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第三十一話 『襲撃』

 作戦決行まであと少し、集合場所である草原へとやってきた俺たちはそこで待っていた三人と顔を合わせていた。


「……来たか」


「お久しぶりです」


「あら……月犬の末裔? 珍しい仔を連れてるのね」


 クラウは閉じていた目を少しだけ開き、アーミアは小さく笑みを浮かべて会釈する。


相変わらずそれぞれ髪の色と同じ黒や青で統一した服装をしており、なかなか似合っている。


そんな二人と同様に、髪の色と同じ紫で統一された服を着ている姉さん、エレンシアは初対面となるルノを見て、ほんの少しだけ驚いたような顔をしていた。


「はじめまして、ルノ・ミンステアです」


「あら、いい子ね……私はエレンシアよ、話は聞いてるかしら」


「わん!」


 わりと機嫌の良い様子を見せるエレンシアはルノに小さく笑いかけ、それから俺の方へと向き直る。


正直見られただけでも背筋に汗が流れることを止められない……ヤバい、この感覚の時は何かが来る。


「人間の感覚で言えば久しぶりの感覚になるのかしらね、ヒサメ」


「ええ、じいさんが生きてた頃……二年前ぐらいでしたっけね」


「今回は別行動だから、貴方がどれほどになったのか見られないのが残念ね」


「ははは……」


 一時期戯れにこの人に鍛えられた時は本気で泣いたなあ……骨折れろうが身体に穴が開こうが速攻で治療されて再開、それを終始嗜虐的な笑顔で見る姉さん。


そのおかげで無駄に痛みには強くなったりしたし、どシロウトだった俺が曲がりなりにも旅ができたのはこの人のおかげであったことは否定は出来ない……出来ないが、あの時期で一番のトラウマになっているのもまた事実である。


「だからまあ……」


 瞬間頭の中で警鐘が鳴り響く。


感じていた予感と合わせて即座に後方へと跳び、剣を抜いていつ何が来てもいいように構える。


ほとんど反射的に不味い感覚のする場所へと剣を移動させ、何かを弾いたような感覚と重い衝撃が剣を持つ手に響いた。


「ヒサメ!?」


「無事だよ……まったく、姉さんも性質が悪い」


「あら、鍛えた身としては成長をしているかどうかしっかりと確認したいものよ、それならこれが一番手っ取り早いわ」


 いつ生成したのかもわからないが、姉さんの手には氷で作られた一振りの剣が握られていた。


その氷は感じる限りでは真実ただの氷の塊である……にも関わらず、金属製である剣がひび割れ、使い物にならなくなってしまっている。


「それで……評価は?」


「反応は悪くないわ、少々武の才が足りないにしても……まあ、人間としてなら及第点はあげるわ」


 予想よりもいい評価に俺は少々嬉しく思う。


もっとも……未だ危険であると言う予感がつきまとっているせいで素直に喜ぶことができない。


瞬間的に後ろに下がり、放たれていた振り下ろしをどうにかかわしたところで姉さんがさらに続けてくる。


「油断していないことはいいことね、しっかりと気を張り巡らしなさい?」


 放たれる連撃に対して、その初撃は剣で防ぐことができたが、代償として剣は完全に砕け散ってしまう。


残りの攻撃に対して意識を集中させてギリギリのところでその攻撃を回避し続ける。


「そう、なかなかいい動きをしているわ……けれど、逃げ回るだけかしら?」


 非常に生き生きとした表情で姉さんは、剣閃を振るい続ける。


俺は心を落ち着かせて、ただ襲い掛かってくるその斬撃を見切っていく。


姉さんはそもそも魔法を扱う者であり剣を用いることはほとんどない、手加減されているとはいえここまで回避できていることが何よりも証拠である。


しかし、このままではこの戦闘とも言えないこれは終わりそうにない……姉さんの言葉から察すれば、この状態を終わらせるにはまずこちらから仕掛けなければならないのだろう。


問題は、姉さんの絶妙なさじ加減により回避するのがやっとという状況で反撃に転じなければならないと言うこと。


この状況、俺から打破することは難しい……だけどこんな時に頼りになる奴がこの場にはいるのだ。


「っ!」


「わん!」


 事前の合図は何一つ行っていなかった……行っていればどんな手法であっても姉さんに看破されてしまうから。


にも関わらず、俺が斬撃を回避すると同時に踏み込むのと姉さんの背後からルノが襲撃するタイミングは完全に一致していた。


「へぇ……」


 その瞬間、姉さんの表情に見えたものは確かな称賛の意。


俺とルノのその行動を、姉さんは確かに評価していたようだった。


「ま……合格かしらね」


 その言葉からの行動は流れるように行われた。


拳を放っていた俺の腕を掴み、ルノに向かって投げる……その動作の間に姉さんの背後で氷の壁が瞬間的に生成されており、ルノの一撃を防いでいる。


投げられた俺は当然生成されていた氷の壁にぶつかり、それで勢いは殺せず壁を砕いてルノに激突した。


「ぐ……」


「わう!?」


 俺とルノはもつれ合ったまま地面へと倒れこみ、その場所の周りに二十ほどの氷の槍が降り注いできた。


その槍は全て俺たちを傷つけることなく、しかし、少しでも体を動かそうとすれば薄く切ってしまうだろうほどギリギリの位置に刺さっていた。


「いい相棒を持ったじゃないの、鈍ってもいないようだし安心したわ……それからルノ君も、ヒサメよりも筋がいいわ」


「……ありがとうございます」


「わう……どうも」


 姉さんが微笑を浮かべて氷の槍を消し去った。


自由になった俺たちは完封されてはいるものの、決して低評価ではないことに複雑な内心を抱えて一言だけ返すのだった。


「ハイハイそこまで、作戦前に怪我をしようとしてどうするの」


 一段落がついたところで手を叩く音が聞こえ、リアンナが文句を言いながら姿を現した。


カレンが一緒にいないことを考えると、先日と同じようにカレンの傍には分体が待機しているようだ。


「貴女が遅いのがいけないのよ、発案者の癖に遅刻とかしないでくれる?」


「エレンは厳しいわね、もう」


 突き刺さる言葉の棘にリアンナは若干不機嫌になりながらも、他のメンバーへと向き直り笑みを浮かべる。


「参加ありがとうね、みんな」


「同胞の願いだ、たまには引き受けてもよかろう」


「私は、歌姫さんに災難が降りかかるのが嫌ですから」


「ま、私はその歌姫には興味はないけど……戦う場を用意してくれるのなら構わないわ」


「まあ、カレンは友人だしな」


「わん!」


 リアンナから発せられた感謝の言葉に各々がそれぞれらしい答えを返す。


けれど姉さん、その戦闘狂的な発言に関してはどうにかならないものですかね?


「無理ね」


「……そうですか」


 心の中を読まれたとかはもうどうでもいい、どうせわかりやすい表情だったんだろう。


というか姉さんたちなら何やっても少しも不思議じゃない。


「それで、誰がどこのアジトを担当するんだ?」


「ヒサメたちは確定かな、距離的にコンサートまでに戻ってこれるのはココだけだし」


 唐突に空中に表れた周辺を表した地図、そこには街と『大迷宮』の場所が記され、さらにそれよりも若干離れた場所に赤いバツ印のマークが入っている。


それぞれから程よく離れた状態で、人の目が入りにくく拠点を構えるにはなかなか適していると思われる場所である。


俺が確認したことを理解して、空中に表示された地図がさらに広域を表示していき、残りの拠点を描き出すのだが……


「それで……残り三つだけど、ココとココとココね」


 二番目に近い拠点でさえ、街を三つか四つ経由するほどの距離がある。


最も遠いところにある拠点では十以上離れていることがわかり、これにはさすがに呆れたのかクラウとリアンナも少々顔をしかめている。


「まあ、一番遠いところは私が担当するから……後の二つをお願いね」


「てか……明らかに一つ遠いだろ」


「あら、私たちならヒサメたちの到着時間と変わらないぐらいで着くわよ……さすがに私は少し後れて着くことになるけど」


 あっけらかんと言うリアンナに、俺は頭を抱えたくなる。


「……わかっちゃいるけどよ、何だその規格外ぶりは」


 俺たちじゃ片道だけでも全力で飛ばして一日はかかる場所を一日以内に往復できるって……


「今更のことであろう、そう驚くことはない」


「そうね、この程度で反応するなんて無様を見せないで欲しいわ」


 クラウと姉さんがそう言ってゆっくりと歩き始める。


互いにどちらに行くかは既に決めたらしい。


「クラウ、距離はほとんど一緒よ、どちらが先に終わらせるか勝負しない?」


「構わんが……いいのか、負けるぞ?」


「言ってなさい」


 互いに笑みを浮かべながらの会話。


あれは仲がよいといえるのだろうか?


「じゃあ、私たちは」


「先に行くぞ」


 神速と言う言葉は彼らのためにあるのではないだろうか


声だけを残してクラウと姉さんの姿はそこには存在していなかった。


驚くほど静かに跳び、すぐに俺の動体視力では追いきれない速度で自分たちの狙いの場所へと突き進んでいったようだ


「それじゃあ、私も行きますかね」


 それを見届けてから、リアンナも軽く身体を動かし、こちらへ振り向く。


「じゃあ、三人とも、コンサートで会いましょう」


 微笑み、先の二人と同じようにリアンナの姿が消え去った。


リアンナは分体を作っており、その力を分割しているため二人よりもその身体能力などは劣っているはずなのだ。


それでもなお、俺はその姿を追いきれなかった……あまりの基本性能の差に俺は頭を抱えたくなる。


「え~と、気持ちはわかりますけど、気を取り直して行きましょう?」


「そうだよ、ヒサメ」


「……ああ、そうだな、そうしようか」


 この場に残っているのは俺とルノとアーミア……実際のところ、身体能力じゃ俺が一番下じゃないか?


気づきたくない事実に気づいて、俺は小さくため息をついた。


だけどそれも一瞬……俺は意識を切り替えてこれからやることを考える。


基本的な目標としてはアジトの壊滅……ただし、その場所の責任者を確実に仕留めるため、生死不明となるような建物に対しての大規模魔法の使用は不可。


可能な限り対面し、確認して行動を起こすことが必要となる……でなければ上が存在したせいでまたこの組織に狙われる可能性が残ってしまうから。


そのことを再度頭に入れて俺は残っている二人に声をかける。


「それじゃあ、行くぞ」


「わん!」


「はい」


 二つの返事、それらを確認して俺たちもまたその場から姿を消す。


その速度は、先の三人に比べれば明らかに見劣りすることは間違いない……だが、この世界の大半にとっては、その速さは追えず、同じものにしか見えないだろう。


とはいえ、規格外との交流がある俺たちはそのことに気づかず、ある意味これが普通と考えているのだが。


風を切って疾走する俺たちは、アーミアにポーチから出した黒いマントを投げ渡す。


「これは……?」


「闇の精霊に呼応して認識阻害を起こすマントだ、夜の間ならそれなりの効果がある」


 ディナ戦で使ったマントを改良したものだ。


以前より効果は上がっており、普通の魔物や人間であるなら、特別なことをしなくても気づかれずに済むだろう。


既に俺とルノはそのマントに身を包んでおり、アーミアから見れば存在感が薄まったように見えるだろう。


「なるほど……結構な効果ですね、ありがとうございます……ですけど、できれば青がありませんか?」


「残念ながら……闇の精霊用だから黒だけだって」


「……そうですか」


 口を尖らせてアーミアは受け取ったマントで身を包む。


それだけでアーミアの存在が薄くなり、近くから消えたように錯覚する。


「アーミア姉ちゃん黒も似合うよ」


「不満ならクラウとお揃いの色とでも思っておけ、気がまぎれるだろ」


「ありがとうございます……そうですね、お揃い」


 ルノに微笑み、アーミアは少し上機嫌な顔を見せる。


それからしばらくの間は、お互いに近況などを語り合い、徐々に速度を上げていく。


「しかし、ヒサメさんたち凄いですね、この速度について来れるなんて」


「俺の基礎を作ったのはエレンシア姉さんだぞ……この程度も出せなかったら殺される」


「あぁ……ご愁傷様です」


 俺がどんよりとした空気を出せば、アーミアの方も痛ましげに俺の方を見て頭を下げる。


「わう……そのせいでボクまでその訓練させられたよ」


「基本スペックが俺よりよっぽど高いからすぐに抜かれたのは泣きたいところだけどな」


 うんざりするようなルノの口調に、さらに輪をかけてため息をつく俺。


端的に言って、空気が重い。


「え、ええと、ほら、元気出しましょ?」


「わかってるって……別に落ち込んじゃいない……ちょっとしか」


「あはは……ちょっとはあるんですか……」


「ヒサメ、そこは言い切ろうよ」


 俺は落ち込み、ルノが突っ込み、アーミアはどうしていいのかわからずにおろおろするばかり。


なんなんだろう、この緊張感のない空気は……とてもじゃないが、今から人を殺しに行くメンバーの雰囲気ではないだろう。


しかし……それも、目的の場所へたどり着くまでのことであったが。


「ルノ、準備は?」


「できてる」


「そうか、アーミアは」


「大丈夫ですよ」


 隠れるように建設された目的地を視界に入れ、俺たちは口数を少なくしてそれぞれ突入のための準備を終える。


横目で確認して、アーミアのとある変化に気づいた、アーミアの瞳の色が澄み渡る青から深い黒へと変わっているのだ。


戦闘状態に入った使徒が瞳の色、あるいは髪の色などが変化することがあるというのは聞いたことがある……とはいえ、あそこまではっきりわかるものとは思っていなかった。


少し凝視し過ぎていたのだろうアーミアがこちらの視線に気づいて、困ったように笑う。


瞳の色が違うだけなのだが、それでも雰囲気が変わったように感じられた。


見つめていると少々気恥ずかしくなり、気を紛らわせるため俺は目標へと顔を向ける。


「正面、扉をぶち破って混乱させる……一番手は?」


「じゃあ、私がやります」


 笑みを消し、俺たちは突入の実行を始める。


俺とルノはいつでも走り抜けられるように、そしてアーミアは自分の持っている槍を投擲するように振りかぶる。


「いっけぇぇぇぇぇぇっ!」


 一直線に槍が放たれ、その余波で暴風が舞う。


超高速で投擲された槍は狙い違わず入り口の扉へと直進し、貫通して余波で薙ぎ払った。


「行くぞ!」


「わん!」


 そのすぐ後を駆けるのは当然俺とルノ、大穴が開き、形だけの扉を蹴破って中へと突入した。


中は当然混乱、槍の軌跡には巻き込まれたのだろう赤い跡が槍の跡を追うように続き、そして上半身のなくなった人だったものが転がっている。


しかし俺もルノもそれに構ってはいられない、自分たちのやるべきことをやるためほぼ同時に近くにいた人間を斬り裂いた。


呆けたように止まっていた人間も、徐々に状況が理解し始めたようで、悲鳴や怒号、驚愕など様々な喧騒が建物の中で鳴り響く。


足の止まっている人間を斬り、背中を向ける奴にはナイフを投げて仕留めていく。


その間に、直進した槍は巻き戻るかのように直進した軌跡を逆向きに辿り、追いついていたアーミアの手に収まった。


「何度見ても、やっぱり嫌ですね」


 アーミアは小さく顔を歪めて自分の引き起こした惨状を見る。


「慣れる必要はない、だけど躊躇はするな」


「わう……殺さなかったら、カレン姉ちゃんに迷惑がかかる」


「ええ、わかってます」


 ここで逃がしてしまえば、後々問題が発生する可能性が高まってしまう。


無論、どれだけ潰したところで完全に問題が解決するわけではないが、全滅であればその可能性を下げることができる。


関係するのが自分だけであるのなら、その可能性を受け入れて見逃すことも可能であるが……今回被害を受けるのは自分ではなくカレンなのだ。


だからこそ、リアンナは全滅という内容で依頼したのであるし、その内容を否定する気もない。


当然ではあるが、ここにいる俺たち三人は人を殺すことに抵抗を覚えない訳ではない……しかし、それは決して殺せないわけではない。


というより正直なところ今更なのだ、俺にしても盗賊に襲われて返り討ちにしたことはあるし、それこそ似たような事例の時に拠点に向けてイフリートを放ったりもしている。


同時にルノもそういう経験はあるし、なによりルノは人間に迫害を受けていたこともあるのだ、殺すと決めたときは俺以上に容赦と言うものをしない。


アーミアはクラウと一緒にいる以上、どうあってもその辺りのことは避けては通れないだろうし、彼女自身使徒なのだ……この数ヶ月、そしてこれから先、彼女自身が狙われることも決して少なくないだろう。


「はぁっ!」


「あおぉぉん!」


「せいっ!」


 剣が、槍が振るわれ、血風が舞う。


途中の道で別れた俺たちは出会い頭にここの住人を絶命させていく。


俺もルノもアーミアも黒いマントで目立ってはいないが、既に少なくない血の量を浴びているだろう。


当然倒れた人の数も相応に増えてきており、研究者のような者もいれば、戦闘を主体とした者もいる。


だが、いくら戦闘を主体としても次元が違う、ほとんど研究者と変わらず鎧袖一触をもって斬り伏せていた。


この調子ならそう時間もかからずにいけそうだと判断した直後、


「きゃあっ!」


「アーミア!?」


 手分けして分かれたはずのアーミアが壁をぶち破って俺の目の前を横切り、傍の壁にぶつかった。


「……防がれたか、娘、良い槍を持っている」


 ぶち破られた壁の向こう、いくつか穴の空いているところを見ればかなりの壁抜きをやったのだろう。


その先に、アーミアを吹き飛ばしただろう男が存在していた。


「仲間……か、使徒に味方するとは、奇特な者がいたものだ」


 その男がこちらに目を向けると、瞬間、強い重圧が俺にのしかかった。


「ぐ……こ、れは」


 クラウたちよりはよっぽどマシではあるが、不意打ち気味に喰らったそれに身体が縛られる。


おそらくアーミアも予想外の重圧にまともに身体を動かせずに吹き飛ばされたのだろう。


「おいおい、有り得ないだろ、ここで人化聖獣だと?」


 ファフニールよりは確実に下だ……だがヴァルグラシアなどの千年級より上の位階であるのは間違いない。


なにより俺の本能が叫んでいる……コイツは人ではない、明らかに上位の存在であると。


「ほう……俺を見抜くか」


「どうして……どうしてこんなところにいる!?」


 この組織にいる理由もそうであるが、なんでよりにもよって、この建物にいる?


分体のリアンナはともかくクラウやエレンシアであるならこれの相手をすることも簡単だろうが、現状聖獣の本体など相手にできる戦力はない。


「なに、継詠者のことを耳にしてな……現存する継詠者を一目見るために潜りこんだのだが……なかなかおかしなことになっているようだ、もともと、継詠者本人がいるのなら、救い出すことも考えていたのだが……どうやらまだその心配は要らなかったらしい」


「……そういうことか」


 継詠者とは、カレンやサナちゃんのような人種のことを言う。


その存在は聖獣たちを動かすほどに重い……つまりはそういうことである。

 

だからこそ、カレンが公演する街にもっとも近いここにいるのか。


「しかし、貴様らもよくやる……正しく虐殺だな」


 あまり面白くなさそうに俺たちの行った惨状に目を向ける。


「こちらも……友人が狙われているんだ……容赦はしないさ」


「……なるほど、継詠者の友人というわけか」


 納得したと言わんばかりに男はこちらへと近づいてくる。


「くっ……やってくれますね」


 小さくうめくような声がして、隣を見れば吹き飛ばされていたアーミアが立ち上がっていた。


「ほう……俺の一撃を受けて立ち上がるか、娘、並の使徒ではないな」


 声に感心を滲ませ、男は言う。


「それはどうも……」


「んで、あんたはどうする気なんだ?」


 男の位置が間合いに近づいたのを見て俺たちは武器を構える。


正直なところ、こんな規格外相手に戦うなどという愚は冒したくはないのだが。


「継詠者がおらぬのならば用はない……が、少々お前たちに興味が出た、無論、他所で戦っているもう一人を含めてな」


「おいおい……勘弁してくれよ」


 こんな奴に目をつけられるなんて不幸でしかないぞ。


大体そんなことをしている時間もない……少なくとも責任者だけは確実に潰さなければならない。


ならば取れる手段はただ一つ。


「アーミア、先に行ってろ」


「は……いえいえヒサメさん!? 馬鹿言わないでくださいよ!」


 俺の言葉に目を丸くしてアーミアは突っかかる。


そりゃ、その選択がどれだけ馬鹿な選択なのかはわかっているが。


「俺たちの目的は何だ、こいつを倒すことか?」


「っ!」


 そう、アーミアだってわかっている、この場での最善手は、誰か一人がこの男を足止めすること。


しかし、それは同時にたった一人でこの男を相手にすることになることも示している。


「でしたら、私が……」


「掃討速度が早いお前が自由なほうがそれだけ早く終わるだろ」


 実際のところ、この男を相手にすれば俺だろうがアーミアだろうがほとんど変わらないだろう。


であるなら、本来の目的が早く終わらせられるほうがいい。


「こっちにも都合がある……俺一人でやらせてもらうぜ」


「ふん、大した度胸だ」


 男は空中から斧を現出させ、俺の方へと身体を向ける……すでにその視界からアーミアは消えているのだろう。


とはいえ、それを隙と思って攻撃すれば痛い目を見るのは確実だろうが。


アーミアも自分は既に蚊帳の外になったと理解し、自分がなすべきことのために走り出す。


「良い判断だ、貴様も、娘も」


「そりゃどうも」


 そして貧乏くじを引くこととなった俺は男と相対する。


今まで見た中でも最高クラス、ルノさえいない……状況としては最悪に近いだろう。


「手加減はする、殺しはしない……見せてみろ、俺に」


「はぁ……どうしてこうなるんだか」


 あまりにも巡り合わせが悪過ぎて泣きたくなってくる。


だがまあ、良い機会とも言えるのだろう……ルノのいない状態で、俺にどんな手段が残っているか。


「俺は氷雨、水森氷雨だ」


「俺は黒狼王、ヴェルリックだ」


 名乗りを済ませ、俺たちは構える。


そして俺は、全力を持って一歩を踏み出すのだった。






 喫茶店『旅人』、マスター単独による戦闘……開始。

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