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第二十四話 『目的』

 そろそろやって来ると言う気はしていたのだ。


覚悟の面ではすでに終えている、後はただただそれを待つのみ……レスカさんの決意表明から数日後、それはついにやって来た。


「っ!」


「わう!?」


「来たね、こればっかりはお姉さんも初めてだ」


 突然、『大迷宮』全体に激しい震動が起こり、俺たちは立っていられずに膝をついた。


これが予兆か……序層で構造変化を体験し戻ってきた探索者から話は聞いていたが、予想以上だな。


縦に、横に不定期に揺れる震動はこちらの体勢は崩れ、近くの壁に何度かぶつかりながら、数分かけてようやく収まった。


「わうぅ~、ヒサメ~、気持ち悪い」


 人間よりも高い感覚器官が仇になっているのであろう。


耳も尻尾も垂れたままルノが泣き言を言うが、こちらとしても割とつらいものがあるためフォローする余裕はない。


「気持ちはわかるが我慢しろルノ」


「それに、気分が悪くなるのはこれからだよルノ君」


 そう、レスカさんの言うとおりあれはあくまで予兆でしかないのだ……本命はこれから。


改めて覚悟を決めて数秒の静寂……そして、世界が歪んだ。


「う……」


 風景が捻じれていく、地面がぬかるむように波打っていく、高く積まれた建物がグニャリと曲がり地面に墜落する。


通常世界の物理法則をこれでもかと言うほど捻じ曲げ、あまりにも非常識に、そして視覚的にキツイ光景が目の前で、そして周囲で繰り広げられている。


目の前の道が本当に道であるのか信用できなくなり、そしてこちらに向かって壁の迫ってくる気配も感じる。


「走れ、潰されるぞ!」


「ああ、くそっ!」


「わうぅっ!」


 レスカさんの号令に俺たちは不安定な道を走り始める。


踏み出した足の感覚は今までのしっかりとした大地のソレではなく、もっと別の……それこそ沼にでも足を突っ込んだのではないかと感じる程に不安定なもの。


駆け抜けるだけの力をうまく伝えることが出来ず、その速度は意識とは裏腹にひどく緩慢にも思えてしまう。


先ほどダウンしかけていたルノを見れば既に涙目で、地面の感覚に足元がおぼついていない……いつ転んだところでおかしくないだろう。


「チッ!」


「わうっ!?」


 舌打ち一回で俺はルノを脇に抱えて走り出す。


さらに速度は下がるが、今のルノを走らせる方が危ないだろう。


「よし……くっ、右へ曲がれ!」


「了解!」


 真正面の道から、高層の建物の残骸が津波のようにやってきている。


残骸の瓦礫は硬いのかそれとも地面のように柔らかいのか、どちらにせよ呑み込まれたら助からないことだけは間違いないだろう。


それを見て取って、すぐさま俺たちは進路を変更する、背後で石造りの津波が押し流されているのを感じながらゆっくりと迫ってくる壁を乗り越え、そしてすぐさま駆け出す。


出来る限り止まらず、自分の動ける空間を確保すること……それが構造変化において生き残るコツである。


「……っ! ヒサメ、アレッ!」


「どうしたルノ……っておい、嘘だろ!?」


 背中にいるルノの指差した先、怪訝に見つめる俺の目の前には既に何度か見たことのある空間の亀裂が存在していた。


「間違いねえ、深層への入り口だ!」


「だが、今入ろうとするのは危険だぞ!?」


「わかってる!」


 見えている場所に行くことさえこの不安定な足場では面倒な状態であり、安易に近づけば思わぬ迷宮の動きに身動きが取れなくなる場合もある。


さらに言えば突入した際に到着先が構造変化中で逃げ場のないまま壁で潰されたりする可能性だって考えられるだろう。


それを考えると、今現在中に入るのは博打となり、俺は向かうかの判断を逡巡した……そして、その逡巡が道を違えることになる。


「っ! 下からか!」


「クソ、入り口が!」


 俺たちと入り口をつなぐ線上の地面が唐突に大隆起し、入り口の姿を覆い隠した。


今見えたからといって変化後すぐに見つかるとは限らない、ならば少なくとも目の届くところに入口を捉えておきたい。


「回れ、まだ見つかるはずだ!」


「ああ、もちろん!」


 レスカさんの号令に俺は応えて二人で隆起していく壁を迂回しようとするが、迷宮はさらなる変化を繰り返し、俺たちはその足を止めざるを得なくなる。


と言うよりも動けなかったと言うべきか、不安定であった地面が急速に沈み込み、俺たちは深くまで落ちていく。


「マズ……」


「この……こう足場がゆるくては跳ぶこともできないじゃないか」


 大隆起が起こったすぐ近くで起こった沈下……当然そびえたつ壁の高さはとんでもないものとなり、迂回することも難しくなる。


そしてまだ変化は終わらない……沈み込み過ぎた地面により隆起していた壁の土台が傾いていく……砕け、無数の瓦礫へ分解されながら俺達のいる地面に向かって落下を始めていた。


「容赦ねぇなぁ……おい」


「このままじゃ潰されるか、運が良くても生き埋めだろうね……どうするマスター?」


「そりゃ、気合入れて上に跳ぶしかないだろうな」


 無論、この地面で跳んだところでそこまでの高さは出ないだろう。


だけど、もしもしっかりと踏みしめられるだけの足場があるのならば話は別である。


「ルノ!」


「わん、了解!」


 抱えているルノに指示を出せば、待っていたと言わんばかりに返事をして詠唱を行う。


[人支える地:長く広く生みたまえ]


 波打つ地面の中にはしっかりとした足場があるかもしれないが探している暇はない。


何よりも作った方が早いと俺とレスカさんはルノの生成した石の足場を踏みしめる。


足場となった石が踏みしめた衝撃で砕けるほどに強く跳んだ俺たちはその跳躍で安全圏までは脱出できるだろう……その前に落下してくる瓦礫や建物をどうにかしなければならないが。



――風に揺れる踊り――



[氷結させよ:氷塊生成]


 俺もレスカさんもそれらを破壊出来ないことはないだろう……とはいえそれはあまりに労力の無駄だ。


俺は四人との戦闘のときに使用した空を蹴る古代魔法で、レスカさんは自前で生成した氷の塊を蹴ることで瓦礫の合間を縫うように方向を修正する。


しかし一つ回避してもまだまだ大量の瓦礫が残っている、同じように俺とレスカさんはそれぞれの方法で空を跳ね、時には他の瓦礫を足場にすることでその瓦礫の雨を抜けていく。


「マスター、わかるか!?」


 安全圏まで到達したところでレスカさんが俺に声をかけてくる、その内容は見失った深層の入口の所在。


しかし、この状況下では俺もさすがにそこまで把握は出来ていない、レスカさんの問いに首を横に振ろうとしたところで……


「…………っ、見つけた、あっちの方!」


 抱えられたまま叫ぶルノが指差す先、そこに見えたのは確かに深層への入り口だった。


「ナイスだルノ!」


「ああ、よくやったよ!」


 上空から見る限りでは再度急激な変化が起こらない限りは見失うことはないだろう。


となれば、残る問題は……


「マスター、後ろだ!」


「ああ、わかってる!」


 上空であれば構造変化に巻き込まれることはそうないだろう。


仮に上空にとどまる術があるのならば構造変化中は上空にいた方が良いのかもしれないが……そう簡単な話ではない、上空には元々魔物という危険が存在しているのだから。


俺はまだ効果の残る空中への足場を使って反転しながら連結機工剣を盾にする、そこに加えられた衝撃により俺はそこに地面があるかのように空を擦りながら後ろへ吹き飛ばされた。


「マスター!?」


「問題ないです!」


 足場を生成してこちらに近づくレスカさんに都合がよいと思いながら詠を紡ぐ。



――さあ風と共に踊ろう


  まずは舞台を作ろうか――



 その詠は先ほどの詠の拡大版とでも言うべきもの、広域への空の足場を形成する魔法。


これで落下する心配はない、存分に戦える。


「……なるほど、こういうことも出来るわけか」


 空気の足場にレスカさんは感心しながら感触を確かめるように踏みしめる。


それから続々と集まってくる魔獣魔物に対して剣を構える。


「さて、敵は多いぞマスター?」


「ですね……まあ、問題はないでしょう」


 ルノを一度降ろして先ほど俺を吹き飛ばした魔物に剣を向ける。


その姿は蝙蝠の翼を携えた人型の魔物……元の世界でなら吸血鬼とでも言える存在であり、かなり強い力を持っていることは窺い知れるが……恐怖はない。


「本物からは遠いんだよ、紛い物」


 種族自体は違うのだろうが、吸血鬼の類ならもっと規格外の存在を知っている。


だからこそ、この程度であれば何の問題もないと判断した。


俺の言葉の意味が分かったのだろうか、激高した様子を見せて俺に向かって突撃してくるそいつに俺もまた前に出る。


振るわれた爪の一撃を潜り抜けてがら空きの胴に一閃、さすがに仕留めることは出来なかったものの悲鳴を上げながら距離をとる吸血鬼。


追撃したいところであるが、既に次の敵がこちらに向かってきていることを理解してその場を離れる。


「チッ!」


 こちらの戦力は三人、それに対して向こうは十体を越えている上にさらにこちらへ集まってきていることを感覚が捉える……足元の敵は空気の足場が邪魔してこちらへは来れないから実質の数は感じているもの見えているものより少ないが、やはり上空では面倒なことになると毒づき、レスカさんやルノと背中合わせになるように武器を構える。


負けるつもりはない……が、これだけの数を相手にするのは正攻法では骨が折れる。


「さて、上と下……どちらがお好みですかね?」


「今更下に戻っても彼らを引き連れることになるから却下だね、となればここで戦い続ける方がマシだろう」


「わぅ……となると取れる手法は限られてくるよね」


 ルノの言葉通り、まともにやったら非常にキツイであろうことは予想されるため取れる手段は少ない。


その中で最も簡単な方法は言えば……


「マスター……時間があればこの数、いけるかい?」


「ま、余裕でしょうね」


 俺の古代魔法に他ならない。


となれば必要なのはその時間を稼ぐこと、その役目は自分たちだとレスカさんとルノが剣を構える。


「それじゃ、まずは場所を変えましょう」


「む……ああ、なるほど」


 現在の囲まれている状況下では古代魔法も効果が薄い。


ならばとりあえずはその状況を切り抜ける方が大切だろう……幸いそれをするのにちょうどよい場所がある。


俺の攻撃を喰らい退いた吸血鬼のいる場所、そこに向かって俺たちは走り、道中に俺は手の中に赤い結晶を生成して言葉を紡ぎ始める。



――孤高の焔そこに立つ


  我が身の焔は母を焼き


  我が身の焔は父を焼く


  腕の一振りにて友を焼き――



 結晶に力が込められていく様子を感じながらキリアさんとルノの攻撃が吸血鬼を撃退している情景を見届け、その先へとそのまま駆け抜ける。


魔物たちの包囲を一時的に潜り抜けた俺たちは反転してなだれ込んでくる魔物の群れに目を向ける。


殺到してきた魔物の数は二十か三十か……さすがにその数をかわしながら詠唱をすることは出来ないだろうが……俺は一人ではない、信頼できる守護者が二人ついている。


「そちらへ近づくなよ、貴様ら」


「行かせない、進ませない!」


 何よりも飛翔されていることが面倒だとレスカさんとルノは、近づいてくる魔物の翼を斬り落とす。


次々と空面に墜とされていく魔物たちには目もくれず、空中にいる魔物に向かって斬撃を繰り出していくレスカさんとルノはある意味大道芸と言ってもいいだろう。


魔物を足場に次の魔物へ……そんな無双を行う二人に他の魔物たちも警戒を強め、逆に俺の存在を意識から遠ざけていく。


二人の行動は完璧と言ってもよいだろう……そんな二人に対してこちらも応えなければならないだろう……さらに俺は意識を集中させて詠を紡ぐ。



――残り立つのは己一人


  焼けた荒野に立つ者の名は――



 キリアさんも見たことのあるこの魔法……しかしこれはリオネルの時よりもさらに力が込められている。


上層で放ったものなどとは次元を別とするレベルの威力がそこには込められている……赤い結晶は放たれるのはまだかと急かすように輝きを放ちその瞬間を待つ。


「レスカさん、離れて!」


 準備が完了したことを感じ取ったのだろうルノが即座にレスカさんへと指示を出す。


その指示に反応してレスカさんも魔物の群れから距離を取り、探索者としての勘だろうか、俺の様子を見て冷や汗を流しているようだった。


ともかくこれで二人が攻撃範囲から逃れた、そして空面の下にいる連中も巻き込むために跳び、下に向けてその言葉を紡いだ。


「――イフリート――」


 結晶が強い輝きを放ち、焔が空中を焼き尽くしていく。


逃げられはしない……焔は全てを呑みこんで、例外なく焼き尽くしていく……そこに生存している魔物はいない。


灰さえも焼き尽くし、全てを消し飛ばすその焔によってこの戦闘は終了するのだった。




「これは、自信を持って言える訳だ……」


 構造変化の終了後、入口の前で休憩していたところ、先ほどの焔を思い出したようにレスカさんが小さく零す。


まあ、無理もないだろう……正直な話、人が出していい力の範疇を逸脱していることを否定するつもりはない。


「この威力……マスターなら倒せない敵はいなさそうだね」


「いえ、それはありませんよ」


 普通なら謙遜あたりと思うようなその言葉ではあるが、残念なことに事実なのである。


クラウやファフニールには実際にそれが証明されているし……下手をすればアーミアでも耐えきれるんじゃないだろうか。


間違いないことは上には上がいると言うことである。


「……迷わず断言をした辺り謙遜じゃなさそうだね、やはり世界は広いということか……」


 どの程度想像したかは定かではないが、俺の様子からアレで倒せない存在というものに神妙な顔をしてレスカさんは呟いていた。


ついでにそういう存在と接触したであろう俺に対して色々と含んだ視線を向けてきたが俺はスルーしたのだった。


「わぅ、そろそろ行こうか」


 そんな俺たちを余所に休憩は終了とばかりにルノは立ち上がって俺たちに声をかけてくる。


まあ、確かにこれ以上休憩する必要もないだろう……レスカさんも同様のようで俺たちは同時に立ち上がる。


「さて、深層か……さすがにどんなものか楽しみになって来るね」


「ええ……けど、おそらくすぐに余裕がなくなると思いますよ」


 じいさんの話が正しければこの先は今までが笑い話に見えるほどの難易度のはずだ……想像すると嫌な汗が流れてしまう。


だけど、いつまでも怖がっているわけにもいかない……そう思い、自然と言葉が出てきた。


「さあ、行こう!」


「ああ」


「わん!」


 最後の入口、そこに向かって俺たちは一歩を踏み出す。


その先こそ、深層……『大迷宮』の到達点。




 たどり着いた場所は、下層と同じく夜の空が広がっている場所であった。


違うのは、月が新月となりさらに闇が深くなったことか。


「とはいえ雰囲気自体は今までと変わらず……といったところのようだね」


 深層に降り立って早々に辺りを見回すレスカさん。


「ええ、けど、しっかりと今までと違うところもありますよ」


 それに応えるように俺はある方向をまっすぐに見る。


「わう、ゴールが見えてる」


 そう、この場所から既に深層の目的地と思える場所見えているのだ。


ただひたすらに伸びる一本道、どこまでも続くかのような長さの階段の先……そこには大きな祭壇のような場所が存在していた。


「こりゃ、構造変化の終了を待たなくても良かったか」


 ここまで形が整えられているのなら、多分深層では構造変化が起こっていないのだろう。


これならさっさと行けばよかったな……こういうことなら教えておいて欲しかったが、さすがにじいさんも構造変化中に深層に入るみたいな状況はなかったのだろう。


仕方がないだろうが、少々損をした気分である。


「ま、それはともかくとして」


 俺の目指したもの、それがその先に存在する。


逸る気持ちを抑えながら、俺はその先を見据えていた。


「……マスター、どういうことだろうな、これは」


 そんな俺に、レスカさんが後ろを向いたまま問いかけてくる。


俺もまたそちらへと振り向き、レスカさんの驚きを理解する。


「下層への道が消えた、か」


 深層へと来た時に開いていた裂け目が消えている。


今までは前の層への出入口は存在していたというのに……ここではそれがない、つまりは下層へと戻ることが出来ないということ。


「ふぅん……どうやらマスターはその事を知っていたようだね」


 俺の態度にレスカさんは目を細めて言う。


さすがと思いながら俺は苦笑する……確かにレスカさんの言うとおり、俺はそれを知っていた。


じいさんの話してくれた旅の経験の中でそんなことがあったと言うことを。


だが……そうでないとしても、予想は出来ていたことでもある。


「今までにどれほどの探索者がここへ乗り込んだと思う? そしてそれほどの数が誰一人としてここまでたどり着けなかったと思う?」


 答えは否だ。


いくらなんでも誰一人としてこの深層までにたどり着けなかったと言うよりは、到達して、その上で帰ることが出来なくなったと考えるほうがよっぽど確率が高い。


それはつまり、


「この先にはお楽しみがある……つまりはまあ、そういうわけだね?」


「そうですね」


「わうぅ」


 ルノは既に臨戦態勢に入っている。


ここから祭壇までそれなりの距離が存在している……にも関わらずルノがそんなことをしていることこそが、そんな存在がいることのなによりの証明だった。


「ここから先に魔獣や魔物の類はいません、ゆっくり体調を整えながら行きましょう」


「ふむ……マスター、何故そんなことを知っているのかということを含め、この辺りで色々話してくれるとありがたいのだが」


 レスカさんが俺の言った言葉に対して指摘を入れてくる。


いい加減、俺が知りすぎていることが気になってきたのだろう……まあ、ここまで来た以上は話すこと前提でいるから別に構いはしないのだが……


「それに関してはこの『大迷宮』を抜けた後、アサカたちと一緒に話をしようと思ってます」


 さすがにレスカさんに話すなら、アサカたちにも聞いていてもらいたい。


それなら一度に説明したほうが楽だし……なにより、一番最初にはアサカに聞いてもらいたいと思っているから。


「了解した、なら、がんばって生き残るとしようか」


「もちろん、ボクたち死ぬ気全然ないもん!」


「そりゃそうだ、帰ってくるって約束してんだからな」


 帰る場所があるのだ。


帰れないまま死ぬなんてことは許されないし、する気もない。


生きる目的は十分、俺たちは互いに笑い、そして奥へと向かって歩き始める。


月さえ存在しない夜の道をただひたすらに前へと進む……時間をかけて、俺たちはそこへとたどり着く。


「合わせて二十六日、思ったよりは早く着いたと見ていいかな」


「そうだねぇ」


 もともとの予定では三十から三十五日くらいまでかかると考えていたのだから大分時間が短縮できていると考えられる。


これなら予定より早く喫茶店を開ける事が出来そうだ。


「ふふ、終わった後はマスターのコーヒーをゆっくりと飲みたいものだね」


「ええ、とっておきを出しますから楽しみにしておいてください」


「ああ、それは楽しみだ」


「ルノにも大きいケーキでも作ってやろうか」


「わぅん! 絶対だよヒサメ!」


「了解了解」


 既にルノでなくてもここから嫌ってほどの存在感を感じている、それでも軽口を叩く俺たちに気負いはない。


なんとかなる……いや、なんとかしようと思っているから。


「さあ、行くぞ!」


 そうやって、俺たちは祭壇へと足を踏み入れた。




 その場所は罠などはなく、ひたすらに広い場所であった。


「……おかしいな」


 レスカさんが一人呟く。


それもそうだろう……気を抜けば膝から崩れ落ちそうなほどの濃密過ぎる威圧感が俺たちにのしかかっているのに関わらず、問題となるその存在が中のどこにも存在しないのである。


これほどの威圧感を出されて、姿が見えないのは逆に不自然なほどだ。


俺は周囲を見回し、見逃したものがないかを確認してから、存在しない理由へと目を向けて近づく。


「……それは?」


「石版ですね、文字の刻まれた」


 これこそが、『大迷宮』の存在する意味。


古代言語の刻まれた石版……それこそが『大迷宮』における宝と言えるもの。


事実、ここまで完璧な古代言語の石版であればどれほどの値がつくものか分かったものではない。


無論読めるのであれば金銭以上の価値があるものであり、そして俺とルノは読むことが出来る故にその価値も跳ね上がる。


「なんて書いてあるんだい?」


「物語ですよ……遠い遠い昔の、既に失われた太古の記憶」


 その昔、神様が気まぐれで創った世界……その時代に残された記録は物語として各地の『大迷宮』の奥に、バラバラに存在し、護られていた。


その物語は古代言語であり、在りし日に唱えられた古代言語の詠唱もまた記されている。


その物語を、その知識を決して絶やさないために、そして、その知識を悪用されないため、同時にいつか現れるかもしれない果てしない力を持った脅威への対抗手段として残すために、『大迷宮』という金庫に仕舞われているのだ。


それこそが『大迷宮』の役目。


『大迷宮』が推し量るのは、ここまで来る事のできる力、そして古代言語を理解できる知恵。


そして、何よりも使う者を選定する最大の障害が存在する。


「レスカさん……そろそろ来ますよ……と言うより呼びます」


「なんだって?」



――資格は示した


  我らは貴方の試練を受ける者なり――



 その障害とは、この祭壇に住まう者……『大迷宮』に眠る聖なる獣という守護者に認められるということ。


レスカさんへ一言の忠告の後、俺は祭壇に存在する威圧感に対して高らかに紡いだ。


これは詠ではなく、守護者への呼びかけではあるが。


『お主、その文字が読めるのか』


 それに反応して祭壇の上方が歪み、声が響く。


『何十年ぶりだろうか、真に試練を受ける者がこの地に現れたのは』


 空間の歪みが大きくなり、俺たちのいる場所も含めて全てが変わっていく。


景色がゆがみ、祭壇であったはずの場所はどこまでも『遺跡』の床のみが広がる空間に変わっていった。


そして俺たちの正面に、威圧感と声の正体が現れる。


「うわぁ、大きい」


「これはまた……予想外だな」


 岩のような身体をした四足の巨竜、高さだけでも十メートル以上は確実にあるだろう。


頭から尻尾までは少なく見ても三十メートル以上はある……その巨体から感じる威圧感は、見えなかった時とは比べ物にならない。


その威圧感の中で、ルノはその大きさに感嘆しレスカさんも驚きはあるものの萎縮はしていないようだ、俺はその様子に少々呆れるがだからこそ頼もしいとも思う。


『……面白い、恐怖を感じていないわけではないだろうに、我の姿を見て恐慌に陥らぬとは』


 巨竜は眼を細め、俺たちを一通り見て一歩を踏み出す。


『ここへ来た者のほとんどが資格無き者であり、挑み負けた者だ……お主らはどうだ?』


「そんなもの、やってみればわかるさ」


『道理だな……ならば始めるとしよう……我が名は地竜ヴァルグラシア、我が試練を受ける者たちよ、その力と意思を見せよ!』


 轟くように名乗りを上げ、ゆっくりと地竜の前足が上がる。


「さあ、始まるぞ」


「やれやれ、こんなものと戦うことになるとはな」


「レスカさん、後悔してるの?」


「いや、そうでもないぞルノ君……不謹慎ながらも少しわくわくしているよ」


 俺が、ルノが、レスカさんがそれぞれ武器を持ち、地竜と対する。


しかし、レスカさんも大概肝が据わっているな……ここに来てわくわくなんて言える人間なんてほとんど居ないぞ。


『始めるぞ』


 地竜の前足が地面に叩きつけられる。


その瞬間、地竜の周囲から全体へ広がるように石の槍が地面から隆起され、俺たちに襲い掛かってきた。






 大迷宮『遺跡』、経過日数二十六日、最終試練開始。

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