第二十三話 『同行』
「まったく……マスターたちは相変わらず常識というものを踏み壊しているな」
共同での夜営が決まったところで早速俺とルノが準備をし始めている姿を見ながら、レスカさんが呟いた。
その表情は微笑を浮かべてはいるものの、若干引きつっているようにも見受けられる。
「ま、自覚はしてますよ……けど、今ならレスカさんだって同じこと出来るじゃないですか」
通常の探索者とは明らかに違う夜営用の道具をポーチから取り出す。
うん、料理用の機材一式を持っていることがおかしいことくらいは自覚していますよ、ルノはルノでいつでも眠れるように寝具を準備しているけれど、それも十分おかしいってことくらいはわかる。
だけど、レスカさんにも同じようにポーチは渡しているのだから同じことは出来るのだ、人の事は言えないはずである。
「自覚はしているのか……そして、確かに可能なのだろうが、そこまで本格的にそういった行動に移すのは色々とどうかと思うのだが」
呆れるようなレスカさんのその返答に、俺は苦笑を返すことしかできなかった。
「ま、しかしマスターたちの道具には本当に驚かされるよ」
「必要なものがあったら言ってください、レスカさんからの依頼なら最優先で仕上げますから」
どこか感心するような口調のレスカさんに俺はそう返しながら準備を完了させる。
今日は何を作ろうか、そう考えていたところでレスカさんが俺に声をかけてきた。
「ここで『旅人』のメニューが食べられるのはお姉さんとしても大変ありがたいが、店のほうはどうしているんだい?」
む……そういえば休業が決まってからレスカさんが『旅人』に来たことはなかったな……おそらくは探索に出ていたのだろう。
しかし、そうなると今ここにいて、そういう質問をしている以上レスカさんは街に戻っていない……別の探索から『大迷宮』の探索に繋げたのか、レスカさんすげぇ……
まあ、となれば知らないのも無理はないか。
「一ヶ月ほどの休業を入れてますよ」
「そうか……休業か……」
俺のそんな返答に、レスカさんの声のトーンが若干下がったような気がした。
少々不審に思った俺は作業を中断してレスカさんの方を見る。
「どうかしましたか?」
自分が何かをやらかしたのだと思うが、あまり心当たりは感じない。
考えられるとしたら休業の事なのだろうが……
「ふむ……これは少々お姉さんが感じたことであり勝手に解釈したことなのだが、まあ、場合によっては聞き流してくれても構わないよ、料理も続けてもらって構わない」
「? はぁ……まあ、わかりましたけど」
そんな前置きをされたことに少し疑問を覚えるものの、とりあえずは料理の続きを始める。
レスカさんはそんな俺の背中に言葉を投げかけてくる。
「マスターたちは自分たちがどれくらい有名であるのか知っているかい?」
「ボクたちが?」
「有名……ねぇ、あまりそうは思わないんだけど」
表向きは高々喫茶店の一主人だ、正直に言ってそう有名であるとは考えられない。
無論、魔法具のことはあるが、渡している面々は口が堅いはずである……有名になるとは思えない。
「ふむ……マスターは行ったことはないだろうが、ギルドの存在自体は知っているね?」
「ええ、まあ、存在くらいは」
探索者同士の情報共有の場、あるいは街の住人からの依頼を受注し、成否によって報酬やあるいは処罰を与える。
探索者たちにとっては活動の起点とも言うべき場所のことである。
「そのうちの全員……とはさすがにいかないが、それでも結構な人数の探索者が『旅人』のことを知っているんだよ」
「へぇー!」
「そりゃ……光栄ですね」
言いながらも、レスカさんの言いたいことにあまり思い当たらず少し言いよどむ形となってしまう。
何だろう、一体何をレスカさんは伝えたい?
「さらに話は変わってしまうんだが、以前にも突然の休業を告げていたことがあったな」
「む……ああ、確かにそうですね」
それはきっとファフニールの件だろう……確かにそうであった。
思い立ったがという様子で準備を行い、唐突に休みを入れていたと思い出す。
「おそらくだが、マスターは案外直情型で興味のあることにとりあえず突っ走るタイプの人間だろう? ついでに取り組んでいる時は視野が狭くなる……その結果、後になって後悔するといったことも多いんじゃないかい?」
「う……」
やばい、心当たりがありすぎる。
主に魔法具の作成の時にはその場での思いつきを優先してやってみて……結果当然のように失敗することを繰り返している。
元の予定通りに作成していれば何てことないものがとんでもないことになることもある。
自覚しているだけに否定することが出来ずに俺は唸ることしかできないのであった。
「あはは、確かにヒサメってそうかも!」
「おいルノ笑ってんじゃねえよ……ていうかレスカさんもレスカさんです」
笑うルノに文句を言いつつ、俺は不満げにレスカさんに視線を向ける。
晒し者のようなことをされたのだからこれぐらいのことは許してもらいたい。
「ああ、すまないな……だけど、そうであったら少々納得できることもあるんだ」
「納得できること?」
「ああ」
気になった言葉を繰り返せば、レスカさんは頷いて俺に問いを投げかけた。
その言葉に俺は一瞬声を失った。
「なあマスター、君にとって『旅人』はどうでもいい場所なのかい?」
動きが凍り付く、それから料理の準備を完全に止めて俺はレスカさんを見る。
ああ、今のは少し聞き逃せない、たとえレスカさんであってもだ。
「……怒りますよ?」
「すまないな……侮辱しているのはわかっているが、それでも確認してみたかったんだ……それに、君もわかっているのだろう?」
レスカさんから伝わってくるのは嘘偽りのない謝罪の意。
同時に後半投げかけられた言葉に、今までの話を加えて考えればこちらとしても怒るに怒れない。
例に挙げられたものだけでなく、シオンと魔法具の部品カウンターに並べて談笑していたり、まあ教師の件も同じことが言えるだろう。
今回唐突に休業を決めここにいることもそうだろう……おおよその場合、自分の興味や衝動で『旅人』を引っ張りまわしている、そう取れないわけではない。
「今のマスターの反応で大事に思っていることは知れた、教師に関しては私もあそこの卒業生であるし授業に参加したこともある以上正しいと思っているし強くも言えない」
いつもとは違うとはっきりわかる本気の言葉をレスカさんは俺に告げる。
「基本的にマスターはそつなくやることが出来るタイプだ……だけどミスとは言わないが時折気になる行動をすることがある、今回のようにね……だからこそ、そういう行動をとるときは『旅人』と同等かそれよりも優先度の高いものがある場合ではないかと思っている」
レスカさんの言葉が強く突き刺ささったように感じた。
『旅人』の休業を常連に告げた際に、皆に惜しまれたことに嬉しさと同時に申し訳なさを感じていた。
だけどその申し訳なさは休業の事だけでなく、もっと深いところにまでつながっていたことを今ここになって思い至る。
「別にマスターに自分のことをやるなと言っているわけではないよ、同じように探索に出る店主や教師はいるわけだしね」
君にも目的があるからこんなことをしているのだろう、とレスカさんは続けて、
「ただ、マスターならばもっとベストな選択肢を用意することも可能なんじゃないかと、お姉さんはそう思うわけだ」
先に用意していたコーヒーに口をつけながら、レスカさんはそう締めくくった。
俺はその言葉を反芻して……確かに、とも思う……横でずっと聞いていたルノも少し落ち込んだ表情を見せていた。
正直なところ攻略に焦っていない……なんてことが言えるはずはない、非常に性急に進めていたことは間違いないのだから。
「……冷めてるな、まあ美味いのだけど……ところでマスター、料理はまだになりそうかい?」
おどけたように俺に聞くレスカさんから、話はこれで終わりだと告げられ、考える時間が欲しかった俺もそれに乗るように言葉を返す。
「そうですね、すみません……もう少し待ってください」
俺は料理の準備を再開させ、しかし思考は今まで言われたことに関して向けられている。
ああ、否定する要素はない……レスカさんの言うことは間違っていないのだから。
「……正直に言えば、ここに来た当初の喫茶店の経営については、特に重要なことではなかったことは確かなことです」
「ほう……」
「俺の自論なんですけどね、道具は使ってこそのもの、それでこそ意味があるって……だけどそれは正しく使ってくれるのであれば、です」
レスカさんは知っている、俺の持っているものの数々がとんでもないものであることを。
だからこそ理解できる、俺の言っている言葉の意味を……だからこそ、漏れた声には幾らかの納得が含まれていた。
「その選定のために生まれたのが『旅人』か……営利目的でないことは窺い知れていたが、なるほどそういう事情だったか」
「幸運にも、金銭的に困ることはありませんでしたからね」
喫茶店という場が欲しかったわけではない、魔法具を提供できる場とそれを選定できる場があればよかった。
料理が好きだったから……始めた理由からも道楽であることは間違いないことだろう……だけど。
「今は違います」
ああ、そうだ今は違う。
あの場所には自分がいて、ルノがいて、アサカがいて、シオンがいて、サナちゃんがいて、セリカちゃんやシトネちゃんがいて、もちろんレスカさんも、他のたくさんの人がいてあの場所で笑っていてくれている。
そんな場所だからこそ暖かいのだ、そんな場所だからこそ大切になったのだ。
「どうでもいいと言う言葉が我慢ならなかった……あの場所が自分は好きなんです、好きになったんです」
そんな俺の言葉にレスカさんが笑った。
ルノもまた俺の言葉に自分もそうなんだと理解して、強く頷いているようだった。
「そうか……なら、お姉さんからはもう特にはないな……一つだけ忠告させてもらうのなら、一人で……いやルノ君と二人だけで考え込まないことだよ」
君たちの周囲にも助けてくれる人はいるだろう?
そう続けるレスカさんに俺もルノも力強く頷いた。
「ええ、頼りになる仲間ですよ」
「わう、アサカにサナ姉ちゃん、セリカ姉ちゃんにシトネ姉ちゃん!」
ともに『旅人』で働く仲間たちだ。
加えるのなら、シオンもこの中に入るだろう。
「マスターたちは強いんだろうな、だけどまだまだ成長途中で見えていないことも多いはずだ……自分たちだけでなくて仲間に頼るといい、きっと世界は広がるだろうから」
「わん!」
「はい……ありがとうございました」
「まあ、結局はお姉さんの独り言だ、聞き流してもらっても全然構わないさ」
最後に告げられた言葉に俺は苦笑を止められなかった。
聞き流せる話なんてなかったじゃないか……まったく、この人には本当に敵わない。
「また何かあったら独り言でも始めてください」
「ああ、そうさせてもらおうかな……さて、料理が完成したのなら渡してくれないか? 正直に言って空腹なんだよこちらも」
「わう、ボクもー!」
レスカさんのおどけたような言葉と、ルノの確実に素であろう返事に笑い、俺は完成した料理をレスカさんとルノに手渡す。
さっきまでの雰囲気を晴らすように賑やかに夕食を取り始めるのだった。
「……うぐ、いつもより味が悪い……動揺しすぎだ」
「わう、ヒサメ未熟」
「一緒に落ち込んでたお前に言われたくないって」
「はは……お姉さんにはわからないんだが、これはお姉さんがおかしいのか、それとも二人が凄いのか」
そんな風な会話を続けながら空気を弛緩させていき、それから話を本題へと持っていく。
「レスカさんはどうしてこんなところまで来ているんですか?」
この問いは何故『大迷宮』にいるのかと言う意味ではなく、何故既にここにいるのかということ。
正直なところ自分たちよりも先に進まれていることは地味にショックだったりする。
「何、運が良かっただけさ進行方向に先へ進む道があった、ついでに言えばお姉さんは下層を狙っているのでね」
「なるほど……およそ目的が同条件なら出口スルーしてロスした俺たちの方が遅れても仕方ないか」
「わう、ヒサメのドジ」
「同じく見逃したお前に言われたくはないっての」
方角さえ当たっていれば探索範囲は一気に狭められるからな……見逃すとさらに面倒なことになるし。
ただ、俺たちだけ上層で魔獣の群れに遭っていることに関しては物申したいけど。
「上層でそんな魔物がねぇ……ははは、マスターの周りは異常に事欠かないな」
「ちょ、酷くないですかその言い方は!?」
なまじ自覚しているだけに非常に傷つくんだけど!?
ああ、自覚はしているさ……言ってて悲しくなってくるけどな!
「はは、まあ表情が明るくなったことだしよいとしようじゃないか、正直安心しているんですよ」
「う、うぅ……ズルいっすよレスカさん」
そう言いながらレスカさんは俺とルノの頭を撫でてきた。
その行動で俺は何も言えず、ただされるがままの状態のままレスカさんに不満げに文句を言うのだった。
ルノは素直に気持ちよさそうにしているが、俺としては気恥ずかしさやらでうつむくしかなく……きっと顔も赤かった。
「ふふ、なあマスター、偶にはされる側もよいものだろう?」
「どんな羞恥プレイですか……ああ、まあ、悪くはないです」
「わぅぅ、撫でられるのは好き、気持ちいいもん」
そんな意地の悪い質問に俺は顔を逸らしながら答えるしかない、そして隣では非常に満足そうに顔をゆるませているルノの姿。
俺たちのそんな様子に気をよくしたのかレスカさんは笑みを強くする。
「マスターは素直じゃないな、ルノ君のようにもっと素直になるといい」
「余計なお世話です」
ふてくされる俺にレスカさんは笑みの質を苦笑に変えながらその手を俺たちの頭から離すのだった。
まあ、何にせよ悪かった空気が正常化したのだから喜ぶべきところだろう……ここが『大迷宮』である以上は気を抜きすぎるのも問題ではあるが。
「それはそうと、マスターたちは一体何を目的でここまで下りてきているんだい?」
不意に聞かれた質問は答えづらいものであった。
それでもレスカさんであれば大丈夫かと俺はその質問に答える。
「目指してる場所は深層ですよ」
「そこにあるものにヒサメは用があるの」
俺とルノの答えに、さすがのレスカさんも驚いた表情を見せる。
アサカたちの時もそうだったが、無理もないであろう……本来であれば挑むことさえ馬鹿馬鹿しいとされることだ。
それを俺とルノ、たった二人で行こうと言っているのだから当然の反応である。
「すまないマスター……正気か?」
「言いたいことはわかりますけどね」
割と失礼なことを言ってくるレスカさんに俺は肩をすくめて苦笑する。
この程度の反応は予想していたのだから問題ない……若干傷つくけど。
「下層よりも下は未知……誰も知らぬし、このような場所だ、終わりなどないことだって考えられる」
「ありますよ」
レスカさんの深層に対する不審に俺は小さく、しかしはっきりと告げる。
下層の先には深層があることを。
「……なるほど、何か確信があるようだね、マスターには」
「ええ、詳しい内容まで言う気はないですけど」
というか、既に『大迷宮』が攻略されたことがあるなどいくらなんでも信じてもらえないだろう。
レスカさんのことは信頼しているし、信じてくれる気もするが……こればかりは実際に見ていなければ信じられない。
実際俺だって『大迷宮』に来たのは初めてでありじいさんが本当に攻略してきているのか分かっていない……クラウとか超越者たちが言う以上本当のことなのは間違いないのだが。
「なるほど……まあ、マスターたちのことだから何かしらの思惑はあるんだろうが……危険だ、と止めさせてもらうよ」
「そう言う訳にも行きませんよ……ああ、店に迷惑かけてきているんです、何もできませんでしたと帰ってきては意味がないですから」
「……行けると自信があるのかい?」
「有ります、無ければこんなところに来たりしませんよ」
迷いの含まない俺の言葉にレスカさんは悩むように頭を抱える。
レスカさんも一応と続けていた以上止められる可能性が薄いことはわかっていただろう……というより、言葉で止まっているのならこんなところまで来るはずがないのだから当然のことである。
「……止まるはずがない、か……よし、決めたぞ」
そういったレスカさんの表情はどこか悪戯を思いついた子供のような空気を纏っている。
ちょっと待ってください、決めたって言ってましたけど……非常に嫌な予感しかしませんよ?
レスカさんの言動を見る限り決めたってのは……まさか。
「お姉さんも一緒に行かせてもらうよ」
「わうっ!?」
「やっぱり……そういうことですか」
レスカさんの言葉にルノが驚きの声を上げ、予想していた俺は苦い顔をしながらそう答える。
レスカさんは答えた俺の方を向いて、その言葉を告げる。
「これでもお姉さんは二人のことが心配なんだよ……二人をそのまま放り出すことは出来ないし、連れて帰るのも無理だと言うのなら、力を貸すしかない……大丈夫、お姉さんだってそれなりに力はある」
それに探索者として深層が気になるしね、と最後に付け加えられた言葉はともかく、言われた言葉にはしっかりと心配しているのだと言う気持ちは読み取れた。
読み取れてしまった以上は無下に断ることもあまり痛くはないのだが……さすがに危険すぎるだろう。
「マスターが何を言っても無駄だぞ? マスターが私の言葉で止まらないのだから、私も止まる必要は感じないな」
「ぐぅ……」
言葉を放とうとしたところでレスカさんに先制されて俺は何も言えなくなってしまう。
代わりにルノが危険だと説いているようだが……悲しいかな、ルノにレスカさんの説得は無理だろう……あ、ルノも何も言えなくなったようだ。
駄目だな……この人はまず止まらない、これ以上は言葉を交わしたところでそれが変わることはまずないだろう。
かといって実力行使などは愚の骨頂、アサカたちほど容易に勝利を得ることは出来ないだろうし……大体こんなところでやりあおうものならどっちが勝ってもその後が大変だろう。
いくら考えても有効な手段を思いつくことが出来ず、とりあえずはレスカさんの同行を許すことにする……深層へと赴く前になんとかいい方法を考えなければならないな。
方針が決まったところで就寝に入ろうとしたのだが……ここで一悶着が起きた。
「か弱い女性のお姉さんを差し置いて二人はそれを使うのかい?」
通常、寝具などかさばるもの探索に持ってこれるはずも無い、寒いところでもない限りは毛布なりを一枚と言ったところだろうか。
レスカさんに限って言えばポーチを使えば可能だったのだが、レスカさんも常識の範囲の荷物を大量に入れて来たに過ぎないのでどうにか毛布一枚程度である。
そして、さすがに寝具は予備を持ってきてなどいないのでこちらも俺とルノの分しかない。
「か弱いって……一人で中層まで来ている探索者が言いますか?」
若干呆れながら、それでも女性であることも加味して寝具を渡すのはやぶさかではないのだが……
「一人違うというのも寂しいだろう、お姉さんと一緒に寝ないか」
「ぶっ!?」
面白がるように言葉を放つレスカさんに思わず噴き出した。
いや……レスカさん、それは無いって、マジで。
「あっはっはっ、相変わらずマスターは初心なようで安心したよ」
「そんなにからかって楽しいですか!?」
「ああ、楽しい」
本気で即答されてへこんだ。
まあ、結局は冗談だったのでそのまま一夜を明かしたわけだが……仮に俺が乗っていたとしたらそれはそれで笑って受け入れてくれそうな気がする。
そう考えると少しもったいないことをしたかもしれん。
俺はもしかしたらレスカさんのことが……」
「人の気持ちを捏造するな!?」
とんでもないことを口にしようとするレスカさんに全力で突っ込みを入れておく。
どこからが口に出てたかは秘密である。
「あっはっはっ」
「ホント性質悪いよこの人!?」
目が覚めた途端にこれはさすがにしんどい……無意識のうちに頭を抱えてため息をついた。
「む~、ヒサメ手伝ってよ!」
「あ、悪いルノ」
寝具の片付けを一人でやっていたルノに謝罪を入れ、俺たちは出発の準備に取り掛かる。
手早く朝食を済まし、完全に後始末を済ませたところで俺たちは建物の外へと出たのだった。
「とりあえず、下層までですよ」
「ああ、わかっているよ」
まあ、レスカさんの目的も下層であるからどちらにせよしばらくは一緒だ。
先への入口を探す人手は多いに越したことはないのだからそれまでは共同で探索しても何の問題もない。
さて……どうやったらレスカさんを説得できるやら。
「そうだな……マスターが帰ると言うのであればお姉さんもやぶさかではないよ」
「……普通に考えていることに返答しないでください」
「マスターは顔に出やすいからね、予測は簡単だよ」
笑うレスカさんに俺は頭を抱えたくなる……説得は無理かもしれない。
ちょっと諦めたくなったのは秘密である。
とにもかくにも時間は有限、ならば早く進むべきだろう……俺たちは三人並んで高所にあった建物から飛び降りるように降下していく。
「なるほど、やはりやるようだね、マスター」
「ええ、レスカさんも」
「わう、ヒサメよりも動きがいい」
「ルノ……俺泣いてもいいか?」
落下しながらの身体の動きでもお互いが相応の使い手であることを理解する。
そこから読み取れる限りではルノの言うとおり、単純な技量であれば俺はレスカさんに及ばないだろう……どうせ俺には才能ないさ。
それはまあ置いておくとして、探索に開始に当たりレスカさんがソロの探索者であることはありがたい。
秘密のことなどもあるが、何よりも探索に必要な技能を一通り修得していることが大きい、地図の作製も出来るため俺とルノとレスカさん三方散らばって情報収集することが出来るため効率がいい。
見て分かる通り戦闘能力も優秀、正直普通であれば手を貸してくれることは諸手を挙げて喜んでもいいほどだ。
「さすがはフィオーリア・アダルティーズってところ……」
「何か言ったかい、マスター?」
一人捜索を行いながら思わず口に出た言葉はからかいの言葉と同時に、称賛も含まれていた。
とはいえレスカさんにとっては黒歴史であろうことから不機嫌になるのも無理はないかもしれない……そうなのだが。
あの、何故単独行動中なのに背後にいるんですかレスカさん?
「気づかなかったかい? ここはお姉さんとマスターの探索範囲の境界辺りになるんだよ?」
「ああ、そうだったんだ……」
なんてタイミングが悪いんだろうか……ていうか迂闊、気づくべきだろ俺。
冷や汗を流しながら俺はレスカさんの方を向く。
「それで、何か言ってはいけない単語が聞こえてきたんだが」
「……気のせいでしょう」
すっとぼけるような俺とレスカさんは互いに見合わせて、それからレスカさんが口を開く。
「……まあいいか、とりあえず、そろそろ集合する時間じゃないか?」
「そうですね、戻りましょうか」
とりあえず見逃されたらしい。
そのことに安堵をしつつ、俺とレスカさんは集合場所へと戻る。
「あれ、二人一緒にいたの?」
先に戻っていたルノが一緒に戻ってきたことに多少の驚きを見せていた。
「たまたま、境界付近で会ったからな」
「あ、そうなんだ」
適当に応えつつ、三人分の地図を合わせて、情報共有を行う……この活動を始めて実に四日ほどが経っていたりする。
未だ次の階層が見つからないことに焦りを覚えながらも俺たちは探索を続けていた。
方角が違うのか、それとも端に存在するのか……どちらともがありえることであり、だからこそ探索者たちは選択を求められる。
前に進むか、別の道を行くか。
「おおよそ端から中央までの中間くらいだしな、別の方角を探すのはアリだと思う」
「しかし、それでミスした場合、時間のロスはかなりのものだぞ?」
「それはどっちも一緒だよねぇ」
俺たち三人は顔を合わせて話を進める。
日ごとに個々人の探索範囲を広げているのだが、これ以上広くなると合流までに日単位の時間がかかることも考えられる。
とは言えそれしか方法がないのだからやるしかないのだが……とりあえず方針のために探索方角変更の俺と前進側のレスカさんとでじゃんけん……結果負けた。
さらにそれから一日経たずに下層入り口見つけたことで完全敗北を喫することになった。
「ヒサメ運ないね」
「……ああ、そうだな」
ルノの率直な意見が何よりも痛かった……泣きたくなるような事実はともかくとして、発見した俺たちはそのまま下層の入り口の中へ突入した。
着地……そしてもう慣れ親しんだように、一瞬で辺りの雰囲気が変化した。
「そりゃ、次はこう来るよな」
「わう、久しぶりに見た」
「朝、昼、夕、と来れば当然次に現れるのは」
夜。
遺跡の雰囲気は変わらず、上空では満月が輝き、無数の星が瞬いている。
「観賞にふけるのもいいが……地形的には厄介なことこの上ないな」
太陽の光が無くなったことにより、見渡せる距離が急激に制限された。
中層よりも広い上にこれは正直面倒な話である。
とはいえ、話には聞いていたのでこちらとしても用意はしてある。
指向性を持たせた光源……言ってしまえば懐中電灯、といってもペンライトほどの大きさだが、をポーチから取り出す。
当然電池なんて便利なものは無いので魔力を燃料として使っていたりする。
「また便利なものを……お姉さんにも譲ってくれないかい?」
そう言うレスカさんが持っているのは周囲を照らすランプ、範囲は懐中電灯より広いが射程距離は懐中電灯の方が数段上になる。
なにより、懐中電灯に比べるとランプはそれなりにかさばってしまうので、携帯性においても一歩劣ることになることになり、レスカさんが欲しがるのも無理はない。
「どうぞ、こっちは壊れた時用に予備も持ってきていますから……手元の突起部分を押せばつきます」
「すまないね、大切に使わせてもらうとしよう」
俺がポーチから取り出して投げ渡し、それを受け取って光をつけるレスカさん。
これで光源は確保できたとはいえ、戦闘で片手がふさがるのは中々に問題である……結局即座に戦闘に移れるようルノとレスカさんが懐中電灯を使い、俺が備えることになった。
ていうかランプを用意していたってことはレスカさん片手ふさがったまま戦うつもりだったのか? もしそうなら呆れと感嘆を送るほかないんだが。
それはともかくとして、暗くなったことで高い場所から見える範囲も激減した状況……当然ながらその探索の効率は落ちてしまう。
さらに遭遇する魔物も中層以上の力を持ったものばかり……運が悪ければリオネル級の敵さえ出てくることがあるのだ、戦闘を避けるに越したことはなく、だからこそそのその歩みは遅くなる。
「っ! 上だ!」
「ホントに切りがないよ!?」
「爪や牙のような素材が手に入るのは有り難いが……少々面倒だな」
俺の号令に急降下してきた魔物の攻撃をかわすために散開する。
次の瞬間には俺の連結機工剣が飛び、他方から炎の魔法が飛び、人影が舞った。
ペンライトを仕舞い込みながら、しかし次の瞬間には二本の剣を持って急降下してきた魔物、石の肌から見てガーゴイルの類だろうそれに跳びかかる。
レスカさんの戦い方を見るのはこの『大迷宮』での共闘がおよそ初めてのことだったのだが……純粋に凄いと感じていた。
一言で言って舞踊、戦闘そのものがダンスの曲であるかのように綺麗に舞い、斬り裂いていく。
普通であれば無駄としか言いようがないはずの予備動作が、だけど不思議と絡まり合い無駄ではなくなっている。
剣で思い出すのは使徒狩りのディナであり、彼女の豪速と苛烈な力による剣とはまた違う、そして技巧の面では決して劣らない剣。
レスカさんの剣はどちらかと言えば守勢を重視し、隙を見て致命の一撃を放つもの……間違いなく言えることは、たった一人でここまで探索に来ている自信は伊達ではないのだと言うこと。
その剣でガーゴイルを斬り裂き、しかし次々と現れる魔物たちに俺とレスカさんは小さく舌打ちする。
「くそ……一度殲滅する、退いてくれ!」
俺の言葉にルノとレスカさんはすぐさま跳び退いた。
二人が跳び退いた跡、その先を見据えて俺は詠を紡ぐ。
――輝く氷林に住む姫
世界覆う氷原見せよ――
本来であればレスカさんがいる以上は使うことを控えるべきだろう……とは言え、十中八九レスカさんは知っているのだろうが。
二小節からなる詠唱そこに込められた力は上層で同じように使用した時以上の力を込めて歌い上げる。
「――氷姫の風――」
力の発現とともに目の前の空間が凍りつき、一瞬で砕け散った。
上層の際には生き残られたものの、今回はそこまで甘くしていない……完全に凍り付いていた魔物の群れは小さな氷の欠片となって消え去っていく。
「凄まじい威力だな……これがキリアの言っていたマスターの古代魔法か」
やはりキリアさんから聞いていたか……たぶんレスカさんだからこそ話したのだろうが、帰ったら文句を言ってやろう。
「わふう、ちょっと寒い」
「いや、これはちょっとなのか……?」
魔法が使用者を傷つけるようなことはまずないのだが、さすがに急激な温度の変化に対してまで有効と言うわけではない。
氷が張りつき、凍えるような道を走りながら俺たちは白い息を吐く。
「もう少し加減したほうがよかったな……」
だけど、それ以下にすれば倒しきれない危険もある……難しいものだよな、などと小さく苦笑しながら俺たちはさらに先へと進んで行く。
そして今までと同じように頃合を見計らないながら、休憩の出来る建物で一日を過ごしていく、そんな探索を何日も続けた後に俺は唐突に道の途中で立ち止まった。
「? どうしたんだい、マスター?」
「レスカさん、ここが最終ラインです」
俺は振り向きながら、レスカさんの前の地面を連結機工剣で削り、一本の線を描く。
文字通り境界線のように俺、ルノとレスカさんを隔てるように引かれていた。
「ヒサメ?」
「どういうつもりだい?」
ルノは不思議そうに、レスカさんは不機嫌そうに俺に問いかける。
「今から来た道を引き返せば、構造変化が起きる前にこの『大迷宮』の外へ出られます」
地図は出来ているのだ、後は戻るだけであるから、帰るのであれば行きよりも短時間で帰還することが出来る。
そして、今から引き返せばそれは可能なのだ……逆を言えば、これ以上を進むのであったら、中で構造変化を起こされる可能性が非常に高い。
そうなれば、今まで書いてきた地図やメモは全く役に立たなくなる、巻き込まれた後にもう一度帰る道を探すのは非常に難しいと言えるだろう。
持って来た荷物などが尽き、のたれ死ぬのがオチである。
だからこそ聞くのだ、レスカさんに行くのか戻るのかを。
「……無論、君たちについて行こう、君たちが構造変化と言うものを予測して探索しているのだから、変化後も帰る方法も存在するのであろう?」
「む……」
痛いところを突かれて俺は少し苦い顔をする。
そう、俺とルノは最初から構造変換が行われることを前提で探索してきているのだから、あらかじめ脱出手段については考えてきている。
だから、レスカさんの考えは間違いなく正しいのだ。
「足を引っ張るつもりは無いよ、だから、連れて行ってもらえないか?」
「最悪の場合、全力の古代魔法を放つ必要すら出てくる場所です……危険過ぎます」
「その時は私の力が及ばなかった時だな、そうなったら見捨ててくれて構わないよ」
ギリ、と奥歯を噛みしめる。
見捨てていくことなど出来るわけがない、それくらいレスカさんもわかっているくせに、そんな言葉を使うなよ。
そして、こっちもある程度レスカさんの人となりはわかっている……ここで置いていったとしても、ついて来ると確信している。
そうなれば、近くで見えるところにいてもらった方がいい訳で……結局、ここまで考えたにも関わらず俺には選択肢が一つしかない……強い否定はできず流されるのみの自分に腹が立つ。
「マスターが何を考えているのかはおおよそわかっているつもりだ……その上で言わせてもらうよ、すまない、と」
レスカさんが一歩を踏み出し、俺の描いた線をまたがした。
それは何よりの決意表明であり、もう何を言っても無駄だと感じた俺は大きくため息をついた。
「わかりました……わかりましたよ仕方がない……だけど、絶対に死なないでくださいね」
「ああ、そりゃ勿論、お姉さんは一切死ぬ気はないよ」
レスカさんは笑い、俺たちの進んでいた道を歩き始める。
その後をルノがついていき、最後にもう一度だけ残念だという気持ちを込めたため息をついてから追いかけるのだった……
大迷宮『遺跡』、経過日数二十日、同行者を増やし現在下層攻略中。