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第二十五話 『試練』

 地竜による地面の隆起を起こす攻撃……その一撃を上空に跳ぶことでかわした俺たちは、眼下に広がる光景に思わず顔を引きつらせることになった。


「おいおい、初撃からこれかよ……洒落にならないぞ」


「わう……地面がメチャメチャ」


「これが竜の力、というわけだ」


 地竜が行ったのは足の一踏みだ……それだけで全ての地面から上に向かって大地の槍が伸びていた。


大小様々なその槍は、上空に避けそこなっていれば身体を穴だらけにされていたことは想像に難くない。


上空に上がった俺達ではあるが、このまま落下してはその槍の中に突っ込むことになってしまう……槍自体は小さいものでも十分な大きさだから着地で串刺しになることはないだろうが、正直とんでもないものである。


それに、向こうもこちらが着地することを待ってはくれないだろう……事実、


『どうした、反撃せぬのか!』


 空中にいる俺たちに向けて口を開く地竜……その予備動作に俺たちは嫌な予感を感じた。


その次の瞬間には、その口から幾つもの岩石が俺たちに向けて放たれる……炎のようなブレスではないにしろ、喰らえば終わるのは間違いない。


「ああ、くそ、ルノッ!」


「わん!」


[風の盟友:その力をここに:我らの前へと:顕現せよ]


[荒れ狂う風よ:いかなる物も吹き飛ばし:その刃にて切り裂け:暴虐の怒り]


 四小節ずつの同時詠唱。


巻き起こる風は竜巻と呼ぶにふさわしく、こちらに向かっていた岩石を全て微塵に砕いていく。


竜巻は砕くだけには留まらず、その勢いのまま地竜へと向かって牙をむこうとするが……


『オオオオオオオオォォォォォォォォォォッ!』


 号砲一喝。


凄まじい咆哮に地竜の身体に向かっていた風が完全に吹き飛ばされた。


さらにその音という衝撃は、そのまま俺たちに向かって圧力をかけてくる。


「デタラメだろ!?」


「今の……耳にキーンってきた」


「あれだけの一撃が咆哮一つで消え去るか……大概の探索者はこの時点で既に手がないな」


 レスカさんの言葉も尤もだろう……手は抜いていないし抜けるはずもない、普通であればこれ一つで片が付くはずの切り札級の攻撃だった。


それが一切通用している様子を見せないというのは、さすがに呆れるしかないだろう。


つまり、これ以上の攻撃力でない限りは攻撃にさえならないということであり……その時点で大抵の人間は詰む。


「さて……マスター、何かプランはあるかい?」


「ぶっちゃけないですね、あれはさすがに予想外すぎました」


「わう……結局方法は一つしかない」


「そういうことだね、あれなら効くんじゃないかい?」


「倒す倒せないはともかく有効だとは思いますよ……問題は撃たせてくれるかです」


 ファフニールに一応ながらもダメージを与えられたことから考えて、古代魔法ならいけるだろう。


しかし、相手は知恵も力も魔物なんかとは比べ物にならない相手だ、俺が古代言語を扱えることは先ほど証明済みだ、ならば長い小節のものは相応の妨害がされると思ってよいだろう。


何にせよ、このまま落下して足場の悪い大地の槍の森には着地したくはないな……



――さあ風と共に踊ろう


  まずは舞台を作ろうか――



 大地の槍がある場所よりもある程度上空に足場を生成して俺たちは着地をする。


その様子を地竜は観察するように静観して、やがて言葉を漏らす。


『なるほど、やはり古代魔法を使うことが出来るようだな』


「ああ、そちらさんの言うとおりだ……よ!」


 言葉の終わりと同時に俺は連結機工剣を振って、伸ばした刃で地竜の顔面に一撃を見舞う。


『ふん、効かぬわ』


 しかしその刃は地竜の皮膚には一切通らず、弾かれた音だけが空しく響いた。


ほとんど予想していたこととはいえ、やはり地竜の皮膚の硬度もまた規格外らしい。


出来れば打ち消すことが出来るが防御力は低い、みたいなものならよかったのだが……そんなに甘くはないようだ。


「ったく、嫌になる硬度だな」


 連結剣の刃を戻しながら俺は舌を打つ。


その隣では一部始終を見ていたレスカさんが自分の剣を眺めてため息をついていた。


「お姉さんの剣じゃ斬れんぞ……あれは無理だ」


「ま……当然と言えば当然ですね」


 レスカさんの剣は結構な業物であるのは間違いない……ただ単に、あんなものを相手にすると想定していないだけだ。


というか世に出ているほとんどのものがこんなものを相手にすることなど想定できるはずもない。


「……ヒサメ、とりあえず使ってみよう!」


「……しか、ないみたいだな」


 いきなり切り札を試すしかない状況というのはさすがに悲しくなってくる。


とはいえそうも言っていられず、俺は覚悟を決めてポーチから赤い結晶を握り締めて、詠を紡ぐ。



――孤高の焔そこに立つ――



『させると……思うかぁっ!』


 まあ当然のことながら易々とさせてはもらえないらしい、地竜が両前足を上げて、振り下ろす。


瞬間、先ほどと同じように……しかし規模は先ほどとは比べ物にならないほどの大地の槍が俺たちに襲い掛かってくる。


作り上げた風の大地を突き破り、俺たちを襲うそれらを再度跳躍することで回避する。


これは足場の意味がないなと思いながらも詠の続きを紡ごうとして、既に放たれている岩石の掃射に目を見開く。



――その腕で全てを焼き払え――



 俺たちに向けられたその岩石を炎で焼き消す。


咄嗟に防御に使わされてしまったことから見ても、やはり普通に詠を紡いでどうにかなるものではないようだ……撃つのであれば無理でもなんでも足止めをするほかないだろう。


となれば……足止め役が必要なのだが、今のレスカさんでは中々難しい……仕方ない、切り札の一枚使うしかないか。


「レスカさん、これを使ってくれ!」


 俺は一振りの剣をポーチから取り出してレスカさんへと投げ渡す。


鞘に納められたその剣を受け取り、レスカさんは少し目を見開いた。


「これは……? なにやら尋常じゃない力を感じるんだが……」


「斬れ味で言えば俺たちの作品の中でも間違いなく最強の一振りです……まあ、あの巨体から言って気休めですけどね」


 レスカさんに答えながら俺は同じ剣をもう一振り取り出した。


芯となる中央部分は高硬度の黒岩鋼と呼ばれる金属、その金属を覆うように半透明の緑色の刃が存在している。


その剣の刃渡りは普通の片手剣とそう変わりはない……切れ味は保証できるが、その長さのため外皮の方が厚いことも考えられ、貫いてもダメージが通るかは実のところ疑問である。


ただし、その剣が効果を発揮するのは攻撃力の面だけではないのだ。


『待て……その剣、もしや!?』


 地竜の声に驚きが混じっている。


さすがに勘のいい……この剣が何で出来ているのかを一瞬で理解したようだ。


「正真正銘の本物だ……砕いた部分を褒美としてもらったものだ……名をつけるならファーブニルってところか?」


『やはりか……お主、あの方の鱗を砕いたというのか!?』


「あの方……?」


 地竜の驚愕はある意味で当然、同時にレスカさんの疑問も当然だろう。


レスカさんにも分かるように話したいところではあるが、さすがにそんなに悠長にしている時間はない。


俺は大地の槍へと着地と同時に地竜に向かって突撃する……全力を持って放った斬撃は、その硬度に対して嘘のように簡単にその外皮を斬り裂いた。


あまりにも簡単に斬れ過ぎたせいで当たらなかったのかと感じたほどである。


『……さすがはあの方の鱗か……だが武器を誤ったな、その長さで我を傷つけることは出来んよ』


 地竜の言葉に舌打ちをしたくなる。


やはり得物が短いせいで外皮より先を貫けない……さらに、斬り裂いた傷が何もなかったかのように修復していく様子を見てさらに苛立ちが募る。


生半可な威力では防御を貫けず、そして再生能力も非常に高い……ふざけるなと叫びたくなる。


しかし、叫んだところでどうなるわけでもなく、ならばどうにかするしかない……そう思って連続で攻撃を加えようとしたところで、


『そう何度もさせると思うか?』


 地竜の外皮から大地の槍が突き出てきた。


「っ!?」


 地面だけでなく自分の身体からも槍が出せるのかと俺は驚愕で目を見開く。


そのままでは間違いなく穴だらけにされるとすぐさま俺は突き出てきた槍を斬り裂き、断面を蹴ることでその場から一気に距離を取った。


体勢を整えて近くの槍の側面へと着地する……どうにか無傷でやり過ごすことは出来たが、これはまた面倒なことこの上ない。


「くそ……やっぱり剣じゃダメか」


「いやいや、そう捨てたものではないかもしれないぞマスター? あそこまで容易に斬ることが出来るのなら何かしらの方法がとれるだろう」


 近くへとやってきたレスカさんが俺の呟きにそう返した。


ファーブニルを携えて、いつもと同じ不敵な様子で地竜を睥睨する。


そんなレスカさんに対して地竜は岩石を無数に射出してくる……その岩石を前にレスカさん剣を構えたまま跳び出した。


構造変化の時と同じように足場を作り、時には放たれる岩石を足場にして確実に地竜に近づいていく……確かにやりようは一緒なのかもしれないが速度が違う、その威力が違う、俺には真似できそうにないとその動きに舌を巻きながら巻き添えにならないようにその場を退避。


槍の森で身を隠しながら同じように地竜に向かって近づいていく。


撃ちだされた岩石と大地の槍がぶつかり合い、轟音と土煙が発生している様子を横目で確認しながらレスカさんが稼いでくれている時を最大限利用するために動き続ける。


「さて、それじゃあ始めるとしようか」


『来るか娘よ!』


 全ての岩石をかいくぐり、レスカさんが地竜を射程範囲内に収める。


だけど普通にやってもあの剣ではまともに傷つけることなどできない……どうする気だ?


「ま、まずはその再生能力を止めてもらうぞ」


 地竜の背に着地しながら高速で数度斬撃を放つレスカさん。


その攻撃は速く凄烈で、先ほどの俺の斬撃とは比べるべくもなく地竜の身体を抉る……だけど、それだけでは駄目だ。


『鬱陶しいぞ!』


 地竜の身体から幾つも突き出てくる槍はレスカさんを襲い、だけどレスカさんはどういう勘かその攻撃のタイミングを完全に察知して跳躍することで回避。


[凍結の友:その力を使い凍てつき:封じろ]


 さらに響いたのは魔法の詠唱、右手に集束した魔法を突き出てきた大地の槍……正確にはそれらが生えてきた傷口に向かって解き放った。


傷口で発生した冷気はすぐさま表面を凍結させて傷口を塞ぐ……それと同時に、傷口の再生を止めていた。


「おいおい、まさかだろ……?」


『正気か……娘?』


 傷口を凍らせる……それ自体は確かに再生力の高い相手には有効だろう。


しかし、この巨体に対してあの程度の傷をその都度塞いでいてはとてもではないが手が足りないし、今の大地の槍のようにされるがままでいるはずもない。


俺のいる付近に着地したレスカさんは若干の汗をかいているようであったが、そこには未だいつもの笑みを絶やしている様子はない。


「何、物は試しと言うことでね……それに、傷口からでも槍を発生させることができることが分かっただけでも収穫さ」


『なるほどな……』


「しかし、物は試しで死地に飛び込むかよ」


 地竜と俺が敵味方であるにもかかわらずレスカさんに対して呆れと感心を抱いてしまう。


手に入れられたものはわずかな情報のみ、それを得るために並みの探索者が十は命を失っていることが予想できる……実際、レスカさんにしても表情ほど余裕があるわけではないだろう。


「情報を得るためならある程度の危険は仕方がないさ……大体だ、お姉さんの役目は陽動役だろう?」


 俺の愚痴にレスカさんは軽く答え、逆にこちらの首尾を聞くように視線を向けてくる。


実際、レスカさんが惹き付けていてくれたおかげでこちらも首尾よく準備することが出来た。


『何をするつもりだ?』


「それはまあ、見てのお楽しみってことで」


 俺とレスカさんは地竜から目を離さないように一気に距離を取り始める。


そして響き渡るのは天からの幼い声、そしてその声で紡がれる詠。



――焼けた荒野に立つ者の名は――



『空からか! 獣人の子が古代魔法とは!?』


 地竜が見上げた先、しばらくの間戦場から姿を消していたルノの声が朗々と響き渡っていた。


ルノもここまで来た者の一人だ、向こうも警戒はしていたのであろうがルノはどう見ても子どもだ。


その警戒は実際に古代言語を使用した俺や、岩石の群れを回避して突撃できる強さを持ったレスカさんよりも低くなってしまうだろうし、ファーブニルなんてものを持ち出したことにより地竜の危険度の割合はさらに低いものになる。


しかし、それにより時間的な余裕を与えられたルノは一転してこの場で最も危険な存在へと変貌していた。


かなりの上空で空の足場を作っていたルノが詠を紡ぎ……そして放つ。


「――イフリート――」


 極大の火炎が地竜に向かって墜ちた。


構造変化中に使用し、集まっていた魔物たち全てを燃やし尽くした規格外の焔が地竜を呑みこむ。


地竜の咆哮が辺り一帯に響き渡る……普通であればこれで決着かもしれないが、相手は聖獣……これだけで済むはずがない。


「だからこそ!」



――孤高の焔が燃え盛る


  集えよ火の子、孤独に泣く彼に救いの手を――



 続けて俺の口から紡がれたのは、仕掛けを発動させるための言葉。


地竜の周囲数ヶ所に設置した赤い結晶が起動、周囲から発生した爆炎がルノの放った極大の焔と混ざり合い、途轍もない炎熱がそこに生まれた。


それなりに離れているこちらまで尋常ではない熱を感じるほどの規格外のソレが地竜を呑みこんだ。


「凄まじい……その言葉すら生温い威力だな」


「加減は一切していませんよ……俺もルノも」


「わう、全力で撃った」


 空中から帰ってきたルノが俺の言葉を引き継ぐ。


放たれた焔は自分の出せる中でもかなりのもの、それはその焔の中から聞こえる地竜の叫びからも間違いないだろう。


「何にせよ……これほどの力であればあの竜にしても……」


「甘いですよ、レスカさん」


 極大の焔、それを見て若干の安堵のため息を吐いていたレスカさんに俺は忠告する。


「この程度の攻撃で聖獣は倒せません……絶対に」


「これが……この程度なのかい?」


 毒づくような俺の言葉に、レスカさんも冷や汗を流しながら聞き返してくる。


ルノも険しい表情で燃え盛る焔を凝視するように見つめている……まだ終わってはいないのだと。


俺とルノの中では確信に近い予感、これ以上の威力で攻撃したはずのファフニールがダメージを負っただけだった……そこからの予想。


燃え盛る焔の中で地竜の咆哮が響き、焔の中に影が揺らめく。


そう、地竜は未だその姿は健在で、叫ぶことが出来るほどに余裕があるのだ……もはやこの焔だけで倒しきることは不可能であると思っていいだろう。


「……勘弁してくれないかい?」


「まだまだ……コイツら相手にこれくらいの理不尽はつきものですよ」


「わう……ホントに強すぎるよね」


 瞬間、一際強く放たれた咆哮……そこには先ほどまでのダメージを負っている咆哮とは毛色が違っていた。


どうやら完全に耐えきられたらしい……であれば、最後に一撃だけこちらから仕掛けさせてもらおう。


「ルノ」


「わん!」


 俺とルノは新しく取り出した剣を地竜に向かって振った。


それは以前、ディナに対して使った魔法具の剣……その効果は『熱量の増幅』であり、そして今現在発生している熱量はディナ戦の比ではない。


結果的に起こるのは当然……莫大な熱量の発生。


発生した熱量だけで、爆発と見間違うほどの衝撃がこの場を襲う……直撃していた地竜は当然、俺達にまでその衝撃で吹き飛ばされそうなほどであった。


耐えたと思った瞬間、新たな衝撃が間近で起こったことにより地竜にも再度苦悶の咆哮が漏れた……それでも未だ倒れる様子はない。


「間違いなく倒したのだと思ったんだがね……」


「まだまだですよ、レスカさん……世界にはこれ以上の存在が軽くいますから」


「……その言い方から考えて、そういう存在とあったことがあるんだろうね……やはり帰ったら色々と聞かせてもらうよ」


「この場で先のことを考える余裕があるのならいい傾向ですよ、ま……答えられることには答えましょう」


 焔も熱量も収まった先、所々ダメージを負っていることは間違いないにしても原形を留めてこちらに視線を向ける地竜の姿。


人の出せる限界を二歩も三歩も踏み越えた先、そこに到達しても届く気のしない領域……そこに住んでいる存在が聖獣ないし夜の王たちだ。


今の一撃で倒すことが出来ないことはむしろ当然のことのようにも感じられる辺りがもう終わっている。


一撃で通じない以上続けて撃つしかないだろうが、同じ手は通用しないであろうし……次はどうやってダメージを与えればいいだろうか。


『なるほど……古代言語の使い手、であれば真っ先にその可能性に思い至るべきであったな』


 一歩一歩と近づきながら地竜が声を発する。


その対象は俺……まあ、よく隠せた方であると言えるだろう。


『古代言語にしても威力の高いその力……そして、発動するたびに感じた波動……主は異界の詠歌いというわけか』


「そうだな……そう呼ばれたことも何度かある」


 呼ぶのはファフニールやクラウと言った聖獣級でもハイエンドな方たちである。


そんな彼らが使うほどその名は特別なものである。


『現在の詠歌いか……互いに問いたいことはあれど、それはこの試練を潜り抜けてからにしてもらうぞ』


「上等だ!」


 俺の言葉に地竜が再度咆哮した。


そして次の瞬間、俺たちの頭上に影が差した。


「上か!?」


「このっ……仕返しかよ!?」


「ヒサメ」、急いで!」


 避けることが出来ない規模の巨大な岩石が俺たちの頭上に突如現れる。


回避が困難な以上取るべき手段は頭上からの岩石の破壊くらいだろう……とはいえ、それも規模が大きすぎるせいで今の状況から完全に破壊するだけの詠唱をする時間はない。


それにおそらくではあるが、破壊をしては助からないという予感がしている……だからこそルノに急かされるように俺が紡いでいる詠は、破壊するためのものではない。



――無限に広がり煌く星


  瞬く星空を駆ける影――



 その手に作り出したのは黒の結晶。


静かに輝くその結晶を握り、落下してきている岩に向かって結晶を握ったままの手を伸ばす。



――汝が翼に包み守護を願う


  その翼不通の闇たる証明を見せよ――



 詠の終わりと同時に、俺たちを覆うように影のような黒い何かがドーム状に形成されていく。


岩の落下程度では揺るぎもしないほど強力な防御のための魔法。


その魔法は、何も落下する岩石のためだけに張ったのではない……むしろ岩石のためにこれを張ったわけではないと言うのが正しいか。


落下する岩石と影のドームが衝突し、そしてそれとほぼ同時に地竜の長く巨大な尾が上の岩石を砕きながら振り下ろされてきた。


仮に岩石の破壊をしようとしていたのなら、間違いなく続く尾の一撃により潰されていただろうことは想像に難くない。


その尾を影のドームは阻み、俺たちを守りきる……代償は俺の腕。


「ぐぅっ……!?」


 受け止めているのは影のドームであるが、それを行使しているのは俺であり、当然ながらその維持には負担がかかることになる。


聖獣の尾を受け止めるほどの強固なものであれば当然ながらその負荷も多大なものとなってしまう。


正直に言ってシャレにならない……ここまで重い一撃を受け止めたことはないと言っていい。


さらに向こうも一撃で済ます気はないらしく、続けざまに何度も尾がドームに叩きつけられる。


正直なところこのままでは何発耐えられるか分かったものではない……早急に手を打つ必要がある。


「さて……では、もう一度お姉さんが気を引くのが一番かな」


「確かに、それが出来たら、最善ですけど」


 レスカさんの言葉に俺は少々否定的な考えが浮かんでしまう。


既に地竜にとって気を付けるべき相手は俺とルノに絞られているだろう、ファーブニルを持っていたとしても人外級の威力を持たないレスカさんはある程度無視しても危険は少ない。


その状態でレスカさんに向こうの注意を集めることが出来るか否か……正直なところ可能性は薄いだろう。


「なに……ようするに無視できない所を見せればいいのだろう?」


 何でもないかのようにレスカさんはそう言って、俺の持っていたファーブニルを手に取った。


「少々借りるよ、マスター?」


 俺が渡したもの、そして俺が持っていたもの、そのその両方を持ってレスカさんは構える。


その動きや構えは即興のものではなく、確かに積み重ねられたものがあることが見て取れた。


「二刀流とか出来たんですね」


「今は一本の方が好みなのだけどね……この状況であれば、こちらの方が役に立てるだろう」


 レスカさんに任せるかどうか、考える時間が欲しいが今も尾を叩きつけ続けられている状況ではそんな時間はない。


ひとまずは信用することにして状況の打開を始めなければならないだろう。


「次の一撃を受け止めたらドームを解除します……合わせてくださいよ」


「ああ、任されたよ」


「わう、準備は出来てる」


「そう、なら……行くぞ!」


 叩きつけられた尾の一撃、それを防ぎ切ってすぐにドームを解除。


次の一撃が来る前にその場から各々全力で退避を行う。


「さて……じゃあ、出し惜しみ無しでいかせてもらうとしようか」


 レスカさんはそう言って、一気にその速度を加速させた。


さすがにディナほどの速度は出ていないように見えるが、それでも俺よりも確実に早いその動きに俺は舌を巻く。


俺とレスカさんには肉体的な素質はある程度差があるだろうが、それでもルノやディナのような圧倒的な差はないだろう。


差が出ているのは移動の技術であり、同時に強化魔法の技術である。


特に後者に関してはルノにだって負けていないと多少の自負を持っていた故に少々複雑である……まあ、そんなことを考えている余裕はないんだけどな。


降り注ぐ岩石の雨や突き出てくる大地の槍を必死にかわしながら、俺とルノはレスカさんの成功を祈る。


「チッ……ルノッ、生きてるか!?」


「なんとか!」


 激しい猛攻の中、やはりと言うかレスカさんだけはその攻撃が緩められている。


そのままレスカさんは地竜の側面へと到達し……


「さて……久々に暴れさせてもらうぞ?」


 恐ろしいほどの数の斬撃がそこに発生した。


斬撃の嵐とも言ってもいいその剣速は、数を重ねるごとに加速していっているようにも思える。


一撃で効果がないのなら十撃を見舞い、さらに駄目であれば五十を重ねる……やっていることは単純であれ、その内容は凄まじい。


『ぬ……ぬおおおおおっ』


 それはもう斬るという領域を超えて抉ると形容してもいいような攻撃。


二本の剣を巧みに操ることで、より地竜の身体の奥へと斬撃を放つ……それはある意味では掘っていると言ってもいいかもしれないだろう。


そんな現象を為しえるのは一重にその二本の剣が停滞なく地竜を斬ることが出来るためであるが……それでも馬鹿げた光景であると言える。


その攻撃は確かに地竜を驚愕させ、俺とルノへの関心の一部が逸れることを感じた。


「出し惜しみはしないぞ」


 地竜に向かって、いくつもの魔法具を投擲する。


並みの魔物であれば一撃で吹き飛ばすほどの威力の爆発がその魔法具一つ一つから巻き起こるが、それでも牽制程度にしかなりはしない。


それでもそうやって積み重ねていく以外に現状方法はない。


『ぬぐ……調子に乗る出ないぞ、娘!』


 地竜の身体を削り続けていたレスカさんに大地の槍が幾つも襲い掛かっていく。


だけど、レスカさんはそれらの槍を見ながらも余裕を失っていない。


「覚悟していれば、そう防げないものでもないだろう?」


 自分襲い掛かる槍を全て斬り払いながら、なおも地竜の身体を削らんと斬撃を放ち続ける。


もう何度目のとんでもない光景かわからないが、見ている側には呆れしか出てこない……これはレスカさんから見た俺に対しても言えることだろうけど。


しかし、いくら来るとわかっていたとしてもいつまでも防げるようなものではない……斬り損ねた一本の槍がレスカさんの右肩を貫いた。


「っ、失敗だな……だけど、残させてもらおうか」


 肩を貫いた槍を斬り、その場を離れながら最後にと冷気の魔法を削り取った身体に叩きつけて、レスカさんは落下していく。


落下していくレスカさんを空中で受け止め、そのままいくらか距離を取るために空を駆け抜ける。


「無事ですか?」


「ああ、命にかかわることはないだろうけど……すまないが、これ以上役に立ちそうにはないぞ?」


 肩を貫かれたことで、うまく動かせなくなっているのだろう……剣こそ握ってはいるものの、先ほどのような冴えを見せることは出来ないだろう。


「時にマスター……意外と抱きかかえるのが上手いな、こういう経験は豊富なのかい?」


「……そんなことを言える程度には余裕ですね、わかりました……ついでに質問には断じて違うと言わせてもらいます」


 全くないわけではないが豊富と言えるほどではない。


というか、それにしてもこういう緊急回避的なものだけである……いかん、思考が変な方向にとんでいる。


「ヒサメ……どうするの?」


「そうだな……正直なところ効きそうな手段に碌なのが思いつかない」


 地竜の姿を見れば、古代魔法による攻撃の跡も、先ほどレスカさんが凍らせて止めていたはずの場所も既に再生されている。


あれだけ必死にやったことがこうも無にされている光景を見るとさすがに苛立ちにも似た何かが芽生えるが、それは今は関係ないと首を振った。


「さて……じゃあ、お姉さんはしばらく戦線離脱させてもらうよ……すまないな」


「大丈夫ですよ、元々二人で来る予定だったんですから」


「わう、これくらいならまだマシな方」


 済まなそうにしているレスカさんに俺たちは笑みを見せて、傷に効く薬を渡す。


そして俺たちは地竜の方へとと向き直る。


「さて……ルノ、一番可能性が高そうなのがこういう案なんだが」


 隣にいるルノにだけ聞こえるように、ここからの戦闘について俺は述べていく。


その内容を聞いてルノは露骨に顔をしかめていたが、仕方がないと言うようにため息をついてその案に乗るのだった。


「じゃ、行くぞ!」


「わん!」


 俺とルノは同時に地竜に向かって駆け出していく。


当然対する地竜も俺とルノに対して上から落石、下から槍と先ほどと同じように、しかし先ほどよりもさらに苛烈に攻め立ててくる。


その苛烈な攻撃をかわしながらも俺たちは全力で前へと進み、地竜との距離を埋めていく。


俺の中には一つだけ、根拠も何もない……言ってしまえばこうであってほしいという願望があった。


イフリートに追加爆炎、レスカさんの猛攻……それらは再生され、無傷のようにも思えるけれど……それは表面上の見せかけ何ではないかと。


疑ったのは影のドームで防御していたとき……尾でしか攻撃していなかったのは、直前のイフリートによってそれぐらいしかすることが出来なかったからではないか。


レスカさんの斬撃部分にしろ、凍っていた部分をどうやって再生したのかわからない……それ以前にいくらなんでも回復速度が早すぎはしないか?


だからこそ、回復しているのは表面だけの見せかけではないのか……当然ながら判断材料は足りない。


それでもその可能性は絶無と言うわけではないだろう……であればその可能性に賭けてみたいと思う。


「はぁぁぁっ!」









「わうぅぅぅっ!」


 新たに取り出したのは爆炎を放出するタイプの魔法具剣。


その力で降り注ぐ瓦礫を粉砕し、さらに前へと進む……その途中、どうしてもかわしきれない小さな瓦礫が俺やルノの頬や手を掠め、血の滴を作っていく。


「くそ……面倒な」


 掠めるたびに微かに感じる痛みが、苛立ちを起こす。


落ち着け……今相対している相手にはディナほどの速度はない、反応が遅れない限りかわせる。


同じ聖獣であれファフニールや聖獣ではないが同等以上のクラウたちほどの理不尽さはない……再生されているにしても攻撃も通用はしている。


予想が正しければ負っているダメージも相当なもののはずである。


それを信じて、俺とルノは真正面から地竜に向かって接近を続ける。


『気が触れたか、主ら!?』


 地竜の驚きが耳に響く。


ああ、確かにそうだろう……ここまで圧倒的な力を見せてきた地竜に対して真正面からの特攻など正気の沙汰ではない。


間違いなく潰されて終わるのは目に見えている……それでも俺とルノはただひたすらに前へと駆け抜ける。


そして、地竜の前足が横に払うように振りぬかれる。


かわさなければ間違いなく死ぬかよくて致命傷であろう……そんな攻撃に対して俺たちは……


「いっ……けぇぇぇぇぇぇぇっ、ルノォォォォォォッ!」


「あぉぉぉぉぉぉぉぉん!」


 全力を持ってルノを地竜に向かって投擲した。


その投擲は速く、ルノは前足の攻撃範囲から脱出する。


『な……に!?』



――星空駆ける影の片翼


  守護する盾となれ――



 それとほぼ同時に、俺は防御のための詠を歌い上げる。


先ほどと同じ影のドームを作る古代魔法、しかし時間的に余裕がなかったためにそれは二小節のみの簡易なもの。


受け止めることは可能ではあったが、それも完全ではなくて俺はドーム越しに吹き飛ばされて辺りにある大地の槍の側面に激突した。


「か……は……」


 生きてはいる……だが、完全無事とは言い難いようだ。


感覚で分かる、骨の幾らかが折れている……防御してこのダメージであることに嘆けばいいのか、それともこの程度で済んだことに安堵すればいいのかはわからないが。


「とりあえず……生きてるな」


 俺はその事実だけを確認して、大切な役目を持ったルノを見る。


「わうぅぅぅぅっ!」


 地竜の顔面まで到達したルノは三本目のファーブニルを地竜の身体に突き立て、駆け抜ける。


突き刺したままの剣により、地竜の身体には駆け抜けた跡を示すような斬線が地竜の身体に刻まれていく。


『あまり調子に乗るでない!』


 地竜がそう言って、おそらくレスカさんにしたのと同じようにルノに向かい身体から大地の槍を生み出そうとしているのだろう。


だけど……それをさせるほど俺は甘くないぞ?



――影の翼よ応えたまえ


  その身に触れし者を縛り付けろ――



『ぬ……おぉぉぉぉぉ!?』


 地竜の驚きの声と共に、地竜の身体が横転しかけていた。


そこには……未だ残っていた影のドームが形を変えて自分を吹き飛ばしたその足を縛り付け、俺のいる方向へと引っ張っていた。


本来なら、地竜を横転させるほどの力はそこにはないだろう……しかし、地竜の意識は吹き飛ばした俺から自分の上にいるルノに変わっていた。


その意識の隙をついた一度限りの足払い……どうやら成功したようだ。


大地の槍を出さぬまま横転した地竜、その直前に上へと跳んでいたルノが急降下して剣を地竜の横腹に突き刺してその場から全力で距離を取っていく。


その先にいるのは俺。


「ヒサメ、怪我は!?」


「何本か骨が逝った……まあ、安い駄賃だ」


 これ以上は話している時間が惜しいと、俺は緑の結晶を作りだし、言葉を紡ぐ。



――風に揺れる踊り――



 瞬間、己の意志のとおりに作られる風の足場を蹴って俺は空へと跳び上がる。


さらに作り出すのは青色の結晶。



――輝く氷林に住む姫よ――



 正直なところ、これがミスれば戦況は厳しいものになる。


諦めるつもりは毛頭ないが、絶望的になるのは間違いない。


それを考えればこの詠は間違いなく戦況を決める重要な点となり得る……それは俺も、そして地竜もわかっていた。



――寄り添う者を凍らせて


  新たな氷林広げ行く――



 横転から起き上がった地竜はそれをさせまいと何十、あるいは百を超えるかもしれない岩石が俺に向かって放たれる。


本来なら、ここはルノと歌い手を交換して俺は回避に専念するべきなのかもしれない。


だけど、二人での詠唱は確かに有効だが威力が減少している……これを倒すことにそういった威力の低下は自殺行為と言っていいだろう。



――君が望みは小さき祈り


  温もり求めてさ迷い歩く――



 レスカさんのように瓦礫を抜けることは無理だと俺は考えた。


そして今は万全の状態からは程遠い……そんなことを行うなど馬鹿げている。


しかしそんな無理を通さなければ、地竜を倒すことなどできはしない……ただ必死に瓦礫の群れを抜け、地竜へと近づいていく。


最大級の焔で倒しきれなかった相手……可能ならばほとんどゼロ距離の状態で撃ち、最大限の威力を発揮させなければならないだろう。


ならば横転状態からわざわざ離れなければいいのかもしれないけれど……地竜の近距離から詠を歌うことが出来ない以上はこのような形でしかそれは為し得なかった。



――君は孤独を嫌うが故


  世界の全てが凍りつく――



 先に風の詠唱を行った故に、空中であっても機動性は落ちてはいない。


地竜の上からであれば攻撃は基本的に下からしか来ない……もちろんさらに高所から岩石を生成すればその限りではないだろうが、自分さえ巻き込むような攻撃はしないだろう。


それをするのなら、最初からそれをしてしまえばよいのだから。



――たとえ世界全てが氷林となれども


  君は足を止めることはない――



 もうすぐだ、あと少しで地竜の身体にたどり着く。


軋む体を酷使しながら、襲い来る岩石をかわし続ける。


これが終われば、しばらくはまともに動けないだろうな……そんなことを考えながら詠は続く。



――いつか叶うその時まで


  永遠に求め続ける者――



 その詠ももう終焉を迎える。


後はもう発動の言葉を紡げばいい……そんな俺に対して、地竜の背から恐ろしいほどの数の大地の槍が襲い掛かってくる。


あまりの数に呆けそうになる、だけど俺はすぐさま空中を蹴ってその槍の群れをかわす。


だけど、それを完全にかわすことはできなくて……


腕に痛みが走る……槍の一本にどうやら貫かれたらしい。


俺はすぐさまその槍を引き抜くように体を動かすが……その時、貫かれ思うように動かなかった手のひらから青い結晶が抜け出していた。


『惜しかったな……だが、我の勝ちだ』


 強力な古代魔法を撃つには結晶、あるいは代用できるほどの強力な媒体が必要になる。


ここまで詠が続いていても、発動に必要なそれらがないのではその魔法が発動することはない。


そして新たに結晶を生成することを許す相手ではないだろう。


地竜の言葉通りあと一歩届かなかった……間違いなく、こちらの負けであろう。


そう……思っているだろ?


力を失ったように落下する俺……そんな俺がゆっくりと手を伸ばし、そして掴んだものがある。


『な……!?』


 地竜もまた、俺が掴んだことによりその存在を思い出す。


それは……ルノが突き刺したままにしていたファーブニル。


聖獣である竜の鱗から作られた剣……結晶の代用として使うにしてもこれ以上のものは早々にないだろう。


結晶で決着がつけられるのならそれでもよかった……だけど、俺の本命は最初からこれだった。


気づいているか……この場所は、レスカさんに抉られたはずの場所なんだぞ?


焔の攻撃は全身への攻撃、さらにレスカさんの攻撃を加えて考えれば最もダメージがあると考えられるのはこの部分、さらに突き刺さっていることにより古代魔法はお前の内側から発生する。


どう行動しようがもう止められないさ……さあ、全て凍てつけ。



――貴女の名は――



「――シヴァァァァァァッ!――」


 その言葉を紡いだ瞬間、極大の冷気が発生した。


力を使い果たしていた俺は掴んでいた剣の柄から手を放し、ただ落下する。


そんな俺が見る先には地竜が抵抗も出来ないままに凍り付いている姿……それは焔の時と違って確信を持って倒したと思える姿。


「は……ザマアミロ」


 小さく笑みを浮かべながら落下する俺を横からかっさらうかのように軽い衝撃が来た。


かっさらわれ、抱かれている体格的にルノではない……ならば該当者はこの場ではあと一人。


「まったく……マスターも無茶をする」


 呆れたような言い方でレスカさんが俺を抱きかかえていた。


「肩……治ったみたいですね」


「私の心配をする前に自分の心配をしたらどうだい? 大丈夫なのか?」


 肩の心配をすれば若干怒りをにじませたような表情で俺に問いかけてくる。


無事とは言い難く、どう答えようか一瞬悩んだ後、


「レスカさんも抱きかかえるのが上手いですね、やっぱり経験とか豊富なんですか」


「……オーケー、とりあえずそんなことが言えるんだったら死にそうにはないね」


 配役は逆で先ほどと似たようなやり取りを行う。


レスカさんは面を喰らったような表情をした後、呆れと苦笑を見せてそう返すのだった。


「ヒサメ、無事!?」


 そのままレスカさんに抱きかかえられながら、ルノの立っていた場所に着地する。


その場所からは地竜の現状がしっかりと視認することが出来た。


「よくもまあ……やり遂げたものだよね」


「こっから見ると壮観だな」


 完全に凍り付いた地竜の氷像がそこにはあった。


さらに、地竜を横から貫いたのか突き刺した剣のある発生側から反対側に極大の氷が突き出ていた。


個人的には完全に倒すことができたと手ごたえを感じている。


ファーブニルを代価としたのは予想以上の威力を見せたようで、これで駄目であればもうどうしようもないかもしれない。


まあ……心配することはないだろう、それを証明するように地竜の至る所からヒビが入り、氷像が崩れていく。


それを皮切りに大地の槍が消えていき、元の祭壇へと光景が戻っていく。


「どうやら……本当に終わりのようだね」


「わう……一安心」


 元の祭壇の地面に俺は大の字で寝転がったまま薬を飲み干し、ルノやレスカさんも疲労から腰を下ろしていた。


安心した途端にダメージが来たのか身体中が悲鳴を上げている、これ以上の戦闘の続行は難しいだろう。


かなり危なかった、そう思っていた俺たちに向かい声が響いた。


『見事なり』


 聞き間違えるはずが無い、その声は先ほどまで戦っていた相手、倒したはずの地竜のものであった。


先ほどまでの疲労感を投げ捨ててルノとレスカさんが即応して構えを見せる、けれども限界なのは間違いなくその表情には焦燥と信じられないという驚愕が見て取れた。


俺自身も即座に構えこそ見ているものの、二人とは違い焦燥はあっても驚愕はない。


「ああ、くそ、やっぱりそういうことか」


 俺の口から漏れるのは苦々しい声、この状況はある程度予想はしていたのだ。


それでも、もう少しだけ聖獣に勝利したという栄光を感じていてもよかっただろうにとも思う。


「どういうことだいマスター?」


「なにか知っているの、ヒサメ?」


 俺の言葉により状況を把握していると判断したのだろう、レスカさんが説明を求めてくる。


さらにはルノもそれに続く、それにより俺はこの話はしていなかったかと思い至り、氷雨は二人に対して説明のために口を開く。


「簡単な話だよ、聖獣が人間に倒せるほど弱い相手ではない……あれは偽物、正確には分体って呼ばれているものだ」


「分体?」


『その通り、知識も高いようであるな』


 人間と聖獣では単純に力の桁が違いすぎる、力の弱いものであれ聖獣というカテゴリにある以上はその保有する力は人からしてみれば途轍もないものになる。


ハッキリと言い切ってしまうにはやや抵抗はあるものの、勝利することなど不可能だろう。


となれば、逆に倒せてしまったのであればそれは聖獣ではない別の何かだということ。


今回はそれが聖獣の劣化コピー、分体であったということである。


その劣化コピーでさえ古代魔法を使わなければ対抗できないということが聖獣という存在のとんでもなさを表していると言えるだろう。


そんな話を聞いてレスカさんは頭を抱えながら言葉を漏らす。


「マスターがそう言うのなら事実なのだろうね……いやはや、ぞっとする話だ」


「わうぅ、あれだけ頑張ったのに」


『そう悲観するな……人間の身で我の分体を倒したのだ、十分誇れることであろう』


 落ち込むルノに地竜から称賛の言葉が投げかけられる。


やや上からの言葉ではあるが、事実相手が遥か高みにいるのだから仕方のないことであろう。


「まあ……それはともかくとして、こっちの試練の結果はどうなんだ?」


『無論合格だ……石版に記された物語、引き継いでいくがいい』


 予想はできていたとはいえ、これ以上の戦闘がないことに俺は心底安堵する。


「そうさせてもらう……っと」


「あぶないな、マスター」


 言葉の最中、安心したことにより力が抜けたのか倒れそうになる俺をレスカさんが支えてくれた。


治癒能力の促進剤により外傷についてはほとんど回復できているものの、失った体力までは取り戻せていない。


かなりの大怪我をしていたのだ、よろめくくらいのことは当然であると言えた。


「まったく……できればこういう無茶は控えて欲しいものだね」


「それは状況次第ですね……する必要がないんだったら俺だってあんなことしたくないですって」


 会話をしながら後遺症や不具合などがないか軽く身体を動かして確かめる。


限界は近く、身体の節々に痛みを感じるものの問題と言えるほどのものはなかった。


そこまでを確認して、俺はこちらを見下ろしているだろう地竜に向かって見上げる形を取る。


「確かにこの物語は頂いて行きます」


『ああ、よかろう……時に異界の詠歌いよ、名はなんと言う?』


「名ですか……氷雨、水森氷雨です」


『そうか……ならばヒサメ、一つ問う』


「……なんですか?」


 聖獣からの問い、一体何を聞かれるのだろうかと俺は小さく息を呑む。


そして聞かれた問い、それは理由であった。


『何ゆえ知識を求める?』


「何故、ですか……そうですね、一つは『大迷宮』に記された物語、それを知りたいと思ったからです」


 ここにあった詠もそうであるし、残りの大迷宮にも詠とその物語は存在しているだろう。


その物語を俺は知りたいと思う……そしてもう一つ、理由がある。


「使いたい魔法があるんです、それがある可能性は『大迷宮』しかあり得ないから」


 それは、残りの『大迷宮』にあるかもしれない古代魔法。


正直な所存在しているかどうかも疑わしいような代物である。


少なくとも、この世界に来るための前提条件を考えればそれは矛盾した内容のものである。


「…………俺はさ、色々なものを無視してここへ来たんだ……それでここでたくさんのものを学んで、今ここにいるんだ」


 世界を捨てることができるものを呼び出す召喚魔法。


それにより俺は元いた世界を捨ててこの世界へとやって来た……けれど、時々考えることがあるのだ、本当にあの世界を捨ててもよかったのかと。


あの時の選択については後悔してはいない……それでも、自分が子どもであったこともあり、深く考えていなかったことは間違いない。


確かに両親が死んで抜け殻になっていた俺だが、それ以前には友人はいたし慕ってくれる弟分や妹分もいた、気に入っている場所もあった。


ふとした時にそういうことを思い出すと、少しだけ心が軋むのだ。


だから、だからこそ思うのだ……俺はこの世界で生きることを選んだ、けれどもしも願いが叶うのだとすれば……


「一度だけでいい、戻ってみたいんだ……そして本当の意味で別れを告げたい」


 自分が生まれた世界を見て、そして、自分の確固たる意思を持ってこの世界で過ごしていきたい……それが、俺の願い。


だからこそ、求める。


扉の鍵を開ける召喚魔法ではなく……開けた扉をくぐるための移動魔法を。


『なるほど……回帰ではなく決別のための道、それがお主の道であるなら我は祝福しよう……その道程は過酷なれど、挫けぬ心を持って歩くがいい』


「……ありがとう、地竜ヴァルグラシア」


『フ……話は終わりだ、さあ行くがいい』


 地竜の言葉と共に、俺たちの目の前に空間の亀裂が発生する。


その先に見えるのは揺らめく景色、俺の考え違いでなければその先は。


「『大迷宮』の外か」


「聖獣ならばこういうこともお手の物ということか、まったくとんでもないな」


「やっと帰れるよぉ」


『ミナモリヒサメ、たった一人の詠歌いに幸があらんことを……』


 出口を向いていた俺に向かって地竜がそんな言葉を告げた。


それを最後にその場にあった存在感、そして神聖な空気が薄まっていくように感じた。


どうやら、これにて話は終わり……そういうことなのだろう。


「だったら……帰還しますか」


「ああ、そうだな、色々と話を聞きたいものだし」


「じゃあ、帰ろう、『旅人』へ!」


「「ああ!」」


 ルノの弾んだ声に答え、俺たちは一斉に出口へと足を伸ばした。


そして迎えてくれるのは、数日振りの太陽の光。


それを感じながら、俺たちは『遺跡』の『大迷宮』を踏破したことを実感したのだった。






 大迷宮『遺跡』、経過日数二十六日、聖獣の祝福の元、攻略完了!

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