私は願う


  どうか鎖よ、ただ連なるだけであって欲しい


  神を捕らえる縛鎖の宿命


  永遠に訪れぬことを――



「「「――リーネンレース――」」」


 三重の合唱、詠の終わりに起こったのは一際大きな二人の鼓動だった。


俺だけではない、先ほどまではわからなかったセリカちゃんやシトネちゃんにもはっきりとわかるほどそれは力強かった。


そのまま二人は互いに共鳴しあうように、鼓動は鳴り響き続ける。


さらに二人の身体が宙に浮きながら淡く発光し、鼓動に合わせて光に強弱が起こる。


「ふわ……」


「サナちゃん……綺麗」


 セリカちゃんとシトネちゃんが言葉を漏らすほどにそれは神秘的な光景。


だけど、その様子に少しだけ俺は不安に思う。


どうなるかはわからないと言った……それでも、魂に直接働きかけるような魔法だ……それが対象に負担をかけないはずが無いと。


事実サナちゃんもカレンにも、わかりづらいがじっとりと汗が滲んでいる……表情には出ていないが、それなりに消耗していることは見て取れた。


だけど、今更止めることなどできるはずもなくて、そのまま長いようで短い時間、二つの魂から感じる鼓動と光が徐々に収まりを見せていくのをただ見続けていた。


やがて浮いていた身体は地に足がつき、鼓動と光もまた完全に消えていった。


「終了……ね」


「はい」


 リアンナの呟きに答え、俺も小さく息をついた。


それを合図にして、サナちゃんとカレンは同時に床へ膝をつく。


「サナ!?」


「大丈夫!?」


 その光景を見るとほぼ同時に、セリカちゃんとシトネちゃんがサナちゃんの下へと駆け寄っていく。


二人もまた、心配していたのだろう。


「あ、セリカちゃん、シトネちゃん……大丈夫だよ……ちょっと疲れただけ」


「セリカちゃん、椅子持って来るね」


「ナイスよシトネ……サナ、肩貸してあげるから少しだけ立ってくれる?」


「うん……よいしょ」


 ほとんど手伝う隙もなくセリカちゃんとシトネちゃんはサナちゃんの介抱をしていく。


その様子を横で感じながら、俺の方はと言えば同じようにルノとリアンナと一緒にカレンの介抱をしていた。


「カレン、立てるか?」


「うん……ありがと、お礼はキスでいい?」


「馬鹿なこと言ってるんじゃないっての……ま、それだけ言えれば大丈夫そうだな」


 口調は割とぞんざいな感じだと自覚しているが、内心では結構安堵していたりする。


そんな思いを隠しつつ、肩を貸して立ち上がる……それから、頬に柔らかい感触が……っておい!?


「カレン……落とすぞ?」


「あ……あはは……それは勘弁して欲しいな」


 冗談だと思っていたら本気でやりやがった馬鹿に、半眼で睨むとさすがにカレンも引き気味になっていたが、とりあえずリアンナが用意した椅子に座らせてやる。


幸運だったのはサナちゃんたちが自分たちのことでこちらに気づいていないことか……顔が赤くなっているところなどを見られてたらまた色々と言われかねんから。


「カレン姉ちゃん大丈夫? ステージも行けるの?」


 椅子におろしたところでルノがカレンの衣装についたゴミを払いながら、心配そうにカレンのほうを見上げる。


「大丈夫だよ、とりあえず自然に大人なお姉さんたちにクリティカルな顔で見上げるのは止めようね?」


「わう?」


「お前はお前でもう少し発言を控えろよ……」


 空気をぶち壊すような発言をするカレンと、その意味を理解できないで首をかしげるルノ。


そんな様子を見ながら俺は軽く頭を抱える。


「大変ねえ……それで、キスされた感想は?」


「あんたも自重しろ……ていうか、しっかりしろボディーガード、キスとかさせていいのかよ……」


 リアンナの口元の笑みを隠しながら、囁かれた言葉に、俺は呆れた声で返す。


「もう、つまらないわね……それに、カレンの自由意志を尊重した結果よこれは」


 文句も軽く受け流して笑うリアンナに、俺は大きくため息をついた。


「まあ、それはもういいや……カレン、話せるか?」


「大丈夫だよ、愛するヒサメのためならどんなことだって答えちゃう」


「はいはい……」


「反応わるーい」


 ツッコミを入れる気力もどこかへ行ってしまった俺の様子に、カレンは口をとがらせる。


勘弁してくれ……軽い眩暈を起こしたような気分になりながら内心でそう呟いた。


けれど、聞かなければならないこともある。


「とりあえず……なにか変わった感じはあるか?」


「ううん、特には……あー、でも、なんだか、扉のヴィジョンが浮かんでくるよ」


「扉……知識の?」


「たぶん……そうだと思うわ、サナちゃんの方は?」


 カレンが振ると、サナちゃんも深く頷いて、言葉を続ける。


「私も同じです、意識の片隅に扉のイメージがあります……けど」


 そこでサナちゃんは言葉を切り、難しそうな顔をする。


それで理解したのかカレンまで納得したような顔をした。


「なんだよ……普通の俺に教えてくれって」


「マスターを普通って言うと、なんだか語弊があるように感じるのよね」


「……あはは」


 セリカちゃん……さすがに俺に対して失礼じゃないか、それは。


シトネちゃんですら引きつっているぞ?


「扉の開く大きさが……とても小さいんです」


「そうそう、僅かに開いた隙間から、少しの知識を取り込む感じかな……それも扉を閉じると、その知識も薄れて消えていくのよ」


「扉を完全開放して初めて知識を完全に継承する……そういう術式なんだと思います」


「けど……鍵を開けたばっかりの私たちじゃ、ほんの少し、隙間を少し開ける程度しか駄目みたいなのよ……力が足りない……そういうことね、普通のままじゃちょっと強い魔法を撃ってるのと変わらないくらい……気合を入れても、今まで無意識にやっていたことと同じくらいが限界ね」


「残念です……せっかくマスターの助けになると思ったのに……わぷ」


「なに考えてるんだよ、んなこと考えなくても十分助かっているっての」


 残念そうに言うサナちゃんの頭を抑えるように撫でて、俺は笑う。


事実、サナちゃんたちやアサカがいて俺やルノは助かっている。


喫茶店のことは勿論、いてくれているだけで十二分に精神的に支えられている。


「……まあ、とりあえずこれで最重要なことは終わりか……」


 予想よりは低い結果だろうか……とはいえ、意識的に引き出せるようになったのは一応の成功と言うべきだろう。


最低限、コントロールできることが今回の目標であったのだから。


「今日は悪かったな、二人とも……こんな確証のない実験をさせてしまって」


 繰り返すように俺は二人に言う。


絶対に成功する、絶対に安全……そういった確証は実際のところ何もなかったのだと言っていい。


何かしら予想外のことが起これば、取り返しのつかないことになっていたという可能性だって捨てきれない。


リアンナやクラウが許可を出していること……それは安全面だけを考えれば個人的には十分すぎるものであるのだが、成功の確証はなかった。


助けてはくれても、正解をそのまま渡すことは彼らはしないから、実際には間違っているといったことだってある。


そんなことにつき合わせたのだ、心からの謝罪を口にして頭を下げた。


そんな俺の行動に唐突に静まり返る空気、それを破るのは頭を下げられた二人だった。


「と、とんでもないです、いろんなことが知れてよかったですし」


「そうよ、あんまり自分で背負い込まないでくれる、ヒサメ」


 そんな俺に二人は、笑いながら手を振り、俺に頭を上げるように言う。


それに従い、俺も顔を上げる。


「でも、お詫びがしたいって言うなら、キス一回くらいで許してあげる、っていってもいいわよ?」


「調子に乗るな」


 拳骨一閃。


あえて言うならば手を出すつもりはなかったのだ……気が付いたら出てしまっていたが。


「あ~、すまん」


「っ~~」


 涙目になって頭を抑えるカレンと、俺とカレンを交互に見てあたふたとするサナちゃん。


やや騒がしいいつもの光景……そんな様子にも見えて、俺やサナちゃん、カレンを含めて全体的に苦笑が漏れ、ほんの少しだけ残っていた張りつめた空気も消えていく。


痛みの引いたカレンに、何かを話しかけるサナちゃん。


カレンのほうは俺に恨みの目線を送っていたが、やがてサナちゃんと笑って会話をし始める。


それを皮切りにセリカちゃんやシトネちゃん、アーミアも参加して和気藹々とした女の子の会話を始める五人。


あ……リアンナまで加わってるし……あんたがそこに混ざるのはどうなんだよ。


俺はそれを見ながら苦笑し、ルノと一緒にクラウの方へと足を進める。


隣へと立った俺はクラウと同じように壁に背を預け、しばらく女性陣の喧騒を眺めてから話を聞く。


「探ってたよな……どんな感じだ?」


「まだ崩壊の連絡が来ていないのであろう、構成員が数人紛れ込んでいるようだな……強い者は特にいない」


 それは、この会場内にいるであろう奴らの研究所から来た人員。


アジト自体は潰したとはいえ、高速で行われた作戦だ……壊滅したという情報が届いていないのなら、こちらを狙ってくるだろう。


「そうか……頼めるか?」


「わう……ボクたちじゃ、ここまで一杯の気配のなかじゃわかんない」


 ルノの言うとおり、観客の中に紛れ込んでいると、よほど強い気配でない限りは俺たちに特定するほどの感知能力はない。


さらに言えば、その中で騒ぎを起こさずにそいつらをどうにかする方法もまた、思いつかない。


だからこそ、ここはそういうことが出来る者に頼まざるを得ない。


「いいだろう、影で適当に気絶させておけばいいか?」


「問題ないよ、頼む」


「フ……ああ、任せておけ」


「ありがとうクラウさん!」


 尻尾を振って喜ぶルノにクラウは軽く頭を撫でた後。壁に預けていた背を戻して立つ。


そしてそれとほぼ同時に、


「さて……わるいんだけど、みんな、そろそろ時間が迫ってくるから、会場のほうにいってくれるかしら」


 リアンナが手を叩いて終わりを告げた。


それに応えるように、クラウが出口の扉を開き、アーミアに視線を送りつつ外へと出ていく。


「アーミア……行くぞ」


「あ、待ってくださいよクラウ! カレンさん、今日は会えて良かったです」


「うん、私ももっと話をしたかったわ、それじゃあ」


「はい! カレンさんも頑張ってください!」


 呼ばれたアーミアは、カレンに言葉を送りながらクラウを追いかけていく。


それを見届けてから、俺もまた動き出す。


「んじゃ、『旅人』組も行くぞ、部屋を出ろ」


「あ、はい」


「それじゃあ、カレンさん!」


「ステージ、がんばってくださいね?」


「ええ、三人とも、縁があればまた会いましょ」


 俺の号令に、サナちゃんたちが各々激励を飛ばし、カレンもそれに応える。


三人が出るのを確認して、俺とルノも扉を閉めながら外へと出ようとする。


「ヒサメ、ルノ」


 その俺たちにかかる声。


「楽しみにしていて、最高の歌を歌うから」


「ああ、楽しみにしてる」


「またね、カレン姉ちゃん!」


「うん!」


 扉が閉まる直前に見たのは、カレンの最高の笑顔だった。


完全に扉は閉まり、俺はルノやサナちゃんたちの方を見て言う。


「それじゃ、会場へ行きますか」


「「「はい!」」」


「わん!」


 声の揃った返事を後に、俺たちはその場を離れて会場席に向かって歩き出すのだった。


会場内に入れば、そこは客席が円形に囲むようにされている形式だったようだ。


その中を歩きながら、どこか見やすい場所をと探していたのだが……


「ん?」


「わう……」


 その途中、とても見覚えのある姿がステージを挟んで反対側の方で見えた気がした。


それはルノも一緒のようで、間違いが無いことを表していた。


「おいおい……」


「どうしたんですか?」


 ため息をつきたくなるような声を出して、サナちゃんが不思議そうに俺たちのほうへ振り返る。


「いや……とりあえず反対側まで行こうか……それでわかるから」


「? はあ……」


 誘いもしなかったが……そりゃ、お前なら自力でチケットの確保くらいしてくるよなあ……ていうかすまん、お前を放置して。


見つけてしまった以上無視することも出来ず、俺たちの足はそちらに向かって進むのだった。






 喫茶店『旅人』、実のところ全てのメンバーが会場入りしていたのであった……

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