第三十話 『護衛』
相変わらずの喫茶店生活を続けている中、今この街ではある一つの話で賑わっていた。
それは歌姫の来訪、この世界で最も美しい詠を歌う少女であり、その人気は圧倒的なものである。
そんな歌姫が来るというだけで、街は祭りでも開催しているかのような雰囲気になっていた。
「にしても……これは騒ぎ過ぎじゃねえか?」
「仕方ありませんよ、歌姫さんはこちらの地方に来ることが少ないみたいですから……それに歌姫さん目当てに遠方から来ているお客さんもいらっしゃいますし」
「ああ、どおりで……いつにも増して探索者じゃない人が多いわけだ」
休日を利用して食材の買い物のために大通りに来ていたのだが……驚くほど人が多い。
正直、その人だかりによりめまいがするほどに熱気が辺りに広がっていた。
良い食材店を知っているとのことで、シトネちゃんにその場所への案内を頼んだのだが……失敗だったな。
ポーチを使用していることで、荷物がかさばることはないのだが……単純に人ごみのせいで移動しづらく、大変なことに違いはない。
下手をすれば人波に流されてはぐれてしまいそうになる。
目的の店にはたどり着くことができ、買い物自体は終了しているのだが、慣れない環境に身を置いていたことで疲労がたまっていた。
「シトネちゃん……平気?」
「ええ、ありがとうございます」
口では大丈夫だと返してくるが、額にはかなりの汗が流れている。
学生とは言え戦士科の優秀な探索者であるシトネちゃんからすれば通常はこの程度のことで疲労するはず等はない。
しかし、今回は肉体的なものよりも精神的なものへの負担が大きかった。
人の壁によりまともに周りの景色も見れはしない、人を押し倒しながら進む訳にも行かないため反応が遅れれば流される可能性もある。
さらには人込みに乗じてスリやら痴漢と言った狼藉を働く者もいるため油断できない、特に自分よりも小柄なシトネちゃんからすれば精神的な疲れは俺以上にあるだろう。
歩く途中に人通りの少ない道があったため、シトネちゃんの手を握ってそちらへと誘導して一息をつくことにした。
「予想外過ぎたぜ……こりゃ」
「すいません……気を使わせてしまったみたいで」
「や……気にしなくて良いさ」
正直、見通しが甘かった。
それなりに人がいるのはわかっていたから、ルノはあらかじめ連れてこないようにしていたんだが……それでも認識が足りなかったようだ。
ここまでのものだとわかっていればシトネちゃんも連れて行く気はなかったんだが……今回は完全にミスと言ってもいい。
しかし、それにしても……
「歌姫……ねぇ」
「どうかしましたか?」
「なんでもないさ……よくもまあ、これだけ集まるものだと思ってね」
実際に来る予定の日程は四日後くらいのはずだ……準備のために早く来ると考えても三日は早い。
だというのに、既にここまでの人員がこの街へ入ってきている……それだけ歌姫の人気が高いと言うことなのだろう。
あの時はまだ駆け出しの歌手ってだけだったんだが……成長したものだ。
彼女は今も気持ちよく歌っているだけだろう、その歌は、その時でさえ俺とルノが聞き惚れるくらいに素晴らしいものだった。
初めて会った時のことを思い出して、俺は自然と微笑を浮かべていた。
そんな俺をなぜかシトネちゃんがじっと見つめてくる。
「ん、なに?」
「マスター……もしかして歌姫さんと面識があったりしますか?」
「へ……どうしてまた?」
なんでそんな言葉が紡げるのですかシトネちゃん?
顔には出してはいないが、正直どうしてそんなことを聞かれるのか理解が出来なかった。
「マスターの顔、どこか懐かしそうにしてましたから……後は勘です」
勘とは言っても、ある程度確信したようにシトネちゃんは言う。
とんでもないな……今の表情一つで悟られるとはさすがに思わなかった。
「まあ、想像通りだよ……他のメンツには言うなよ、面倒くさいから」
「わかりました……まあ、マスターにどんな人脈があっても今更ですよね」
「なかなか言うね、シトネちゃん」
「そんなことないですよ」
澄まし顔で言うシトネちゃんをジッと見ながら、俺はため息をつく。
駄目だな、俺じゃシトネちゃんは弄れない……サナちゃんとは大違いだ。
再度ため息をついて俺たちは互いに顔を合わせて苦笑、そのまま少しの休憩を取りながら過ごしていると、シトネちゃんがこちらを見ながら口を開く。
「ちなみに、マスターの口利きがあったら、会場に入れたりしますか?」
「あん? いや、個人的な知り合いだからな……末端じゃ通してくれないだろうな」
「そうなんですか……」
「まあ歌姫本人か、傍にいるはずの護衛にさえ会えれば話は別だろうけどね」
俺の返答に若干落ち込んだようなシトネちゃんを珍しいと思いながらも、フォローのために言葉を続ける。
「じゃあ……マスターが会えることを楽しみにしていますね」
本当に楽しみにしているように笑みをこぼすシトネちゃん。
機嫌も上昇しているし鼻歌でも歌いそうなくらいだ、正直こんなシトネちゃんを始めて見た。
「珍しい……のかな、こういうイベントにシトネちゃんが興味を示すのは」
「そうですね……一度、運よく聞いたことがあるのでその時にファンになっちゃいました、今回のコンサートも可能なら行きたいんですけど……生憎抽選から落ちてしまいまして」
「へぇ、そうだったのか」
思った以上にシトネちゃんは歌姫のことが好きらしい……シトネちゃんには結構助けてもらっているし、可能ならば今回のコンサートへ連れて行ってあげたいと思う。
それに、俺としても彼女には聞きたいことがあるから、その話の中でシトネちゃんのことをねじ込む程度はどうとでもなるだろう。
「本人はともかくとして……さっき言った護衛だけどな……会える可能性は高いと思うぞ?」
「え……?」
「だから、まあ、どうにかしてみるさ」
歌姫と知り合ったのはむしろ護衛のほうに理由があったりする。
当たり前のことだが歌姫の護衛は俺とルノがこの街に住んでいることなど知らないだろう……だけど、この街に来れば、絶対に俺たちがこの街にいることに気づくことは間違いない。
「さ……帰ろうぜ?」
「あ、はい」
ルノも退屈しているだろうし、と笑い、俺たちは『旅人』までの帰り道を歩き始めるのだった。
そして二日後、俺の予想通りにその護衛と会うことになるのだった。
いつも通り『旅人』で仕事をしていた時のこと。
本日のメンバーは俺とルノ、そしてシトネちゃんとサナちゃんの四人。
人が多い割には中にいるのはお姉さま方の他には二人と少々閑散としているのが気になるところである。
とりあえずルノはお姉さま方の相手をしてもらい、残りの客は俺たちで相手をする。
「いらっしゃいませ!」
新たに来客が来たことをベルが告げたので、サナちゃんが元気よく挨拶をする。
そして、入って来た客が非常に覚えのある気配をしており、確認のために入って来た人物へと視線を向ければ、予想していた通りの人物がそこには立っていた。
「はぁ~い、ヒサメ、ルノ、元気?」
明るい声が響き、灰色の長い髪を持った女性が中へと入ってくる。
美人と形容してなんら問題のない女性に名前を呼ばれ、少ないながらも客やサナちゃんたちから視線が集中する。
「あ、リアンナさん!」
「どうも、久しぶりだな、リアンナ」
返事は普通に返すことが出来たが、内心では多少なりとも驚いていた。
歌姫が来る以上、護衛のこの人がいるのは当然わかっていたが……護衛する人物放って昼からこちらにやってくるのは予想していなかった。
彼女、リアンナは周囲を見渡し、それからカウンターの内側にいる俺と目が合った。
「ありゃ、客じゃなくて店員だったんだ、悪いことしたかな?」
「客でもアウトですよ、店内全部に聞こえる呼び声なんて」
というより客の方がアウトだろう、確実に迷惑な客である。
「あはは……そりゃ確かに」
俺がジト目で入ってきたリアンナを見れば、彼女はごまかすように照れ笑いを見せて俺の前にある空いたカウンター席へと座る。
「リアンナさん、どうしてここに?」
「ああ、護衛だろ仕事、ついてなくていいのかよ?」
「問題ないない、しっかり分体つけてきたわよ」
ルノが一旦お姉さま方に断ってリアンナの隣に座り、俺が呆れたように問えばあっけらかんとリアンナは答える。
ただし、その内容は洒落にならないものであるが。
「分体……って、そんなことまでできたのかよ」
「楽勝よ~」
聖獣が使うような技を楽勝と快活に笑い飛ばすリアンナ。
そしてそれは事実なのだろう……リアンナは先日俺の言った歌姫の護衛であり、クラウたちと同じ気高き夜の王の一人で『断絶姫』と呼ばれている存在なのだ。
「聞きたいことは色々あるけど……とりあえず、ご注文は?」
夜の王としての話であれ、歌姫の話であれ、人のいる昼間からできる話でもない。
そう考えて俺は営業モードに戻り、ルノにもお姉さま方のほうへと戻るように指示する。
集まっていた視線も敵にとうに知り合いなだけかと納得して消えたようだ。
「そうねぇ、じゃあ、ヒサメのオススメでお願い!」
「またアバウトな……了解しましたよ」
言われて俺は自分の作る中で最も自信のあるものが何かを考え、作業を始める。
作業を行いながらもリアンナを観察する、リアンナもそれに気づいてはいるものの特に咎めることなく笑っていた。
以前であった時と変わりのない姿、とても美しく、そしてその笑みは人を惹き付けることができる力を持っている。
そこから感じる雰囲気は、クラウのものとはまた別種の感覚だ。
日中を歩き回ったり、人と友好的に話したりと他の夜の王とは違う感性を持っているせいだろう。
「へぇー、ヒサメこんな店を建てたんだ、いい感じね」
「ありがとうございます」
興味深げに辺りを見回すリアンナ。
ふと視線を感じれば、仕事をしているサナちゃんとシトネちゃんがこの人誰、詳細求むという表情でこちらを見ていた。
説明は後でするから仕事に戻れとアイコンタクト、通じたようで二人とも仕事を再開させる。
そうこうやっているうちに、料理が完成、リアンナへと振舞う。
「手際もいいし、見た目もいい、妬ましく思えちゃうね」
「何を言ってるんだか……」
食事をする必要もない存在だろうが……料理スキルなんてあっても使わないだろうに。
そんなことを思っているとリアンナは多少不機嫌な様相を見せて、とんでもないことを言い放った。
「そうでもないわよ、美味しいものを美味しいって感じる舌はあるんだから料理は結構必要よ……実際、エレンシアとか実際上手だよ?」
最後の言葉で一瞬だが確実に意識がなかっただろう……自分の知っている姉さんとその言葉が一切結びつかなかった。
「……マジ?」
「マジマジ」
絶句から解放されて、聞き直せば笑いながら頷かれた。
あの姉さんが料理をしている光景……無理だ、想像することができない。
「一回作ってもらったけど絶品だったよ……今作ってもらったヒサメの料理よりは多少低いくらいだけど……美味しいのは確実よ、その時は機嫌よかったのか鼻歌まで歌ってたくらいよ」
「待て、やめてくれ、俺の姉さんへの想像が崩れるから」
想像力を総動員してもその光景が目に映ることはない。
とりあえずこれ以上聞くと、俺の中の何かが崩れそうなので強引に話を打ち切る。
「わりと繊細よね、ヒサメって」
「ええ、そうですね……だからこれ以上精神的な攻撃はやめてください」
「仕方ないなぁ、ヒサメがそう言うならやめてあげよう」
イタズラっぽく笑うリアンナは、正直見た目どおりの女性かそれより少し下くらいにしか見えない。
こういう風に話している時は本当に夜の王なのかと疑うことも少なくなかったりする。
けれど、敵と判断した場合には実際にそうなのだと理解できるほど凄まじい戦闘能力を発揮しているのを見たことがある。
とはいえ、手を出さない限りは基本的に友好的で無害であり、夜の王の危険度としては不変を望み人と関わることの少ないラガルドを除けば一番下に位置している。
「む……」
そんな風なことを思っていると、唐突にリアンナが眉をひそめる。
その様子から、何かしらよくないことが起きているようで、俺は声を低めて問いかける。
「どうしました?」
「カレンを狙う不届き者が現れた」
分体を通して情報を得たのだろう、その事実を聞いて俺は思わずその不届き者どもの冥福を祈ってしまう。
カレンとはリアンナが護衛している人物であり、つまりは歌姫のことだ。
護衛しているのが分体とはいえリアンナは紛れもなく世界最強の一角……襲撃者がディナクラスの腕がなければ対抗することも出来ないだろう。
一分と経たずにリアンナは元の表情に戻り、それで戦闘が終了したのだと理解できた。
「まったく……有名になると面倒なことまで一緒について回るものですね」
「ホントホント、気軽に街を歩こうと思ったらファンに囲まれちゃうんだもん、あれはさすがにびっくりしたわ」
人気があることもそうであるが、別の側面でカレンはかなり狙われている人間である。
良くも悪くも大きく知られている存在だ、容姿が優れていることも併せて手を出したいと思う不逞の輩は後を絶たないだろう。
だが……単純に容姿や歌姫の人気による襲撃に関して言えば厄介さはそこまで高くない。
問題はカレンの持っている希少な能力を狙う輩だ。
そもそもカレンの能力を知っている者がほとんどいない……俺と出会ったときに一度そういう輩に遭遇して、リアンナと一緒に撃退したことがある。
その後、そいつらのいた組織ごと潰したのはよかったのだが……ある程度情報が流出した後だったようで、完全に差し押さえることができなかったのは失敗だった。
流れてしまった情報自体は半信半疑……どころか眉唾物の情報だが、本当ならと狙う組織や個人は残念なことに存在しているのである。
「人間ってなんでこんなにしつこいんだろうね、いい加減諦めてくれればいいのにさ」
「むしろ、リアンナの存在が信憑性を高めてるんじゃないか?」
「あ~、それは否定できないかもしれないわ」
当然今でも散発的に狙われており、先ほどもそういった手合いなのだろう。
そういう輩はリアンナの正体自体はわからなくても、異常なほど強い護衛がついていることは疑いようもなく、結果的にその情報を真実だと考えているのだろう。
例えるとするならば、宝物庫の前で待ち構えている門番のような扱いとなるだろうか。
その考えに思い至るとリアンナは顔をしかめてしまう……カレンは護らなければならない、しかし、護れば護るほど狙われる。
正直なところ、一体どうしろという話である。
「う~ん、そうなるとやっぱりこうするしかないかな……ねえヒサメ、お願いがあるんだけど?」
そう言って、リアンナが上目遣いに俺の方を見てくる。
その様子はとても可愛らしく、魅力的ではあるんだが……あんたは一体何歳なんだと言いたくなる。
口にしてしまえば、友好的なリアンナと言えど本気で襲い掛かってきそうであるため心の中で思うだけであるが……それは置いておく。
「なんですか? すごい嫌な予感がするんですけど」
この会話の流れから考えて、頼まれる内容は限られてくる。
あまり聞きたくはないが……仕方ない。
「また潰すの手伝ってくれる?」
「やっぱりか……とりあえず、そういう話は今ここでしないでくれますか?」
いきなり物騒な話題に入ったので、咳払いをして話を切る。
潰すだのどうの話している喫茶店のマスター……うん、シュールすぎるだろう。
「あ、ごめんごめん」
他にも人がいることに思い至ったのだろう、舌を出して謝るリアンナに俺はため息をつく。
本当……一々容姿や行動が可愛らしい人である、立場的にも気分的にも怒る気が失せるというものだ。
「夕方ごろ、閉める直前ぐらいに来てくれるとこっちもありがたいんだけど」
「ん~、そうねえ、わかったわ、じゃあ、また後でね」
「ええ……って待て、金払え」
凄く自然体に外へと向かうリアンナに俺は、半眼で睨んで呼び止める。
「ええ!? 久々に会った知り合いへの奢りってことでいいじゃん」
「セコイこと言ってんじゃないって……金には別に困ってないだろ」
「そういうヒサメだって……むぅ、仕方ないな」
渋々といったように代金を支払ってくる。
それを受け取り、今度こそ外へと出て行くのであった。
「…………はぁ、疲れる」
もう一度来た時は、これ以上に疲れるのだろうな……と、諦観した気持ちで俺はため息をつくのだった。
その後は、詳細を聞きたそうにしているサナちゃんとシトネちゃんをなだめ、残りの時間をギリギリまで仕事に当てながらも、リアンナに対する返答を考えていく。
「ありがとうございました!」
そうこうしているうちに最後の客が支払いを終え、店を出て行く。
それを見送って、サナちゃんに表にある開店中の札を下げてきてもらうように指示をして、サナちゃんはすぐさま行動に移る。
「終わったよ、マスター」
「おう、お疲れ様」
食器を洗いながら返事をして、同時に労いの言葉をかける。
「シトネちゃんも手伝いご苦労様」
「いえ、それより……仕事途中に来た人ですけど……」
「リアンナのことか? まあ、気になるだろうな……それについても少々話すから、もう少し残っていてくれるかな?」
今日がサナちゃんとシトネちゃんとで助かった。
シトネちゃんには先日のこともあるし、サナちゃんはなんとかカレンと会わせたいと考えていたから、ある意味では一番のタイミングだったとも言えるだろう。
サナちゃんたちに適当な場所に座るように指示をしていると、扉のベルの音が鳴って彼女が中へと入ってきた。
「あら、店員さんは皆残ってるのね」
意外そうにサナちゃんとシトネちゃんのほうを見て、俺の方を見る。
「まあな……とりあえず、座ってくれるかリアンナ?」
「はいは~い」
歌姫が来ることはわかっていたので、前もって用意していた酒のボトルとグラスを用意しながら、対面するカウンターの前を指す。
リアンナも特に文句はないようで快活に返事をして席へと座る。
俺の横では喫茶店でお酒って、とか、こんなもの買ってたんですね、とか小言が聞こえてきたがスルー。
ルノはすぐにリアンナの隣に座ってニコニコと笑顔を見せ、リアンナもそれに応じるように笑みを浮かべてルノを撫でる。
そういえば、ルノはリアンナには結構懐いていたよなぁなどと思いつつ、眼前ある癒し空間を眺める。
しかし、今回はそういうことをしに来たわけではないため俺は話を進めるために口を開く。
「リアンナ、彼女たちはこの喫茶店の従業員でサナちゃんと、シトネちゃん……二人とも、俺のことについては一通り説明してある」
「へぇ、なら信用はできそうね」
リアンナはルノを撫でるのを止め、微笑を浮かべて二人を見れば、二人とも小さく頭を下げる。
それに応えるように一度立ち上がったリアンナは軽く自己紹介を行う。
「サナちゃん、シトネちゃん、私はリアンナ、ヒサメとルノの友人で、歌姫カレンの護衛をやっているわ」
「ええっ!?」
その自己紹介の内容にサナちゃんが声を上げて驚いていた。
シトネちゃんにしても声を上げていないが目を見開いて驚いているようである。
まあ、二人の驚いている内容は少々違うだろうが。
サナちゃんの方は歌姫の関係者など基本的に会う機会なんてないだろうからの驚き、一般的な反応はこちらだろう。
そしてシトネちゃんの方はと言えば護衛という役職がここにいることに対してだ。
「えと……護衛の方がこんなところにいていいのですか?」
人気のある者が狙われやすいことを理解しているのだろう、当然のことを聞いてくる。
実際、護衛対象の傍にいない護衛など何の役にも立たないわけであるし。
「問題ないわ、これでも一応護衛としてのプライドはあるのよ、カレンには指一本触れさせないよう手はしっかりとうってあるわ……毛一本だろうと絶対にカレンに通させたりはしない」
グラスに注がれた酒を飲みながら、それでも絶対の自信を持ってリアンナは断言する。
まあ、まず問題ないだろうな……俺とルノではどう足掻こうがリアンナに対抗することは出来ない。
人外の身体能力や魔力……このあたりは夜の王たちが当たり前に持っている共通能力だろう。
それに加えてそれぞれいくつかの独自の能力を持っている。
リアンナの固有能力を言葉として表すのなら『拒絶』というのが正しいだろう。
こちらの攻撃に触れることを拒絶し、その攻撃を防ぐことの出来る能力。
その流用で絶対の防御壁をつくることもできるのだが、その能力を攻撃と同時に使われた時が一番ヤバイ。
触れることを拒絶しているのに自ら近づく矛盾、それを解決するために触れる対象を消滅させようとする非常に凶悪な力である。
拒絶の力に負けないほどの魔力を触れた部位に込めれば防ぐこと、攻撃を通すことは出来るほか、攻撃転用の際には自動ではなく能動で能力を使っているから不意をつければ防御も抜ける。
と言ったように、一応付け入る隙はあるんだが、人間じゃ不可能だろう。
そもそも、人間相手には身体能力だけで圧倒できるため、攻撃転用をするまでもなく倒されその身体に傷一つつけることさえ出来ないだろう。
普段の振る舞いから感じられないが、彼女もまたしっかり人外で反則的な存在の一人なのである。
「それでだけど……昼に言った件は考えてくれた?」
「ええ、受けようとは思ってますよ……当然ながら、詳細を聞いてからですが」
「そうこなくっちゃ」
俺が簡単に返答すると、リアンナは嬉しそうに笑う。
その笑みに若干暴力的な雰囲気が混じっているのは気のせいと言うことにしておこう。
「それも加味した上で……一つお願いが」
「あら、何かしら?」
「サナちゃんとシトネちゃんなんだけど……カレンに会わせられないかな?」
俺がそんなことを提案すると、聞いていた二人が驚いたり、息をのむような素振りを見せていた。
シトネちゃんは先日多少それに近い話は聞いていたものの、コンサートへの入場ではなく会わせるとの言葉には驚いているようだ。
それはリアンナも同じなようで、若干困惑した表情を見せている。
「会わせるの? コンサートのチケットなら即決できるけど……わざわざ会わせるのなら理由くらいは欲しいわよ」
「少なくともサナちゃんは会わせたい、理由はリアンナならわかるんじゃないか?」
「ふえっ!?」
さらには突然振られたサナちゃんは声を上げ、動きを止める。
リアンナはそんなサナちゃんに目を向けて、それからわずかばかり目を見開いてから、微笑を浮かべてサナちゃんへと近づく。
その様子にサナちゃんは驚いたまま何もできず、リアンナに至近で顔を覗き込まれて冷や汗を流す。
「……へぇ」
「な……なんですか?」
息のかかるくらいの距離で見つめあい、リアンナが感嘆の声を上げるが、されるがままのサナちゃんは若干腰が引けていた。
「おもしろいわね……確かにヒサメが強く推す理由もわかるわ」
「でしょ? だから、サナちゃんと、ついでって言ったらアレだけどシトネちゃんも一緒に許可を」
「そうね……」
リアンナは口元に手をあて、考える素振りを見せて、答える。
「いいわよ、じゃあ、私から許可が出るように言っておくわね」
そして出た言葉に、嬉しそうな顔ではあるが、少々複雑そうな顔をするサナちゃんとシトネちゃん。
まあ、サナちゃんが注目されている理由を明かしていないのだ、心当たりがないだけに若干の不安な様子を見せていた。
「とりあえず喜んでいいと思うぞ、なんでって思うかもしれないけど、カレンも含めた上で説明するから」
そんな二人の様子を見かねた俺は、両手を使って二人同時に頭を撫でながら、安心させるように言う。
二人は俺と目を合わせ、おずおずと頷いてくれたのを見て、俺はリアンナへと話を戻す。
「じゃあ、カレンに連絡しておいてくれるか?」
「りょーかい」
これで、こっちの件に関してはもう大丈夫。
となると……あとの問題は……
「昼の件か……掃討作戦の詳細は?」
「掃討作戦……ですか?」
少々物騒な言葉に眉をひそめるシトネちゃんとサナちゃんに俺は軽く説明する。
カレンが狙われやすい立場にいること、その中には組織的な連中も存在すること、その組織をまとめて壊滅させようとしていたこと。
ある程度オブラートに包んではいるものの、まあ物騒なことに違いはないだろう。
「んで、その作戦に俺たちは参加しようと思ってるわけだ……内容次第でな」
「大丈夫なんですか? そんな危ないこと」
「問題ない問題ない、使徒狩りの三勇士みたいな怪物級が二人もいなけりゃまず負けはないよ……それでなくてもリアンナもいるから」
いても夜の王には勝てないだろうから最初から勝ちは決まっているんだけどね……と考えていたところにリアンナがさらに爆弾を投下した。
「あ、忘れてたけどクラウとアーミア、エレンシアも参加するから」
「はあっ!?」
「わうっ!?」
さらりとした口調の割に、その内容は聞き逃すにはあまりにも無理な言葉に、俺とルノは同時に視線を集中させた。
その反応に、サナちゃんとシトネちゃんは驚いたように目を見開き、リアンナは面白そうに口元に笑みを見せる。
クラウと姉さんがなんでいるんですか?
当然の質問であるからこちらから口にせずともリアンナは理由を話し始める。
「クラウはね、アーミアちゃんがカレンのファンなのよ、そのついでに私に会って、カレンの舞台が終わった後にヒサメたちにも会いに来る予定みたいよ」
「ルノ、この後もてなしの準備な、大至急」
「わん!」
リアンナの返答と同時に俺とルノは反応、速攻でこの街の品揃えを頭の中で思い浮かべる。
夜の店でいくらか集めるしかないな……掘り出し物とかあればいいんだが。
クラウのときの酒も今回の酒を探すのに一ヶ月かけたからな……今日明日の短期間でどれだけの品質のものが用意できるだろうか……
「ついでにエレンシアは北にいるのが飽きてこっち来てるのを捕まえたのよ、戦闘の場を提供するって言ったらわりと簡単にオーケーをもらえたわ」
あの姉さん戦闘好きのサドだからな……心をへし折るのが好きだって言うぐらいだし……狙われたら泣くしかない。
多分神聖帝国の騎士たち相手に、統率者だけをわざと残して、一瞬で壊滅されたという事実を叩きつけてその驚愕と恐怖の表情を嗜虐的な笑みを浮かべながら見ていたに違いない。
「先にクラウと合流したから、もしかすると一緒に訪ねてくるかもね」
「本気で言ってますか!?」
「可能性は高いんじゃないの?」
からから笑うリアンナに、俺は冷や汗が止まらない。
ああ、確かにその状況ならあの人は来るだろう……間違いなく。
となれば……やっぱり相応のもてなしをしなければ、なにか酷い目が待っていそうだ。
「準備期間が足りねえ……」
せめて一週間ほどあればそれなりの用意は出来るんだろうが……生憎と二、三日ではかなり厳しいことになるだろう。
「頭を抱えているところ悪いけど、話を続けるわよ?」
「あ……ああ」
とはいえ、正直どうでも良くなった。
夜の王が三人に直系使徒が一人、んで俺たち……相手が残り三人の夜の王か、聖獣でも囲っていない限り、まず敗北することが不可能ということがわかったためあまり考える気が起きなくなったのだ。
「まあ、我ながら……このメンツには呆れるしかないけどね」
かく言うリアンナもそのメンバーの非常識な構成にはさすがに思うところがあるようだ。
ぶっちゃけ、今この世界で一番戦力が集結してないか?
「まあ、壊滅させる組織は複数あるから、個々戦力にわかれることにはなるとは思うから、クラウとエレンシアだけじゃ足りないのよ、アーミアちゃんだけだとまだ不安だしね」
となると……さすがに一箇所の戦力集中による極限地獄絵図は起こらなそうだ。
まあ、代わりに複数個所で普通の地獄絵図が起きるような状態になったのは幸運といえるのかはわからないが……それは気にしないでおこう。
「で、ヒサメにはルノとアーミアちゃんと一緒に一箇所潰してもらいたいの」
「……なるほど……ああ、直接地獄絵図を見なくて済むとわかると多少気が楽になるな……」
「敵陣に向かって古代魔法ぶち込んだことのあるヒサメもあんまり人のこと言えないと思うけどね」
カレンと出会った時であり、リアンナと再開したときのこと、襲ってきた組織のアジトに奇襲としてイフリートを叩き込んだことがある。
ああ、確かに人のことは言えないかもしれない……
「それで、了承してくれるのかな?」
「……ああ、いいよ、アーミア一人でも大丈夫とは思うけどね」
「わう、下手するともうボクらより強いかも……」
「ありがとう! 私もそうだとは思うけど……念のため、ね」
才があるのは認める。
とはいえ、使徒になって半年も経っていないのだ、不測の事態に備えるくらいは必要だろう。
「決行は明後日の夜明け前、太陽の昇る前に終わらせる予定ね」
「んで、その後はカレンのコンサートをゆっくりと……ってことか」
「そういうこと」
リアンナは満足気に微笑んで、グラスを空にする。
「ってわけで、今日はゆっくり休んで、しっかり準備すること、いい?」
「了解です!」
「わん!」
席を立ち、よく言いつけるリアンナに、俺たちはしっかりとした返事を返すのだった。
「よろしい、それじゃあ、私はカレンの元に帰るとするわ、集合場所はこの街の外にある丘のふもと、大丈夫よね?」
「さすがに、この街で暮らしてませんって」
「オーケー、じゃあ、その時にまた会いましょう」
微笑み、リアンナは振り返り店を出て行った。
それを見送り、サナちゃんとシトネちゃんがゆっくりと聞いてくる。
「終わったら、聞かせてもらえますか?」
「待ってますから、ちゃんと帰ってきてくださいね?」
「当然!」
「もちろんだよ!」
危険があるということを理解し、不安そうに言う二人。
その二人を元気付けるように、俺たちは力強く返事をする。
そして俺とルノは準備のために動き始めるのだった。
喫茶店『旅人』、そのマスターと従業員が夜の街を食材と酒を求めて駆けずり回っていたとか……