第三十三話 『臨時』
結局集合したのは陽がもう昇り始めた頃だった。
リアンナや姉さんに散々からかわれながら俺たちは解散……自分たちの姿を考え人目を避けながら俺たちは『旅人』へと帰還した。
「あぁ~、疲れた」
「わう……右に同じ」
そのまま、喫茶店のテーブルに突っ伏し、ルノと完全にだらけきった状態となっている。
人を斬った返り血も碌に取れていない、さっさと洗い落としたいところであるが……少々それができない事情がある。
ぼうっとすること三十分程度、ようやくその事情がやってくるのだった。
「ありがとうございます……お湯いただきました」
「おっけー……ルノ、行くぞ」
「わん!」
答えは簡単、アーミアが先に入っていたからだったりする。
ちなみにクラウは持ち前の身体能力で返り血を浴びずに全滅させ、姉さんは水の操作で、リアンナは拒絶でそれぞれ返り血を弾いているので、一切汚れていない。
しかし、アーミアはしっかり浴びていたため早急に身体を洗いたかったのだが……クラウもアーミアも歌姫の人気をなめていたらしく、宿が取れずに野宿状態。
仕方なく適当な湖を探して水浴びする予定だったアーミアに俺とルノが提案、それに一も二も無くアーミアは飛びつき、結果、クラウから一時的にアーミアを預かってこうやって風呂へ入れていたのだ。
とりあえず……吸血鬼って流水大丈夫だったっけ?
とか思ったりしたが、あくまで類似なだけであり、なにより太陽浴びてなんともなっていないあたり今更だと言う事に気がつく。
「本当に助かりました……その、街に近いところで水浴びすると、覗き兼人攫いに出くわしたことがありまして」
「ご愁傷様だな」
「わう……狙いが悪過ぎ」
たぶんその覗きども跡形もなくなっているだろうな……直系使徒、ならびにクラウに喧嘩を売ってしまうなんて。
まあ、自業自得だから同情はしないが。
「とりあえず……ほれ、朝食」
だれていながらも、客がいるのだからやるべきことはやっている。
どれくらいの時間入っているかわからなかったから、冷めてても良いようなラインナップで作って用意していたのだ。
「あ、どうもありがとうございます」
顔を綻ばせながら料理の用意されたテーブルへと向かっていく。
それを見ながら、俺とルノも立ち上がる。
「まあ、俺たちも入ってくるから……食いながら適当に過ごしておいてくれ」
「いってくるね!」
「はい、じゃあ、いただいておきますね」
店の奥に引っ込む俺たちをアーミアは笑顔で見送り、朝食に口をつけるのだった。
それからしばらくのあと、俺たちが店のほうへと戻ってくると少々ややこしい事態に発展していたのだった。
「……何でこんなに早くからいるんだか」
「わう?」
今風呂に入って落ち着いたところであるはずなのに、一気に疲れが出てきたようにも思える。
ルノもちょっと不思議そうに見るその視線の先には、
「え~と、どなたですか?」
「これは失礼しました、私、アーミア・エルハートと申します」
「こんな朝早くから……もしかして……昨日言ってた作戦のメンバー?」
学園もあるはずなのに何でいるのかな、サナちゃんとシトネちゃん。
アーミアからしてもサナちゃんたちからしても、このまだ開店していない『旅人』の中に入っているからには俺の知り合いであることはわかっているだろう。
とはいえどちらからしても初対面であることは間違いなく、アーミアからすればどれだけ話して良いのかもわからない状態であり、結果的に微妙な空気をかもし出していた。
とりあえずシトネちゃん……鋭過ぎないか?
「まあ、そういうことだよ……言っとくけど俺より強いぞ、彼女」
「あ、マスター、ルノ君、おはようございます!」
「おはよう、サナ姉ちゃん、シトネ姉ちゃん!」
「おはようございます、マスター、ルノ君……それで、今の発言は本当なんですか?」
俺が声をかければ二人とも振り向いて、挨拶をしてくる。
シトネちゃんは後半は信じられないといった表情で俺に言う。
「本当だって……少なくとも、今この状況で勝負すればほぼ確実に負けるぞ」
初対面ならまだ何とかなる……アーミアの能力は高いけど、やり方次第ではまだどうにかなるレベルの能力差だから。
だけど現状、襲撃の際に方針を決めるため俺の基本的な戦術をアーミアが知ってしまっていることが痛い。
道具や古代魔法を使う自分では、どうしても近接戦には弱い傾向を持ってしまう。
アーミアの身体能力ならある程度の距離が一瞬で詰められてしまう、身体能力はアーミアの方が高いから何とか距離を取らなければ力で押し切られてしまう可能性が非常に高い。
「へぇ~、アーミアさんって凄いんだ」
「相変わらずマスターの周りは規格外が多いんですね……」
アーミアに尊敬の念を見せるサナちゃんと、ため息でもつかんとするシトネちゃんの呟き。
後者に関してはともかく、サナちゃんの尊敬のこもった視線にアーミアは少々居心地の悪そうにする。
「そんな、過大評価ですよ」
「別に……事実じゃないか、そこは誇ってもいいところだと思うぞ?」
「ヒサメさん~」
向けられる視線、否定してくれない味方にアーミアはどうにも出来ずにオロオロとするばかり。
そんな様子に俺は笑みを浮かべることを止められなかった。
「ヒ、ヒサメさん、笑わないでください!」
そんな俺を見てアーミアは真っ赤にしながら俺に怒鳴る。
怒られた俺は悪い悪いと軽く謝りながら隣にいたルノとともに手近な椅子に座るのだった。
「んで、サナちゃんたちがいるのはどうしてなんだ、学園はどうしたんだよ?」
一息をついたところで、改めてサナちゃんとシトネちゃんに問いかける。
時間的にはすでに朝も遅くなってきている、少なくとも学園の授業はもう開始してしまっている時間になっている。
それなのにここにいるのはどういうことなのかと。
「……前日にあんな物騒な作戦言われたら……勉強に集中できるわけ無いじゃないですか」
「私たち……心配で、その……」
ぽつぽつと言われた言葉は、予想はできていたものでもあった。
「おまえらなぁ……別に心配ないって言っただろ?」
口調こそ、呆れたような声を上げてしまったものの、心配されていたことには純粋に嬉しく思う。
「わう、ヒサメ信用ないね」
「一応突っ込むが、お前もだからな、ルノ」
「わう!?」
続けざまにルノからのツッコミに対してツッコミ返したら信じられないといった顔をされた。
最近ルノからも扱いが酷くなっている気がしてならない。
まあ、それはともかくとして、俺は安心させるようにサナちゃんとシトネちゃんの頭を撫でる。
「とりあえず俺はこうやって生きてるし、身体も特に問題はないよ」
「……そうみたいですね」
「よかったぁ」
「ていうわけで……学園に行って来い」
完全に考えてなかったことを言われたといったようにサナちゃんはきょとんとして、それから意味を飲み込んだのかあわてて言葉を紡ぎだす。
「あ、あの、遅刻してからだと入りにくいなぁ、なんて」
「問題です、俺の手は今どこにあるでしょうか?」
サナちゃんがそんなことを言うので、にっこりとイイ笑顔でそんなことを言ってやると、なにやらサナちゃんの顔が目に見えて青くなっていく。
現在俺の手はサナちゃんの頭を撫でていたまま、つまり頭の上にあるのだが、その手に徐々に力が込められていく。
「じゃあ、私は行きますね」
「あれ……え、シトネちゃん? いつのまに!?」
サナちゃんと同じように一瞬だけ飲み込めなかったシトネちゃんは、サナちゃんが言い訳がましく言っている間にさりげなく一歩引いて俺の手から逃れていたりする。
そのあたりは本当にちゃっかりしているなぁ、とか思う。
「ああ、行って来い」
頷いて見送るが、サナちゃんに関しては頭をがっちりとホールドしている。
「あ、あの、私もすぐに行こうかな、とか思います、はい!」
「…………まあいいか、怒るのは授業やってる先生だし」
冷や汗を流しながら必死に懇願するサナちゃんを俺はしかたなく解放してあげる。
それを確認して、サナちゃんも助かったと息をついた。
「んじゃさっさと行って来い、こっちに戻ってきた時には美味いもん用意しておいてやるから」
「本当に!? 行ってきます!」
「いってらっしゃ~い」
思わぬ言葉に嬉しそうにしながら、サナちゃんは先に行ったシトネちゃんを追いかけるように出て行った。
それをルノと見送り、終わった後にはようやくというか店内が静かになってきた。
「仲が良いんですね」
「悪くは無いと思うぞ」
そんな俺たちの様子を微笑ましそうに見ていたアーミアに俺はそう返し、立ち上がる。
色々とあったものの、そろそろ時間なのは間違いない。
「さ、ルノ、今日の営業準備を始めるぞ」
「わん!」
今日が休業日ならどれだけ良かったことか……そんなことを考えながら、アーミアの食べ終わった食器を回収し、洗い始める。
ルノはルノで、布巾を持ってきてテーブル一つ一つを磨いていく。
今はカレンの関連で客数も多いことが予想されるし、少々憂鬱になりそうになる……当たり前だが顔には出さないけど。
「バ……バイタリティありますね、ヒサメさんなんて全力出しててまだ回復しきってないじゃないですか」
「ま……休業にしたいのはやまやまなんだが……今日は人が多いだろ? 休める場を必要としている人は必ずいるからさ」
「わん、『旅人』はみんながくつろげる場所だからね……こんな疲れる日に閉めちゃ駄目」
こんな店でも、必要とされてるらしいからな。
特にギルドの探索者からの需要は予想以上に多い……レスカさんに言われてから確認してみたけど、少々呆れる程であった。
ともかくにも、今日も探索に行く前にここに寄って来る探索者はそれなりの数がいるだろう……ま、それに関してはいつものことであるし、人手に関してはまあ問題はないだろう。
「今日は予備戦力もいることだからな」
俺は言いながら意味ありげにアーミアの方へ目を向ける。
アーミアはしばらくの間、意味がわからずにきょとんとし……その意味を理解すると同時に顔が赤くなっていく。
「え!? え、ええっ!?」
キョロキョロと辺りを見回し、やはり誰もいないことを確認して、ようやく自分のことを指差す。
それに俺は笑顔で頷いてやった。
「むむむ、無理ですよそんなの!?」
「大丈夫大丈夫、やれば出来るもんだよ、なぁルノ?」
「わん!」
「うぅ……うぅ~」
案の定拒否してくるアーミアだが、俺とルノで押し切っていく。
幸いながら、制服に関してはお姉さま方から予備をいただいているため問題は無い。
サイズも……おそらく問題ないだろう。
「ま……たまにはこんなことをするのも悪くないだろ……もう、なかなかできることじゃないんだから」
「っ! ヒサメ……さん……」
俺の最後の言葉は、使徒であるアーミアにとっては文字通り永遠について回る問題だ。
使徒になったとき、人としての時間は止まってしまう……故に、ごくごく一部の例外を除けば一箇所に留まることなんてできないのだ。
となれば、こんな風にどこかで働くと言うのもなかなかできないことなのである。
「とまあ、それはさておくとして……ほら、さっさと着替える」
「って、まだ了承してません!」
「ああもう、いいから、ルノ!」
「わん!」
「ルノ君!? ちょっちょっと押さないでぇ!」
ズルズルと店の奥へと連れて行かれるアーミアを後ろに、俺は準備へと取り掛かるのだった……本来ならあまり無理やりってのは好きではないのだが、押し切らないとアーミアはやりそうにないからな。
こちらを見る目で憧れや羨望が見えていた……本当ならやってみたいと、どこかで思っていながらも自分がどういう存在なのかを考えて踏みとどまってしまう。
そんな風に思えたから、ルノまで使って無理やりに進めた……それからしばらく経った後、開店間際の店内では、
「う、うぅ、ほんとにやるんですか?」
臨時店員アーミアが、制服を着た姿で落ち着かない様子で諦めの悪いことを言っていた。
文句ありげなようで、その裏で喜んでいるのが見て取れて、とりあえず俺は力強く頷いてやる。
「もちろん、大丈夫だって、アーミアは可愛いんだから」
「か……うぅ、ヒサメさんじゃなくてクラウに言って欲しいよぉ」
あとで冷静に聞けば悶絶するような歯に浮くセリフを言ってやれば、少しだけアーミアは顔を赤くして、それから小さく愚痴をこぼす。
まあ、クラウが素直にそんなことを言うとは思えないが……俺は少し笑みを強くしてこんなことを言ってみる。
「だったら連れてこようか? そうじゃなくても見せることくらいは可能だぞ?」
「それはヤメテ!?」
水鏡の詠を使えば普通にクラウと会話できるだろうし……そう続けようとして、アーミアが今度こそ顔を真っ赤にさせて俺を止めてくる。
俺は苦笑しながらアーミアを落ち着かせる。
「ま、わりとすぐに制服着てきている辺り実は楽しみにしてただろ?」
「そ、それは……うぅ……はい」
俺の確かめるような言葉に、アーミアは顔を赤くして頷いた。
「なら腹をくくれよ、喫茶店『旅人』、開店だ」
「わん!」
「はぁ~い」
渋々ながらアーミアも頷き、俺たちは営業を始めるのであった。
とはいえ、開けたからといってすぐに客が入るものでもなく、しばらく暇な時間を過ごしたあとにようやく一人二人と常連のメンバーが店内へと入ってくる。
「い、いらっしゃいませ!」
たどたどしい動きをしながら、接客をするアーミア。
まだ動きはぎこちないけれど、やっている内に慣れるだろう……そんなことを考えつつ客から注文を聞いていると、
「なあマスター、あの娘誰なの? 凄い可愛いんだけど」
「友人の彼女、今日限定で手伝ってもらってます」
嘘は全く言っていない……隠されている真実がとんでもないだけで、嘘は何一つついていない。
まあ、それはその客にとっては重要なことではなくて、本当に重要だったのは、
「彼氏いるのかよ……」
まあ、そういうことである……そりゃ、アーミアなら声かけようと思っても全然不思議じゃないからな。
ともかく俺の返答に崩れ落ちる男性客……そもそも彼氏彼女がいるとかそういうレベルの話じゃないんだが、伝えられるはずもない。
「今日限りなのかよ……」
「残念過ぎる」
「つーか彼氏死んでくれないかな」
「ていうか、この喫茶店の女子のランク高くねぇ?」
「ああ、マスター……うらやまし過ぎるぞ」
「ルノも美人の年上三人とかいるよな……」
「兄弟そろって男の浪漫を体現しそうだな……」
「お客様方……表へ出やがりますか?」
「「「ヒイッ!?」」」
片隅のテーブルに集まっていた常連の男どもに笑顔で青筋を立てながら声をかけると、速攻で土下座された。
サナちゃんたちが入った時にも似たようなことをやったんだが……同じことを繰り返すなよ。
ていうか、土下座するのはいいが……通り道凄い邪魔なんだけど?
「ちょっとヒサメさん、なにしてるんですか!」
「わう、ヒサメ邪魔だよ!」
「俺のせいなのか!?」
思わぬアーミアとルノの文句に素で驚く。
若干理不尽などと思いながら男どもを席に戻して仕事を再開する。
疲れがないとは言えないものの、いつも通りの手慣れた動きで料理を作りつつ、アーミアの様子をうかがっていく。
最初こそ戸惑いや緊張が見られたものの、少しずつそれもなくなり笑顔で対応するようになってきている……たまにナンパでどぎまぎしながらも男性客を撃沈させていたが。
とりあえずはこの様子ならば大きな失敗は無いだろう少しだけ安心する。
「……本気で今日一日だけなのがもったいなく感じてくるな……」
残念だという気持ちをこめ、誰にも気づかれないほど小さくため息をつく。
料理は美味いと言えるレベルでできるし、接客もぎこちなさが残るが、客が不快になることなく丁寧であり、ほんの少し残るぎこちなさも数日も働けばどうにでもなるものである。
そして容姿も良いとくれば、本来正規に雇いたくなるほどである。
「なあ、本格的にうちで働かないか?」
「クラウの旅についていけなくなるのでお断りします」
客が減った時間の合間にそれとなく聞いたところ、一切の間もなく拒否されてしまった。
まあ、答えがわかりきっていたのでだよなぁ、などと苦笑しつつ話を続ける。
「あ、勘違いしないでくださいよ、ここで働くことはべつに嫌じゃないんですから」
「了解……ま、本音を言えば少しくらい逡巡してくれてもいいじゃないか、なんてことは思ったりするけどな」
「そこだけは考える余地も無いですから」
「そりゃ残念」
「もともと、そこまで熱心に誘っているわけじゃないじゃないですか」
「ま、そうだけどな……」
世界を歩き続けるクラウを追いかけている女の子を留めることができるはずもない。
ま、ものは試しと誘っただけであり、それ以上の意味はなにも含まれていない。
素直に失敗と口にして俺は笑う、それに返答するようにアーミアは小さく礼をして、微笑んだ。
「誘ってくれてありがとうございます……使徒になってからこんなに温かいものに触れたのは久しぶりでした」
その微笑みは、どこか泣きそうで……だけど、強い、そう思える微笑みだった。
「だけど、私はクラウの直系使徒で、私自身、彼と離れたくなんかない……そう思っています……だから、できません」
「正直な回答、ありがと……ま、店員として欲しいと思ったのは本当だし、正直惜しいけどね」
「残念……」
この仕事のことだけを考えれば、これほど欲しい人材はないんだけどな。
自分の仕事を終え、近くで聞いていたルノも俺と一緒にため息をつく。
「ありがとうございます……少々やり方は強引でしたけど、お仕事自体はとても楽しかったです」
「そりゃなにより……そうだな、クラウがこっちに寄った時くらいは手伝ってくれないか?」
「ええ、そのくらいでしたら、こっちからお願いしたいくらいです」
「わん、楽しみにしてる」
そう話して、三人とも互いに笑みを見せる。
人と、使徒と、獣人……それが仲良くしている姿は、きっとここでしか見られないものだろう。
まあ、今そんなことを考ても仕方のないことか。
「わう、お客さん来るよ!」
「そっか、じゃあ、準備するぞ」
「はい!」
アーミアさえしのぐルノの高い感覚が、客の来訪を感知し、俺たちは余裕を持って対応に当たる。
最も忙しい時間を終えた後ということもあり、アーミアの動きもかなり良くなってきている。
「ああっ、アーミアさんが働いてる!?」
「え、誰よあの人?」
「マスター、戻ってきましたよ?」
そんな中で、もともとシフト予定であるサナちゃんたちの到着。
「はいはい、聞きたいことは後で答えるから、まずは奥で着替えてきて」
騒ぎが大きくならないうちに、二度ほど手を叩いて注意を向けさせ、指示を出す。
もともと聡い子たちだ、ここで騒ぐことなく素直に従ってくれた。
「さて、三人も来てくれたし、アーミアも上がっていいぞ?」
「いえ、ここまで来たのなら最後まで付き合いますよ」
アーミアは軽く微笑んで、仕事を続けていく。
「そっか、なら頼んだよ」
「ありがとう、アーミア姉ちゃん」
「はいっ!」
俺たちの言葉に、気持ちのこもった返答をしてくれるアーミア。
少しだけ、クラウを呼べばよかったな……と思う。
きっと今アーミアが浮かべている笑顔は、一緒に旅する間でもそうは見せてないほど活き活きとした顔であろうから。
「使徒であっても普通の女の子……か」
使徒になったことで得たものと、失ったもの……失ったと思ってたもの。
きっと、今やっているのは彼女にとっては失ったと思ってたものの一つであろう。
使徒だからといって気にすることは無い……そう言えたらどれだけ楽だろうか。
そんなことが言えるのはあくまで俺やルノといった個人でしかない、事実人間と使徒は天敵であり遠い昔から殺しあってきている。
実際そうなっていない人間が、気にするな、などと言えるはずもない。
だから俺は願う……せめて、彼女が失ったもの、それがほんの少しでも取り戻せるようにと。
「ヒサメさん、手が止まってますよ!」
「あ……悪いな、少し考え事してた」
少々深く考え過ぎていたようだ、止まっていた手を動かして仕事を再開する。
まったくらしくない……まあ、とりあえず、サナちゃんたちも入ったことだし、時間まで仕事を続けることだけを考えるとしよう。
「じゃ、しっかりやるとしようか」
「「「「はい!」」」」
「わん!」
俺にルノ、アーミアにサナちゃんたち。
それぞれがかなり高いスペックを持つため、学生の増える夕方の時間帯でも問題なく対応できている。
特にアーミアとサナちゃん、今日初めて一緒に仕事しているのになんであんなに息があった仕事振りしているんだろうか?
お互い店内を動き回っているのに、全然相手の邪魔をしていない。
そこまでいかずとも、シトネちゃんやセリカちゃんもうまく仕事が出来ている。
こちらからすればもう驚きしか出ないが……うまくいっているのだから別にいいかと納得することにした。
そのまま特に問題なく営業時間は過ぎ、夜へと時間は差し掛かる。
「お疲れ様でした」
「「「「「お疲れ様でした」」」」」
全員で挨拶をして、今日の仕事を終える。
そして、これから始まるのは、歌姫との再会。
アーミアを迎えに来たクラウと、便乗してきたセリカちゃんを含めて、俺たちは今日のために作られたステージの方へ歩き出すのだった。
喫茶店『旅人』、後日アーミアの存在を知った某男子店員が目に見えるほど落ち込んだとか……